9. 神の国

 月遅れのお盆も近いことだしと久し振りに仏壇の掃除をしていたら、十七年前に八十二歳で死んだ父親の中学校の 卒業証書が出てきた。
 大正七年三月の日付のあるその証書には、父の名前の横に大きく束京府士族と書いてあった。
 大正七年といえば、明治と年号が改まってから既に半世紀も立つというのに、まだ江戸時代の封建社会の階級観念が まかり通っていたのかと少なからず驚かされた。
 平成の今日、士農工商等という言葉は完全に死語となったが、辛うじて士魂商才という言葉だけはその戸籍を留めている。
 先月号で私は「武士道」についてふれたが、今改めて士族の子供(?)として儒教思想に裏付けされた武士道について考えてみたくなった。
 最近の() まわしいニュースを聞くにつけ、保険金殺人や尊属殺人、はては無計画・無差別殺人がまかり通る世の中、やれ、 きれたのきれないのと簡単に人を殺して露程も罪意識を抱かぬ今の若者達。古い人間と笑われるかもしれないが、 信義・廉恥(れんち) ・礼儀・名誉を重んじる心豊かな武士道の精神を懐かしく思い返すのは私だけだろうか。
 (かつ) て我が国は、礼儀正しい国として知られ、唐国よりの国書にも、「礼儀の国、神霊の扶くる所」と讃えられたことも あったと聞く。
 また、日本人は、父母を尊敬し、名誉を重んじ、貪欲(どんよく) を嫌う気性であったことは、三百年前のキリシタン宣教師の報告にもみえている。
 森という政治家が「神の国」登言をしたといって、陣笠やマスコミが騒ぎたて、言った本人もまた「百万人といえども 吾行かん」の気概もなく、信念をもってその真意を述べるどころか平謝りに謝る為体(ていたらく)
 自分の言葉に責任の負えない政治家達に操られる今の日本は、一体どうなってしまうのか。
 新渡戸稲造はその著『武士道』の中で、
 もっとも進んだ思想をもつ日本人の表皮をはいでみよ。そこにサムライを見るだろう。名誉、勇気、そしてすべての 武徳のすぐれた遺産は我々が預かっている財産にすぎず、祖先および我が子孫のものである。それは誰も奪いとることが できない人類永遠の家禄(かろく)である。
 と言い切っている。
 従って、現在の我々の使命は、国破れたりといえども、この遺産を守り古来の精神をそこなわず未来に伝える義務があるはずだ。
 西郷隆盛亡きあと、大西郷の薫陶を受けた庄内藩の人々が、西郷の言葉を思い出して筆記した有名な「南洲翁遺訓」 の中に次のような文章がある。

 一、 節義廉恥を失ひて国を維持するの道決して有らず。西洋各国同然なり。上に立つ者、下に臨みて利を争ひ、義を忘るる時は、下皆之に (なら) ひ、人心忽ち財利に(はし) り、卑吝(ひりん) の情日日長じ、節義廉恥の志操を失ひ、父子兄弟の間も銭財を争ひ、相ひ讐視するに至る也。此の如く 成り行かば、何を以て国家を維持す可きぞ。
 一、 正道を踏み国を以て(たふ) るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親 (かえっ) て破れ、終に彼の制を受くるに至らん。

 今日の世相を言いえて妙と言うべきか。
 武士道の道徳体系は、その城郭や武具とともに崩壊し土に帰した。
 しかし、新しい道徳がいつの日にかきっと不死鳥の如くよみがえることを期待したい。
 不死鳥は自らの灰の中からのみ生まれる。決して他国から渡って来るものでもまた他の鳥の翼を借りて飛び立つものでもない。
 「神の国は汝らの中にあり」。神の国とは私達自身の心の中にあるのだ。他国からの借り物ではない。感得した神の国 の種子は、武士道の中で花開いた。そして悲しいことに今その花弁を閉じようとしている。
 武士道を貫く一本の柱は「義」である。
 そしてまた「義」は「勇」の双生児ということができる。
 「見義不為無勇也」人としてしなければならないことを見ていながら、それをしないのは勇気がないからである。
 「義」を広辞苑で見てみよう。
 @すじ、物事の処理が適切なこと、A正しい、正しい筋道(正義)、Bみち、人として行なわなければならない道。 五常(徳)の一つ「仁義礼智信」。
 また義という字は「我」と「羊(善美)」との合字、自分の礼儀正しい行動がよろしきにかなうの意、とある。
 さらに義務は、その人その人の分に応じてなすべき務めであり、義理は人のふみ行なうべき正しい筋道、とある。
 尊皇の志士として天王山で白刃した真木和泉守は、その著「何傷録」で「士の重んずることは節義なり。節義はたとへ ていはば人の体に骨ある如し。骨なければ首も正しく上に在ること得ず。手も物を取ることを得ず。足も立つことを得ず。 されば人は才能ありても学問ありても、節義なければ世に立つことを得ず。節義あれば不骨不調法にても士たるだけのこと には事かかぬなり」と言っている。
 正義の道理、即ち義理は武士道にあっては無条件の絶対命令であった。
 このように武士道は武士に限らず、日本人全体に対する道徳の基準となり、やがて日本人の魂は「大和魂」となって 民族精神を表すことになった。

   「しきしまのやまと心を人とはば
       朝日ににほふ山ざくらばな」       本居宣長

 系統立てて説かれたわけではないが、武士道は武士に限らず日本の活動精神、推進力であったはずだ。願わくばこれから もそうでありたいと思うのは、まったく老人の夢なのだろうか。
 おわりに、この武士道の精神はあくまでも儒教思想に裏付けされたものであり、それは決して軍国王義につながるもの ではないことを付け加えたい。

    世上殴誉軽似塵
    昭前百事偽邪眞
    追思孤島幽囚楽
    不在今人在古人           南洲

 世上の毀誉(きよ) (悪口と称賛)軽きこと塵に似たり。昭前(現実)の百事偽() か眞か。追思(ついし) す孤島幽囚(ゆうしゅう) の楽。今人(こんじん) に在らずして古人(こじん) に在り。
 (孤島幽囚は西郷南洲が安政六年より元治元年の間、二度奄美人島、沖永良部島に流されたことをさす)

(2000.10)

 (参考 新渡戸稲造著 奈良本辰也訳『武士道』)