8. プロ野球雑感

 プロ野球のペナントレースも横浜と西武の優勝でその幕を閉じ、各球団はまた来季の優勝を目指していろいろな秘策を 練っていることだろう。
 「スポーツは自分がやるもの」と信じている私は、慶應在学中の八年間、唯の一度も六大学野球というものを観たこと がなく、強制的に観戦させられる普通部(中学校一時代の早慶戦の日は四年間病欠で押し通した。
 ところが、そんな私も大学時代に一度だけ早慶戦の日に神宮球場へ行ったことがある。
 それは国民体育大会・全日本選手権と馬術の大きな大会を間近に控えたある秋の日、日吉の慶應の馬場に馬術部員が一人 も来なかったことがあった。
 その理由(わけ) を厩務員(馬丁さん)に聞くと、「今日は優勝のかかった野球の早慶戦の日だ」という返事。「カッ」となった 私はすぐ神宮に飛んで行って体育会席で観戦中の馬術部貝を全員馬場へ連れ帰ったことがあった。
 その折、球場の通路で一イニング程眺めたが、それを野球観戦といえば言えないこともない。
 しかし、その時思ったことは、こんなに芝生のきれいなグラウンドで馬術の試合ができたらどんなに幸福(しあわせ) だろうという ことだけだった。
 今から八年前、国際馬術連盟の総会が東京で開催された折、会長のエジンバラ公がプリンスホテルの「飛天の間」 で開口一番、「このように美しい室内馬場が日本にあるとは思わなかった。
 是非ここで馬の競技会を開催して頂きたい」と言った言葉が今更の如く思い出される。
 そのような理由で、テレビの野球等、貴重な人生の浪費以外の何物でもないと堅く信じていた私も、幸か不幸か十年程前、 長女が元巨人軍の有名選手の義弟と結婚したため、東京ドームの入場券を年に何枚か頂けるようになった。
 牛に引かれて何とやら、絵のように美しい野球場で生ビールを飲みながら生まれて初めてプロ野球というものを観る機会 を与えられ、私なりにいろいろと考えるところがあった。
 早速そのことを元巨人軍の選手に話したら、「お父さん(彼は私のことを、そう呼んでくれた)はどうしてそんな突拍子 もないことを考えつくのですか」と不思議がられた。
 しかし、もし私を巨人軍の監督にしてくれたら、私の考えたことを実行に移して、必ず巨人軍を優勝させてみせると密 かに思っている。
 それではその突拍子もない秘策を、そっと御披露するとしよう。

一、 バットの先端の、ボールのあたる部分を細かい鮫肌にして、ボールの摩擦抵抗を大きくする。卓球のラケットの例を引くまでもなく、バットの真芯に球が当たらなくても、可成り癖のある打球が飛ぶこと請け合い。なお鮫肌にしないまでもバットの面を従来のバットとまったく変わりなく、しかもボールに対する摩擦抵抗が大きくなるように加工することぐらい、今のスポーツ用品メーカーの技術をもってすれば容易なことだと思う。わからないように滑り止めスプレーをバットの手元に多めにかけて、それを手でしごいてボールのあたる部分になすりつけるような姑息な考えは捨てることだ。
二、 鮫肌バットが駄目ならバットの芯をカーボンブラックにして(しな) りを、ほんの少し良くすること。これで外野フライの何本かはホームランになるはず。七十本以上のホームランを打つ選手が何人も出て、野球が面白くなること請け合い。
三、 明らかにピンボールと思われる球を投げられたら、血相を変えて投手に詰め寄る等という何の得にもならぬことをする代わりに、打者はすかさず、グリップ止めが申し訳程度にしか付いていないバットに替えて、バットが球に当たろうが当たるまいが思いっきり振り回し、バットの先が投手に向いた瞬間、グリップをゆるめてバットを投手めがけて飛ばすこ と。グリップ止めの大きなバットの使用が許されるなら、小さなものも文句はないはず。 あとは帽子をぬいでグリップがゆるんだと鄭重に謝ること。 投手の肋骨が一、二本折れれば大成功。不成功に終わっても肝を冷やした投手の次の投球が楽しみだ。
四、 各野球場の砂を徹底的に分析し、その砂に最も摩擦抵抗の少ない素材でユニフォームを作ること。馬術競技では競技場の砂の深さや芝生の伸び具合をみて馬のクランポン(蹄鉄のスパイク)の爪の数や長さを決めるのが常識。 各球場の砂に合ったユニフォームでスライディングをすればセーフになる確率が高くなる。
五、 ユニフォームは「つなぎ」スタイルにすること。スライディングの際の摩擦抵抗が減少するばかりか、砂が股間に入らず衛生的。なおこのスタイルを奇異と感じるのは、せいぜい一ヶ月ぐらい。観客も選手もすぐになれること請け合い。これは今季の初めストッキングが見えなくなった時のことを思い出せば納得がいくはず。
六、 ユニフォームの素材及びスタイルを変えることで、選手は自信を持って果敢に滑りこみ、従来ならアウトのタイミングでもセーフになる確率が高くなる(メンタル野球)。
七、 投手のグローブから人差指が出ているのも非常に気になる。人差指を出さずにもっと使いやすいグローブを選手自身が考案するぐらいの努力が必要。
八、 過去の栄光のみに生きているような監督に技術的アドバイスを受けている選手等は少なくとも馬術の現役選手には一人もいない。世界的レベルのプレーを観客に披露するためには、常に世界のトップレベルの選手達の技術を導入するかまたは盗む必要があるが、その気になれば方法はいくらでもあるはずだ。要するにプロ野球の選手達の研究心が不足しているように思うが、一年問を通じて試合日数の多いのもその原因の一つだと考える。

 以上、まったくの素人が世迷言(よまいごと) を無責任に書いてみたが、いかがなものだろう。
 野球といわず馬術といわず、将又(はたまた) 彫刻といわず、それぞれの社会には長年にわたって培われてきた常識とか習慣という ものがあって、その社会の中に浸り切っている人達は、何の疑問も抱かずに、その常識の範囲内でしか物事を考えることが できなくなっているきらいがある。
 私の言うことが的を外れているかもしれないが、ゴルフや相撲の世界と違いプロ野球の世界では、大学や高校のポッと出 の選手が、ベテランのプロの選手にまじって、すぐに活躍できるところに私は非常な甘さを感じずにはいられない。
 日本中央競馬会では千葉県の白井(しろい) に競馬学校を設けて中学卒業の騎手志望者を入学させて将来プロ騎手になるための あらゆる教育をしている。
 巨人軍も高いスカウト料を支払って学業の片手間に野球をしてきた高校や大学生を雇うかわりに、野球学校を創立して 優秀な素質のある中学生を自前で養成するほうが遥かに即戦力になると思うのだが。
 娘の義兄には、将来プロ野球選手を目指す中学卒業生の野球学校を創立し、その初代の校長先生になってもらいたいと 密かに願っているのだが、いずれにしても娘の義兄のためにもプロ野球のますますの発展を望まずにはいられない。

(1998.11)