判 決 文


2. 本件に関する医学的知見

私たちは多くの医学文献を提出し、しかも裁判所の指示により重要な部分には赤い線を付けているにもかかわらず、裁判官は、医学文献のタイトルが肺高血圧症、慢性肺血栓塞栓症および原発性肺高血圧症のものしか採用していません。裁判官は中身は見ないということでしょう。杜撰、怠慢そのものです。

(1)  肺高血圧症(甲B1,16,24)
 肺動脈圧は収縮期が25mmHg,拡張期が10mmHg程度であり,その平均圧は15mmHg前後である。この低い肺動脈圧が上昇した状態を,肺高血圧という。WHO(世界保健機構)の基準では,肺動脈平均圧が25mmHg以上を示した場合を,肺高血圧症と定義している。
 肺高血圧症の原因は様々であり,肺疾患や肺血栓塞栓症などによる肺血管抵抗の増大を原因とするもの,左心不全などによる左房圧上昇を原因とするもの,心房中隔欠損や心室中隔欠損による左から右への血流のシャントによる肺血流量の増大を原因とするものなどがある。すべての原因が否定され原因不明の場合には,原発性肺高血圧症と診断される。
 肺高血圧症に特異的な症状はない。肺高血圧症が進行すると右心系の機能が障害され,右心不全の状態となる。
 
(2)   慢性肺血栓塞栓症(甲B2,3,6,16)
 慢性肺血栓塞栓症とは,器質化した血栓により肺動脈が慢性的に閉塞を起こした疾患の総称である。
 肺動脈が閉塞すると,肺血管抵抗が増加して肺高血圧が生じる。これが右心系に対する圧負荷として作用し,その結果,右室が拡大する。圧負荷が遅延すれば肥大が生じ,壁運動は低下して,右心不全となる。
 臨床症状のうち,自覚症状としては慢性肺血栓塞栓症に特異的なものはなく,他の心肺疾患において認められるものがほとんどであるが,労作時の呼吸困難は高頻度で認められ,胸痛,咳嗽,失神なども見られる。肺高血圧の合併により右心不全症状をきたすと,腹部膨張感,体重増加,下腿浮腫などが見られ,肝腫大も見られる。肝うっ血をきたすと,GOT,GPT上昇などの肝機能障害を示す。また,肺高血圧の進展に伴い,三尖弁逆流による収縮期心雑音も聴取されることが多い。
 胸部単純X線写真では,肺動脈の拡大や,心胸郭比の拡大などが認められる。心電図では右室肥大,右心負荷の所見が見られ,心エコーでは右室の拡大,肥大など右心系負荷所見が認められる。
 慢性肺血栓塞栓症(肺高血圧型)の診断基準は次のとおりである(厚生省特定疾患呼吸不全調査研究班による)。
I 主要症状及び臨床所見 次の5項目の@を含む少なくとも1項目以上のしょけんを有するlこと
@ Hugh-JoneII度以上の労作時呼吸困難又は易疲労感が3か月以上持続する。
A 急性例に見られる臨床症状(突然の呼吸困難,胸痛,失神など)が,以前に少なくとも1回以上認められている。
B 下肢深部静脈血栓症を疑わせる臨床症状(下肢の腫脹及び疼痛)が以前認められている。
C 肺野にて肺血管性雑音が聴取される。
D 胸部聴診上,肺高血圧症を示唆する聴診所見の異常(II音肺動脈成分の亢進,IV音,肺動脈弁弁口部の拡張期雑音,三尖弁弁口部の収縮期雑音のうち,少なくとも1つ)がある。
II 検査所見 次の@〜Cのうち2項目いじょうの所見と,D又はEの所見があり,Fの所見が確認されること
@ 動脈血液ガス所見
 a 低炭酸ガス血症を伴う低酸素血症(PaCO2≦35,PaO2≦70)
 b AaDO2≧30)
A 胸部X線写真
 a 肺門部肺動脈陰影の拡大(左第2弓の突出,又は右肺動脈下行枝の拡大:最大径18mm以上)
 b 心陰影の拡大(CTR(心胸郭比≧50%)
 c 肺野血管陰影の局所的な差(左右又は上下肺野)
B 心電図
 a 右軸偏位及び肺性P
 b V1でのR≧5mm又はR/S>1,V5でのS≧7mm又はR/S≦1
C 心エコー
 a 右室肥大,右房及び右室の拡大,左室の圧排像
 b 心ドプラー法にて肺高血圧に特徴的なパターン又は高い右室収縮期圧の所見
D 肺換気・血流スキャン
  換気分布に異常のない区域性血流分布欠損が,血栓溶解療法又は抗凝固療法施行後も6か月以上不変あるいは不変と推測できる。
E 肺動脈造影
  慢性化した血栓による変化として,pouch defects,webs and bands,intimal irregularities,abrupt narrowing,complete obstructionの5つのうち少なくとも1つが証明される。 
F 右心カテーテル検査
 a 慢性安定期の肺動脈平均圧が25mmHg以上を示す。
 b 肺動脈楔入圧が正常(12mmHg以下)
III 除外すべき疾患,左心障害性心疾患,先天性心疾患,換気障害による肺性心,原発性肺高血圧症,膠原病性肺高血圧症などの除外すべき疾患のすべてを除外できること
 
(3)  原発性肺高血圧症(甲B7,乙B1)
 原発性肺高血圧症は,原因不明の肺高血圧症に対して付けられる臨床診断名である。
 臨床所見としては,労作時の息切れが主訴になることが多く,進行した症例では,下肢のむくみを訴えることもある。血痰や喀血も少なからず見られる。身体所見としては黄疸やチアノーゼが見られ,頚静脈は怒張する。心エコーでは著明な右室,右房の拡大が見られ,左室は小さく,心室中隔は右室側より圧排されている。
 診断根拠としては,@肺動脈性(又は前毛細血管性)肺高血圧及び/又はこれに基づく右室肥大の確認,Aその肺高血圧が原発性であることの確認が必要である。
 原発性肺高血圧症の診断基準はは次のとおりである(呼吸不全に関する調査研究班による。)
I 主要症状及び臨床所見 次のうち3項目以上の所見を有すること
@ 息切れ
A 疲れやすい感じ
B 労作時の胸骨後部痛(肺高血圧痛)
C 失神
D 胸骨左縁(又は肋骨弓下)の収縮期性拍動
E 肺高血圧症の存在を示唆する聴診所見の異常(II音の肺動脈成分の亢進,IV音の聴取,肺動脈弁弁口部の拡張期雑音,三尖弁弁口部の収縮期雑音)
II 検査所見 次の@〜Eのうち3項目以上の所見と,F及びGの所見を有すること
@ 胸部X線像で肺動脈本幹部の拡大,末梢肺血管陰影の細小化(左第2弓の突出,右肺動脈下行枝の拡大(最大径18mm以上),右肺動脈下行枝の急激な狭小化又は蛇行,末梢肺血管陰影の細小化,心陰影の拡大)
A 心電図で右室肥大所見(右軸偏位,肺性P, V1でのR≧5mm又はR/S>1,V5でのS≧7mm又はR/S≦1)
B 肺機能検査で正常か軽度の拘束性換気障害(動脈血酸素飽和度はほぼ正常)
C 心エコーにて右室肥大所見及び推定肺動脈圧の著明な上昇
D 腹部エコーにて肝硬変及び門脈圧亢進所見なし
E 頚静脈波でa波の増大
F 肺血流スキャンにて区域性血流欠損なし(正常又は班状の血流欠損像)
G 右心カテーテル検査にて
 a 肺動脈圧の上昇(肺動脈平均圧で25mmHg以上)
 b 肺動脈楔入圧(左心房圧)は正常(12mmHg以下)
III 除外すべき病態 気道及び肺胞の空気通過を一次性に障害する疾患,胸郭運動を一次性に障害する疾患,肺血管床を一次性に障害する疾患などの除外すべき疾患のすべてを除外できること
(4)  右心不全(甲B25,乙B8,9)
 心不全とは,心臓のポンプ機能の異常のために組織の需要に見合うだけの血液を拍出で着ない病的状態であり,右心系が障害されるものを右心不全という。
 右心不全では,労作性呼吸困難,静脈怒張,静脈圧上昇,肝腫第,黄疸,下腿浮腫,腹水,体重増加,消化器症状などの症状を示す。
 心不全については,視診,触診で心拡大が見られ,聴診上はIII音による奔馬調律,II音肺動脈成分の亢進,僧帽弁閉鎖不全や三尖弁閉鎖不全による心雑音が聴取される。胸部X線検査では,心拡大,肺うっ血,胸水などを認めるが,心電図では心不全に特徴的な所見はない。

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