HHJ
パール・ハーバーの影 HHJ VOL.85 2002.4 無意味な破片
半分半分放送局長―普通の住民を迫害することと芸術家を迫害することの間には、意味論的な乖離があるんだ。 特派員―一般的に言うと、人権侵害の問題だけでは片付きませんね。表現の自由という民主主義の原理を否定することだから。 放送局長―まあ、それも人間存在の本質から来ているんだ、とおれは言いたいね。本質というのは、こうと決まったものじゃない。可能的な概念、明日に向かって開かれた存在なんだよ。絵や小説はそれを先取りする仕事、ジャーナリスムはそれを守るのが使命だ。 特派員―一長谷川喜作が悩んで、職業は画家であり小説家であると大館新報の小池記者に94年米代川ドキュメンタリー第1部の試写会のとき宣言したのは、ただ戦略的な配慮からですが、まったく愉快ですね。 編集長―一人の名もない住民を迫害したら、雑誌編集長・自然保護活動家・映画監督・文化人類学者・哲学者などなどを追いかける結果になって、半可臭い連中はだんだん青ざめたはずだ。これは、要するに記号の指示内容(メッセージ)の分裂増殖みたいなものだ。 放送局長―日本の社会現象のパロディだな。まったく皮肉なドラマだ。 特派員―公文書の晦渋な文章や他のメディアの環境サインでシニフィエ(意味内容・メッセージ)に惑わされてきたのは、こっちですからねえ。
編集長―マス・メディアか自民謀略機関か知らんが、日本国はこれ以上馬鹿な真似はやるべきじゃないね。ただの住民にしておけば、この執念深い迫害には重要な意味があるとは人に思われないだろうと考えてはいけない。 放送局長―確か週刊朝日だったな。70年代半ば〈自称作家〉と侮蔑的に呼んだのは。名前は出なかったが。 編集長―そう。ぼくは小説家の卵だったけれど、誰に対しても自分が作家だと嘘を言ったことはないんだ。だから、あれには悪意を感じたね。始めから巻き戻して話すと、だな、代々木上原のアパートの近所に二科会の画家荻原寛子が住んでいて、ぼくはときどきアトリエに遊びに行っていた。進駐軍と一緒に日本に来たアメリカ人の建築家アンダースン(Henry Anderson)と一人息子のジャニー、それが広尾の伯母さんとオーヴァー・ラップした。ぼくはほとんどいつも黒いトレーナーを着たその日暮らしの〈STRANGER〉だったけれど、あるいは、そのせいかもしれないが、ジャニーの兄貴みたいになった。ところが、ある日アトリエに行くと、ジャニーの母親がぼくを見るなり、まあ、長谷川さんは警察署にいるのかと思ってた、と笑いながら言うんだよ。理由を聞くと、数日前アパートで外国人旅行者たちが大麻かLSDの所持で逮捕されて、朝日新聞に〈黒いトレーナーを着た〉若い日本人の男が黙秘を続けているとあるので、ぼくだと思ったということだ。 放送局長―あの頃は街でトレーナーを見かけるのは、ほとんどなかったよ。あの逮捕された日本人の黒いトレーナーというのは、偶然の一致にしてはできすぎてるよ、なあ? 編集長―そう思いたいね。あれは小田急デパートで7000円で売っていたやつで、今じゃ嘘みたいな高級品だ。トレーナーを裏返しにして着たのは、ぼくが最初だと言いたい!ところで、朝日やおそらく他の新聞がそう書いたのは警察の発表を真に受けたのだから、人物誤認の種を作った第一責任は警察にある。それが嫌がらせだとは考えなかった。ぼくは幸運なことにちょうど祖母の法事で東京にいなかったので、黒いトレーナーの一致は笑い話で終わったよ。誤認の被害も起きなかった。しかし、週刊アサヒは新聞記事じゃ足りないとアパートの風変わりさをも世間に紹介したくなったのだな。どんな記者か、ぼくは知らない。 特派員―自称何々というのは、絶対に正常な書き方ではありませんよ。普通は犯罪者や容疑者に使う。 編集長―ああ、疑念はくすぶったね。この記者の本当の目的は黒いトレーナーをもう一度決定的に傷つけることにあるのじゃないか、と。おかげで噂をテーマにした《消えた消しゴム》を一気に自動記述法のように書き上げることができたよ。新聞社の内幕を、だ。
特派員―やはり新聞その他のマス・メディアは小説家としては絶対に相手にしたくない、認めたくない、という一点で見事な共同意思がありますね。 編集長―お互い様だよ。仕事の意味から言えば、向こうには憲法が保障する権利を守る公共的な責任がある。だからこそ、読者は協力して情報を送る。ぼくも、92年夏朝日新聞秋田版が地域の出版物紹介を連載していたから、《日付のない街》を大館通信局に送った。すると、何日かして通信局の記者が夜中に電話をかけてきて、掲載できない、と苦しそうに断るのだ。秋田支局に送るべき情報なのに、自分が持ってるというじゃないか。新聞社のシステムを考え直したらどうか、と東京本社に抗議したけれど、返事はよこさなかったよ。93年リヴァー・ユートピアを構想したとき考えたのは、そういう報道機関のフィクションの馬鹿馬鹿しさを無関心な人々にも認識させる方法だよ。リヴァー・ドキュメンタリー。長木ダム建設計画反対運動を始めたとき、TBSの後浜に手紙を書き送って、それが目的のひとつだと打ち明けたが、もちろん、歴史に残すためだ。うまくいったな? 放送局長―最高傑作だよ。生意気で気障りな黒い点が目の隅にあって、意識したくないと思っていたら、視界に広がり出して半分しか見えない。日本の歴史解釈を変える《仮面について》も無視するなら、笑い者だよ。
特派員―しかし、その黒い点は日本社会の闇が作り出したものですね。 特派員―アフガニスタン復興支援会議にNGOの〈ピースウィンズジャパン〉が参加するのを外務省が拒否した問題で、小泉首相は何と田中真紀子外相の首を切るという横暴な解決策を取った。彼女が、首相は今や抵抗勢力だと決め付けると、小泉純一郎は短気を起こして〈ただじゃ済まない〉 ナモネ氏―外務大臣を選んだ責任を感じるべきだ。衆院予算委員会の参考人質疑を聞くと、鈴木宗男は正直でないな。彼の発言を〈外務省が忖度して判断したのなら〉と言うが、曖昧な話に対してすぐ答えを見つけなければ後が怖いということを思い知らされてるんだから、ねえ。 特派員―記号の読み取りは出世の第一歩、人間関係の終わり、と申しましょうか?北方領土でのロシア支援事業の不正で、鈴木宗男が外務省の役人を子分にして国際的な根を張ってる事実が明るみに出たけれど、官房副長官にすぎなかった議員が自分の力だけで政権を二重構造にできるわけがない。 ナモネ氏―あの北海道の政治屋が何を背景にしていたか、それが問題だな。 放送局長―四島支援委員会に旧ソ連側が出席しなくなったのは、買収の結果じゃないか、な。実質的な日本領土にするのが目的だろう。 アロマ―ブッシュ(George W.Bush)大統領の極東訪問とタイミングがぴたりと合ってるわね。日本海の両岸は一まとめにして考えないと、現象を見失う。 編集長―去年の9月から国際情勢は〈悪の枢軸〉をどうするか、それを軸にして回ってるんだよ。今年に入って、アメリカ議会は政府が北朝鮮の軽水炉建設援助を止めるよう声明を出したね。核疑惑が消えないからだ。日本では外務省の隷属化をめぐって荒れた。両国は些細な拉致問題で対立しているが、日本政府は北朝鮮の工作員が日本国内で活動したことを前提にしながら、大館橋マークと花壇事件で見たようになぜかその他の北朝鮮の不思議な工作は措定しない、そんな仮定さえもしない。〈悪の枢軸〉の活動をチェックしない政府は協力関係にあると言わなければならない。これが一部のマス・メディアと組んで謀略機関を構成しているのじゃないか? テロリスム偏愛症候群 HHJ VOL.86 2002.7 無意味な破片 編集長―安全保障問題についいて考えると、ぼくにとって敵は自民党政権だよ。全然信頼できない。 半分半分放送局長―70年のとき、キャンパスには自衛隊が学生を押さえつけるために出動するかもしれないという噂が流れた。平和憲法を掲げる国で軍隊が出動すると、内外の世論が味方しない。そんな阿呆なことはやるまい、と思ったね。 編集長―そう、機動隊と警察の力でキャンパスは十分潰せたからな。今でも自衛隊より嫌な存在だ。 放送局長―日本の良識派は、侵略国と日本の権力の両方に叩かれる。戦争が始まりそうになったら、海外に逃げたほうがいいよ。 特派員―それを想像すると、陸続きの国より希望がない、後の安全保障 がないですね。ぼくが日本のみなさんによく考えていただきたいのは、日本政府はこういう危機的状況になってもバイオ・ケミカル・テロに備えて国民のために防毒マスクを用意する計画さえ立てないことが何を意味するか、ということです。 編集長―環境汚染は参考になる。悪い政治は住民が自分で生命を守る力がない無力さから権力を汲み上げるのだ。つまり、住民が防毒マスクを持たなければ、恐怖感が強まり、そこに権力がつけこんで簡単に金を集めたり命令したりして利用することができ、それにつれて住民は人権意識と自由意思を喪失するということだ。 特派員―9.11のハイ・ジャック自爆テロの後、自民党は原子力発電所などへのテロを警戒するという口実で28都道府県の警察にサブ・マシンガンを配備しましたよ。住民の安全のためには何も。 放送局長―放射能テロも現実的になってきた。中国で細菌戦を実験した日本は、こういう分かりにくいことが得意だ。 ナモネ氏―左翼学生は内ゲバで自滅しかけていたんだろう、70年当時? 編集長―自滅の原因が怪しい。革マル派や中核派その他無数のセクトがあったが、疑問に思ったのは、ああいう左翼の歴史認識が貧弱なこと、活動資金がどこから出るのか、ということでしたね。 放送局長―それから、大事なのは政府側の仮面のようなセクトの存在だ。 特派員―えっ、それは確認できたことですか? 放送局長―だったら、君、日本はこれほど悪質になっちゃいないや、ね。 編集長―国家権力の仮装テロは歴史的によくあることなんだよ。記憶は曖昧だが、フランス革命、帝政ロシア、戦前の大日本帝国。目的は世論操作、人心操作だ。 放送局長―例えば、昭和6年9月関東軍は柳条溝の満州鉄道を爆破、中国軍のせいにして、自衛のためにと言って、驚くじゃないか、全満州を 自分のものにする。昭和7年1月上海の通りで日本人僧侶が中国人に殺された。犯人は日本軍に買収されてその指示に従って行動したのだった。テロの目的は、満州帝国を樹立する計画からヨーロッパ・アメリカなど列強の目を逸らすこと、排日運動を抑えること、支那に対する日本国民の憎悪を煽ることだ。テロ直後の行動は、幼稚なシナリオを実行に移したものでしかない。上海市長に抗日団体すべての解散要求、海軍陸戦隊の上陸、上海無差別爆撃。ナチスのゲルニカ無差別爆撃の4年前だ。 ナモネ氏―日本は、それで完全に国際的に孤立してしまったなあ。 特派員―パール・ハーバーの本にも書いてたけれど、当時から日本は宣戦布告しないで戦争する国として有名だった。 編集長―謀略政治は戦争の準備と思わなければいけない。歴史の本やマス・メディアは、日本の戦争開始について屁理屈が多すぎる! ナモネ氏―自分が悪いと分かっていても、率直に〈はい、そうです〉とは言えない国民なんだな。ダイアローグがそこで停止してしまう。
特派員―自民党政府が一生懸命自治体の合併を推進しているけれど、地方自治法をそれにふさわしく改正するという声はないですね? ナモネ氏―遵守する様子もないなあ。例えば、住民の質問書や要望書に対して回答しないなんてのは、誠実に事務を執行することを定めた規定に反するが、そういう不正行為は取るに足らないとして問題にしない。 住民は、たったそれだけで苦痛だ。 特派員―福祉協議会の職員が無断で乳井治道の住民票を取ったというので、本人が大館市に調査を要望したけれど、これにも回答がない。 ナモネ氏―上司の命令には従わなければいけない、と定めてる。これくらい民主主義を、憲法の基本精神を裏切る規定はないんだが。 特派員―まったくですね。地方自治法で変だな、と思うのは、自治体という言葉がないことです。自治がなくて地方公共団体です。そこいらに群れてる団体さんの感覚ですよ。 ナモネ氏―国会議員に頼まなけりゃ、何も始まらない。戦後しばらくは自治体に国からの独立性を強く認めるという雰囲気が一般的だったが。 編集長―国の民主化は住民生活に密着した地方行政の民主化を推進することで基礎が固まるという、まあ、アメリカ風の考え方だな。自治体に国からの独立性を強く認めるというのは。 特派員―侵略戦争の反省から出た…しかし、公費乱用問題で理解したのは誰もが勘定をごまかして生きてるので、寛容なんだということではない。秘密の共有みたいにもの凄い鉛の壁を築いている。 編集長―訛りの悪い使い方と深い間係がありそうだなあ。 昭和のテロ・シアターにご案内 |
1 パール・ハーバーとは何か?
2 謀略のパール・ハーバー
Atelier Half and Half