斎藤環の講演会「中井久夫を読む」を聴いたあと、未読の文庫本を一冊買った。
短いエッセイが19編。どれも面白い。とりわけ「精神健康の基準」が面白かった。わずか17ページのなかに中井久夫の精神医学に対する思想の根幹がよく現れている。
たとえば、病気、特に精神疾患は異常なのではなく、ふつうの人も持っている感受性が度を越してしまっている状態と考える。誰もが病気になる素因を持っている。だから「病人」と「健常者」とに簡単に切り分けられるものではない。このことは彼の著作で最初に読んだ『徴候・記憶・外傷(sign, memory, trauma)』にも書かれていた。
以下、中井が列挙する健康の基準。
- 1. 分裂(splitting)する能力、そして分裂にある程度耐えうる能力
- 2. 両義性(多義性)に耐える能力
- 3. 二重拘束への耐性を持つこと
- 4. 可塑的に退行できる能力
- 5. 問題を局地化できる能力
- 6. 即座に解決を求めないでおれる能力
- 7. 一般にいやなことができる能力、不快にある程度耐える能力
- 8. 一人でいられる能力
- 9. 秘密を話さないで持ちこたえる能力
- 10. いい加減で手を打つ能力、意地にならない能力
- 11. しなければならないという気持ちに対抗できる能力
- 12. 現実対処の方法を複数持ち合わせていること
- 13. 徴候性へのある程度の感受性を持つ能力
私に足りないものは何だろう。6, 10, 12あたりか。営業職をしていた頃には2, 5, 6, 7, 11などが十分でなかった。仕事だからと割り切ることもできず、かといって、仕事であってもこんな暴挙は許されるものではないと決意を持つこともなかった。
今から思えば、大企業ならば制度化している内部通報に訴えるべき事態に遭遇したこともあったのに、あまりの酷さに心身が硬直してしまい、離人症のように悪事を傍観してしまったこともある。
前半には精神病を家族を通して考察する文章が続く。心に突き刺さるような内容もあり、感想は書けない。
自分の「家族」について考えることと書くことを、私は長らく回避している。