三浦しをんを読むのは、『舟を編む』『ののはな通信』に続いて3冊目。前の2作も快適な読書で爽快な読後感が残った。本書もとてもよかった。三浦しをんは今一番、私の読み心に馴染んでいる作家と言える。波長が合う、というのか、読んでいて気持ちがいい。
波長が合っている要因はどこにあるか。三浦しをんのどこが好きか、考えてみた。
1. 登場人物への深い敬意と愛情。これまでに読んだどの作品にも感じられる。現実にいる人物にインタビューしたてきたノンフィクションを書くように、一人一人の性格や内面を、とても丁寧に書いている。
2. 人と人との間に生まれる信頼関係を描くことがとても巧い。チームワークでも、一対一でも、信頼関係、友情、愛情が醸成される過程の描写が巧み。
3 何より文章が上手い。作品ごとにまったく違う文体なのに、不自然に「作った」感じがしない。流行り言葉の不用意な使用もない。本作では、最後のレースの場面が圧巻。レースの臨場感と疾走する若者たちの秘めた思いがコースの情景とともに鮮やかに描かれている。ランナーズ・ハイとゾーンの描写も、それを知らない者もそういうものかと納得させられる。
4. 暴力と規律で行われる、いわゆる管理教育を厳然と否定している。これは本作について言えること。理想の教育方法、コーチングとは何かを考えるヒントをくれた。私も、過酷な管理教育にしばられた経験があるので、反・管理教育の姿勢を明確に打ち出していることに強い感動を覚えた。
5. 読後感が爽快で「希望」が感じられる。これは解説で最相葉月が著者の言葉として取り上げている。「希望」についてもうすこし詳しく書けば、どの作品でも、いわゆるセカンドチャンスを書いている。挫折を味わった者が、苦悩をくぐり抜けて再起する。これは、読んできた3作、すべてについて言える。
とくに本作では、やや理想的すぎるかもしれないとしても、リーダー、清瀬の挫折と苦悩と再起と成功への道程が見事に描かれている。
本作について。
走の成長はとても魅力的。個人的には清瀬に惹かれる。一言で言って、"カッコいい"。読みながら、ちばあきおの漫画『キャプテン』の谷口を思い出した。二人の友情は『ののはな通信』の二人を思い出させるほど、厚く深い。
リーダーとして、チームの一人一人の性格を把握して的確な指導をする、厳しくするときは敢然とした態度で臨む、誰よりも努力する。清瀬は理想のリーダー像を教えてくれた。
本作は漫画にもなっているらしい。10人の個性的な登場人物がいるだけでも絵で語る漫画にはもってこいの原作だろう。
駅伝について。
一時期、学生が箱根で燃え尽きてしまい、世界で活躍できる選手が育たないと箱根駅伝に批判的な見方が強い時期があった。
今はそんなことはない。指導方法も変わってきているのか、箱根を経験した選手から世界レベルのマラソン選手も生まれている。
東京・箱根間を走るという極めてローカルな仕様のこのレースを、私は前から好きだった。何もオリンピックの金メダルだけがスポーツの頂点ではない。ここにしかない仕様のレースで戦うことには、ここにしかない意味がある。そう思っていた。ル・マンもそう。ツール・ド・フランスもそう。
特殊性を突き詰めることで、箱根駅伝は世界に通用するランナーを輩出する普遍性を持つようになった。
ここだけに賭けたからこそ、遥か彼方が見えてきた。私はそう思っている。
最後に。
挫折して苦悩している私に、清瀬のようなセカンドチャンスは訪れるだろうか。
チャンスは待つものではなく掴むもの。とすれば、まずは考え続け、書き続けなければ。
さくいん:三浦しをん