奇跡の復活

埼玉県の謎のキャブオーバーバス(解決編)

埼玉県から宮城県の基地に運び込まれた謎のキャブオーバーバス。
シャーシと言いボディと言い、その生い立ちがしっかりと分からないまま、海和さんの苦悩編では、一旦「このバスはトヨタLBというトラックシャーシを使って作った変なバスなのだ!」と強引に結論を導き出した私でした。
しかし、その記事を見たある方から、間もなく明快な回答が示されたのです。それは2015年9月のことで、海和隊長と伏見広報部長から、相次ぐメールで知らされました。

これまでのあらすじ

Webで見つけた
上信電鉄

2007年某日。多分「廃バス 放置」とかいうキーワードで画像検索でもしていたんでしょう。私のパソコンの画面に、古めかしい箱型バスの画像が表示されました。
そのブログを隅から隅まで見たところ、どうやら埼玉県と群馬県の県境あたりの川のほとりの畑の隣に置いてあるらしいことが分かりました。そこで、Googleアースをフル活用して、埼玉県と群馬県の県境あたりの川のほとりを空から丹念に探してみたところ、それらしい物体を見つけることができました。

現地に行った
上信電鉄

撮影:埼玉県(2007.6.30)

保存会会長の海和さんと乗り物精密画の栗原画伯との3人で、実物を見に行くことにしました。
キャブオーバーバスであることは想像通りですが、正面のスタイルは、結構いろいろなところで見かける富士重工風の傾斜窓でした。
「また同じような顔のキャブオーバーバス見つけちゃったね」と、私は勝手に失望していました。
海和さんが車内に入ってみると「上信電気鉄道」のプレートと群2い15-20というナンバーを書いた車内名札入れが付いていました。

引っ張り出した
上信電鉄

撮影:海和隆樹様(埼玉県 2011.2.12)

現地調査から3年半後の2011年の冬のある日、このバスのサルベージを決行しました。
現地には代わりに中古のコンテナを寄贈し、キャブオーバーバスは宮城県のヤードへとその日のうちに運びました。

調べた
上信電鉄

撮影:海和隆樹様(宮城県 2011.2.13)

エンジンについているプレートには「神9135神」と打刻されていました。この「神」は神奈川県の「神」で、このバスは最初は神奈川県で使用されていたことが分かりました。
エンジンはトヨタっぽいのですが、型式の分かる車台番号の解読には苦労をしました。海和さんは何とか「LB-40170」と解読しました。

大胆に仮説を披露した
トヨタ自動車75年史

その間、東日本大震災なども起きてしまったわけですが、2014年10月、海和さんが苦労して解読した情報を形にしようと、私はトヨタの公式サイトからトヨタ自動車75年史を紐解き、このバスはトラックシャーシのトヨタLBである、と結論付けたのでした。そして、この車両の謎解きはこれでおしまいにしようと思ったのでした。

車検証が発見された!

2015年9月のある日、海和さんから突然のメールが来ました。
この車両の車検証を持っている人がいたというのです。
海和さんから送られてきた車検証(仮称:B車)
B車(仮称)の車検証(1955−1962)
車検証
バス画像を拡大
B車(仮称)の車検証(1962−1963)
車検証
バス画像を拡大

まずは海和さん経由で送られてきた車検証のコピーです。
海和さんが以前に調査した原動機番号の「神9135神」と書かれています。所有者は上信電気鉄道で、車名・型式はトヨタBM型48年式となっています。海和さんが所有する元塩竈交通のキャブオーバーバスと同型車だったのです。
さらに、形状欄を見ると「ボンネット型」と書かれています。
「やっぱり、ボンネット型をキャブオーバー型に改造した代物だったのだ!」そう思いました。
もっとも、登録番号の所には「2い1530」と書かれており、そこがちょっと引っかかりました。

上信電鉄 トヨタBM(1948年式)
上信電鉄

撮影:廃札主任様(埼玉県 2011.1.10)

塩竈交通 トヨタBM(1948年式)
トヨタBM

撮影:栗原市(2012.9.16)

今回の上信電鉄のキャブオーバーバスと2005年にサルベージした元塩竈交通のキャブオーバーバス。
両方とも同じトヨタBM型の1948年式であることが分かりました。ただし、ボディメーカーは異なり、上信電鉄は川崎航空機製、塩竈交通は富士重工製です。

伏見さんから送られてきた車検証(仮称:A車)
A車(仮称)の車検証(1954−1961)
車検証
バス画像を拡大
A車(仮称)の車検証(1962−1964)
車検証
バス画像を拡大

それにしても、一体どこからどんなきっかけで車検証が出てきたのか・・・その答えは伏見さんが知っているということなので、メールで問い合わせたところ、伏見さんからも車検証の画像が送られてきました。
ご覧のとおり群2い15-20の登録番号が書かれています。そしてトヨタBM型48年式というところも同じです。しかし、こちらには「キャブオーバー型」と書かれており、よく見ると原動機番号も違うのです。
一体どういうことでしょう。

車検証の記載内容を比べてみる
表2
項目名A車B車
登録番号(黄色横長)2-177062-17759
登録番号(黄色)2あ-08282あ-0834
登録番号(緑)群2い15-20群2い1530
長さ780m820m
220m230m
高さ270m290m
車名トヨタトヨタ
型式BM型48年式BM型48年式
形状キャブオーバー型ボンネット型
原動機の型式(旧)羊型B型
原動機の型式(換装後)+型(※)神型
燃料の種類ガソリン揮発油
車台番号48179羊5184羊
原動機番号(旧)羊51501羊8B162564
原動機番号(換装後)+1345(※)神9135神
備考(抜粋)昭和32年1月30日継続(本場)
昭和34年6月12日標板更新
昭和35年1月19日機関変更
昭和39年4月4日継続
昭和31年12月21日継続(本場)
昭和34年8月18日原動機変更
昭和37年12月3日継続
赤文字は廃車体と一致する部分
(※)=「+」部分は、車検証では十の字を丸で囲んだような文字が書かれています。

せっかく車検証が見つかって、すべての謎が澄んだ青空のように晴れ渡ることを期待したのですが、二人から別々の車検証が送られて来るという、また新たな謎を吹っかけられてしまいました。
仕方なく、この二つの車検証を、仮に「A車」「B車」に分けて、分析してみることにしました。このアイディアは海和さんからいただきました。
そして作ったのが上のような表です。
何が分かるのでしょうか。
登録番号、キャブオーバーバスという部分から、サルベージしたバスはA車である可能性が高いのですが、原動機だけはA車に搭載された形跡はなく、B車に搭載されたまま廃車になった模様です。

2両の生い立ちを図解してみる
系譜

言葉で説明しても分かりにくいので、A車とB車を図解してみました。車検証のスタートは2両とも1954〜55年と、年式の1948年から7年ほど経っています。多分、中古車として上信電鉄に嫁いできたのがこのタイミングなのだと想像します。
2両とも原動機の変更を1回ずつ実施しているのですが、廃車体に搭載されていた「神9135神」はボンネットバスに搭載されたまま廃車になったようです。
だとすれば、廃車になったボンネットバス(B車)のエンジンをキャブオーバーバス(A車)に流用したものの、それは車検証には反映されていなかった・・・というのが実際ではないかと想像します。

お台場旧車天国2015にて

そんな中、11月に開かれた「お台場旧車天国」で、伏見さんと会えることになりました。
伏見さんが言うには、今回この車検証を持っていた方は、バスに関わるこう言った資料を集めている方で、1984年に上信電鉄本社でこの資料の提供を受けたとのこと。幣サイトの「海和さんの苦悩編」を見て、保存会へ連絡してきていただいたそうです。
写真は、キュリアス編集部の赤木さんのブースに集合した伏見さんほか。「サルベージもこういう本にしたいべなあ」 そんな夢がまた漏れてきます。

お台場旧車天国2015

撮影:東京都(2015.11.22)

タイムマシンはないけれど

上信電鉄の絵葉書
内山峠

画像:1950年代発行絵葉書

上信電鉄のボンネットバスが、荒船山の麓を走っている絵葉書を入手しました。赤と黄色を使ったカラフルなバスです。シャーシはいすゞBXのようですが、ボディは川崎航空機製なので、今回のバスとはよく似ています。
多分、今回の主役である謎のキャブオーバーバスも、こんなカラーデザインでこの場所を走ったのかも知れません。そう思うと、廃車体を発見した場所も、こんなのどかな風景だったことを思い出します。
2016年現在、私たちの手元にタイムマシンはありません。もしもタイムマシンが既にできているのであれば、今回のような疑問は、1960年代の群馬県にタイムトラベルしてみることで、簡単に解決してしまうのかも知れません。
もっとも、タイムマシンのようなものは、身近にたくさんあるような気もしてきました。
1964年頃の廃車から50年近く廃車体として秘かに残っていたこのBM型バスの実物。そのバスにもぐり込んで車台番号やらエンジン型式やらを調べてしまう海和さん。その車検証のコピーを所有していた方。それそのものがタイムマシンの役割を果たしているかのようです。
今回、そんなタイムマシンのパーツのいくつかを使って、謎はだいぶ解明されてきました。もしかすると、そのパズルをお持ちの方は他にもいて、この謎はさらに解明されていくのかも知れません。
そんなことを期待しながら、「謎のキャブオーバーバス」の解明は、一旦「解決した」ことにしてみました。

−完−

SALVAGE
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80s岩手県のバス“その頃”