盛綱陣屋 仁左衛門の盛綱 2010.10.30 W278

新橋演舞場の十月大歌舞伎夜の部を10日と19日、昼の部を22日に見てきました。

主な配役
佐々木盛綱 仁左衛門
盛綱母・微妙 秀太郎
盛綱妻・早瀬 孝太郎
北条時政 我當
高綱妻・篝火 魁春
信楽太郎 三津五郎
伊吹藤太 錦之助
和田兵衛 團十郎

「盛綱陣屋」あらすじはこちらです。

東京では1988年以来22年ぶりに演じられた仁左衛門の「盛綱陣屋」。そのシャープな芸がきわだつ、素敵な盛綱を見せてくれました。

まず和田兵衛との対面では團十郎の線が太くユーモラスな味のある堂々たる和田兵衛に対し、理知的だけれど情にもろい盛綱との人物の対比が面白く感じられました。そして盛綱が母・微妙に、弟高綱に武士としての筋を通させるため甥・小四郎を切腹させるように頼む沈痛な場面は、せつせつと事情を訴え頭をすりつけんばかりにして母に非情なことを強いるのを詫びていたように見えました。

微妙を演じた秀太郎は武家の女らしくこの非常事態を受け止めたように思いましたが、この後の小四郎とのやりとりや腹を切って苦しんでいる小四郎に対しては、あまり祖母としての情がかんじられないと思いました。

時政の前で弟・高綱の首実検をすることになった盛綱が、「弟が討たれたのは果たして本当なのか」と疑いながら首桶の蓋を取ると、その顔もろくに見ないのに小四郎が飛び出してきて腹を切る。その様子を見ていよいよこれは本物の弟の首かと、悲痛な表情で反対側に顔を向けている血で汚れた首を懐から出した紙でぬぐう。

小柄を首の左耳に差し込み、その小柄を持ち手にして首を向う側からまわして手前にむける。この時すでに本物の高綱の首だと信じている盛綱は、首をまともに見ようとしない。腰にさした刀にグイと力をこめて反りを打ち、覚悟をきめ目をかっと見開いて首を見つめる。

だがすぐに右から見ても左から見てもそれは弟高綱の首でないと気付く。「高綱め、よくだましたものだ」と弟が無事だったのに安心しつつ苦笑いする盛綱。だが「それならなんで小四郎は腹を切ったのだろう」とおもわず小四郎を見ると小四郎は苦しい息の下からじっと盛綱を見つめ、かすかに首を横に振っている。

それを見た盛綱は、小四郎が捕えられたのも、首が贋首だったのにもかかわらず腹を切ったのも、全て高綱が負け戦から再起するための必死の計略だったのだと悟って愕然とする。そして我が子の命を義牲にしてまで勝負に出た弟の企てを無にしないために、これは主に対する裏切りだと思いつつ「この首は弟・高綱の首に相違ない」と時政に断言する。それまで盛綱の出方を緊張の面持ちで見ていた小四郎はそれを聞いてガックリと倒れる。

これが首実験の全てですが、一つ一つ進んでいくこの手順が盛綱の感情の動きと見事にマッチしていて素晴らしかったです。ともすればもたれたり、手順にどんな意味があるのか疑問に思えたりするこの場面がこれほどわかりやすく面白く感じたのは初めてでした。

子役がダブルキャストで演じた小四郎は10日も19日も台詞が最後までしっかりとしていて音が下がることなく間もとてもよくてけなげで、10日は長い台詞に客席から拍手がくるほどでした。

この後、時政一行が引き上げて行ったのを待ちかねた様に、盛綱は陣屋のそばで計略の首尾を伺っていた小四郎の母・篝火を呼び寄せ、小四郎の忠義をほめたたえますが、10日はここで仁左衛門が台詞に力が入りすぎて苦しく、これで千穐楽まで声がもつのかと思いました。しかし19日にはかなり制御されていました。時政の我當は声が貫くようにするどく一筋縄ではいかないこの人物の性格をよく出していたと思います。

盛綱陣屋は二時間弱かかる長いお芝居で、前半は登場人物が座ったままのことが多く見ているほうも緊張を維持するのが大変ですが、後半は推理小説の意外な結末を見るような面白さが味わえました。

夜の部の二幕目は七世、八世、九世三津五郎の追善狂言。亀井戸天神の境内で江戸の風俗そのままにいろいろな商売の人々がかわるがわる踊る「神楽諷雲井曲毬(かぐらうたくもいのきょくまり)ーどんつく」。團十郎の親方鶴太夫のとぼけた味わいが楽しく、三津五郎のひょうきんなどんつくは技巧の裏打ちが感じられました。

夜の部の最後は「艶容女舞衣(あですがたおんなまいぎぬ)」から「酒屋」。1772年大阪で初演された人形浄瑠璃で同年には歌舞伎でも上演。これは東京では36年ぶりに上演されるお芝居です。お園と半七を福助、三勝を孝太郎、お園の父宗岸を我當、半七の父半兵衛を竹三郎、半七の母を吉弥が演じました。この幕で印象に残ったのは予想以上にがっしりとした強さを見せた半兵衛の竹三郎でした。

昼の部の最初は真山青果作「頼朝の死」。若き将軍頼家を梅玉、小周防を孝太郎、大江広元を左團次、畠山重保を錦之助、政子を魁春が演じました。父頼朝の死の真相を打ち明けてもらえないことに苦悩する若き将軍頼家を当たり役とする梅玉は、完璧な台詞廻しで緊迫した舞台を作り上げました。

仕方がなかったとはいえ主人頼朝を殺してしまった罪の意識で、半狂乱になる重保を演じた錦之助は驚くほど感情をむきだしにしていました。自分が頼朝の死の原因になったとは思ってもみなかった小周防の孝太郎は、愛する重保とそわせてやろうと言われていっそ秘密をしゃべってしまおうかと迷う女心を上手く表現していました。今回見ていて重保が自分の弱さから何も知らなかった小周防に秘密をもらしてしまうのに、最後に秘密を告白しそうになったからと彼女の命を奪うのは全く理不尽に思えてしまいました。

二幕目は三津五郎、巳之助親子の「連獅子」。いつも見るのとは少しづつ違う「連獅子」で、子獅子が転がるように落ちる場面は身体全体でゴロゴロと転がらずに、後手をつきながら回転していてどちらかというと地味な演出でした。子獅子の巳之助は精一杯踊っていましたが、子獅子にはもっと若々しい躍動感があっても良いと思いました。

宗門争そいの場面でもたがいに悪口をいって争そうところで、普通だと「蓮華経、なもだ?(なんまんだか)」と言い争っているうちにそれがお互いに反対になるのが、「鐘でござる、大鼓でござる」と言い合っているうちに逆様になるというように少し変わっていたようです。

昼の部の最後は「盲長屋梅加賀鳶」。團十郎の道玄がユーモラスな持ち味を生かし愛嬌のある悪役を演じていました。ただ何度も顔を左右に往復させたりするところは、わざとらしさがめだちちょっとくどいと思いました。松蔵に質屋の札をつきつけられて煙管を取り落とすところは、オーバーに外側にはじきとばすようにしていて、滑稽味を強調する演出だと思いました。

仁左衛門の松蔵、勢揃いは花道の渡り台詞から熱くならないで余裕綽々と言った様子。ゆすりに来た道玄に殺人の証拠となる質札を見せてとっちめるところなどはきっぱりとしていて胸がすくようでした。

この日の大向こう

19日は収録があり、大向うさんも最終的に4人見えていました。気持ちの良い声が掛かっていて、一般の方も声をかけられ、女性の方もお一人お声は高いものの、間は悪くなく掛けられていました。盛綱陣屋では最初のうちはそれぞれの出と引っ込み、和田兵衛が引っ込む時の見得、それと首実験の前にお一人だけにかかり、首実験がおわるまでは非常に厳粛で緊迫した雰囲気のうちにお芝居は進んでいきました。

首実験が終わり、盛綱がこれは弟の首にまちがいないと断言すると今まで抑えていたものが一挙に解き放たれるように声がかかり、その後の小四郎の忠義を褒める場面では高揚した盛綱の台詞の調子にあわせるように華やかに声がかかっていました。

「どんつく」では仁左衛門さんの大工と福助さんの芸者二人の踊りの最後でスッパリ「御両人」と声がかかりました。この日の「どんつく」は掛け声の大盤振る舞いという感じでしたが、「どんつく」は曲芸も披露される滑稽で楽しい踊りですし、雰囲気を盛り上げ踊りをひきたてていたように思います。

「酒屋」では掛け声はぐっと少なめになりました。このお芝居の登場人物は皆が相手の立場をおもいやって悩み苦しむわけですが、その中で場の雰囲気にあわない妙に陽気な感じの声がかかっていたのが、ちょっと気になりました。

22日の「加賀鳶」にも7~8人の方の声が掛かりました。「御茶の水土手の場」の幕切れで、タイミングが難しいとは思いますが、松蔵の「ああ、按摩かぁ」の台詞に掛け声がもろにかぶってしまったのはちょっとがっかりでした。百姓・太治衛門の松之助さんには「緑屋」家主喜兵衛の橘三郎さんには「伊丹屋」とかかったのには、良い味を出しているベテランの脇の役者さんを応援する温かさを感じました。大向こうさんは3人ほどいらしていました。

この日の「頼朝の死」で二幕目に梅玉さんが登場するやいなや「高砂屋、日本一!」と大きな声がかかり驚きました。きっと熱心なファンの方なんだろうとと思いましたが、あの場面に「日本一」は合わないですし、「日本一」と掛けるなら最初よりは素晴らしい演技の後とか、幕切れの方がお芝居の雰囲気への影響も少ないだろうと思います。

10月演舞場演目メモ

昼の部
「頼朝の死」―梅玉、錦之助、左團次、孝太郎、魁春、
「連獅子」―三津五郎、巳之助、門之助、秀調
「加賀鳶」―團十郎、仁左衛門、三津五郎、福助、宗之助、家橘、

夜の部
「盛綱陣屋」―仁左衛門、團十郎、我當、秀太郎、魁春、孝太郎
「どんつく」―三津五郎、巳之助、團十郎、左團次、梅玉、福助、仁左衛門、魁春、小吉、錦之助、秀調
「酒屋」―福助、孝太郎、我當、竹三郎、吉弥

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