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11/12〜14 (日,月,火) カリガンダキ〜ポカラ〜カトマンズ〜バンコック〜成田    

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  カリガンダキよさようなら

 11/12 起床5時50分。また屋上へ出て朝陽に輝く山々を眺める至福の時間を過ごす。気温8.5℃。

 7時半,朝食。
 そばナム,ゆで玉子,ゆでポテト,野菜サラダ(にんじん・大根・たまねぎ・トマト)


 今日は,ポカラ経由で一気にカトマンズへ。
 ヘリの第一陣は,8時50分。わたし達は往路と同じく第二陣で10時にLTVにさよならする。
帰路はヘリの操縦席横に座らせてもらった,ま近かにアンナプルナ,ダウラギリの迫力ある姿を堪能できた。
操縦士は,途中で三回転もしてマウンテンビューサービスをしてくれた。

 ゴレパニ峠を越えると,とたんに雲海がひろがっている。
ヒマラヤ主脈の北側は晴天,南側は曇り空だ。ヒマラヤが,障壁となって雨季のモンスーン気候が北へ上がるのを止めていることがよく分かった。地上波は,標高2500m〜3000mの高地にも拘らず人家あり,段々畑あり。何百年にもわたる人々の営々とした努力に思いを馳せる。

 ところで,もう20分以上も飛行しているのにヘリはなかなか下降を始めない。雲海の上を右に左にあるいは一回転したり,どうも操縦士は雲間を探しているらしい。一瞬,脳裏に不安が走る,突如山体に激突なんてことにはならないか!
 しばらくして雲の切れ目を見つけて下降,やれやれ!
 地上が姿を見せる,ポカラのやや南東辺りか,10時45分無事着陸。
 一同「ほっ!」 往路は20分だったから倍以上の時間がかかったことになる。

 さて,今日は天候不順とかでカトマンズからの飛行機が予定通り来ないのでポカラ発のフライト予定13:25が14:25に変更された。
 フェワ湖のダムサイトにある,アルジュンさんの妹さんの嫁ぎ先が経営しているという「ホテルモナリサ」で昼食。
 果実の甘煮(なんの実か分からない),大根と唐辛子の漬物,揚げポテト,トマトスープ,焼きソバ,焼き飯+ビール,デザートに懐かしい味のするスンタラ(みかん)。 お腹を壊しているお二人が食を絶っているので,焼きソバ・焼き飯がたくさん残っている。意地のきたないわたし,ついつい「もうちょっと」といって手を出し,いささか食べ過ぎてしまった。 お腹いっぱい!満足であ〜る!

 ポカラ〜カトマンズ間のフライトは往路とはうって変わって雲が多く,ヒマラヤの山々はわずかに見えるだけ。
往路に素晴らしい景観を見ることが出来てラッキーであった。

 14:40 カトマンズ空港着 サンセットビューホテルへ

  カトマンズ 想い出 散策  
 
 夕食まで自由行動。
KU氏ら建築家グループは,中世ネパールの建造物を見に行く,YさんSAさんらはパタン博物館へ行くという。わたしは,後者と行動を共にしようと一旦はホテルを出かかったが,思いなおして単独行動。

 まず,ネパールに一番最初にやってきた時(1985.8 日航機御巣鷹山墜落事故の直後),一週間ほど宿泊したシェラトン・エベレストホテルに寄ってお茶を飲みながらボーイと二言・三言 話を交わす。ロビーや食堂,プールなどの配置は変わってはいないが,当時より客が少なく活気が感じられないし,建物もさすがに陳腐化しているように感じた。
 次は,タクシーを拾って,ダルバール・マルグ(王宮通り)の南端へ。タクシーをパークに待たせておいて,王宮前まで早足で往復する。
 この辺りはネパール滞在中よく歩き回った場所である。カトマンズ連絡事務所として借りていたビルにも行ってみた。
 王宮通りの東側歩道を北へ。 
 日本食が恋しくなった時,しばしば足を運んだ日本レストランは健在であった。
また,よく利用した理髪店が館内にある「アンナプルナホテル」も健在。
ところが,当時は結構有名であった「ホテル シェルパ」が廃墟となっているのには驚いた(「地球の歩き方にはまだ掲載されている)。内戦の影響で観光客激減と聞いていたが,やはりかという感じである。
 建物とゴミの山は,昔とあまり変わっていないが,車と人の増えたのには驚異すら感じる。農村で食っていけなくなって都会に出てくるというどこかでもお目にかかった現象がネパールでも起こっているようだ。


 カトマンズに着いた時に感じたことだが,18年振りのカトマンズの町は予想したほど近代化していなかった。
多分,1996年からの内戦の影響が大きいのであろう。この20年間程で周辺の国々は,程度の差こそあれ目覚しい発展を遂げているのに,この国の近代化は遅々としている。
  幸い,この旅行中に,王政の打倒を主張し武装闘争を続けてきたマオイストと政府側が和平協定を結んだというニュースを聞いた。今度こそ制憲議会選挙を通して民主主義を復活させ和平を築き,経済を発展させ世界最貧国の一つという汚名を返上して欲しいものだ。いまさら王政もないだろう!

 今の季節,日没が早い。町は既に暮れかかり空気も,ややひんやりして来た。
 神々しいヒマラヤの山々に抱かれた国にふさわしい静けさを取り戻したネパールをまた再訪できる日を期待しながら,30分ほどの”雑踏の町想い出散策”を終える。 
 
 夜,部屋のテレビをつけてみて驚いた。うわ〜凄い! 20数チャンネルも放映されている。NHK国際放送も見ることが出来る。20年前はTV放送自体がなかった!隔世の感である。

  ネパールよさようなら バンコック経由帰国

 11/13
 ゆっくり起床。
 曇り空 ヒマラヤの山々は全く見えず。

 11時ホテル発
 カトマンズ空港のセキュリティーチェックは極め付きで厳しい。手荷物は全部さらけ出して一つ一つチェックされる。
シャンプー,ヘアーリキッド,洗顔クリーム,歯磨きクリームなどは取り出されて別送扱いとなる。大きな荷物は成田へスルー,手荷物は着替えと洗面具だけ,その洗面用具を取上げられたら困る。係官に抗議して歯磨きだけは取り戻した。
 空港利用税(Passennger Service Charge):1130Rp 旅行者税(Tourism Service Fee):565Rp
 ”Tourism Service Fee”というのが何のためなのかよく分からない? 変なTAXだ!
 カトマンズ空港発14:35
 バンコック空港着19:05
 バンコック空港から市内へ10人乗りマイクロバスでホテル着 20:05。
 夕食は例によってタイしゃぶ店へ。
 SU,HA両氏は依然として食を絶つ。早く治るとよいのだが。

 11/14

 5時起床。5時50分ホテル発。

 こんな早朝なのにバンコック空港は大勢の人。空港利用税:500バーツ
 TG676 BKK−NARITA便は日本人で満席。
機内では,読売新聞衛星版というのがバンコックで印刷されていて,日本と全く同じ朝刊誌面が見られる,嬉しいことだ!
 機内食
  「前菜」:フレッシュフルーツ,「主菜」:白身魚の西京焼き・ご飯・野菜炊き合わせ
 

 16:05 NARITA着

 お疲れさんでした!お世話になりました。
 来年,KU氏は,アルジャンンさんとカリガンダキの上流 ムスタンへ行くという。
 わたしも連れてって貰おうかな。


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