HOME旅行先一覧モンゴル紀行2モンゴル紀行2行程表

モンゴル紀行2旅行記(2

 
 
ロシア国境の町スフバートル,アルタンボラク~銅鉱山の町エルデネットへ

(8/29)
 
 09:10 ホテル発。

 よく整備された舗装道路を北上し,およそ350km先のロシア国境を目指す。
ウランバートル~ダルファンまでが国道A0401,ダルファン~スフバートルが国道A0402,スフバートル~アルタンボラクが国道A0403と地図に記されている。ウランバートルから西へ,まもなく北へ進む。
 今日から5日間,通訳のセレンゲさん(旦那は現在川崎市に在住),E君の元秘書兼通訳で現在ウランバートル第四発電所でJICAシニアボランティア佐藤氏の通訳をしているゲレル嬢とE,Nと私の日本人3人とドライバー,計6人が行を共にすることとなる。
 
 車中,ガソリンの高騰が話題となる。
バス代,タクシー代が3~4割も値上げされ,市民の生活はおろか,ここ数年年率8%台の成長を示した来たモンゴル経済にも深刻な影響を与え始めているという。ちなみにレギュラーガソリンは180円/ℓで日本とほぼ同じくらいである。モンゴル人の生計レベルを考えれば,ベラボーに高い値段であることが分かる。

 10:35 Byanchandmani通過。

 牛・羊が群れるたおやかな草原を真っ直ぐに進む快適な道路が延びる。

 11:00 ウランバートルからちょうど100km,ウルファンに到着。ドライブイン・ガスステーションが併置されている。無料かつ清潔なトイレを借りて休憩。

 11:50 Bayanghol通過。ウランバートルから国境を越えてシベリヤ鉄道に繋がる鉄路が国道に沿って走る。

 13:40 DARHAN(ダルハン)着。
ウランバートルに次ぐモンゴル第二の都市で,人口は約11万人。火力発電所や鉄筋工場がある工業都市でもあるようだ。
 N君推奨の「TEXSAS」というレストランで昼食。私はロシア料理のボルシチ(肉・野菜スープ)とパンを摂る。

ボルシチ


旧ソ連時代に立てられた
16階建てプレハブアパートース

 14:20 食事後,スフバートルに向かう。

 途中,旧市街地に16階建てのプレハブアパートを見る。築後30年,旧ソ連の遺物である。エレベーターは壊れているとか,16階の住人は大変だろうな!現時点ではモンゴルで一番高い建物だという。日本から建築家がよく見学に来るそうだ。

 14:30 ウランバートルから244km。

 右手に湖が見える。かなり遠い所でラクダが草を食んでいる。

 15:20 ウランバートルから300km。

 道の両側に松林が目立ち始める。100年前は森林であったという。日本の青年海外協力隊が植林事業を行っているという。

 15:35 スフバートル着。

 ウランバートルから320km。標高は640m(UBより700m以上低い),北緯50°ロシアと国境を接する町でもの哀しいほど静かなたたずまいである。
 まず,夕陽の好撮影地であるロシア国境へと流下するセレンゲ川を見おろす高台への立ち入り許可を貰うため Border Force Unit(国境警備隊)事務所に向かう。10000トルグル(約1000円)を支払って無事入域許可を得る。

 次に日本人墓地跡を訪れる。
町のはずれの小高い丘の上に,1947年に造られたという。近年になって遺骨が収集され,慰霊墓参団が残した観音像が傾き,墓石の残骸と思われる石片が幾つか転がっているのみで荒涼としている。
1948年8月以降,旧満州や千島・南樺太に居た日本人男性の多くがソ連軍に強制連行され,そのおよそ1割がモンゴルに連れてこられ,強制労働をさせられた。この地では主に鉄道建設に従事させられたという。戦争終結後にも拘わらず抑留され寒さと飢えで亡くなられた人たちの無念は察して余りある。
 N君は,日本から持参したお茶とお菓子を手向ける。

 16:40 国境の町アルタンボラク到着。

 国境のイミグレーションと税関がある。トラックが10数台国境通過待ちのため並んでいる。
直ぐ先にロシア正教の教会の建物が立っている。国境は草原の中に鉄条網を張った柵が緩衝地帯を挟んで2列に並んで延びているだけである。ここでは写真撮影は禁止されている。見つかるとやばいことになるという。
 国境の直ぐ際に湧く湧水(金泉)を見学,僅かな量の湧水である。
町の東の外れに日本人墓地跡があるというので地元の人に聞いて訪ねる。こことおぼしき辺りは,タックスフリーの国際貿易ゾーンを作る計画があるとかで,柵が巡らされていて中に入ることが出来ない。少し前までは,何がしかの残骸があったと云うがこの工事のために整地作業が始まっておりそのかけらも見当たらない。

 さて,お次は「グン湖」という湖水へ行く予定であったが,時間的余裕がなくなってきたのでパス。
スフバートルに戻り,市場を覗く。サーモンの燻製を14000トルグル(約1400円)で買う。なかなか乙な味がするが,生燻製状態で日持ちしないのが難点である。

コンパチデジカメで隠し撮りした国境の柵 セレンゲ川の夕景
 
 スフバートルの北西10kmほどの国境警備隊施設のある小高い丘にむかう。
車を降りて山道を10分ほど登ると,セレンゲ川を見おろす丘の上に出る。ここからの眺めは絶佳。
本日のSUNSETは午後7時15分頃,カメラをセットして夕陽撮影を行う。向かいの山がちょっと近すぎて川面に映る夕陽の光がいまいちである。

 ホテルの夕食は午後7時で御仕舞いとのことなので,スフバートル駅ニ階のレストランで摂る。
駅にはこれからUBに向かうという夜行列車が停車していて,薄暗い照明の下,おおぜいの乗客で混雑していた。駅レストランのメニューは,「ゴリルタイ・シュル(肉うどん)」のみ,ビール小瓶を注文して簡単夕食とする。

 ここのホテルはひどかった。トイレの水タンクが故障していて常時水が流れる状態で,大を使っても用を足さないし,何より夜っぴてジャージャーと音が気になってしっかり眠れなかった。電気コンセントがブラブラで,手で押さえていないと通電しない,よってTVは見られない。ベッドライトは電球が付いていない。意識的に外してあるのか,誰かが持ち去ったのか? 

(8/30)
 
 朝,寒くて目覚める,まだ5時過ぎであるが,もう眠ることが出来ない。6時起床。
7時半朝食。メニューは,パン,玉子焼き,ハム,きゃべつサラダ,スーティーボタン(ミルク粥)。
 
 ホテルを7時50分に出発し,セレンゲ川とオルホン川合流点の直下流に聳える小高い岩山に登る。雄大な眺めをしばし鑑賞し,岩山の下に車をまわす。岩山と川の狭い空間を鉄道が走っている。先年,岩山の落石防護工事を日本の業者が行った時,ゲレル嬢が通訳としてこの地に来ていたとのこと,彼女の案内が無ければ,こんな素晴らしい景色を眺めることは出来なかったであろう。

 スフバートル市内に戻り国道をUB方向に戻る。

10:55 左手の湖畔に,昨日のラクダが30~40頭,草を食んでいる。今度は道路からさほど離れていない。車を草原に乗り入れ,撮影。
 
 ダルハンから12km地点で右折し,国道A1102に入る。右折地点から30km,Nomgon付近,沿道に麦畑が広がる。モンゴル一の豊かな農村地帯だという。

 12:45 オルホン川を渡る。その手前に魚の燻製を売る露店が並ぶ。魚種は鯉・鮒・雷魚の類か?

 13:05 右折地点からおよそ100km,国道から分かれ北上する草原の中の轍道路に入る。三つもの小高い峠を越えて35km先のアマルバヤスガラント寺に向かう。大揺れに揺られて腰が痛くなった頃前方に伽藍が見えてきた。

 14:00 観るところが沢山あって見学には時間がかかるというので手前のツーリストキャンプで昼食を摂ることにした。スープしか出来ないというので,UBで買出ししたインスタントラーメンを啜っているとなんと,テーブルにはパン・野菜スープ・肉野菜炒め・ライスが次々と出てくる。ここでゲレル嬢が頭痛があり気分が悪いと訴える。だが食い気だけは健在,大したことは無いとみる。

人里はなれた山奥に建つアマルバヤスガラント寺
 
 15:45 お寺の見学開始。

 アマルバヤスガラント寺は,現存するモンゴル最古の仏教寺院。モンゴルが清国の影響下にあった1737年,擁正帝によって建立された寺院で,鬱蒼とした山を背後に,南北205m,東西175m の壁で囲まれた敷地内に30ほどの堂が建ち,壮大な伽藍を形成している。最盛時には2000~3000人の僧侶が滞在し最大1万人の僧が一度に読経できたと言う。1937年ソ連革命によって破壊され,付近の遊牧民が家畜を入れたりして荒れ放題であったが,ユネスコ資金で修復作業が開始され,1990~1993には中国人篤志家による修復も行われている。
 若い僧が,熱心に説明をしてくれるので,予定時間をかなりオーバーしているが引き揚げるのが憚れ寺を後にしたのが,17:40。

 再び小一時間かけて,国道A1102に戻りエルデネットを目指す。

19:10 ダルハンから135km,標高1283mの峠を越えてセレンゲ県からブルガン県に入る。

19:25 ダルハンから150km,ジャルガラント通過。

20:00 エルデネット到着。

 エルデネットは世界でも屈指の埋蔵量を誇る銅鉱山の町,今ではダルハンを抜いてモンゴル第2位の都市になっているそうだ。
エルデネット夕景
露天掘りをしている景観を見学する予定であったが,本日は土曜日そして時刻も遅すぎるのでゲートを通過することが出来ず断念する。(元々ひょいと行って見学できるはずは無いとわたしは思っていた,計画が甘すぎる!)

 エルデネットは,モンゴル最大の企業であり世界第26位の銅鉱山会社であるエルデネット鉱山を擁する人口8.11万人の産業都市で,市民の大多数はエルデネット鉱山と何らかの関わりを持っているという。昨今の銅の国際価格高騰により鉱山の経営は順調だと言う。
 鉱山が発見され工場が建ち,1974年に誕生した新しい町である。鉱山関係の仕事をしているロシア人が多く住んでいるのでウランバートルのゴチャゴチャした感じが無く異国の雰囲気がある。

 町を一望出来る丘(「モンゴル・ロシア友好の塔」が建っている)
にあがり,暮れなずむエルデネット市街をカメラに収める。
町では,何かの催しがあるのか花火が上り賑わっていた。

20:20 ホテル着。
  
back back next