2.ブッカー少佐の場合



「少佐ー、お届けものですー!」


 同じくブリーフィングルーム。
 最近の若い者はと眉根を寄せていたブッカーに、思いもよらずプレゼントが舞い込んだ。
「え、俺にか?」
 送り先は地球、懐かしい住所。そして……表書きに記された懐かしい筆跡――…
「奥様からですか?」
「やっ?! え、いやあ、その、なんだハハハ」
 少し笑む。
「……そうみたいだ」
 ――何も、憎しみあって別れた訳ではない。お互いがお互いを嫌いにならずに済むようにと選んだ道だった。さすがに別れたばかりのあの頃は少しナーバスになったりもしたけれども、今ではこうして笑顔で面影を思い出す事が出来る。

 外包みを開く。
 大きくもないその包みからは、案の定プレゼントらしき小さな箱が転がり出た。
「よかったですね」
「ん? ああ……そうだなあ」
 立ち上がったままだったブッカーに、エディスが椅子を勧める。
「顔、緩んでますよ」
 意地悪げな表情で桂城が冷やかしてくるが、今は気にならない。
 うるさいなと言葉を返して、それでも隠し切れない微笑みを乗せて包みを開く。

 中からは、男物のハンカチとかわいらしい封筒。
 封筒の中にはどうやら手紙が入っているらしい。

 手紙にはまずブッカーの身を案じる一言。そして自身の近況。
「何だかなつかしいな……」
 今でも愛しているのかと問われても、即答は出来ない。それでも手紙から伝わる労わりを愛しいと思う気持ちは、きっと本物だ。
 部下の冷やかし交じりの視線を背に受けながら、ブッカーは手紙を読み進める。

「少佐、奥さんとヨリ戻したいんですかねえ」
「でも難しいんじゃないかしら。案外、奥さんの方にはもう新しいダンナさまがいるかもしれないもの」
「ありえますね。ていうかそれっぽいですよね。手紙の最後に『P.S. 再婚しました』とかね」
 聞こえてくる囁きは、この際無視だ。

 ――が、危惧されたような内容は一切書かれておらず、恋人が出来たならば是非紹介して欲しいと、意味深な一言でその手紙は締められていた。

 ように思われたのだが。

「………え? 追伸?」


追伸

 ジェイムズ、こんな事を言うのはとてもためらわれるのだけれど。

 慰謝料の振込が先々月からなされていないように思われます。
 何かあったのでしょうか?
 弁護士の先生に相談した所、一度書面で催促をしてみるようにとのアドヴァイスだったので、こうして手紙を書いてみたのだけど、肝心な事を書く前に色々書いてしまい、大事な用件が一番最後になってしまいました。
 ごめんなさいね。
 でも早急に確認してください。

 それでは。

 

「あ゛――――――ッ!!!」

「キャー!」
「うわビックリしたっ変な人がいる!」
 突然雄叫びをあげた上司に、部下二人がおののく。
 そんな部下二人を気にもせず、手紙を握りしめ、何度も何度もその文面を読み直して、ブッカーはガクリと膝から床に崩れ落ちた。
「忘れてた……! 銀行変えて給料振込先も変わったから慰謝料の引き落とし先も変更通達しなくちゃいかんなあとか思っててでも思いっきり忘れてそのままだった……! ジャムのせいだ……!」
 頭を抱えてブッカーが唸る。さりげなくジャムに責任転換すらしている。
「……毎月引き落としなんですか? でも振り込まれてなかった分は、後でまとめて支払えば大丈夫なのでは?」
エディスが問う。
 だが、ゆるりと首をめぐらせたあと、エディスの顔を暫し見つめて、ブッカーは力無く首を振った。
「……別れる時にな、約束したんだ」
「何をです?」
 これは桂城。


「支払いが3ヶ月滞った場合、慰謝料全体額の5%を毎月の支払額に上乗せするって……」


「――えげつないですね」
「で、でも少佐! 振り込まれてないのは先々月からなんでしょう? まだ猶予の内……」
 その言葉にブッカーは再度首を振った。右手が力無くあがり、エディスと桂城の両名に手紙の消印を示す。
 それは、思いっきり先月だった。

「少佐、本当に運が無いですね。なんで先月出した郵便が今届くんでしょうね」
「あら桂城少尉、ここまでビミョーだと奥様のちょっとした操作のセンも考えられるわよ……」
「うあああああヤバイ! ただでさえ結構生活カツカツなのにこれ以上はマジでヤバイ!」
 ブッカーが猛然と立ち上がって吼えた。
「少佐ー、性格変わってますよー」
「知るか! ヤバイもんはヤバイんだ! あっそうだ庶務! 庶務は今日何時までだ?!」
「5時までですけど」
「――いける! 今から変更手続きしてATMで滑り込み支払いして電話して謝って誠意を見せてそしたら情状酌量の余地アリで何とかなる(かもしれない)!」
 FAF特殊戦の出撃担当は伊達ではない。脳内で素早く自分出撃シミュレートを行ない、分刻みのタイムスケジュールを組み立ててブッカーは走り出す。

「やってやる! 数多の死線を潜り抜けた元パイロットをなめるなよ!!」

 勢いよくブリーフィングルームを後にする。
 だが、その途中で何かを踏んで派手にすっ転んだ。

「ああっ少佐!」
「なんてお約束な! 大丈夫ですか?!」
「うう……敵は滑走路で対空ファランクス砲が……」
「それギャグですかー?!」
 とりあえずエディスと桂城が駆け寄る。駆け寄って、ブッカーが踏んだ≪それ≫を見やった。

「――――深井大尉?」

 それは、ずっとこの部屋にいたらしい、零だった。

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