1.桂城少尉の場合



「桂城少尉、ちょっと、いいですか?」


 FAF特殊戦、ブリーフィングルーム。
 ブッカー少佐以下、思い思いにブリーフィングルームで自由時間を過ごしている特殊戦の面々に混じって、端末機をこまごまといじっていた桂城に、部屋外から声がかかった。
「? ――いいけど」
 桂城を呼ぶ声はふたつ。どちらも若い女の子で、犯罪者が所々入り混じったこのFAFには似つかわしくないような、そんな清楚な雰囲気だった。
 ふたりの襟章は情報軍――桂城の元同僚で、顔見知りか何かなのだろう。ハイハイと腰を上げて桂城は廊下に出て行く。
 新聞越しの横目にそれを見やり、ブッカーが微笑んだ。
「初々しいな……。学生時代を思い出す」
「私もああやって友達についてきてもらって、放課後なんかに先輩に手紙を渡したりしましたよ。――でも意外。桂城少尉、人気あるんですね」
 読書に勤しんでいたエディスも顔を上げて、にこりと微笑む。
 よく言えばクール、悪く言えば何事にも興味なさそうな冷めた顔つきで、およそ浮ついた話とは無縁に見える桂城が女の子に呼び出される様は、過ぎ去りしハイスクール時代を髣髴とさせて郷愁を誘う。
「何考えてるのか分からないような奴の方が意外と人気あったりするんだろう? オリエンタルハンサムってのも相まって、相乗効果が働いてるのかもしれないな」
「うーんそうですねえ。そうなのかも。――でも少佐、ハンサムって死語ですから」
 懐かしい懐かしい俺も昔は若かったと連呼して、ブッカーとエディスが新聞と本に再び目を落としたとき、桂城がようやく廊下から戻ってきた。
「かわいい子達じゃないか。どうした、告白でもされたのか?」
 冷やかすブッカーに桂城が肩をすくめる。
「そんなんじゃないですよ。ほらこれ」
 ――その手には、かわいいラッピング包みが二つ。ご丁寧に何やらカードも添えられている。
 首をひねるブッカーをよそに、エディスが手を叩いた。
「誕生日!」
「違いますバレンタインデーです」
 エディス、乙女失格。
「……そういえば今日は14日ね」
「なんかぼくにくれたみたいですよ」
 まさかフェアリイにまで義理を配る習慣があるとは思わなかったと、大した感慨もなさげに桂城がつぶやく。その台詞にブッカーがさらに首をひねった。
「義理とはどういうことだ?」
「日本ではバレンタインの日に女の子が職場や学校でチョコレートをまき散らかすんですよ。で、ホワイトデーとか言う日に、無理矢理お返しを回収するんです。いやな悪習です」
 桂城が心底嫌そうに息を吐く。
「ぼくはそんなのお断りなんで、さっきの子達にも要らないって言ったんですけど。お返しも出来ないって。でもまあなんかもらってくれるだけでいいとか言われたんで、二つもらってきました」
 無造作にそれらを机上に放り、桂城は再び席に着いた。端末機をいじりながら器用に包みを開いていく。
 お菓子かなあ、日本だとたいていチョコレートなんですけど、フェアリイは人種の坩堝だから分かんないな、あ、なんだコレよく分かんないお菓子が出てきました。どうやって食べるんだ?どうしよう知らないものはいらないな、あ、そうか、少佐が食べますか? などと言いながら、桂城は心の底から無造作にラッピングをひん剥いている。ぽろりと床に落ちたカードの内容など、一向に気にならないようだ。

「……………桂城少尉」
「なんですかブッカー少佐」
「お前、女の敵だな」
 バツイチ少佐がつぶやいた。
 桂城がきょとんと首をひねる。

「もらえるものをもらって、なんか悪い事でも?」

 来るもの拒まず去るもの追わず。
 据え膳食わぬは男の恥か。
 もしかしたら後で、さっきの子達がカウンセリングに来るかもしれないわ、とエディスは思った。

「なんだこれ。あんまり美味しくないなぁ」


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