周り巡る連月
(つらなづき) (14)



 菜津が一ヶ谷葛木屋敷に無事戻り、暫くが経った。
 道顕ら百舌党が根城としていた山寺焼失の件については、周囲一帯への綿密な根回しと、焼け落としたのは寺境内のみで周辺の山々に延焼が殆ど無かった事と併せて、大事には至らなかった。
 ――……らしい。

「そうですね、隠蔽工作とは何たるかという基本を、隅から隅の一から百までおさらいさせて頂いているような気持ちですね、ええ。あそこまで派手に燃やす必要は有るのかと、後々の苦労も考えて下さいと、私は重々言ったつもりだったんですが本当に伝わっていなかったようです。まあ苦労するのは私だけですので、何がどうでももう一向に全く構いませんが、そうですね、頭が手足の都合など考えていては全体が成り立ちませんし、果断はあの方の美徳でもありますからね。仕方がない事だと思いますよ。ええ、怒ってなど。これくらいで怒っていては身が持たないと言うものです。怒っておりませんよ。ええ。………怒ってなど」
 普段寡黙な高次の口数が増えるほど、此度の百舌党戦の後処理は未だかつて無く煩雑であり、この上なく面倒であるようだ。若き側役殿のお手並み拝見とばかりに、古老上忍衆から始末を丸投げされたのも大きいらしい。
 ……しかし。
「――……ですが此度の戦、重傷人は多々出ましたが、一ヶ谷側には死人無しです。あれだけの規模の戦で、これだけの被害で、この里の仇敵である百舌党を殲滅し得たのです。……あの方の手腕はやはり本物だ」
 高次が微かに笑んだ。
「百舌党の被害に遭っていた近隣の村々からは、お上には内密ですが礼状が多く届けられていますし、山向こうの街道周辺も随分と平和になったと聞きました。若造だの抑えが利かないに決まっているだのと散々九郎様を見縊っていた古老連中も、これでさぞや見直し…………ああ、いやしかし、ええ。私としても鼻が高い」
 
 だから今は何よりも身体を休めていただきたい、と高次が付け加える。
「食うには困っておりません。腰の物は、蔵から一振り適当なものを借りて済ませます。なので私の事はお気遣い無くと、貴女から九郎様へお伝え下さい。――……どういう意味か? ああ、そうですね、分からなくても結構です」
 この里も葛木の家も、そろそろ先の事を考える時期ですからね、と意味有り気に呟く高次の表情は、尻拭いをさせられている筈なのにどこか愉しげだった。

「それともう一つ。どこぞの阿呆な侍が、大火傷を負った所為で隠居したそうです。家督は総て嫡子に譲ると申し置き、満足に動かない身体で逃げるようにして田舎へ引っ込んだそうですよ。そしてその跡継ぎの後見役には、智将と名高い先代当主が隠居から返り咲いて付いたとか。……良かったですね」
 穏やかな声が、優しく響く。



「お墓参り、いってきました!」
 パタパタと軽い足音を立てて中庭に駆け込んできたのは、すっかり見慣れた幼い少女――こやだ。道顕に暗示をかけられそうになった際、手の平に針を握り込んで耐えた時の傷が膿んで長引いている様だったが、それでもお供のように彦左を連れて、笑顔でぴょこんと大きく頭を下げる。
「おかしらさまがこやにくれた悪い奴の腕、お墓にお供えしてきました。悪い奴はもういないよって、お話してきました。お父ちゃんもお母ちゃんも、きっと喜んでます。お礼、いくら言っても言いたりないです」
 サラリと凄い供え物の話をし、墓掃除に使ったのだろう手桶の柄をぎゅっと抱きしめ、こやが呟く。
「……おかしらさまは約束、ちゃんと守ってくれました。お父ちゃんたちの仇……とってくれました……!」

 こやの父親は里から少し離れた山中の竹林内に居を構える細工師であり、母親はこやを産むまで葛木家の厨
(くりや)で働いていた下女だった。
 二人とも一ヶ谷の里に住まってはいたものの忍衆などではなく、戦とは無縁のはずだったが、こやが今よりももっと幼い頃に殺されていた。――それも彼女の目の前で。
 百舌党が盗賊集団として一ヶ谷の里の近隣や街道に現れ、荒らし始めたすぐ頃の話らしい。家族で寝静まっていた夜更け、突如として襲い来た百舌の凶爪に父親は妻子を庇い、母親は幼い娘を庇い、そして嬲られ――……百舌の早贄と呼ぶに相応しい、酷く無残な殺され方をされてしまったのだ。
 それ以来、両親の血を全身に浴びながらも一人助かってしまった少女の胸には、真っ黒な復讐の炎が芽生えた。両親の、原形を留めていない遺体の弔いと埋葬を里人の手を借りて済ませた日、こやはその足で自らが知る限り一番強い人間の所へとひた走り、そして舌足らずの幼い口で叫んだ。
 ――あいつらを殺すための力が欲しいと、血を吐くような声で。

「くやしくて……本当にくやしくて悲しくて、毎日毎日修行しながら泣いてたこやに、おかしらさまは言いました。泣いてばかりじゃ、涙で何も見えなくなるから泣くなって。怒ってばかりじゃ、周りの優しさを感じなくなるから、怒るなって。……仇なら、必ず俺がとってやるって」
 寄り添うように横に立った彦左を見上げ、こやが笑う。
「おかしらさまはすごいです! 仇をとってくれて、お方さまも助けてくれて、怖くて悪いやつらをぜーんぶやっつけて!」
 幼い目尻に残った一粒が最後であると言わんばかりに、少女の笑顔は晴れがましい。
「こやはもう泣かないですよ! だから、お方さまも……笑っててくださいねっ!」



「ん? 九郎様があんた様に手出ししない理由? 大将本人から聞いて……は、ない? え? 訊けない? ……そりゃそうですな。ありゃ、じゃあまだ誰も話してませんかね」
 そいつは心配だったでしょうと独りごちながら、顔を縦断する古傷を手の平で大きく撫でて欠けた耳をごしごしとさすりつつ、その男――秋津が文机から身体の向きを変えた。
 秋津の屋敷は、側役の任を離れた今は一ヶ谷の里ではなく都市部に程近い場所に構えてあり、各地へ散らせた伏手達と一ヶ谷との中継地としての役目を担っている。
 そんな役目を担っている秋津だが、それでもここ暫くは九郎の補佐として里に居るつもりらしく、葛木家の一室にて御頭代行として書き物仕事の任に就いていた。
 書き物をする筆を止め、至極さらりと秋津は言う。
「まあ簡単な話です。一ヶ谷の次代が余所の男の種では困るので、あんた様の腹が空っぽと分かるまではと、我ら上忍衆から暫しの自重をお頼みしてあり申した」
 一人頷き、そして続ける。
「でも大将は何と言ってもまだお若いですからな。こんな別嬪さんを嫁に貰ったら、周囲から何を言われようと我慢なぞ絶対無理だろうと我々も見ておりまして。結局賭けが始まったんです。三日もてば幾ら、十日もてば幾らと言うように」

 戦国乱世を見事生き抜き、数多の死線を潜り抜けてきた老獪な忍衆は、自ら達の戴く頭目の婚礼すらいとも簡単に酒呑み話のネタにしてしまう。
 せいぜいもって半月という賭け口が確か一番多かったですかなと呟いた後で、秋津は大きく肩を揺すって笑った。
「よく高次が何も言わなかったって? あの生真面目が黙っている訳がない! ……あの堅物、どこから賭けの内容を聞きつけたのか、我々の酒盛りの現場に眉を吊り上げて一人で乗り込んできましてなぁ……」
 酒盃を抱えて居並んだ一ヶ谷重鎮の老爺衆の前、怒気を伴って現れた高次は、低い声でこう告げた。

 ――御一同がそのように御頭を軽んじられるのでしたら、私にも考えがあります。

「その時の掛け金? ああ、財布丸ごと全部と、その時腰に下げてた刀そのままでしたよ。賭けを聞きつけたその足で、すぐさま酒盛り現場に駆けつけたんでしょうな。凄い勢いで財布と腰のものを下げ緒ごと畳に叩きつけて……財布の中身が随分と多かったんで理由を聞いたら、そう言えば先日の褒賞が入ったままですがどうぞお構いなくとか何とか、憎たらしいくらいケロリとあの小僧は」
 下忍共からは忠義に対してやんやの喝采が飛び交いましたがね、と肩を竦めて告げた言葉とは裏腹に、秋津の笑みは穏やかに深い。
 ……それは、子供達へ向ける慈父の笑顔そのものだった。
「高次は十月
(とつき)に賭けました。十月を辛抱すれば、その後に生まれて来る子は間違いなく九郎様の御子だと言える、九郎様ならそれくらいの辛抱は見せる筈だとのたまって」
 そして続ける。
「高次はこういう性格ですから自重してくれなどとは敢えて言わないでしょうが、大将もああいう性格ですからなあ」
 その声は明るい。深く笑み、高らかに声を出す。
「ま、あれですよ、全部を、とっくに知ってるんでしょうよ」




「賭け? ああ、勿論知っている。高次は俺の辛抱に結構な額を賭けたらしいな」

 九郎が負傷した右腕は思った以上に深手だった。
 何もそこまでと平然とする九郎に対し、当分は動かせない・動かさない事が葛木家付きの薬師から常になく強く通達され、くれぐれもとの見張り厳命を受けた菜津は、九郎の右腕代わりに身の回りの世話に明け暮れていた。
「だがな、大金を賭けていた割には、三月か二月くらい経った頃から跡継ぎがどうとか早い方がいいやら何やら、せっついて来ていたぞ」
 白布で吊った右腕を軽く持ち上げ、九郎が言う。淡々とした物言いは普段と変わらないが、その声音はどことなく明るい。
「九郎様」
「結局の所、賭けの結果なぞはどうでもいいんだろうな。ただ単に俺が酒の肴にされていたのが気に食わなくて、売り言葉買い言葉で啖呵を切っただけなんだろう。あれは一人っ子だった時期が長かったからか、ああ見えて昔から俺たち兄妹には甘いんだ」
「……九郎様」
「血は繋がっていないが、それでも兄だからな。いや、兄と言うか最近は孫の顔を見たがる爺に近いと言うか、子供なら自分でさっさと作ればいいだろうにあいつは」
「……九郎様……!」
 燦とそそぐ陽射しの中、押し殺したような菜津の声に、そこでようやく九郎は頭上を仰ぐ。
「どうした」
「これは……、ちょっと……!」
 珍しく明るい声音の九郎に対し、菜津のそれは酷く固い。
 辺りを憚る様な小ささでボソボソと漏れた声に眉をひそめ、九郎が返す。
「――……俺はお前の夫だぞ。そしてお前は俺の妻だ」
 続く声は憮然としている。
「膝くらい素直に貸せ」

「それはそうですけど! でも……!」
「いや……そう云えばいつだったかに、今だけ妻とか何だとか言われた事があったな……。いつの間に期間限定になったのかとあまりに驚いた所為で咄嗟に言葉が出なかったが、お前……よもやさっさと離縁したいなどと考えてはいないだろうな……?」
 低く響いたその言葉に、菜津はそんな事ありませんと小さく早口で呟き、否定の意を以って大きく頭を振って答える。が、それでもちらりちらりと周囲に視線を走らせる事も忘れない。
 そんな菜津の態度に九郎は大きく溜息をつき、菜津の膝に乗せていた頭を殊更に強く押し付けた。
「賭けの事なら気にするな。こんなのは手出しの内に入らん、膝枕で子供は出来ん」
「そうじゃなくて!!」
 菜津が叫ぶ。
「……何も障子を開けっ放しにしなくたっていいじゃないですか!」
 そして真っ赤な顔のまま、力強く縁側を指した。

 気持ちの良い陽射しの入り込んだ、葛木邸の奥向きの一部屋。
 日当たりがいいのも当たり前だった。その部屋を区切る真白い障子戸は、中庭に向かって大全開に放たれていた。
「下手に隠すと誤解を受ける」
 平然と九郎が返す。
 ちなみに、この部屋から邸内の廊下に続く襖の類も総て開け放たれている。――そんなやたらと風通しの良い部屋で、菜津は九郎に膝枕をしていた。
 ……否、させられていた。

 隠すと怪しまれる、怪しまれれば勘繰られる。
 勘繰られ、腹の内を探られるくらいならいっそ総てを見せるが得策――
 これも一つの兵法だと九郎から告げられた時、そういうものかと納得してしまった少し前の自分に歯噛みしつつも、膝の上に乗った端正な頭を邪険にする事は菜津には出来ない。
 ……いっそ小突いてやれたらどんなに良いかと、色んな感情で頬を染めた菜津が考えているとは露知らず、九郎は更に口を開く。
「高次の負けは俺の負けでもある。あの爺どもにしたり顔をされるのも、秋津に笑顔で「分かってます、そりゃあ仕方のない事です……大将……!」とか何とか言われるのも癪に障る。……だが全く触れないというのも今更辛いからな、高次が賭けた十ヶ月までの残り八日、これで乗り切る」
 そしてぼそりとそう呟いた。

 菜津の膝に頭を乗せつつ真顔で淡々と九郎が述べる中、真っ昼間の中庭や廊下は掃除や雑務で存外に人が通っていく。奥向きに立ち入る事を許されるのは、一ヶ谷の里に住まう者達の中でもごく一部。一ヶ谷衆の中枢に近い者――葛木家の血縁者か、特別に許された下働きの者だけだ。故に通っていくのは顔見知りばかりで、その誰もが満面の笑みを此方に向けてくるのが菜津にとっては堪らなく羞恥を煽った。……好意的な笑みである事だけが、唯一の救いである。
 が。
「――だからって!」
 堪えかねた菜津の柳眉が逆立った。
「だからと言って昼日中からこんなだらしのない格好ではダメでしょう! いくら療養中とは言え皆が見ているところで頭目がこんな格好じゃ、周りに示しがつきません!」
「……高次に似てきたな……」
「もう!」
 膝の上に頭を乗せたまま、まじまじと菜津を見つめて呟いた九郎の言葉は真剣だ。からかっているのかと更に柳眉を険しくしかけた菜津を、珍しく見せた笑みで制し、そして膝から頭を上げた。
「元気なのは何よりだ」
 起き上がり、菜津の眼を見てゆっくり囁く。
 だが睦言めいた響きのそれに対し、菜津はつんと顔を背けて応える。
「どうせ気の強い女だとでもお思いなんでしょう」
「よく分かったな」
 その通りと間髪いれずに肯定され、背けた菜津の頬が少し膨らんだのを見やり、九郎が微かに笑う。
「安心しろ、そういう女は嫌いじゃない」
 開け放たれた障子の先、明るい光の差し込んでいる中庭に視線を流しながらの声は穏やかだ。
「……少なくとも、あの屋敷で毎日泣き暮らしていた頃よりは、今のお前の方がずっといい」


 九郎が初めて菜津を見かけたのは、菜津が思っていたよりもずいぶんと前の事だったらしい。少なくとも勝島の横暴から助けた日よりも前だと言って、九郎は頷く。
「戦国乱世の時代より、加後院家は代々一ヶ谷衆の上得意だ。だから加後院の姻戚の勝島家にも時折出入りはしていたし、お前の事も見知っていた。……お前は、俺が見かける度に泣いていたな。声を殺して息を詰めて、独りで、――声を出さずに、いつも泣いていた」
 九郎の双眸に浮かんでいるのは、きっとその当時の風景だろう。
 大きな屋敷でたった独り、苛まれて苦しんで泣いていた少女を思い返しているのであろう九郎の瞳は、遠い所を見ているような色を浮かべて澄んでいる。
「だから、いつかここから連れ出してやろうと考えていた。加後院から出された縁談にはそれもあってな、乗る事を、決めた」
 世間話でもするような九郎の横顔は、いつもと変わらず淡々としたものだ。その横顔を見つめながら、菜津は九郎の声に耳を傾ける。

「――だが、あの啖呵を目の当たりにして、俺は気が変わった」
 その澄んでいた眼が不意に輝いた。不敵な光を湛えたその眼が再度、菜津を捉える。
「俺が見かける度に泣いていた女が、自分の主に対してあそこまで鮮やかに口答えするとはまさか思ってもみなかった。それまでは娶ったら暫し間を置いて、それからお前の自由に――好きな所へ行かせてやろうと思っていたが、俺はそれで気が変わったんだ」
 菜津に向けたその笑顔は、ひどく悪戯的だ。ずいと大きく膝を進め、動く方の腕を伸ばして菜津の頬に手をかける。
 頬に添えられた手の平の熱を感じながら、菜津は九郎の言葉の続きを待つ。
「……この女が女房なら、きっと一生飽きないだろうと、そう思った」

 九郎の瞳に自分が映っているのが、菜津にはよく見えた。以前もこれと同じ光景を見たとふと思い返し、同時に口の端に微かな笑みが上がる。
 あの時、九郎の瞳の中に映った自分は泣き崩れていて、酷く弱い無様な生き物に見えた。帰る所も頼る者も何も無く、辛い記憶と寄る辺無い不安さを抱え、情けなく揺れた眼差しをあの頃はしていた筈だ。
 ……だが今はどうだろう。九郎の瞳に映る自分は、嬉しそうに少しはにかんで、そして笑んでいる。こんなにも幸せな気持ちで笑える未来が来るなどと、勝島の屋敷に居た時は全く想像も出来なかったというのに。
 かすかに笑み、頬の熱を感じたまま菜津はそっと目を閉じた。
 それと同時。笑んでいた筈なのに、涙が一粒目尻から零れ落ちる。

「泣くな」
「……はい」
「こんな事で泣いていては、これから先身が持たんぞ。何しろお前は俺の妻だ」
「はい」
「覚悟しておけよ、苦労するぞ」
「そんな事は心得てます」
 閉じたままの瞼に触れてくる口唇の囁きを受けながら、菜津が頷く。
「――私の居場所は、あなたの傍と決めましたから」



「八日後の晩、秋津が宴を開くそうだ。賭けの負けを祝う羽目になるとはおかしな話だと笑っていたが、本当の夫婦を祝う門出の宴だ」
 耳元で囁いてくる九郎の顔は、きっと少年の頃のように悪戯な笑みを浮かべているのだろう。

「その夜は――月を、一緒に見よう」

 あと八日。
 その日の月はどんな形をしているだろう。
 九郎と共に眺める月は、どんな色の光で二人を照らしてくれるのだろう。
 辛かった記憶は今も時折菜津を苦しめて苛むが、それも二人で月を眺める内に癒えてゆくに違いない。真っ直ぐな気持ちでそう思い、菜津は九郎に身を寄せた。
「宴の夜だけでなく、これからも、ずっと……」
 顔は見られない。しかし九郎の胸に額を寄せ、その温もりと鼓動を確かに感じながら、そして菜津は言葉を紡ぐ。

「……どうか、末永く」


 九郎に触れながら囁き返した声は、今までで一番素直な響きで辺りに溶けて、そして一ヶ谷の風に解けて消えていった。

 二人を照らす陽の光は、明るい。




―― 終




BACK│ INDEX │NEXT