雪中二花取(せっちゅうにかどり) (2) 菊と藤千代、二人の母である菜津に会う必要がある。 だからここの所、小太郎は時間がある時はずっと厨房にいる。菜津が偶然通りがかる事を期待しての事だ。 身ごもってもまだ菜津の側仕えとして働き続けているこやか、屋敷の下女頭である須磨に取次ぎを頼めれば話は早いのだが、元旦昼過ぎ頃から猛然と降り始め、三が日を過ぎてもまだこんこんと降り続ける大雪のせいで屋敷に通う働き手が全く足りず、それどころでは無い。 小太郎が直接会いに行っても菜津ならば気分を害したりなどしないだろうが、小太郎が少年ではなくなった今、当主の正妻に対してそれは流石に憚られる。 雪さえ無ければ菜津の部屋前の庭先で通りがかるのを待つ事も出来る。だが、こんな天候では到底難しい。 雪さえ無ければ。 雪さえ降っていなければ。 ――菊と藤千代の二人が、大雪のせいで帰って来られなくなってから早四日経つ。 「坊主、ほれ」 葛木家厨房の包丁頭(ほうちょうがしら/料理長)である毘沙門が、熱い湯気の立つ具沢山の汁椀を小太郎に差し出す。 「窓の外ばっか見てても雪は止まんぞ、冷めないうちに食っとけ」 「うん、ありがとう」 だが厨房の囲炉裏端に腰かけた小太郎の視線は、窓の外に釘付けのままだ。薄灰色の空を睨み、舞い散る雪をじっと睨(ね)めつけている。 延々と降り続いていた雪だったが、今朝になってようやく勢いが弱くなった。 「……勝手に迎えに行っても怒られはすまいよ」 「うん」 「早う行って来い」 「……うん」 先程から時折、雪が舞わない間(ま)がある。灰一色だった空から薄っすら陽の光が透けている。それらと風向きとを注意深く眺めながら、受け取った椀を一口啜って小太郎は応えた。 「俺が勝手に行ったんじゃダメだ。本家からの命(めい)じゃないと、行ってもどうせ門前払いされる」 その声は、低い。 萩生(はぎう)家。 忍軍一ヶ谷衆を率いる葛木本家に古くから仕え、戦では主に後詰(ごづめ/後方支援)を主とし、葛木の血族で構成される上忍衆の中でも一二を争う家格を持つ。 現当主は萩生元吉(もとよし)。葛木家先々代頭目の時分に参謀として名を轟かせ、それ以上に狡知(こうち)にて名を馳せさせた策士であり――……そして老いてなお邪智健在と陰で囁かれる名うての忍だ。 菊の従兄である、弥平の祖父でもある。 元旦、晴れ間の一瞬、菊と藤千代はこの萩生家に招かれた。 そして偶然の悪天候によって帰り道を封じられてしまい、今に至っているのだ。 「乞われて晴れ着姿を見せに行っただけで何日も監禁なんぞ、たまったもんじゃねえ。普通は天気が崩れそうになったら速やかにお戻しするのが筋だろうに、それをまあ」 普段そうそう感情を表に出さない毘沙門が、料理の下ごしらえを再開しながらも低く唸るように呟く。 「葛木家の元旦朝餉(あさげ)は御神酒と白餅だけと決まっておるし、姫若様も小若様も儂が作ったものを年明けてからまだ何にも食うとらんのだぞ。萩生で出される飯なぞ御口に合わんだろうに、おいたわしや」 「萩生の御家はここに負けないくらい金持ちだし、豪華なもの食わせてもらってるんじゃないの?」 「はッ」 古いが丁寧に磨き上げられ、暖かな湯気に満ちた厨房に、かつて手練れの忍だった男の哄笑が鋭く響く。 「金がかかってれば良いなどと思うたら大間違いぞ小童が。あんな腹黒の巣で出されるものなど長々食うておったら、若様方の胃の腑が腐るわ!」 その言葉と共に、両断された大根の首が飛んだ。殺意を込めてまな板に深々と突き立てられた包丁を横目に見ながら、小太郎も息を吐き出す。 「……俺だって早く連れ戻しに行きたいよ。だからこそ、ここでお方様から連れ戻しの許可をもらう為にずっと待ってんだから」 元旦、一ヶ谷衆の武者行列に小太郎が出た直後、菊の元に萩生家から駕籠(かご)と共に使いが来た。 ――曰く、美しいと里人達にも評判だったその晴れ着姿を、大雪で外に出られない元吉翁にも見せに来てほしいと。 葛木家への使いには、菊を大層可愛がっている叔母の香羽(こう)が直々に来た。普段は不愛想と言ってもよい香羽が、菊の晴れ着姿を見るや、まるで我が子を見たかのように破顔し、手を打って大喜びし、これは是非とも我が家へお越しあれと熱心に誘ったのだ。 小太郎が出かけて暇を持て余していた藤千代にも、香羽は笑顔で声をかけた。藤のためにうちの爺様が京で流行りの玩具を取り寄せたよ、甘いお菓子があるよ、遊びにおいで、と。 快晴だった筈の空模様は、その時点で既に雲行きが怪しくなってきていたが、萩生家までそんなに離れている訳でも無く、また駕籠も用意されていた事もあり、菊も藤千代も「顔を見せたらすぐ帰る」と何気ない近所付き合いのつもりで出かけて行った。 その直後に天候が急変し、再びの猛吹雪となり、その吹雪は治まる様子を見せず――…… 帰る事も迎えに行く事も難しいまま、そうして姉弟は萩生家に閉じ込められた。 当初、小太郎は菊たちを迎えに行く事を真っ先に高次へ直談判した。元旦の夜の事だ。 だがまるでそれらを予期していたかのように、萩生家から再度の使いが寄越された。猛吹雪の中を必死で来たらしいその雪まみれの使者は、雪が落ち着くまで萩生で御二方を大切にお預かりするゆえ何事もどうぞご心配なくと告げ、そして来た道をまた必死に戻って行った。 「何にせよ、今度雪が止んだらすぐ迎えに行きたい」 小太郎が続ける。 「二人を連れ戻しに行きたいって師匠に何度も言ってるけど、お前が考える事では無いつって何言っても却下却下だから。師匠がダメならもうお方様に直談判して御許しを貰うしかないと……って」 汁の具をかき込みながらも真顔で述べていた小太郎が、ふと言葉を切ったかと思うと、突如立ち上がった。 「うおおおお晴れた! 毘沙門じいちゃん空晴れたー!」 小太郎の視線の先、灰一色だった空が綺麗に割れて、久々の青藍が気持ちよく覗いている。風花は少々舞っていたが、久々に雪が止んでいる。 だが、山の天気は変わりやすい。晴れ間は今だけかもしれない。 「お方様が通る偶然なんて待ってたら絶対また降り出すし……、もう御部屋のギリギリ近くまで行ってみる!」 空になった椀を放り投げる勢いで厨房の廊下を駆け出した小太郎の背に、毘沙門も続く。 「よし、儂も」 だが包丁を握りしめた毘沙門も共に走り出そうとした瞬間、小太郎が立ち止まった。急に止まった小太郎の背に刃を突き立てそうになるのを間一髪でなんとか回避して、たたらを踏んだ毘沙門が怒鳴り上げる。 「何やっとんじゃ坊主! 早よう……」 その言葉が途中で止まる。 「――……ここに居たか小太郎」 よく磨かれた飴色の廊下に、忍軍一ヶ谷衆を率いる男の静かな声が低く響いた。 小太郎が走り出した先に悠然と立っていたのは、食事の途中だったのか何故か茶碗と箸を持ったままの九郎だった。 「毘沙門、紫蘇ご飯おかわり」 小太郎を探すついでに飯のおかわりにも来たのか、その場に膝をついて平伏した二人の前で、真顔の九郎が毘沙門に茶碗を差し出す。 「部屋から晴れ間が見えたからな、飯の途中だったが走ってきた」 先程まで小太郎が腰かけていた囲炉裏端に今度は九郎が座り、未だ廊下に平伏したままの小太郎を、お前に用があると手招きする。 主と同じ高さにいる訳にはいかないので、今度は厨房の冷え切った土間に降りてそこへ小太郎が膝をつくと同時、九郎の側役である高次も厨房へとやって来た。そして二人より幾らか遅れて、菜津も姿を現す。 「茶碗を持ったまま急に走り出したと思ったら……」 高次は九郎の奇行に渋い顔をしていたが、それでも付いて走って来たのだろう。囲炉裏端に腰かけた九郎の斜め後方へ座して控え、口を閉じた。菜津は九郎に間近い隣へと腰を下ろしたが、普段と様子の変わらない頭目主従二人とは違って、その眼は泣き腫らしたように真っ赤だった。 「時間が惜しい、手短に言うぞ。忍軍一ヶ谷衆頭目の名に於いて、菊と藤千代を連れ戻して来い」 毘沙門から、香味豊かな紫蘇ご飯の山盛られた茶碗を受け取りながら、九郎が口を開いた。思わず顔を上げた小太郎を見下ろす九郎は、いつも通り感情の読めない顔をしていたが、その目線は常になく熱を帯びている。 「二人が元旦に連れ去られてから早四日だ。最初の一日泊まる程度は親戚付き合いの一環だが、それをあの糞ジジイ、何がこんな大雪の中を帰すのは却って申し訳ないだ。そう思っているなら降る前に! 速やかに帰せ!」 毘沙門が横からそっと差し出した温めの茶を一息に飲み干し、珍しく感情を表に出して九郎は更に続ける。 「いいかよく聞けよ、うちは萩生のジジイに弟一人盗られてるからな。気を抜くと今度は手塩にかけて育てた元後継ぎと、何なら現後継ぎまで盗られかねん」 「へっ?」 「何なら春までお預かりするのでご心配なくなどとぬかしてきているからな」 「はっ?」 理解出来ない内容に声のひっくり返った小太郎を見、菜津が耐え切れなくなったかのように身を乗り出した。 「あまり長くお世話になるのも申し訳ないから、二人をそろそろ迎えに上がりますってこちらからも使者を立てたのよ、そしたら……!」 「――菊様は我が家がいたくお気に召した御様子、この分ならば春芽吹く頃には新しき花も咲くやも」 真顔の九郎が真顔で何事か滔々(とうとう)と述べて、土間に跪いた小太郎の前に書状を叩きつけた。小太郎が素早く視線を走らせたそこには、小太郎から見ても見事な手跡(て)で墨痕鮮やかに流麗な文字が綴られていたが、内容は九郎が今言った通りの事が書かれている。 隠しても隠し切れないクソジジイ臭が滲み出ている行間に、小太郎の背を悪寒が走った。 「新しき花って何ですか?!」 「上手い事を言ったつもりなんだろう」 九郎の声は地を這うように低かったが、荒れている訳でも怒りに震えている訳でも無い。ただ至極淡々と――……しかし殺意に満ち満ちていた。 「これで二回目だ」 熾火が静かに爆ぜる囲炉裏端に座し、箸と茶碗を持ったまま、九郎は静かに呟く。 「親父殿が死んで、俺が家督を継いで直ぐくらいだった。俺は生まれた時から長男坊で後継ぎで、そういう風に育てられてきたし親父殿もそう言い遺して死んだからな、俺が一ヶ谷を継ぐ事への異論は極々少なかったが、あの頃の俺はまだ若かった。後見を置けだの側役は若造ではなく重鎮から選べだの嫁を貰えだのせめて許嫁を決めろだの、親戚連中は里の内外問わずとにかくひたすら口を出して来た」 珍しく九郎の口数が多い。 「やる事も学ぶ事も決めねばならん事も多かった。忙しかった。里と己の事で手一杯で、弟妹の事なぞ二の次三の次で、高次にもそんな余裕は無かった。……その隙を、あの糞ジジイは」 食わねばやってられないとでも言いたげに九郎の箸が二度動き、飯を咀嚼し、茶を一口飲み、そして告げる。 「一服盛って力ずくで子を作って既成事実だ何だとぬかして、葛木の次男は持って行かれた」 「ファ――――!?」 「ありえんだろ? 本家の次男だぞ? 弥三郎はれっきとした親父殿の胤(たね)で母御も一ヶ谷衆上忍家の生まれで実家はまだ在るんだぞ? それを普通やるか? やらんからな? どんんんんだけ金バラ撒いて根回ししたかって話だぞ本当に」 声のひっくり返った小太郎と裏腹に、こんな時でも九郎の声は淡々としている。だがそれは単に声に起伏が無いというだけで、腸(はらわた)は煮えくり返っているのだろう。きちんと握られていたはずの箸が、軋みを上げてへし折れた。 「……そう言えばあれも正月だった。しばらく弥三郎の顔を見ていないと思っていたらの矢先だった」 当時の葛木弥三郎は、元服するかしないかの最も瑞々しい年頃であり、ただそこに居るだけで何処の姫君かと問われるほど透き通るような美貌の持ち主で、一ヶ谷の里のみならず里外からも熱い視線を集めていた。 血筋も育ちも良く、何よりも顔が良い。 流され易くいまいち覇気が無いのが欠点ではあったが、当然婿入りの話もひっきりなしで、噂を聞きつけた近隣武家からの小姓仕えの話すら数多く。 ちょうどその頃、九郎たち葛木家兄妹の実父である葛木総左(そうざ)がかねてよりの病にて身罷(みまか)っていた。喪に服さねばならない建前はあったが、九郎が頭目の座を継いで初の正月でもある。流石に表立って派手に祝うような事は無かったが、内々に親戚が集まってそれなりの賑わいを見せていた。新当主である九郎は常にその賑わいの中心だったため、何かと常に忙しく慌ただしい。 先代の死に伴って側役の任を降りた秋津に代わり、新たなる側役へ任じられた高次もそれは同様で――……兄二人が気付いた時には、事はもう、成された後だったのだ。 「香羽(こう)は俺にとっても妹のようなものだし、その香羽が弥三郎に長いこと懸想(けそう)していたのも知っていた。だがな、いくら萩生の糞ジジイでもまさか実の娘の恋心と身体を利用して本家の次男を咥え込むとは誰が思うか」 「御頭」 「『萩生の家で出された茶を飲んだら身体がやけに熱くなって香羽が介抱してくれてたけど気が付いたら半泣きで上に乗っててどうしたらいいのか分からないから何も言えなくて半泣きで我慢してたら香羽が本気で泣き出して泣きたいのはこっちだよって思ったけど兄上どうしよう子供が出来たって言われたけどどうしよう』と弥三郎が言い出して」 「御頭、言い方を」 「そうしたらばあのジジイ、意気揚々と嬉しそうにうちに乗り込んできて、若さ故の過ちでは済まされないだの出来てしまったからには仕方ないだの男の責任だのこれからも末永くだの、香羽はずっと泣いてずっと謝ってるし弥三郎は逃げようとするしあの時は本当に」 「御頭、昔の話をしている場合では」 「大体あそこの甥に菊をどうこうする気概があるとは思えんが、また一服盛られればそうとも限ら」 「九郎様! その辺で!」 背後に座した高次からの強い制止が入り、ようやく過去回想という名の愚痴が止まる。 「――とにかく」 折れてしまった箸を茶碗に置いて、九郎が深く息を吐いた。 「あのジジイが菊を萩生の家に取り込もうとしているのは明白だ。初手はまんまと喰らってしまったが、これ以上は決してさせん。香羽とて悪だくみに二度も使われては寝覚めが悪かろう」 姪甥である菊と藤千代を大切に可愛がっている香羽が、悪意あって二人を拉致したとは考え難い。またしても実父に好意を悪用されているのだろうと、九郎は呟く。 「子は親を選べんからな。……苦労もする」 声はどこか穏やかで、いつかの昔を思い出しているかのようだったが、同時にそれどころではなかった事も思い出したのだろう。 顔面蒼白で俄然慌てふためき出した小太郎としっかり目を合わせ、九郎は再度口を開く。 「いいか小太郎、今すぐ萩生の屋敷に行け。行って二人を取り返して来い」 その声は強い。 それまでずっと黙り込んで下を向いていた菜津の視線が、小太郎の背後、様子見のために大きく開かれている窓へと向かった。深く積もり周囲を真白く染め上げた雪を一瞬だけ見やり、涙を堪える様に二度三度と瞳を瞬かせ、そして菜津は震える唇をようやく開く。 不安と心配と、何かしらの恐怖を混ぜ込んだ声音が、菜津の喉からか細く漏れた。 「菊は……、あの子は強いから大丈夫だと信じてるけど、でも、本当に怖いの」 菊達が戻らなくなって早四日経つ。大事な娘に何か起きているのか、起きていないのか、まだ間に合うのか間に合わないのか。 ――その人は、美しい顔を雪と憂いに曇らせて、絞り出すように呟いた。 「……お願いよ小太郎、菊と藤千代を、連れ戻して……」 「承りました、必ずや」 しんと静まり返った厨房に、真摯さと決意を滲ませた小太郎の声が凛と響く。 告げて土間に立ち上がった小太郎を、自然、皆が見上げる形になった。隠さずに狼狽を見せていた先程までは普段見慣れた子供の顔付きだったが、眼差し強く凛々しく立つ姿はもうすっかり青年のそれである。頼もしいと素直に思い、菜津の頬にようやく微かな笑みが浮かぶ。 同じように九郎も感じたのだろう。一つ鷹揚に頷くと、懐から巻紙と矢立を取り出して一筆したため、小太郎に差し出す。 「俺の名で菊と藤千代を帰らせる旨がまず書いてある。ジジイが何かしら拒んだらこれを見せろ。何やかや言いがかりをつけて拒んで来るだろうが、ひとまず粘れ」 そして一言二言助言を与えた後で、更に続ける。 「案ずるな、お前が出て一刻(※約2時間)経っても戻らなかったら即開戦だ。火矢でも射かけて何が何でも奴らを炙り出す」 そう言って珍しく笑んだ九郎の目は、言葉と裏腹にひどく優しい。 「おい高次、いつでも仕掛けられるように血の気の多い奴らに声をかけておけ。うちの末弟は真っ先に呼べよ、弥三郎が盗られた時に一番怒り狂ってたのはあいつだからな」 「御意」 「大将よ、あんた様が出陣(で)なさる時はこの老骨も御供しますぞ。一ヶ谷衆元一番隊の名に懸けて、刺し違えてでも御二人を取り戻さねば」 鉄砲隊の重蔵にも声をかけておきますと、いつの間にか出刃包丁を両手で握りしめた毘沙門が、眼光鋭く吐き捨てる。 「……楽しみだな」 戦準備にか素早く立ち去って行った高次を見やり、九郎が小太郎に笑いかける。 その笑顔は常になく明るく、朗らかで、まるで悪戯を思いついた少年のようだった。 「今宵の雪は血染めの朱だぞ」 ただし言ってる事は血生臭い。 「おっ俺、走って行ってきます! 絶対に連れて帰ってきますんで!」 「小太郎急いで! この人たち冗談言ってないわ! はっ早く! 急いで!」 見れば雪はすっかり止んで、青空が大きく広がっている。 久々の晴天に、里人達が家々から出て声を上げているのが風に乗って聞こえてくる。屋根上の雪下ろしでも始めたのだろう賑やかな物音と、歓声と笑い声だ。 「行って来ます!」 いつでも迎えに出られるよう、しっかり着込んで雪支度を整えていたのが幸いした。厨房から外へすぐさま駆け出て息を吸った瞬間、冷たい空気に小太郎の肺腑は痺れ、鼻の奥がつんと痛んだが気にはならない。大手を振って真っ向から菊達を迎えに行ける。 「武器持ったか? 毒も忘れず仕込んでいけよ」 「……使わないで済むよう努めます!」 九郎の声を背に、青空の下を白雪を蹴散らしながら小太郎は駆け出した。 |