二人迷子
(ふたりまいご) (6)



 一ヶ谷の里は、朝から賑わっていた。
 今日の試合は祭りと同義だと九郎が言った通りに、いつもは閑静な山里である一ヶ谷が、今日は朝早くから賑々しい。青く晴れ渡った空に、人々の陽気な喧騒が澄んで響く。
 試合会場は葛木家敷地内の外れだ。里の子供たちも多く通う道場があるそこは、準備に集った人々でひどく騒がしくなっている。山里ゆえに娯楽の少ない一ヶ谷に住まう人々皆が、今日行われる試合見物を楽しみに浮かれていた。
「道場の戸は全て外せ。今日は里の内外から見物人が大勢来る。それらにも外から見えるように、……そうだな、外した戸は裏手に立てかけて――」
 下忍達を率いて先頭に立ち、試合の準備を行うのは高次だ。九郎の言い出した事の準備は大概全て高次が担う。嫌々やっている時も多いが、今日見せている表情からは強制感は無い。高次にとっても秋津は父に等しい男であり、その秋津の為と思えば力も入るのだろう。
「父さま、おざぶとんはどこにおきますかー?」
「かー」
 わらわらと人が立ち働く中、幼い声が二つ、元気よく響いた。
「奥の板の間に積んでおけ。後で上座に――……さくら、桃が転ばないよう、ちゃんと見てなさい」
「ももちゃん転んじゃダメよ」
「だいじょうぶ!」
 母親によく似た面差しの幼い二人の姉妹が、大きな座布団を半ば引きずる様に高次の後ろをちょこまかと走っていく。その姿を父親の顔で穏やかに見送り、高次はすぐにまた準備の采配に意識を戻す。
「今日も父さまはいそがしそう」
「ねー」
「でも、おひるごはんは一緒にたべたいね」
「うんっ! かあさまも!」
 采配を振るう父の後ろ姿を眺め、さくらと桃の姉妹二人は笑う。



 周囲が賑やかな中、九郎たちの居室がある母屋側の一角だけは普段と変わらずに閑静だ。ここだけは周囲の喧騒からもどこか遠い。
 しかしそれでも伝わってくる浮かれた空気を肌で感じながら、小太郎は庭先に立ったまま息を吐いた。その腕の中には、忙しい大人達に構ってもらえず退屈していた藤千代が、ここが定位置だと言わんばかりにすっぽりと収まっている。
「ねー小太郎、あっち行こ! 池のさかな見る!」
「みんなのいるとこは準備でバタバタしてるから、俺達が行ったら邪魔になるよ藤さま。しかも魚って、あそこの池は深いから危ないし、ダメだよ」
「やだー! つまんないー!」
「ダメですー、つまんなくないですー」
「やだー!」
 じたばたと動く小さな身体は、口では駄々をこねているがその顔は小太郎に抱かれて上機嫌で笑っている。  焦燥と緊張で所在無く、試合までの時間を潰しかねていた小太郎だったが、顔を見るや小走りに駆け寄って来て、肩車して、おんぶして、遊んで、と満面の笑みでねだってきた小さな手は、ここ数日ずっと鬱屈していた小太郎にとって何とも温かく愛らしく、癒しのように感じられた。
 葛木家の嫡男たる藤千代と拾われ子だった小太郎の間には、血の繋がりなどはある訳も無く、本来ならば小太郎はこの幼子に近付く事さえ出来ない筈の間柄だ。しかし菊と間近く接してきた小太郎にとって、藤千代は実の弟のようにも思える存在だ。朝に夕に日々懐いてくる小さな手の平と頬は、無条件に愛しかった。
「小太郎も今日の試合に出るの?」
 不意に藤千代が問う。
「出るよ。……頑張ってくるよ」
「そうかー」
 小太郎の強張った声に幼子は気付かない。ただ無邪気に笑い、小さな手を伸ばして小太郎の頭を撫でる。
「がんばれー」
「……うん」
 言葉少なに、小太郎が頷く。その表情はどことなく暗い。
 今日の試合で駄目だったなら、小太郎の望みは潰えるだろう。そして時間切れと言う名の終わりが間もなくやって来る。――確実に。
 時間切れ、と口の動きだけで小さく呟き、小太郎は同時に幼馴染の顔を思い出す。

(何にせよ良く頑張ったな、偉いぞ)
(そうだ、今日の夕飯はお前の好きなものを用意させてやろうか。ほら、何が食べたい?)

 小太郎の頑張りを己の事の様に喜んでいた笑顔。しかしその後の喧嘩から今まで、気まずさもあって一言も口をきいていない。謝りたいと思う気持ちはあるが、行動がどうしても伴わない。こんなに長引いた喧嘩は二人にとって初めてだ。終わらせ方が分からなくなっている。
 今日の試合が終わった後で謝りに行こうか――……抱き上げた藤千代の顔を眺めながら、機嫌よく笑う頬をつついて撫でつつ、小太郎はぼんやりと考える。
 菊としては親切心から出したであろう言葉を、一方的に拒絶したのは小太郎だ。非は自分にある。そう解っている。しかしいつまで経っても自分の事を子供扱いする菊は、周囲の大人達と同じように小太郎には見えた。
 菊。――音にはせず、口の動きだけで小さく呟く。
「姉上もがんばってー」
「出るかどうかはまだ決めかねる」
「そう菊……って、えっ」
 上の空で返事をした後ろ、小太郎が振り返った先には菊が居た。
「お前は出るんだな。……まあ、当然か」
 ――こちらを睨みつけたその瞳は、随分と冷めている。

「仲の良い事で」
 瓶覗(かめのぞき)色の薄青い小袖姿で腕を組みながら立つ菊が、顎だけでこちらを指す。その声音ひとつですぐに小太郎が察する程、菊の機嫌は悪かった。
 瓶覗は、紺染めの瓶に短く漬けて染める、ごくごく淡い青を指す色名だ。一ヶ谷の里に於ける瓶覗の薄青色は、一ヶ谷衆の揃い誂えである濃紺の忍装束をその身に纏う日がいつか来るようにと、忍衆としては独り立ちしていない若者が願掛けに好んで身に付ける色である。故に男物としての仕立てがこの里では多かったが、今、菊が着ているのはその瓶覗色の小袖だった。
 小太郎も、葛木屋敷で働く他の下忍見習い達とまとめて、新年の祝儀代わりに瓶覗色の晴着を一枚誂えてもらった事がある。この色の着物で近隣の町へ行けば、その筋の店で大層手厚くもてなされて良くしてもらえると評判だった。
 この一ヶ谷の里で若者が身に纏う分には珍しくも何とも無いが、年頃の娘が纏うのは珍しい。瓶覗の色自体は男女を問う物では無い。――しかし、この里では違う意味合いを持つ色だった。
「……その色を女が着るのは珍しいな」
 大きな声では決してなかったが、口をついて言葉が出た。途端、菊の眉が跳ね上がる。
「文句でもあるのか」
「そういう訳じゃないけど」
 藤千代を抱き上げたまま、小太郎はちらりと菊の姿に視線を流す。
「……なんか」
 腕を組んでこちらを睨み、庭先に立つ菊の姿に別段変わった所は無い。女物の着物のあれこれなど小太郎に分かる由も無かったが、しかしそれでも感じる違和感があった。
「なんだ」
「いや……別に」
「私とは口も利きたくないか」
「誰もそんな事は言ってないだろ」
 菊の不機嫌は先日の喧嘩を未だ引きずっている所為だろうか。溜息混じりにそう思い、小太郎は菊から視線を逸らす。その逸らされた視線を見、菊は一層唇を歪めた。
「藤千代とは仲が良いんだな」
「別に、子守してるだけだけど」
「ふぅん、それはご苦労様な事で」
「……何でいちいち突っかかって来るんだよ」
 先日の喧嘩の所為だけにしては、菊の声には随分と棘がある。棘含みの声に撫でられて、小太郎の心もささくれ始めた。小太郎に抱き上げられたままの藤千代は、何も分からないまま二人のやりとりを機嫌よく、幼い笑顔でニコニコと眺めている。
「今度は藤千代にくっついてまわるつもりか」
「何が」
「私はもう跡取りじゃ無いからな」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味だろうが」
 菊が吐き捨てる。
 小太郎にそんな器用な真似が出来るなどと、菊も心から思っている訳では無い。それでも道場へ向かう途中にたまたま通りがかった庭先で、昨今なかなか菊には見せない柔らかな笑みを浮かべながら、藤千代と――新たに決まった次代の跡取りと共に居る姿を見てしまえば、心穏やかにはいられなかった。
 菊が無くしたものを、この幼子は今、全て持っている。最初から持ち得なかったものも、持っていたはずのものも、失くすはずがないと思っていたものも、何もかも。
 八つ当たりだと分かってはいても、口にせずにはいられなかった。
「……訳分かんねえ」
 小太郎が藤千代を地に降ろす。二人の間に流れる不穏な空気に藤千代は漸く気付いたらしく、小太郎と菊とを交互に見やって不安そうな顔を見せた。しかし小太郎も菊も、険悪な空気を湛えたまま藤千代には見向きもしない。
 重い、無言の時間が暫し流れる。

「あら、小太郎じゃないの」
 背後から、穏やかな声がかかった。
「……お方様」
 母屋側から庭に向かい、優雅な歩みを見せながらやって来るのは、菊と藤千代の母である菜津だ。その後ろには幾人かの下女を連れている。
 菊は小太郎を睨みつけたまま母親の登場にも見向きしなかったが、小太郎はそういう訳にはいかない。菜津に向けてぺこりと頭を下げてみせる。
 急に決まったこのお祭り騒ぎに、菜津も下女たちを引き連れて忙しく立ち働いているらしい。試合の後で催される宴会用の茶器や酒器などの荷物を抱えた下女たちを引き連れ、険悪な空気を余所に菜津が笑顔で口を開く。
「あなたも今日の試合に出るんでしょうに、こんな所に居ていいの? ……って、あらやだ。藤千代のお守りをしてくれてたのね」
「ははうえっ!」
 重い空気から解放された藤千代が、母の脚に笑顔で駆け寄ってしがみ付く。
「良かったわね、小太郎と姉上に遊んでもらってたの?」
「うーん!」
「なあにそれ、どっち?」
 幼い息子に蕩けるような笑みを見せる菜津とは対照的に、菊の視線は依然小太郎を見据えたままできつく厳しい。そんな菊を見、菜津が呟いた。
「あら菊、あなた、着付けが変になってるじゃない」
 藤千代の頭を撫でながら、菊の腰の辺りを指さして言う。その言葉に小太郎もようやく合点がいって、ああと小さく頷いた。帯を巻いた腰回りが、普段に比べてもたついて形が少々崩れているのだ。
 酷く着崩れていると言う程ではないが、違和感の正体はそれかと小太郎は内心で呟く。しかし外見のあれこれは小太郎にとってはさして重要ではない。未だ菊から睨まれている事に辟易し、菜津と藤千代にだけもう一度目礼をして、小太郎はその場から一歩踏み出した。
 そろそろ試合も始まる頃だった。今日の試合は、今までの物とは意味合いも重要性も全く違う。決して負けられない、大事な試合だ。
(……でも)
 ――その大事な試合は、誰の為に大事だったのか。

「ちょっと菊、帯の結びもおかしいじゃない。何これ、急いで着た訳でも無いでしょうに」
 去って行きかける小太郎を余所に、小さな子供にするように、菜津が菊の着物を直してやろうと指を伸ばす。しかし菊はその指を身を捻ってするりと躱(かわ)した。
「小太郎、まだ話は終わってないぞ」
 逃げられた事に目を瞬く母には見向きもしないまま、菊が口を開く。立ち去りかけた小太郎の足が止まる。
 振り返る。
 視線が再度、短く絡む。
「……勝手に喧嘩売ってきて勝手に怒ってるのは菊の方だろ、もう放っておいてくれよ」
「先に吹っかけて来たのはお前だろうが」
「俺が謝れば気が済むのか?」
「そういう事を言ってる訳じゃない」
「じゃあ何なんだよ、俺にどうしろってんだよ!」
 小太郎の語気がついに荒れた。
 前回の喧嘩の再現に等しかった。主家の一人娘たる菊への暴言に、その場に居た下女たちが一斉に眉をひそめたが気になどしていられない。菜津と藤千代も驚いた顔をしていたが関係ない。荒れた気持ちを隠そうともせずに吐き捨てて、小太郎は今度こそ立ち去るために踵を返して大きく背を向ける。 
 菊に背を向けた時の罪悪感さえ、この間と同じだった。前回の時の様に、菊は背後で言葉を飲み込んで立ち尽くしているのだろう。その瞳がどんな色を浮かべているのか――……諦めの色か嫌悪の色か、想像しそうになった自分に大きく舌打ちし、小太郎は今度こそ大きく一歩を踏み出した。

 ――その時。
 背に、衝撃が走った。

「ちょ……っ、菊! やめなさい、はしたない!」
 菜津の本気の叱責を聞き、背に感じたひどく重く鈍い痛みを知覚して、小太郎は我が身に何が起きたのかをようやく察する。ゆるりと首だけをめぐらせて振り返った。
「……足どけろよ」
「黙れ」
 小太郎の背、ど真ん中、そこに高く足の裏で蹴りを入れた態勢のままで、菊が低く呟く。しっかりと睨み合いながら、それでも足は下ろさない。小太郎は再度大きく舌打ちし、自分に押し付けられたままだった菊の土足の脚を腕で振り払う。薄青の着物の前裾が大きく乱れていたが、そんなものは目に入らなかった。菊の顔を、眼を、鬱屈した苛立ちを全て込めてきつく睨みつける。――ただひたすらに、腹立たしかった。
「あしあとっ!」
 小太郎の背にくっきり残った模様に、妙に興奮した様子の藤千代の声が響く。
「あなたたち一体何なの! 子供みたいな喧嘩はやめなさい!」
 柳眉を逆立てて菜津が怒鳴るが、菊も小太郎も睨み合ったままだ。
 しかしそれも束の間の事だった。無言で、小太郎が再度踵を返す。それを菊は数歩追い、歩みを止めさせる為にか足払いをかけてきた。が、既に背中を蹴られていた小太郎はそれも予測していたのだろう。そちらを見もせず軽々避けて、そのまま庭を大股で歩き出す。
 目指すのは皆が集いつつある道場前だ。試合がある。それに出なければならない。菊の八つ当たりに構っている暇など無いのだ。瓶覗色の薄青に包まれた細い体を置き去りにして、小太郎は大きく――
「――……ッ!」
 駆け出そうとした矢先、小太郎の後頭部を目掛けて鋭く飛来した物があった。派手な音が響き、下女たちの悲鳴が上がる。
「気が変わった」
 下女の持っていた茶器を奪い取り、小太郎に投げ付けた菊が笑う。ゆっくりと、凄味のある色を目尻に乗せて。
「詫びろ小太郎、貴様の全てが気に入らない」
「……」
 咄嗟に小太郎が避けた為に庭石に当たり、瀬戸黒のいかにも高価な茶碗は破片と化した。我に返った菜津が再度の叱責と制止を大きく叫んだが、もう二人の耳には入らない。
「断る」
「もう一度だけ言ってやる。今すぐ此処に伏して詫びろ」
 菊の声は酷く低い。空気が重い。両者の視線は絡み、揺るがない。
「理由が無い」
「理由ならあるさ」
 菊の身がゆらりと動く。
「私が気に入らないと言っている!」
 一声が響き、小太郎の目の前で黒髪が鋭く舞った。瞬時に間合いを詰めた薄青の影、草履を履いた菊の足先が、小太郎の顎を正確に狙って中空を薙ぐ。それを避けずに掌で掴み受け止めて、小太郎が吐き捨てる。
「ふざけんなよ」
 顎狙いで上段に繰り出された足首を掴み上げて握る小太郎の声は低く重い。握って受け止めた菊の足首は細かった。上段に繰り出されて剥き出しになった脛も細く白く、小太郎が未だ見慣れない、女の脚そのものだった。
「ふざけんな」
 自分よりもいつの間にか低い位置にあるようになった菊の眼。鋭い光を放つそれが、隠すつもりすらない怒りを滾らせてこちらを見ている。だが、それは自分も同じ事だろう。同じような怒りを、苛立ちを、どうしても堪える事が出来ない。周囲の視線は十分承知していたが、それでも己を止められない。
 知らない間に勝手に女になって、勝手に手の届かない存在になって、そして――
「自分勝手な事ばっかり言ってんじゃねえ!」
 感情が、爆発した。

 狙うのは足だ。動きを止めて、次の行動を封じる。理性的な思考が例え飛んでいたとしても、幼い頃から今の今までの修練は、制圧に必要最適な動きを瞬時に繰り出していく。
 掴んだままだった菊の足首を逆に捻り、身を引きつけて地面に倒し、そのまま動きを封じようと力を込める。――しかし、菊にそれは通じなかった。足首を捻り上げようと小太郎が腕を動かした瞬間、下段の死角から鋭く手刀が飛んで来た。四指を揃え爪を立てたそれは、威嚇のつもりか本気なのか完全に目を狙って来ている。そして咄嗟に避けようと小太郎が顎を引いた瞬間、緩んだ拘束から菊の足首がするりと逃げた。
 その直後、足を引き抜いて得た反動をそのまま乗せた強烈な回し蹴りが、小太郎のこめかみめがけて飛来する。黒髪を大きく舞わせながら鋭く繰り出した菊の蹴りの一撃を、小太郎は腕で払って叩き落とし、そのまま素早く腰を沈めて、着地したばかりの菊の足を同じような蹴りで思い切り薙ぎ払う。
 だが、まともに当たればただでは済まない相当な勢いのそれを、菊はいとも鮮やかに飛んで避けた。薄青を纏った細身が小太郎の腿を勢いよく踏んで一回転宙を舞い、黒髪を翻して数歩後ろまで飛びずさる。

 激しい攻防の応酬だったが、それでも両者ともに戦意を奪うには至らない。互いの事は十分すぎる程熟知している。間合いも、攻撃の組み立ての癖も、何もかもを分かっている。
 分からないのは、お互いの今の気持ちだけだ。
 数瞬の間に繰り広げられた応酬に、下女たちの悲鳴が被って響いた。


「……いい加減にしなさい! 何を考えているの!」
 突如始まった乱闘に硬直した藤千代を抱きかかえ、菜津が声を荒げて再度叫ぶ。その声と下女たちの止まない悲鳴に、屋敷の方々から人が駆け集まって来た。何があったと事を問う声は、思いのほか数が多い。
「……っ」
 声のする方を一瞬だけ見やり、小太郎が苦い息を一つ大きく吐いた。そのまま間髪入れず、今度こそ踵を返して走って逃げ出す。
「逃がすか!」
 庭の垣根を一足で飛び越えて駆けて行く小太郎の背を追い、着物の裾を大きく絡(から)げて菊も一気に駆けだした。

「一体何なの……?!」
 取り残された菜津の声が、虚ろに響く。





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