ハットリズム6 〜その男、忍につき〜 (3)


 久々の家族旅行は本当に楽しかった。
 夢と魔法の国は、その名に違わぬネズミっぷりで子供達はおろか妻や義父さえも熱狂させ、大量のデジカメ用電池を消費させた。

 家族で過ごす時間は正に夢のようだった。
 幼い頃に憧れた風景そのままを、今の家族は何の苦労も無く壮介に与えてくれる。立場的には父親である自分だが、この家族で過ごす時間は子供時代の満たされなかった記憶さえも満たし、もっと深い何かを与えてくれる。

 あの頃の飢えていた記憶があるからこそ今、自分の子供たちに対して優しくなれるのだと。
 そう言って妻と義父は笑った。


 ――やがて夢の日は終わり、現実に即した時間がやってくる。
 己の意思などは関係無い。父の遺した会社、叔父の継いだ会社……その、『組織』という名の檻に、理不尽を以って繋がれた生活がまた始まるのだ。

 そこから逃れる事は壮介には出来ない。
 以前なら――そう、妻と出会って新しい家族を得るその前にならば、自身を嫌な場所に繋ぎ止める鎖を無理矢理にでも断ち切る事は可能だっただろう。
 だが、その頃はそんな事を考えた事も無かったし、今はもう出来ない。……決して。


 結婚を決めたと告げた時、叔父は言った。

おめでとう。だが、お前はこれで『ここ』から抜けられなくなったな。

 壮介は問い、そして宣言した。

何故? 俺はこの世界から抜ける。抜けて、真っ当な職を探して、新しい家族と暮らす。
両親に出来なかった親孝行を彼女の両親にする。
両親にしてもらえなかった事を代わりに自分の子供にする。
そして彼女を大切にして、彼女から大切にしてもらう。
――そうやって、これからは暮らしていく。

 その台詞に叔父は笑った。しかし、決して悪意のある笑みではなかった。
 故にそれは心からの祝福だったのだろう。

 だが彼は、甥を引き取って以来の今までで一番良い表情で笑い、そして告げた。
 甥の結婚が楽しみで仕方が無いといった風に、甥が家族を作ろうと思う事が嬉しくて仕方が無いといった風に、――使える手駒を永く得たとばかりに、どこか、無邪気に。


 自ら弱味を作ったな、壮介 ――――と。


 不忠と裏切りには鉄槌を。
 それが彼らが歴史の裏で連綿と紡いできた暗黙の了解。だが、法と言う名の光の決して当たらぬ所で、裏切り者に対して容赦無く繰り出されるその鉄槌は、裏切った者本人だけに及ぶものではない。

 ただでさえ血縁という見えないモノで組織に縛られている壮介を、さらに強くその場へ繋ぎ止める鎖。なのに、何よりも暖かく得難い、宝物に等しいそれ。
 総てを告白しても尚、それでも家族になろうと言ってくれた人たち。


 それを守る事が、『父』である今の壮介の、存在意義。



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