ハットリズム5 〜風雲ハロウィン編〜 (1)


 10月のある日。
 じいちゃんが東のおじさんにのせられて、ものすごくでっかいカボチャを買ってきた。

「でっか! 何コレじいちゃんどうやって食べんの?! こんなのお鍋に入りきんないよ!」
「ねえおじいちゃんこれ何でオレンジ色なのー? これは中身が緑なのー?」
「もーお父さんてば! またその場の思いつきだけでどうでもいいもの買ってきて!」
「あーもーオマエラ全員ウルサイデース! 男の浪漫が分かんない人はヒッコンデナサーイ!」
「……なんで片言?」

 庭にどでーんと置かれたカボチャを囲み、ぼくや妹の愛、母さんとじいちゃん、家族みんなで大騒ぎだ。ペットのタロウ(雑種犬)も、見慣れないモノに興奮して庭をグルグル走り回っている。
「それにしてもでっかいなあ……」
 ぼくが抱きつけるくらいでっかいそのカボチャは、すごくきれいなオレンジ色をしていた。よくスーパーなんかで見かける緑のやつよりも何だか美味しそうだ。
 愛が嬉しそうにぼくの服を引っ張る。
「あのねー愛はねぇ、煮たのより焼いたお菓子のほうがすき。パンもすきだよー」
「あっぼくもぼくも。駅前のパン屋さんのカボチャパン美味しいよね。ねー母さん、これでなんかお菓子作ってー」
 おやつになるかおかずになるか。この大きさなら両方クリアも夢じゃない。
 そう思ったぼくと愛が振り向くと、母さんがじいちゃんに向かってお説教を始めたところだった。

「ちょっとお父さんてば、今日は壮介くんとパチンコに行ってたんじゃなかったの? なのに何でお土産がカボチャなの? こんな大きなのを買ってきても冷蔵庫に入んないとかウチだけじゃ食べきれないとかの大切な事は考えなかったの?!」
「だってーパチ屋で陣取ったら隣の席に八百新の店長が座っててー、よっダンナ今日ウチの店にいいモンが入ったんだけども帰りに見てかないですかーて言われてー」
「だからって何でこんな大きなものを買ってくるの! それにこのサイズじゃ高かったんじゃないの?!」
「えーだってどうせなら中途半端よりガッツリ突き抜けてた方が何だって面白いだろー」
「いい年してだってなんて言わないの! そしてそんな所でまでウケを考えなくても結構ですっ」
「だっ…………いや、理愛、お前ホント死んだ母さんに似てきたな……」

 バカでっかいカボチャをかついで「翔太ー! 愛ー! いいもんあるぞ――!!」とかってイキオイよく帰ってきたじいちゃんだったけども、母さんに怒られてすっかりショボショボになってしまっている。
 どっちが親でどっちが子供なのかよく分かんないような光景だけど、ぼくにしてみたらじいちゃんが母さんに怒られてるのなんてしょっちゅう見る光景なので、それはあんまり気にならない。
 そんなのより、ぼくと愛はこのでっかいカボチャに興味シンシンだ。オレンジ色のカボチャなんてTVじゃ何度か見たことある気がするけど、本物を触るのははじめてだ。
 ぼくと愛がカボチャに抱きついたり叩いてみたりしてる間も、母さんのお説教は続いていた。

「だいたい壮介くんはお父さんのその奇っ怪な行動に対して何にも言わなかったの? お父さんが変なことしないよーに見ててねっていつもお願いしてあるのに何も言わずに一緒になって持ってきたの? て言うか壮介くんはどこ?! まさかまだパチンコ頑張ってるんじゃっ!」
 母さんのそのマシンガントークに、じいちゃんが口をとんがらせた。
「だぁーからその壮介が欲しいつったんだよ! おいコラ壮介、ナタあったかー?!」
 じいちゃんが庭のスミの物置小屋に向かって叫ぶ。
 ちょっと間が開いてから、古いのしかないけどーと返事があって、父さんが小屋から顔を出した。
「遅くなってスイマセン」
 そう言いながら、父さんが金属製の道具箱ぽいものを片手に提げて、すごく嬉しそうにこっちへやってくる。
 愛がポツリと、おとうさん超嬉しそうーとつぶやいた。……確かにものすごく笑顔だ。

「父さんおかえり、いたんだね。パチンコ勝った?」
「ただいま。負けた」
 そう言いながらも、上着のポケットから戦利品らしきチョコとガムを出してぼくと愛にくれた。
 そうして母さんに向き直る。母さんは両手を腰に当てて、自分より頭いっこ分だけ背の高い父さんをじろりと見上げて怒っている。
「壮介くーん?」
「いやいや悪い悪い、俺が子供の頃にはこんなカボチャ無かったもんだから、つい」
「壮介、ナタ」
 娘夫婦のやり取りには目もくれず、カボチャの前にしゃがみこんだじいちゃんが父さんを呼ぶ。
 
 
「ナタ、探したんだけどもう錆びたような奴しかなかったんで、代わりにコレで」
 服部家に婿養子に来た父さんだけど、じいちゃんとはホントの親子みたいに仲がいい。
 嬉しそうな父さんが道具箱を持ってじいちゃんのとなりにしゃがみこんだから、ぼくはその背中にくっついてみた。父さんの首に後ろから抱きついて、おんぶみたいなカンジで父さんの肩越しを覗く。
「わー……」
 フタの開けられた道具箱の中には、大小のドライバーや細かい部品、見たことのないような工具類がぎゅうぎゅうにつまっている。そして、二重になった箱の底の方には、学校の工作の時間に使うような鞘付きの小刀みたいなのがこまごました物に混じって入っていた。
 愛も父さんの背中越しにそれらを覗きこんで歓声を上げる。
「いっぱいあるねぇ。これ、おとうさんのお道具箱?」
「そう。でももうあんまり使ってないけど……ってこら愛! 危ないから手ェ突っ込まない!」
「じゃあまあソレ使っとくか。おーし、刃物使うからじいちゃんから離れろお前らー」
 父さんがぼくたちを背負ってしゃがんだまま数歩じいちゃんから離れる。ブツブツ言いながら母さんもその隣にしゃがみこんだ。
「お父さん、ここでカボチャ解体するの? お台所の準備しとく?」
「いや、台所は使わない。このカボチャ、ブタやらの飼料用とかで人は食えないらしいし」
 腕まくりして作業に入ったじいちゃんの代わりに父さんが答える。
「えっコレ食べるんじゃないの?!」
「えーやだ、カボチャのお菓子食べたいー」
「食う事ばっか言うな。いーからじじいの刃物さばきを黙って見とけ孫ども! 惚れるなよ」
「コレは食べる用じゃないんだ。もっといい事に使う」
 じいちゃんと父さんが顔を見合わせてニヤリと笑った。
 ……その笑い方は二人ともちょっと悪人笑いだったけど、それには触れずに次の言葉をぼくは待つ。

「ハロウィンって、知ってるか?」

 母さんが、ぽんと手を打った。





 ハロウィン。
 トリックオアトリート、お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。いいから早く何かよこせオラァ。

「お義父さん、その説明は教育上あんまり良くない気が……」
「そうか? うーんとじゃあなあ…………外国の祭り!」
「それはヒネリが無さすぎです」
「けっきょくハロウィンてなあにー?」
 そうやって無駄口をたたきながらも、じいちゃんはよどみの無い手付きでカボチャの中身をくりぬいていく。父さんはぼくたちを背負ったまま、くりだされた中身をゴミ袋にまとめていく。
 義理の親子の見事な連係プレイだ。

「八百新のご主人……翔太のクラスの東さんのお父さんがな、世間ではハロウィンって祭が10月のブームなんですよ、それは子供が主役のお祭りなんですよって教えてくれたんだ。ホラ、父さんが子供の時にはそんなハロウィンなんてもんは無かったし、家族でお祭りなんてのもやった事無かったし、だからウチでどうしてもやってみたくなって……」
 手際よく動きながら、父さんがポツリと漏らす。
 父さんは子供の頃に家族を亡くしてて、くわしくは教えてもらってないけれど、そのせいでかなりすさんだ幼少期〜青春期を送っていたと母さんに聞いたことがある。
 ――子供の頃にしてもらいたかったけど、でも、誰からもしてもらえなかったこと。
 それを今、自分の子供に全部しているんだと、前にいっしょにお風呂に入ってる時に父さんは言っていた。
 じいちゃんもその当時のことをよく知ってるみたいだから、父さんがこんな食べれもしない大きすぎるカボチャを欲しがっても、特には反対しなかったんだろう。

 ――や、それ以上に自分も興味がめっちゃあったんだろうなーとは思うけども。
 
「でな、外国じゃあ変装した子供たちが家々を周ってお菓子をねだるとかそういうお祭りみたいなんだけど、それは日本じゃ難しそうだから、手っ取り早く雰囲気だけ導入しようと思って父さんはコレを買ってきたワケだ」
 そう言って父さんが笑う。
「どっちが子供なんだか分からんな、ホントに」
 じいちゃんもニヤリと笑った。
「いやでも翔太と愛も喜ぶかと思ったんですよ。俺だけじゃなくて」
 こういうの面白いだろ? と父さんに同意を求められ、ぼくと愛は父さんの背中で顔を見合わせる。そして、二人して思いっきり父さんを抱きしめた。
 
「父さん、ぼく父さん大好きだよ」
「愛も! 愛もおとうさん大好きー!」
「あ――もっと言ってもっと言って。癒される……」
「こら待てそこ! こないだは世界で一番じいちゃんが好きって言ってなかったかオイ!」
「もー何でもいいから早く片付けてー。お夕飯の買い物に行かなきゃいけないんだからー」


 そうして、でっかいカボチャのオバケちょうちんが庭に完成した。
 軒先によっこいしょとぶら下げて、大きな口をしたその中にロウソクを入れて火をつけると、それはなんとなく不気味に辺りを照らす。でも、やっぱりウチのじいちゃんが作っただけあって、オバケの顔をしていてもどことなくユーモラスなオバケちょうちんだ。
「じゃ、お母さんもお父さんとおじいちゃんに負けないようにしよっと。明日はいっぱいお菓子作ってあげるね。なんてったってハロウィンなんでしょ?」
 タロウを抱っこしながら母さんが言う。

 聞きなれないお祭りだけど、ハロウィンってすごく楽しいかもしれない。


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