ハットリズム4 〜名前、それは燃える魂〜 (3) 月曜日の学校帰り。 昨日の続きを作ろうと言う事になって、中村と東とぼくとで再度うちに集合した。 「――東、元気出せよ。別にそこまで正直に書く必要なんてないんだからさ……」 「そうだぞ夏美ィ、気にすんなー。オレだって昔、母ちゃんに『作ったのは多分クリスマスくらい』とか言われた事あるしよ。や、イミはよくわかんないけど」 「そう……、浩ちゃんは冬に作られたのね……」 「………二人ともその話はもういいから」 東は昨夜、自分の出生をめぐっておじさんと大ゲンカをしたらしい。中村は中村で、おばさんと一緒にカラオケに行って結局オールしちゃって寝てないらしい。 イマイチやる気の感じられない二人をなだめすかし、何でぼくがこんな目にとチラリ思ったりしながら、昨日の続きでリビングに模造紙を広げる。 夕方とは言え、日中の日差しが残ってるのかまだ結構暑い。 ぼくはエアコン大好きだからできればつけときたいけども、残り二人がどーにもうだうだしてるので、空気でも入れ替えるかと思って窓を開けに立ち上がった。 表の道路に面したリビングの窓。そこのレースのカーテンを開け、窓をガラッと大きく開ける。 「うーあハットリ、開けたら暑いー」 「こんな状況で涼しいとお前マチガイなく寝るだろ!」 と、その時。 庭にいたペットのタロウがいきなり道路に向かって吠え出した。 「わーこらタロウ、しっ!」 なんだなんだ? と思って垣根を見やったと同時に、ほがらかーな声が聞こえてくる。 声は、道路の向こうの方から徐々に聞こえてくるっぽい。 「…………っほー翔太く――ん」 「うあっ!! ハンゾウ兄ちゃんだ――!!」 声だけで確実に判別したのか、中村が完璧に覚醒して窓辺に走り寄る。 お隣のお兄さんが、笑顔でこっちに向かってきていた。 こないだ引っ越してきて、次の日の自己紹介で実はウチと同じ服部だったと判明した、ハンゾウさんだ。 ……笑顔で「服部半蔵です。よろしく!」とか言われた日は本当どうしようかと思ったけど。 「こんにちは――」 ハンゾウさんが、否、ハンゾウさんの首だけが、道路に面した垣根の上を結構なスピードのなめらかな平行移動で近づいてくる。 首だけが、笑顔で。 「忍法だ! 忍法『首だけでも忍者は平気』の術!!」 「お前アホなのかバカなのかどっちかにしろよ」 ああどっちもおんなじ意味だと言いながら自分でも思ったけど、そんなぼくらをヨソにハンゾウさんの首はついーっと垣根上を移動してくる。 そしてキキッと小気味いいブレーキ音が響き、垣根の切れ目から自転車と、まあ当たり前なんだけどそれに乗ったハンゾウさんの身体が見えた。 「やっ、こんにちは。みんな元気?」 「元気――!!」 どこの教育テレビですかとツッコミたくなるようなセリフと共に、ハンゾウさんが自転車から降り立つ。暑いねーとか言いながら手元のコンビニ袋から箱アイスを取り出して、垣根の向こう側から一本づつぼくらにくれた。 「ハンゾウさん、今帰りですか?」 「うんそう。今日すごく暑いねー、こんな時に働くのってバカバカしくなっちゃうねー」 「それ任務?! ハンゾウ兄ちゃん、任務帰り?!」 働くと言う単語に中村が食いついた。 「あのなバカ村、どこの世界に自転車で任務に行く忍者がいるんだよ」 「はは、でもまあそんな所だよ」 自称・忍者のハンゾウさんは、忍者だと言っておきながら大概ぼくたちが学校に行く時間に自転車に乗ってどっかへ出かけ、今くらいの時間になると帰ってくる、やたら規則正しい生活を送っている。 時々夜にも出かけてるみたいだけど、大人の人だからそれは全然問題ないだろう。 一度こっそり、本当は何してる人なの?本当に忍者なの?って聞いたら、笑顔でしーっとされちゃってそれには答えてもらえなかったんだけど、実際のところはフツーにアルバイターなんだろーなーとぼくは思ってる。 運動神経の超いいアルバイター。 2階から宙返りで飛んじゃうアルバイター。……そう思いたい。 「所でみんな、何やってるの? 遊び?」 「宿題です。名前の由来を調べるの」 東が答えた。 ハンゾウさんは東の説明をへーとかふーんとか言いながらニコニコして聞いていたけど、そこに突然中村が叫ぶ。 「兄ちゃん! 兄ちゃんはなんで半蔵なの?! やっぱアレ? 忍者だから?!」 「えー、それって由来って事? 由来ってなんだっけ、理由とかの事だっけ」 こまごまと色んなものの入ったコンビニ袋を自転車のハンドルにひっかけ、再度ハンゾウさんが自転車をまたぐ。 またぎ、ペダルに足をかけ、そして少し考えて至極マジメな顔でこう言った。 「思いつき。」 ――アイスが溶けるからと、ハンゾウさんはさっさと自分の家に入っていった。 「ハンゾウお兄さんのお父さんかお母さんが思いつきで付けた、って事だよね。きっと」 東がペンを取り出して模造紙に向かう。自分の名前の由来の代わりにハンゾウさんのを書くつもりらしい。 「服部家に生まれた子供をハンゾウと名づけるてこたぁ、めちゃくちゃ忍者を意識して付けたって事だよな! サスガ忍者の家庭だぜ!」 「見てきたかのように言うなバカ村」 興奮しきった様子の中村にツッコミつつ、とりあえずぼくはもらったアイスをなめる。 アイスはもう、溶け始めてて柔らかい。 そういえば、ハンゾウさんが自己紹介してきたのは、バカ村が「兄ちゃんはニンジャですか」とドアホな質問をした次の日だなと、ふと思う。 「あっハットリ、アイスがもうダラダラだぞ!」 「きゃーティッシュー!」 「え? うわっじゅうたんについた!」 「食え食え食え食え早く食っちまえ――!」 ―――― まあ、別にいっか、そんなことはどうでも。 そうして、ぼくたちは昨日の模造紙に自分達の名前の由来とハンゾウさんの名前の由来を書き入れ、それでも空いたスペースにはみんなの似顔絵をいっぱい描きこんだ。 せっかくだからとぼくはウチの父さんや母さんの顔も描き、東は「ウチのお父さんてデリカシーないんだもん。だからイヤ」とブツブツ言いながらおじさんの絵を描いた。 中村は、美人だと評判のおばさんをそうは見えない画力ででっかく描き、そのすみっこに覆面姿の忍者も描き込んだ。 「これ、オレの父ちゃんな」 そう言って中村が笑う。 三人でいっしょにハンゾウさんの顔も描いた。 模造紙の上のハンゾウさんは、さっき見たようなニコニコの笑顔で笑っている。 「忍者、ハットリハンゾウ、只今参上」 それに色を塗りながら中村がすごくまじめな顔をしてつぶやいたので、それがおかしくてぼくも笑った。 夏休みが、もうすぐ始まる。 ―― 次章に続く ――
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