ハットリズム4 〜名前、それは燃える魂〜 (2)

【名前:服部 翔太の場合】

「父さんが一人で考えたの?」
「うーんとな、いくつか候補を出して、それでその中から母さんと相談して決めた」

 家族が全員揃うと台所のテーブルはイスが足らなくなる。
 昔じいちゃんが手品に失敗してハデに焦がしたから無いだけなんだけど、こういう時は妹の愛が父さんの膝の上に(半ばムリヤリ)行かされるので、とりあえずテーブル上には家族全員の顔がある。
 ぼくは、みんなで晩ご飯を囲みながら名前の由来を聞く事にした。

「お母さんねー、翔ちゃんがお腹にいる時に、ショウとかジュンとかそういうカッコいい系の響きの名前がいいねってお父さんに言ったの。で、お父さんがじゃあこの中から選べって言って書いてきてくれたのがコレよー」
 笑顔の母さんがエプロンのポケットから古びたメモ用紙を取り出した。受け取って広げて、ぼくは絶句する。
 父さんが柔らかく笑った。
「なんだ理愛、まだそんなの持ってたのか。捨てたかと思ってた」
「うふふ。壮介くんの力作だから捨てられなくって」
「うふふじゃないよ母さん!!」

 そこには、確かに父さんの字で男の子の名前が10個くらいと、女の子の名前がいくつか書いてあった。
 でも問題なのはそこじゃなくって、そのメモで。
 妹の愛も父さんの膝の上からぼくの手元を覗き込んで絶叫した。

「イヤー! なんか汚―い!!」
「愛ちがう! コレあれだよ血だよ! 古くなってるけど血っぽいよ!! べ、べべべべったりだよ――!!」
 古く変色してどす黒くなってパリパリだったけれども、残された朱色はまぎれもなく血の色っぽくて。
 しかも指の形までしっかりと、それはむちゃくちゃベッタリついていた。
「あっはっはっは」
「父さん何笑ってんの――!!」
「やだあ汚いよう。お兄ちゃんそんなの触るなんてきたなーい」
「なんだぁ? それあん時のか? 理愛、おまえ俺の娘のくせに物持ちいいな」
「お父さんは何でもすぐ壊しちゃうもんね。でも私お母さん似だし」
「待って! みんなちょっとづつ論点おかしいってば!!」

 うちの家族はぼく以外全員ボケ属性だ。
 ツッコミきれなくなってぼくが口をパクパクさせてると、父さんが笑顔で口を開いた。
「あのな、翔太が母さんのお腹にいる時にな、父さんすっごい大怪我したんだ。だけどここで死んだら生まれてくる子は父さんの顔を知らない事になるし母さんを未亡人にしちゃう事になるし、死んでたまるかー! と思って気力を奮い立たせるために書いたのがソレだ。でも結局女の子バージョンの名前を考えてる途中で気を失った」
「その前に病院行こうよ父さん!」
「いやちょっとそういう状況でもなくてな……。でも、気を失って身体が寒くなってきて、ああもうダメだとぼんやり思ったその時、急にどこからか「おとうさんがんばって……」 って声が聞こえてきて、ああ俺の子供が俺を応援してくれてるからまだ死ねないと」
「壮介、そのへんはネタだろ。ちくしょうお前上手いなおい」
「しっ! お義父さん黙って!」

 父さんの熱弁はまだ続いていたけどぼくはもう言葉も出ない。
 指の形がハッキリついた血染めのメモ用紙の一番上、『翔太』の二文字がやけに鮮やかに見えた。

「ねえねえねえ、じゃあ愛は何で愛ってつけたのー?」
「父さんはお前たちを愛してるからだ!」
「愛ちゃんの名前はねー、お母さんの名前から一文字取ったんだよー」


 ――明日、中村たちにどこまで正直に言おう……。



【名前:東 夏美の場合】

「ねーお父さーん、私、春生まれなのになんで夏美なのー?」
「あ? なんだ子供がそんな事聞いて。夏に作ったからだぞー」



【名前:中村 浩二の場合】

「……あのさ母ちゃん、聞いてもいっかな」
「何? 母ちゃんは永遠の20歳だよ」
「OK分かった」

 沈黙。

「ごっめん嘘。やっだ浩二、怒った?」
「や、怒ってないけどさぁ、そのギャグも若作りもそろそろムリがあると思」

 沈黙。

「ご、ごめ、母ちゃん………」
「分かったらさっさと晩メシ喰っちゃいな。久々に仕事が早く終わっての母子水入らずなんだから、どっちが最強忍者か後で頂上決戦だよ浩二!」
「こないだ母ちゃんが寝ぼけて踏んづけたからPS2はもう動かねーよ。中身の天誅3もろともご臨終だよ。て言うかそうじゃなくって母ちゃん」
「あれそうだったっけ? てか何、改まって」

 沈黙。

「――浩二?」
「オレの名前ってさ、誰がつけた? 父ちゃん?」

 沈黙。

「……母ちゃんが付けた。あんたが生まれた時、もう父ちゃんはいなかったから。母ちゃんが一人で考えて、一人で付けたんだよ」
「………そっかー! まあそうだろーなーとは思ってたけどー!」

 沈黙。

「………ヘンな事聞いてごめんな。つーかこれさ、夏休みの宿題っつーかハットリたちと明日学校でまとめなきゃいけないヤツだからっつーか、そんで聞いただけだから」
「浩二」
「それよか母ちゃん今度会社の人にPS2欲しいって言ってきてくれよー。オレ一人だと日曜とか母ちゃんいない時ヒマだし、それにまだ半蔵で5武器取ってない」
「浩二」

 沈黙。

「……何?」
「あんたの名前、長男なのになんで浩『二』なのかなとかギモンに思った事ない? ………いや、そりゃアンタはそんな細かい事気にするよーな子供じゃないけど」
「ある。何で?」
「えっマジで?! 嘘ォあんたそんなタマじゃ」

 沈黙。

「ご、ごめん浩二……」
「怒ってない。なあ母ちゃん、何で?」

 沈黙。

「母ちゃんてば」

「母ちゃん」

 ――ため息。そして深呼吸。


「――あんたの名前、父ちゃんからもらったの。母ちゃんは父ちゃんが大好きだから、もちろん勝手にだけど、その父ちゃんとおんなじ名前をあんたに付けたの。だから長男なのに次男の名前。――浩二」


「……分かった?」
「うん。……うん。――父ちゃん、元気かな」
「簡単には死なないでしょ。なんてったってあの人忍者なんだから」


「オレ、いつか父ちゃんに会えるかな」
「さーどうだろね。多分子供が出来た事知らないんだと思うんだよねあの人。でもさ、いつか絶対会ってやろ。そんで二人で文句いっぱい言ってやろうね」
「――うん」
「さーてさっさとごはん食べちゃおう! ねー浩二、食べたら久しぶりにカラオケ行こーよー母ちゃんアヴリル歌うよー!」
「だからオレ明日学校だってば母ちゃん」




「……ごめんね」
「なんも謝る事なんかねーよ。ほら、行きたいんだろカラオケ。しょうがねーから付き合うよ。母ちゃん一人だと……心配だしな」
 


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