ハットリズム4 〜名前、それは燃える魂〜 (1)


 もうすぐ夏休みだけどもそんなのカンケー無しっていうかむしろ休みの時のほうがてんこもりで小学生には宿題が出る。

「――へえ、じゃあ3代前のおじいさんが新太郎さんだったから、店の名前が八百新になったんだ」
「うんそうなの。ホントは八百東がいいってまわりの人たちは言ったみたいなんだけど、新太郎おじいちゃんがムリヤリ通してヤオシンになったんだってー」
「じゃーアレだな。じいちゃんの名前が金太郎だったら八百金で、浦島太郎なら八百浦島だったんだな! あっぶなかったなオイ夏美、八百浦島はちょっとヤバかった!」
「……そこのバカ村、東浦島太郎は人名として何が何でもありえないから安心しろ」

 夏の午後の一番暑い時間帯、ぼくんちのリビングには床一面に白くてでっかい模造紙が広げられていた。
 その模造紙のそばには見慣れた二つの顔。……バカ村と東だ。

 小学生の夏の宿題は、スタンダードな『なつのせいかつ』に始まって漢字の書き取りノート20ページ、算数のプリント裏表印刷10枚、四つ切画用紙になつのおもいで(白黒不可)、トイレットペーパーの芯を使って工作をやってみよう、とかとか内容はけっこうバラエティ豊かだ。
 どっちにしろやりたくないけどさーとぼくはいつも思うけど。
 で、そんな中でもいっちばんやっかいなアレ、自由研究。
 今年は夏休みに新婚旅行に行く藤林先生の個人的都合で、本格的に休みに入る前にフライングぎみに宿題が出たので、せっかくだからさっさと片付けちゃおうかと思い、日曜日の今日、ぼくはさっそく朝一番でリビングのテーブルに陣取った。
 そして、妹の愛の宿題をついでに手伝ってやったりいつものようにじいちゃんに邪魔されたり、日曜日だから家にいたジャージ姿の父さんに、
「親子の絆は小さなことから深まっていく……」
 とか何とか勝手に手伝われたりしながらもボチボチやりかけたその時、玄関のチャイムが不穏にもピコピコピコピコ連打され――

 ……。

 なぜかこうして冒頭のようにバカ村たちといっしょに自由研究をやる羽目になっているわけだ。

 ちなみにじいちゃんはそれの邪魔もしようとし、父さんは手伝おうとしてきたけど、二人とも母さんに大人げないことしないの!とゲンコツくらって追い出されていた。


「ハイじゃーウチのお店の名前の由来はこれでおしまーい」
 東が笑顔でしめくくる。
 今年、中村と東が自由研究に選んだのは『名前の歴史』というテーマらしい。この近所の地名や建物などの名前の由来を調べてまとめるんだそうだ。
 それにぼくも参加しろと言って、二人は朝一番に来襲してきた。
 東の家は八百屋だから、その屋号の由来を調べてきたと言うわけだ。
「えーと……八百屋、おじいちゃんの名前から、っと。オイ中村、そっちは太い字で書くからそこのペン取って」
「おーやっぱりハットリがいると進み方が違うなー。オレたち二人して調べたはいいけどどうやってまとめりゃいーのかさっぱワケ分かんなかったもんな! なあ夏美!」
「ねー浩ちゃん」
「そこ二人、いばってどーする」

 でもまあ、なりゆきとは言え、ついでにぼくも一番めんどくさい宿題を終わらせられるんだからラッキーかもしれない。
 足りない情報を一緒に図書館に調べに行ったり近所の神社に話を聞きに言ったり、お昼はじいちゃんが冷麦をゆでてくれたり、朝から三人で頑張ったかいがあって、床に広げたバカでっかい模造紙にはカラフルな文字と絵が踊っている。
 三人の共同制作はずいぶん立派なものになってきた。

「さて。……戸城神社と小学校は描いただろ? そんで三島公園は昔の領主のお城の跡で、もうお城は無いけど名前だけが残ってるってヤツでそれも描いたしー……東の店も描いたし、あと何描けばいいんだっけ?」
「えーとね〜三島公園の近くの三ツ首池も調べに行ったよー。むかーしにお侍さんの首をそこに三つ埋めたから三ツ首なんだって。でね、その隣に耳池と鼻池もあったの。それも描こうね。あ、由来聞く?」
「や、いい、何となく分かる」
「あのさーオレっつーかオレとウチの母ちゃんさー、あそこの池の事ちくび池つって呼んでんだけど、もしかしたら祟られっかなー」
「……似たもの親子め……」
 
 そう言いつつもぼくは模造紙に三ツ首池と耳池と鼻池を描き込んでいく。ついでに説明文も書き入れて、全体をぐるりと見渡した。
「あーでもこんだけだとちょっとスペースが空くなあ……。他どうする? また何か調べに行こうか?」
「絵で埋めたらダメかな」
 同じ模造紙の三島公園の絵に色を付けていた東が提案する。床に寝転んだ中村が東を見上げて口を開いた。
「何の絵入れんだ? 調べてきたヤツはもう全部描いちゃったろ。あっ、忍者でも描くか?!」
「バカ村、却下」

 そして3人で考え込む。
 ぼくたちの住んでる町は歴史的にちょっと有名で、車で少し行った所になら結構由緒正しい建物がある。けれど、歩いていける距離にあるこの近辺のものはたいがい描きいれてしまった。
 色々書き入れられた模造紙のちょうど四隅、書き入れるものがなくてぽっかりと空いた白いスペースは、なんだか寂しげに見える。
「あっちのさあ、緑地公園をもっとずっと行ったとこに昔の関所の跡とかあるじゃんか。明日学校が終わった後とか、それか夏休み始まった後でもいいから、もう一回そのへんでも調べに行こう。なんかありそうだろ?」
「でも、自転車で行けるかな? 緑地ってちょっと遠いよねえ」
 東が心配そうにつぶやく。
 確かに緑地公園はちょっと遠い。前に父さんに車で乗っけて行ってもらった事があるけど、車でも結構かかった気がする。東は女の子だし、ぼくたちといっしょに自転車で行くのは余計大変かもしれない。
 なんかいいアイディアないかなあとぼくがさらに考え込もうとしたその時、中村が口を開いた。

「じゃーさー、オレたちの名前の由来とかはどうよ。それ調べてすみっこに書くの。ダメか?」


 中村は超絶ごくまれにいい事を言う。
 じゃあ後は各自で調べて明日学校で発表なーと約束しあって、その日は終わった。
 帰り際、中村はうちのじいちゃんと抱き合って別れを惜しんでいたけどそれは今はどうでもいい。


 ――ぼくの名前の由来。
 だれに聞けばいいかな。父さんか母さんかな。……もしかしたらじいちゃんかな?

 中村と東の二人を玄関先で見送った後、とりあえず母さんに聞いてみようと振り返ると、そこの柱の陰に父さんがいた。そしてこっちをめっちゃ見てた。
「うわキモっ! 父さん気配消して立ってるのやめてよ!」
「いやいやいやいや。ハッハッハッ」
 息子に気色悪がられたと言うのに、父さんはやけに嬉しそうだ。
「……もしかして宿題の話、聞いてた?」
「うん」
 父さんが微笑む。
 ……スーツを着てメガネをかけた普段の父さんはどことなく怖いけど、こうして笑う顔はとても優しい。
 大きな手が伸びて、ぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「あのな、翔太の名前な、それ父さんが考えたんだ」


 自由研究、ぼくの分担分はあっという間に終わりそうだ。


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