ハットリズム4 〜名前、それは燃える魂〜

【名前:隣人の場合】

 月は半月、ちょうど中天に差しかかって辺りをゆるく照らし出している。
閑静な住宅地の一角にひっそりと建つそのコーポは、その静かな月光を受けて端然とたたずんでいた。

 すべてが寝静まって静寂の内にある深夜、時折遠くから車のエンジン音が聞こえるのみのそんな中で、そのコーポの一室だけがぼんやりと明るい。

「――どっちでって? あ、うん、大丈夫。どっちでも。もう全然困らないようになったよ」

 密やかな話し声。
 青年は窓越しに月を見やり、携帯電話を片手に微笑む。
「うん……うん、そう。資料は全部手元に揃ったかな。……ん、はい、分かってる」
 引っ越してきたばかりの殺風景な部屋の中、あるのはFAX一台とベッド代わりのソファ。あとはノートパソコンが一機。隅のほうに小さな冷蔵庫が一つ。
 据え置くための台すら無いので、FAXは床上で無造作につないであるだけだ。
「いや無くしてないです。大丈夫。………はは、是、明白了」
 先程そのFAXから吐き出されたばかりの用紙を一枚、床から拾い上げて月に透かし見るような素振りで眼前にかざして彼は笑う。
「あ、でもねゴメン、せっかく作ってもらったんだけど、ちょっと変えて欲しいとこがある」
 言った途端に電話相手の抗議が耳元であふれたが、それを笑顔でサラリと流してさらに続ける。
「名前、ハットリにして」
 FAX用紙を指ではじき、部屋を横断してソファに腰を下ろすが、何気ないようなそんな仕草にも何故か無駄は一切無い。
「ハットリ・ハンゾウ。……調べたんだ。有名なニンジャの名前だよ。え、ニンジャ知らない? なんで? あのトラック貸してくれたの自分…………あ、そう。知らずに使ってたの」
 そして笑顔で視線をめぐらすその先には、とっくに明かりも消えて寝静まっている隣家の窓。カーテン越しのそこはその家の子供部屋。
 名前は――……なんと言ったか。

「まあでも別に何でもいいんだったら面白いほうが良いでしょ。――大丈夫、仕事に支障は出さないよ」


 つい数時間前のやりとりと、その時の子供たちの表情を思い出し、自称ニンジャの『服部半蔵』は楽しそうに微笑んだ。

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