ハットリズム3  〜オレの愛した忍者〜


 昼下がり、給食の後の授業はかったるくて眠い以外の何物でもないとぼくは思う。


「――そこにはおばあちゃんの座布団がありました。なので、わたしは、おとうさんに……」

 心なしかダラダラした空気の流れる教室内に、クラスメートの声が響く。今日は作文の発表会だ。
テーマは結構自由で何でもよくって、先生的には自主性を伸ばすとか思考力の育成とかそういう方向性を狙ったんだと思うんだけど、ぼくら生徒からしてみたら却って困ってしまう内容だ。
 ぼくもやっぱりさんざん苦労して、学校では全然書けなかったので家にお持ち帰りして(通称・宿題)それでも書けなくって、結局は仕事帰りでまたカリカリしてた父さんをつかまえてなだめすかして一緒に考えてもらった。
「宿題は一人でやってこそ宿題なんだぞ……」
 と、父さんはブツブツ言ってたけど、それでも夜遅くまでいっしょに考えてくれて何とか完成したこの作文。
 ちなみにタイトルは『ぼくの大好きなお父さん』。
 ――発案者はもちろん父さんだ。
 嘘じゃないから別にいいけど、このタイトルにぼくがOK出した時の父さんの瞳の輝きは尋常じゃなかった。
 
 
 そんなこんなであんまし寝てないぼくが大きなあくびをかみ殺していると、中村が隣の席からぼくを覗き込んできた。
「おうこらハットリ、寝るなよ! オレが終わったら次オマエだろ」
「うーわ中村に説教された」
「たまにはな!」
「はいじゃあ次は出席番号16番中村。前出て読んで」
 担任の藤林京子先生(30歳・新婚)の声に、来た来た来たぁとなぜかうれしそうに中村が立ち上がる。書き直しを重ねまくって見るからにヨレヨレな作文用紙を引っつかみ、バタバタと教壇へ上がっていった。
「浩ちゃんファイトー」
 隣の席から東がぼそりとつぶやく。


「4年1組16番っ、中村浩二!」
 中村の朗読が始まった。
「題名ー! 『オレの愛した忍者』――!!」
「ワケ分かんねえ――!!!」
「黙れ服部」
 思わず絶叫したぼくに、藤林先生から容赦ないツッコミが入る。
「イヤでもだって先生はいいんですかこんなタイトルで!」
「中身を見ずに評価はできない。突っ込みたい気持ちはよく分かるけど、今はとりあえず座りなさい」
 戸城小のマヒャド使い(BY:ド○クエ)と異名を取るだけあって、藤林先生は冷静だ。中村のふざけた作文タイトルにも表情一つ変えようとしない。
 これで旦那さんの前ではメロメロのふにゃふにゃだと言うのだからスゴイよ先生……。

「ねーせんせー続けていっかなー?」
「はいどうぞ。みんなも静かに聴くように」
 脱力したぼくには構わず、授業が再開される。
 もういいよ好きにすればいいよ何だよまた忍者かよ。やさぐれたぼくの気持ちなんて、冗談抜きで誰も分かってくれないんだ。
「えーと、題名っ!『オレの愛した忍者』――!」
 連呼すんなよ!
 声に出すとまた怒られるので胸の中でぼくは叫ぶ。


「オレは忍者が大スキです。なんでかと言うと、すごくカッコいいからです。
 なんでカッコいいかと言うと、すごく強いからです。
 なんで強いかと言うと――」


「バカ村め……とうとう作文にまで忍者ネタ持ってきやがった……」
「浩ちゃんは昔から忍者が好きだからー」
 ぼくはひとり言のつもりだったんだけど、横から返答が返ってきた。
 怪訝な顔をするぼくに、隣の席に座っていた東は相変わらずの笑顔でさらに続ける。
「浩ちゃんとは幼稚園の年長組でいっしょになったんだけど、その頃から忍者サイコー!とか言ってたし」
「……そんな小さな頃からバカだったのかあいつは」
「うんバカなの浩ちゃん」
 東は結構毒舌だ。かわいい顔をして、おっとりした雰囲気をして、それでも言う時は一刀両断に斬り捨てる。……なんておそろしい。
「否定してやりなよ……」
「だってそこが可愛いんだもん」
 東とぼくが小声でボソボソ言い合う間も、中村の朗読は続いていく。


「――そんなカンジで忍者はスゲーんだぜ! とオレは思います。
 そもそも忍者というのは、甲信越地方と伊賀甲賀と、紀州とかで発展した『忍術』をつかう戦闘集団のことで、初めて歴史に登場したのは1487年の「鈎(まがり)の陣」だそーです。
 でもまだ分からないことも多くて、日本で初めて忍者をつかったのは聖徳太子だとゆう説もあったりします。
 当時の日本は――」

「なんか急にアカデミックな内容になった!」
「すごーい、浩ちゃんってば時々侮れないわ〜」
 教壇で忍者について力説する中村は輝いていた。書き直しまくってヨレヨレっぽい作文用紙は、正に努力の結晶だったようだ。
 自分で書いた文字が読めないのか所々つっかえつっかえしながらも、忍者がいかにすごいかカッコいいか、どんな武器があったかどんな技があったか、歴史の中でどれだけ活躍したかを中村はイキイキと読み上げていく。
 最初はクスクス笑っていたクラスの皆も、それにだんだん引き込まれていっていた。

「――でもさあ、中村は何でこんなに忍者にこだわるんだろう」
 机に肘をついて中村の朗読に耳を傾けながら、ぼくはつぶやく。
「カッコいいのがいいなら他にもたくさんいるしあるじゃん。なのになんで忍者なんだ? せめてサムライならぼくも何となく理解できるし、そもそもつきまとわれなかっただろうし……」
「あれ、私、服部くんに言ってなかったっけ」
「えー?」
 何を言い出すのかと注目するぼくに、東が小さな声でささやいた。
「あのね、浩ちゃんのお父さん、忍者なんだって。だから浩ちゃん忍者が好きなの」

 ……何が忍者?
 肘をついたポーズのままでしばらくぼくは考え込む。

 え?
 お父さん?

「はぁぁぁぁぁぁぁぁあッ?!」
「黙れ服部!!」
 思わず叫んだぼくの眉間を藤林先生の放ったチョークが見事に狙撃する。
 クラスメートが見つめる中で床の上に撃沈しながらぼくは、今言われたセリフを反芻した。

 お父さんが忍者。


 何ソレ。



 中村の忍者演説はまだ続いている。
 結局ぼくと東の二人は廊下に立たされてしまったので、教室の中からもれ聞こえてくるそれを背中で聞きつつ、東が再度口を開いた。もちろん、先生にバレないようにこっそりと。
「浩ちゃんのお父さん、いないのは知ってる?」
「そういや前にそんなことを……」
 中村はお母さんとマンションに二人暮らしだそうだ。前に何かで家の話題になったときに、父親はいないと中村本人が確か言っていた。
 聞いたらいけないかと思ってぼくはそれ以上聞かなかったから、離婚したのかそうじゃないのかは知らないけども。

「て言うかね、浩ちゃんのおばさんてすっごい若くてキレイでしょ? お仕事帰りのおばさんを送ってきてくれる男の人は日替わりで顔が違うし、お土産くれる人やパパって呼んでいいよって言ってくれる人もいっぱいいたから、浩ちゃんはどの人がホントのお父さんなのか分かんなかったし知らなかったんだって」
「……」
 あの能天気な中村の家庭模様がちょっとフクザツであることは、ぼくも何となく分かっていた。なんて言ったらいいのかすぐには分からず、ぼくはちょっと沈黙する。
 そんなぼくを見て東がそっと笑った。
「でも、やっぱりどの人がお父さんなのか知りたくなって、浩ちゃんはある日ついにおばさんに聞いたんだって。オレのお父さんは何曜日に来るどの人なのーって」 
 なんつー聞き方をしたんだ中村。
 ぼくの内心のツッコミに気が付くはずもない東は、尚も続ける。
 
「そしたらおばさんは、『アンタを作ってくれた人は、アンタが生まれてからは一回も来たこと無いよゴメーン』って」

 直球ど真ん中ストレート。

 もうちょっとボカそうよ的セリフが東の口からするりと出てきてぼくは廊下につんのめる。

「――中村のおばさんて……凄いね……」
「ウソは絶対言わないの。ごまかさないしエライよねー」
「エライっていうか、中村の親だコンチクショーってカンジがするよ……」
 昨夜の疲れが一気に押し寄せてきて、ぼくは廊下にそのまましゃがみこんだ。
 東は淡々としている。
「その時、普段絶対ウソをつかないおばさんが、おじさんは忍者だって浩ちゃんに言ったみたいなの。こういう人だったよとか今どうしてるとか、その他のことは全部すっ飛ばして、アンタのお父さんは忍者だったのよってそれだけ」
「……あのゴメン、忍者ってのはどこから……?」
「それは私にも意味がホントーに分かんないけど、浩ちゃんはおばさんを信用してるから。母ちゃんがそう言うんならオレの父ちゃんは忍者なんだな! って浩ちゃん言い出して」


 おい夏美、オレのとうちゃんはニンジャなんだって!
 なんでオレんちにはとうちゃんっぽいひとがいないのかなーって思ってたけど、これでハッキリした。
 とうちゃんはニンジャだからウチにいないんだ。きっと今はなんかのニンムチューてやつなんだぜ。
 ちょっとカッコいいよな!
 

 当時の事でも思い出したのか、東がくすりと微笑んだ。
「お父さんに会うときまでに色々知っとこうって思って調べてるうちに、忍者のディープ世界にハマっちゃったみたい。さすがに今はおばさんの言ったことをちょっと疑ってるみたいだけど、忍者って言う職業にものすっごく憧れてるのはそういう関係なの。」
「そっかー……」

 教室の中からは相変わらず中村の朗読が聞こえてくる。
 今は天正伊賀の乱について語っているらしい。さっきまでだったら間違いなくこのマニアめと苦々しく思っただろうけど、こんな話を聞いてしまうとそうは思えない。
 中村はどんな気持ちで忍者について調べまくったんだろう。
 きっと、忍者を調べることが自分の父親につながるんじゃないかと、バカなりに考えたに違いない。
 
「あのさ、おじさんて……もしかして」
「別に死んじゃったわけじゃないんだって。でも浩ちゃんも結局まだ会ったことはないみたい。会ったんなら絶対私に自慢してくるだろうし、おばさんに詰め寄っても、忍者は闇に潜むものなのよ〜とかってはぐらかされて、写真も見せてもらえてないみたいだから」
 浩ちゃんのおじさんがホントに忍者やってる人なら、こないだのお兄さんみたいなカンジに窓から飛んだりするのかな。
 そう言って東が笑う。
「……浩ちゃん、はやくおじさんに会えるといいんだけど」
「うん。……ホントに」
 ぼくも心からそう思って微笑んだ。


「――で、オレはついに発見しました!
 ハットリんちのじいちゃんは忍者だったんです! マジで!!」

「って何を発表してんだバカ村ァ――!!」
「服部、廊下からのツッコミは禁止だ」
「そんなだって先生!」
「ハットリのじいちゃんも忍者だし、こないだはまた別の忍者を見たし、まだまだ他にも忍者がいっぱいいるんだとオレは思います!
 できればオレも忍者になりたいけど、それにはもうちょっと時間がかかりそうだから、とりあえずそれまでオレは友として名実と心身ともにハットリが忍者になるのを心から応援したいでっす!
 おわり!」
 廊下の窓から身を乗りだしてツッコむぼくをきれいに無視して中村が朗読を終えた。
 みんなからの拍手と笑い声とが鳴りひびく中、手を上げて応えつつ壇上から降りてきて、そしてぼくに親指を立てる。
「……グッドラック」
「ドアホかお前!!!」
「――中村、自分の興味のあることについてきちんと調べられているいい作文だったぞ。出来ればもう少し正しい文法で書けると良かったな。今度はそこに気をつけて書いてみるといい」
 手元のノートに何事かを書きつけながら先生が評を下す。

「よくできました」

「ウソだ――!!」
「やったー!」
「やったじゃねーよ中村!!」
「よしじゃあ次は服部、さっさと準備しなさい。東も教室に戻ってよし。ただし私語は厳禁」
「あの先生スミマセン! もっと他に言う事があると思うんですけど!」
 教室のみんなが暖かいまなざしで「服部も忍者がスキなのかーそっかー」「服部くんもそうだったんだぁ……」とか言ってくるのを必死で否定しながら、ぼくは先生に食い下がる。
「忍の道は厳しいが、まあ頑張れ二人とも。先生も応援してるから」
「二人ともって先生ぼくはこれっぽっちも関係ないんですけど!!」
 中村が満面の笑みを浮かべて再度親指を立てた。
「がんばろーなハットリ! どっちが先に忍者になるか競争だぜ!」
「誰がするかそんな競争―!」
 教室にぼくの悲痛な叫びがこだまする。

「よしじゃあ早速修行だな。まずは軽くランニングでもすっかー?」
「具体的なことを言うなよこのバカ村……!」
「そのまえに服部、作文発表。お前の番だ」
 

 もう名前変えたい。
 しみじみ思った昼下がりだった。




―― 次章へ続く ――

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