ハットリズム 2-(3)


 って、思ったりしたのに!(※前回からのヒキ)

「中村! なんでお前がうちにいるんだよ! 来るなって言ったろ!!」
「ばっかオマエきちんと確認しないことにはオレは夜も眠れねーよ!? チッ今日はデコトラ忍者は停まってないんだな。写真撮ろうかと思ったのにな」
「チッじゃないよデジカメ持って何しにきてんだよ何を確認するんだよもう! 東も止めろよ!」
「ごめんねえ服部くん〜」
「翔ちゃーん、おやつ取りにきなさーい」
「はーい!」
「お前が返事すんなバカ村――!!!」

 もう散々だ。
 休み時間、東にうっかり「昨日のお兄さんがウチの隣に引っ越してきた」なんて言っちゃったから、バカ村が放課後に家まで押しかけてきたのだ。
「東に言ったら中村にまで聞こえるってことを忘れてた……!」
「オレたちの席、オマエはさんで両隣だからな」
 母さんが持ってきたおやつのチーズおかきを頬張りつつ、中村が親指を立てる。
 ……ちくしょう。早く席替えしてください先生。

「ねえでもすっごい偶然だね服部くん。昨日のお兄さん、服部くんちのお隣なだけじゃなくって、服部くんのお部屋の隣でもあるんだねえ」
 麦茶とチーズおかきをかっ込むバカ村の隣で、東がぼくに柔らかく笑いかける。
 何故だろう。東に罪は無いはずなのに、中村が絡むと東まで憎く思えてくるのは何故なんだろう……
「ハットリ、麦茶おかわり!」
「うっさいバカ村!」
 もう本当に散々だ。


「――で? 中村お前、あのお兄さんの何を確認しに来たんだよ」
 中村に麦茶のおかわりをついでやりながらぼくは訊く。
「あのトラックは借り物らしいぞ。今日は朝からトラック無かったから、きっと返しちゃったんだ。だからデジカメ撮影はあきらめてさっさと帰れ」
「やっ、ほーひゃなふへ、あふぉひーひゃんがもひがぐべぼッ」
「むせんな! 汚ねっ!」
 チーズおかきがのどに詰まった中村がカケラを空中に撒き散らす。……勘弁してくれマジで。
「ふー悪い悪い。て言うかなハットリ、オレはあるひとつのロマンにかけて今日はここまでやって来たんだ。オマエのじいちゃんに会いたかったてのもまあロマンとちょっと関係あるけど」
「……」
 何がロマンだ。もはや突っこむ気にもなれなくてぼくは口をつぐむ。
 そう言えば、さっきじいちゃんが色紙をヒラヒラさせながら「帰りに忘れずに取りに来いよー」とか言ってたけど、アレがロマンの一環なのか?そうなのか?
 ぼくが苦悩しているうちに、中村がチーズおかきをボリボリ言わせながらぼくの部屋の窓に張り付いた。そしてカーテンに隠れながら外の様子を伺う。

 お隣のベランダは本当に目と鼻の先なので、部屋の内部がビミョーに見えそうでドッキドキ(中村談)なんだそうである。
「昨日の兄ちゃんいっかなー」
 忍者についていつもガタガタ言ってるだけあって、偵察するその姿がミョーに様になってるのが何かもう最高にアホらしい。
「浩ちゃんって昔っからヘンな事にばっか情熱燃やすの〜」
 幼稚園から中村とつき合いのある東がのほほんとぼくに笑うが、ぼくはもう笑い返す気力も無い。

 ぼくの部屋のすぐ真横が、何の因果か例のお兄さんが越してきた部屋だった。
 ゆうべ、ご飯と父さんのストレス発散が終わった後に、ぼくが自分の部屋に戻って電気つけたら、話題のお兄さんがベランダで灰皿片手にタバコふかしてるのに出くわして発覚した事実だ。

 ごめんなさいお兄さん。ぼくが口を滑らしたばっかりに、引越し早々ヘンな子供にストーキングされているなんて、きっとあなたは夢にも思っていないでしょう。


 窓にしっかり張り付いてお隣を見張る中村を他所に、ぼくも視線をそちらへ向けてみた。
 2階にあるぼくの部屋。その窓のすぐ真横、お隣のベランダ。そこから少し左に視線をずらした所にあるお隣の窓辺には、うすくレースのカーテンが引かれていた。
 カーテンが折からの風に吹かれて大きく舞うたびに、昨日のお兄さんの動き回っている影がチラチラ見え隠れする。
 せわしなく部屋中あっちこっちと動き回っているようだ。

(まだ引越しが片付かないのかな……掃除でもしてんのかな……)
 ぼくもチーズおかきをボリボリ噛みくだきつつ、ちょっとじっくりそっちを見てしまう。
「ちぇ、特に変わったところはねーなぁ……忍者がニンジャトラックに乗ってるなんて期待しすぎたかなー……」
 そんな事を考えていたらしい中村がポツリとつぶやいた。
 期待しすぎ以外の何モノでもないだろソレは。


 放課後、夕暮れ時。
 部屋の窓からひっきりなしに入ってくる風が気持ちよくて、なんだかぼんやりしてしまう。
 1階の台所からカレー系のいいにおいがしてきて、もうすぐ晩ご飯かなと考える。せっかくだから、中村や東にもごちそうしてやろうか。
 母さんは遊びに来てる二人の分も考えてきっと多めに作ってくれてるだろうけど、確認だけしてこようとぼくは立ち上がった。

 その時。

「きゃあ!」
「うわっ」

 突風が室内に吹き込んだ。
 チーズおかきの空き袋が一気にぶわっと巻き上がり、机の上においてあった宿題のプリントも室内にバサバサふっ飛ぶ。
「うげ……」
 そしてびっくりしたぼくが声を上げるよりも早く、それは聞こえてきた。

「うっわ――!!!」

 お隣からだ!
 中村とぼくは無言で駆け寄り窓辺に取りついた。
 見ると、ちょうどベランダから何か書類っぽいものが何枚かふっ飛ばされていくところだった。

「とっ」
 飛んでっちゃう、とぼくは声を出しかけた。
 中村も、飛んだとか飛んでくとか言いかけていた。

 でも、そんな事を言ってる場合じゃ、全然なかった。


 強風に煽られてベランダから外へと巻き上げられた紙切れ数枚。
 白い用紙が茶封筒とともに空を舞う。

 それを追ったお兄さんが、ベランダから――飛んだ。

「――――!!」

 お兄さんがベランダの手すりに足をかけて勢いよく宙へ踏み出す。
 踏み出し際に一枚、舞い飛んだ書類をキャッチして、さらに空中でもう一枚つかみとる。
 飛んだ紙切れはまだ複数。お兄さんはあざやかに宙を踏み、降下途中で一回転した。

 音も無く、といった表現が一番合っていただろう。それくらい何気ない事のようにお兄さんはアスファルトの道路に華麗に降り立ち、すぐさま残りの書類集めを開始した。

「………なっ」
「だっ…………」
 ぼくらが2階の窓から絶句しているのにもまったく気づかず、先ほど見事に着地を決めたお兄さんは、素足のまま道路に飛び散った書類をかき集めている。

 今……飛んだよ?
 飛んで一回転して……空中で紙をキャッチして着地……ここ2階だよ?!

 そんな風に興奮したぼくが口を開くよりも早く。
 中村が過去最大級に大絶叫した。


「忍者がいたぁ――――!!!!」


 そう来たか!

「バカ村! 声でけーよ!」
「うっせえ知るか! スゲエ! マジで忍者がいた! 忍者だ! ――アレは忍者だ!」
 中村が何よりも興奮した面持ちで叫ぶ。
「見たかハットリ、あの兄ちゃん飛んだぞ?! 飛んで、くるっと回ってキャッチでストンだぞ!」
「わかんねーよ!」
「分かれよ! ああでもスゲエ、オレ今すごい瞬間に立ち会っちゃったよ……!」

 中村が感動、そして興奮の表情でつぶやく。
 あまりの大声に地上のお兄さんもぼくたちに気が付いたようだ。集め終わった書類を手に、こっちをじっと見上げている。

 目が合った。
 お兄さんは、微動だにせずこちらを見つめている。
 2階から見下ろす夕暮れ時の道路は何だか遠くて、その表情までは読み取れない。
 なんて言ったらいいのか分からず、ぼくもただ無言でお兄さんを見つめる。

 でも、お互いに無言だったのはほんの一瞬だった。

「ねー! 兄ちゃんは忍者なんですか――!!?」
「アホか――!!」

 中村が、直球ど真ん中ストレートな質問を大声で浴びせる。
 思わず手が出て中村の頭をぶん殴ってしまったが、中村はへこたれない。目を怖いくらいめっちゃくちゃ輝かせてお兄さんの返事を待っている。
 唐突、かつワケ分かんない問いかけに、お兄さんは目を見開いて呆然としている。

 ……一瞬の静寂。

 忍者なワケないだろバカ、お兄さん困ってるだろと中村に言いかけたぼくの耳に、すごい台詞が聞こえてきた。


「……よく分かったね。 秘密にしてるんだけど、僕、本当に忍者なんだよ」

は?

「でもそんな事大きい声で言うと恥ずかしいからナイショね」

え?

「っしゃあッ!」
 中村がガッツポーズをかます。
 東はしばらくあっけに取られていたけど、我に返ったのか、浩ちゃん良かったねとか言い出した。
 ぼくはもう、ひたすらワケが分からない。
 感極まった中村に握手を求められながらお兄さんを見下ろす。

 子供の冗談だと思って付き合ってくれてるの?
 だとしたらそれは間違いだよお兄さん。中村は食いつくよ。忍者だと思ったらトコトン食らい付いて離さないよ。
 風呂敷とか手裏剣(黒の下敷をちょん切って作ったお手製)とかを持って自宅にやってくるよ。
 耳元で「忍者のひみつ道具100選〜」とかささやいてくるよ。
 途中からドラえもんのひみつ道具とごっちゃになってマジでワケわかんないんだよ。

 そんなことは絶対知らないお兄さんは、ただニコニコとこっちを見上げている。

「翔ちゃーん、みんなでごはん食べに降りてきなさーい」
 母さんが台所からぼくたちを呼ぶ声が聞こえてきた。


 ――自称ニンジャなお兄さんとのフクザツカイキな近所付き合いが、いま始まった。



―― 次章へ続く ――

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