イングランドの 古代巨石文化 |
ストーン・サークル ドルメン メンヒル |
Megalithic Stones in England |
Stonehenge (Wiltshire) |
ストーンヘンジを初めて見た時の衝撃が、い まだに忘れられないでいる。 1989年の冬の事で、「ミステリアスな巨 石のオブジェ」というのが最初の印象だった。 どのような人々が、何のために、どのような 方法で建造したのか。 この究極の命題が、今でも私を古代巨石遺蹟 への旅へと向かわせるのだ。 日本庭園の石組にも共通するのだが、石は立 てられること、並べられること、組まれること によって永遠性を示すパワーと、神秘的な美し さを発揮するのである。 古代の人々がどのような感性と美意識を抱い ていたのかに、少しでも近づけたらいいのだが と微かな期待を持ちながらの行脚である。 |
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ロング・メグ&ハー・ドータース /ストーン・サークル Long Meg & Her Daughters/ Stone Circle |
Cumbria |
“のっぽのメグとその娘達”という名のサー クルがあると聞いた時から、それにまつわる伝 説を想像していた。案の定魔女が石になった、 という説話が残っているらしい。メグと呼ばれ る大きな石も立っていた。 イングランドでも三本の指に入る規模のサー クルで、直径は100m前後はあるだろう。 サークルを形成する石の数は現在70前後と されるのだが、不思議なことに定説が無いそう だ。実際に数えてみたが、途中で判らなくなっ てしまった。魔女の祟り、だったのだろう。 これだけの規模の巨石を用いた建造には、か なりの労働力が必要だったはずで、何らかの大 きな集合体の存在が想像される。 すぐ近くの村に、Little Meg という小さな サークルが在った。 |
カンブリア地方の中心都市 Carlisle カー ライルの19マイル南に、湖水地方の北東端の 町ペンリス Penrith がある。 ここから更に地方道686号線を北東へ3マ イル行き Langwathby の村で左折して北へ向 かう。約1マイルで Little Salkeld の集落 へ着く。左折するサークル入口には、案内標識 が出ている。サークル一帯は遺蹟公園として保 護管理されている。 |
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キャスルリッグ/ ストーン・サークル Castlerigg/Stone Circle |
Cumbria |
湖水地方を訪れる観光客の増加と共に、比較 的アクセスの容易なこのサークルを訪れる人も 近年相当増えたらしい。事実、私たちが訪ねた 時には、大学の調査隊のほかにかなりの観光客 の姿が見られた。観光バスの団体客だった。 どこを撮っても人の姿が写り込んでしまうの で、私たちは嵐が去るのをじっと待った。バス が帰ってしまうと、残ったのは調査隊と私達だ けだった。 町から近いとはいえサークルが谷に面した高 台に位置しているので、山に囲まれた緑の景観 がより神秘的な雰囲気を醸成している。 倒壊したと思われる石も多いのだが、それで も立っている石に存在感が感じられた。最大の ものでも1m70の高さだから、圧倒的な威圧 感は感じられないが、ここでは、石が円形に並 んでいること、そのことに判別不能ながら妙な 共感を覚えていたのだった。 ケルトのドルイド祭祀に関する話が必ず出る が、彼らはこの遺蹟を利用しただけで、造った のは更に数千年も前の新石器時代や青銅器時代 の人々なのである。想像力をそこまで延ばした いと思うのだが、石を眺めているだけでは思い つくことは限られてしまう。現代人、いや少な くとも私のアンテナは錆び付いて、感度を失っ てしまったのだろうか。 |
湖水地方を旅する人が必ず通る北の玄関であ るケズウィック Keswick の町の中心から、 東へ約2キロ行った高台の上に在る。町の中に も交通案内板が出ているので、道に迷うことは 無いだろう。駐車場から100mほど歩くだけ である。 サークルは約30×32mの楕円形で、サー クルの中央に列石で四角に囲まれた部分がある が、用途は不明らしい。 |
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スウィンサイド/ ストーン・サークル Swinside/Stone Circle |
Cumbria |
地球上にもこんな素晴らしい場所が残されて いたのか、と心から感動した。 古代の人々が構築した石造文明の名残でもあ り、現在は人が切り開いた牧草地になっている のだから、純粋な自然とは言えない。しかし、 自然に溶け込んでしまったかのようなこの遺蹟 の姿は、完璧な円形サークルの形と共に、生涯 忘れ得ぬ風景となったのだった。 それにしても、こんなに美しいストーン・サ ークルは、ヨーロッパ中歩いても、そう滅多に 在るものではないだろう。 先述のキャッスルリッグとは天と地、人っ子 一人見えない辺境の遺蹟である。かなり長い間 ここに居たが、私たち以外にここを訪れたのは 放牧された羊たちだけだった。 |
湖水地方の南の町 Newby Bridge から国道 A590を西南へ5マイル程行き、A5092 を左折する。しばらく行くとA595と合流し 何回か左折をするが、そのままA590を続進 する。 Duddon Bridge を過ぎ、2マイルほど行っ たところで斜め後ろへ右折する。標識が無いの で、ここが一番判りにくい。次のY字路を左折 すると、道は石ころだらけの悪路となる。 運転はかなり大変だが、我慢して2マイル弱 行けば、石垣の向こうにこのサークルが見えて くる。直径は29mほである。 |
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ドルイド・テンプル/ ストーン・サークル Druid Temple/Stone Circle |
Cumbria |
湖水地方 Lake District の南に延びる半島 の東はモアカンブル湾 Morecamble Bay で、 対岸まで見晴らせる眺望の良い高台の草原に、 この見事なサークルが残されている。 現在は9石で構成されているが、もう数石あ ったものと思われる。 それにしても、何故サークルは大きく天空の 開けた場所に造られたのだろうか、といつも思 う。ある広さの平坦な場所、という条件からは 当然の帰結だが、余りにも感動的な場所が多い からなのである。天へ向かっての何らかの交信 がイメージされる。 最大の石は右端と手前のもので、高さは1m 50である。日没との関係を記した説もあるの だが、方角のラインはサークルのどれかの石に 必ず当たるのではないだろうか。 |
湖水地方の南の町 Newby Bridge から国道 A590を西南へ8マイル程行くと、ウルバス トン Ulverston の町に入る。 町の中でA5087に左折し、湾に沿ってし ばらく進んだ辺り、峠道に差し掛かる手前に細 い小道が山側に通じている。 そこを右折し、坂を登り切った草原にこのサ ークルが見えてくる。 |
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キャッスルホウ・スカー/ ストーン・サークル Castelhowe Scar/Stone Circle |
Cumbria |
英国の石歩きに常用している縮尺5万分の1 の地図OS (Ordnance Survey) の中で、無名 のサークルの存在を知った。 次に掲載した Oddendale のサークルを訪ね る途中のことだった。 細長い牧草地の中に在るのだが、囲いが厳重 で中へ立ち入るのは不可能だったので、望遠レ ンズで撮影した。 残念ながらかなり崩壊していたが、それでも サークルとしての面影は十分に残している。 羊と石が混ぜこぜになっているのが、何とも 楽しかった。周囲の美しい山々や森の光景の溶 け込んだようなサークルだった。 |
ペンリス Penrith の南約10マイルにある シャップ Shap の町から、Crosby クロスビ ーに通じる地方道を東に約2マイル走る。 右手にこんもりとした森が見え、手前が右へ 曲がる道路、その角が写真の牧草地である。手 前の道からは50m以上離れており、左側の石 塀近くまでは行けるが、塀と鉄条網が邪魔でよ く見えない。 |
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オッデンデイル/ ストーン・サークル Oddendale/Stone Circle |
Cumbria |
この一帯は古代巨石遺跡の密集地のひとつだ そうだが、実は余り知られていない。このサー クルもそうだが、石がほとんど倒れるか、最初 から丸石が多かったため、印象が地味であるこ とがその要因なのかもしれない。 ここは珍しい同心円の二重サークルで、ケル ンのマウンドの上に造られている。 果てし無く続く草原の中、古代の人々が何を 祈念し、何を目指して石を組んだのかを想う時 こそ、石を旅する者にとってのロマンがじんわ りと感じられる時なのである。 |
先述の森の手前を西へ向かって右折し、その まま道なりに2マイル進む。廃坑の様な場所を 過ぎると、Oddendale の農場が見えてくる。 農場の方へは進まず、南へ延びる荒れた道へ 車を乗り入れる。悪路だが走行は可能だ。 南へ400ヤードほど行って車を止め、草原 を真東に向かって歩く。やや小高いマウンドを 目指せば、200ヤードほどに在るサークルの 発見は割りと簡単である。 |
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ゲームランズ/ ストーン・サークル Gamelands/Stone Circle |
Cumbria |
大きなサークルで、直径は長いほうが約45 m、短いほうが38mというやや楕円の形をし ている。 ここでもほとんどの石が倒壊してしまってい るのが残念だった。 立てることに意義があったと思われるメンヒ ルと違い、サークルの石が容易に倒れている多 くの事例を考えると、サークルは円形に石が組 まれることに意義があったものと思われる。 石は近辺の山から採出された花崗岩で、メン ヒルに用いられる片岩のような切れ味鋭い印象 からは程遠い大らかさだ。 Gamelands という名前の由来は不明だが、 牧草地の所有農園の名だろうと思う。 |
前掲二箇所のサークルの基点となったシャッ プの町から、B6261を南へ約5マイル行く とオルトン Orton の町へ着く。町の南端のT 字路を東へ左折し、更に1マイル直進する。 道の右側の森が途切れた所で、農道を左折。 サークルは右手の牧草地の中にある。 |
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バラーフ/ スタンディング・ストーン Ballaugh/Standing Stone |
Isle of Man |
マン島 Isle of Man は、アイルランドとの 間に広がるアイリッシュ海 Irish Sea に浮か ぶ南北53キロ、東西21キロという大きな島 である。 このメンヒルの存在は地図に表記されていて 知ったのだが、探すのにかなり苦労した。 囲いの石垣の背が高いので、これと思った畑 の中を覗く場所が限られてしまうからである。 ようやく見つけた石塀の隙間から、望遠レンズ で撮影した。 胸の高さまで生育した小麦を押し分けて、メ ンヒルまで近付くのは無理だったからである。 高さ4mはありそうな豪壮な立石である。 |
マン島へは、ランカスター Lancaster の ヘイサム Heysham 港から、フェリーで島の ダグラス Douglas 港まで3時間かかる。 島最北端の町ラムジー Ramsey から、国道 A3を西へ7マイルほど走ると Ballaugh バ ラーフという大きな集落に着く。この立石は、 集落の西側に大きく広がる麦畑の真ん中辺りに 立っている。 町の西の外れの Broughjairg Beg という 農園から、西へ延びるハイク用のフットパスを 約500ヤードほど歩けば到着する。 (但し小麦収穫後の話) |
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ポート・セント・マリー/ スタンディング・ストーン Port St. Mary/Standing Stone |
Isle of Man |
このメンヒルは良く知られているが、それは 大きな町の幹線道路からも良く見える場所に立 っているからである。 マン島の最南端にあるポート・セイント・マ リー Port St Mary という港町で、メンヒルは 町の北側の町外れ、国道A29とA31が交差 する地点の北東に広がる牧草地の中に立ってい る。高さは約4m弱といったところだろう。 片岩系の石ではないので、薄さの鋭さには欠 けるが、それでも正面から見た重量感に満ちた 印象と、写真のように側面から見た時との表情 の変化が面白い。 もしかしたらこの石を立てた古代の人達も、 同じような変化を大切にしていたのかもしれな い、と思う。その意義は不明ながら。 マン島には、こうしたメンヒルやサークルや ケルンなどの遺跡が数多く点在しているが、今 回は島に1泊しか予定しなかったのが残念だっ た。腰を据えて巡りたい古代遺跡の島である。 TT (Tourist Trophy) レースというモーター ・サイクル界では良く知られたレースの会場と して、また尻尾の無い黒猫の住む島として有名 である。 |
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ミール・ヒル/ストーン・サークル Meayll Hill/Stone Circle |
Isle of Man |
大変ユニークなサークルである、と言える。 なぜなら、写真でも判る通り、サークルの石 が二重になっており、その間が細い溝のように 見えることである。 また、南北両端にT字型の通路や、部屋の遺 構とも見える石組が組まれていることなのであ る。 同心円のサークルであると同時に、アイルラ ンドなどで見られる Passage Grave 通路式 墳墓が組み合わされたのではないか、と私は考 えている。 変化に富んだ石の配列は、日本庭園の優れた 護岸石組を思わせる。 |
先述のポート・セイント・マリーの町から、A 31を西南へ1.7マイル行くとクレグネッシ ュ Gregneish という集落に着く。 そこからポート・エリン Port Erin まで、 荒野を抜ける小道が通じている。車の走行も可 能である。この道を100ヤードほど進んだ右 手の小高い丘の上にサークルが在る。急な崖に 作られた歩道を登ればよい。 |
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コーンドン/ミッチェルズ・ フォールド・ストーン・サークル Corndon/Mitchell's Fold Stone Circle |
Shropshire |
無数の放牧牛と羊たちが出迎えてくれる、こ の世の天国かと思えるような牧草地だった。ラ ヴェンナ・クラッセのドームのモザイクに描か れた羊たちを思い浮かべていた。 サークルはそんな草原の真ん中に広がってい るのだが、何かしらとりとめの無い感じがして ならなかった。直径が70mはありそうな大き なサークルだが、立っている目立った石が写真 の二石だけで、あとは小さな石か倒石ばかりで あった、からだろう。 おそらくは、かなりの数の石が持ち去られた のではないだろうか。そうでなければ、これほ どの規模のサークルの意味は無いし、天にも届 く様な古代人の祈りを伝える仕掛けとしては、 少し貧相に思えるからなのであった。 |
シュロプシャー Shropshire 州の州都シュ ルーズベリー Shrewsbury の町から、西南へ と向かうA488でキングトン Kington 方面 へ向かう。 16マイルほど行った所がウェールズとの国 境で、そこの角に Stone Circle の看板が立 っている。 そこを右折し、 Priestweston プリースト ウェストンの集落の手前に、北へ向かう分岐が あるので、そこを直進するようにして原野の中 の道を進む。 行き止まりが駐車スペースで、ここで車を止 め、そのまま北へ牧草地を歩く。 300ヤ-ドも行けば、直ぐにサークルが見 えてくる。 |
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ドーストーン/ アーサーの石(ドルメン) Dorstone/Arthur's Stone (Dolmen) |
Herefordshire |
ヘレフォード Hereford の町の西側にはブ ラック山脈 Black Mountains があり、その山 裾の谷はゴールデン渓谷 Golden Valley と呼 ばれる自然豊かな地方である。ここの高台に、 この見事なドルメンが残っている。 アーサー王の名を冠したドルメンは各地に何 箇所も在るが、たとえ実在の王だったとしても 5~6世紀の話であり、古代青銅器時代の巨石 文明とは何の関係も無い。 アーサー王伝説に出てくるいかにも謎めいた 石や剣のイメージが、神秘的とも言えるドルメ ンの存在と結びついたものだろう。 やや崩れてはいるものの、このドルメンの重 量感に満ちたキャップストーンの迫力は一級品 である。 通路式墳墓らしい石組も、ちらほらと散在し ている。 |
ヘレフォードからA49で南へ向かい、すぐ に分岐をA465に入る。直ぐの分岐から、B 4349~B4348と西へ進むと、ゴールデ ン渓谷へと入っていく。 ドーストーンの町の近くまで来ると、案内標 識に Arthur's Stone という文字が出る。 案内に従って進めば問題ない。駐車場から歩 く必要はほとんど無い。 |
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ロールライト・ストーンズ/ ストーン・サークル Rollright Stones/Stone Circle |
Oxfordshire |
コッツウォルズ地方の美しい町や村を巡る途 中で、何気なく見た観光案内にキングズ・メン と呼ばれるストーン・サークルの写真が載って いた。 コッツウォルズといってもこの辺りには集落 は無く、一面に麦畑が広がっており、遺蹟周辺 は写真のサークルのほかに、崩落したドルメン やメンヒルが集中するという、古代巨石文明の 聖地となっている。 石は石灰岩で、風雨に晒されて表面がボロボ ロになってしまっている。石そのものの美しさ には欠けるが、それがかえって異様な雰囲気を 醸し出し、サークルの持つ神秘性を高めている ようにも見える。 妖精の棲家といった伝説が似合う土地柄でも あり、石を立てた古代の人々とは隔絶している とは知りつつも、今にも出てきそうな雰囲気を 備えているのが何とも不思議だった。 |
コッツウォルズの東部 Chipping Norton に向かい、Stradford-upon-Avon からA3 400を走る。 約16マイルで Long Compton、さらに1 マイル行ったあたりに左折の案内標識が出てい る。 Whispering Knights というドルメンがサ ークルの奥の麦畑の先に、そして道を隔てた牧 草地の中に King Stone というメンヒルが立 っている。 |
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ストーンヘンジ/ ストーン・サークル Stonehenge/Stone Circle |
Wiltshire |
写真は初めて訪ねた1989年に撮ったもの で、近年は立ち入り禁止となってしまったが、 当時は柵も歩道も無く、石の下まで近付くこと が出来た。 遠望するだけでは駄目で、石の直下に立ち、 その質感に触れながら見上げてこそ、この立石 群がいかに巨大であるのかを実感することが出 来るのだ。 ソールスベリーから車を走らせたが、波のよ うにうねる草原の遥か彼方から見えてくるのだ から、やはりとてつもないスケールなのだ。 石の高さは約6m、サークルとしては横石を 載せたのが最大の特徴である。また、サークル 内にU字形の列石組があるのも珍しい。写真は その内の一つである。 立石上部の突起は、横石の凹部とを連結する ためのものである。 |
地元産サーセン石による横石を載せた立石を 巡らせた直径30mのサークルの内側に、背の 低いウェールズ産ブルーストーンのサークル。 その内側に立横石組5基によるU字列石。さら に内側に、ブルーストーンによるU字形列石が 並んでいた。それが往時の完成された姿だった らしい。 現存するのはその一部だが、人智を超えた壮 大なスケールを想像すると目が回りそうだ。 ブルーストーンがウェールズ産であり、何の ために遠方の石を使ったのか、どうやって運搬 したのかなどを考えるほどに、ミステリアスな 謎は深まるばかりである。 紀元前2300~2500年という、気の遠 くなるような古代の話なのだ。 |
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エーヴベリー/ ストーン・サークル Avebury/Stone Circle |
Wiltshire |
ストーン・サークルの中に村が在る、と言っ ても何のことか想像がつかないだろう。しかし この世界最大のサークルの中には、れっきとし た集落が存在していた。ランチを食べたパブの 店は、正にサークルの中心に建っていたのだ。 サークル外側の土手の直径が400mという 壮大な規模で、立っている石の中にはストーン ヘンジのものより重いものも在るという。 ストーンヘンジと同じ地元産のサーセン石だ が、こちらは加工される前の自然石のままだ。 写真はサークルの南東部分で、比較的巨石が 集中している部分である。サークルの大半は羊 が放牧される牧草地になっており、サークルを 巡る散歩はのどかで精神が洗われる気分だ。 古代からのメッセージが聞こえそうな気がし たので、一つ一つの石に触れながら歩いた。 大きなサークルの中に、さらに小さなサーク ルが二つ在ったらしく、現にその名残のような 石の列を見ることが出来た。 この一帯は古代遺跡の博物館で、数キロ続く アヴェニューと呼ばれる巨石の列、新石器時代 の墳墓や囲い地等が密集している魅力的な地域 なのである。 |
国道A345をソールスベリー Salsbury から北へ28Km行き、Marlborough の少し 手前でA4号線に左折する。7キロ行った交差 点を右折すると、1キロほどでこの村に着く。 村の真ん中に建つパブ“Red Lion”に車を 停め、ゆっくりと歩けば良い。 |
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スタントン・ドゥルー/ ストーン・サークル群 Stanton Drew/Stone Circles |
Somerset |
この広大な牧草地が、そっくりそのまま三つ のストーン・サークルのある古代遺跡として管 理保護されているという。日本では有り得ない 話だろう。牧畜が盛んな事と、貴族のような大 きな地主がいる事が幸いしているのだと思う。 写真は中央のサークルで、直径は112mあ り、桁違いのエーヴベリーに次ぐ、イングラン ド2番目の大きさである。 サークルの中心に立って見ると、円形に配置 された数十の石が、まるで悪魔の悪戯によって バラ撒かれたかのように見えた。 他のサークルは直径が30mのものが中心の サークルと接しており、少し離れて44mのサ ークルが在った。三つのサークルは何故か一直 線上にではなく、屈折した格好で並んでいる。 方位に基づく何らかの意図が存在したのだろう と思う。 |
ブリストル Bristol の町から南へ下るA 37号線を約7マイル行った所で、右折してA 3130に入る。標識に Stanton Drew の文 字が見える。但し、近くまで行ってもストーン ・サークルの標識は無く、2マイルほど行って 見えてくるゴシックの聖メアリー教会が目印で ある。 村に入るとサークルを示す標識が出てくる。 遺蹟への入口は教会のすぐ脇にある。 |
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スピンスターの岩/ドルメン Spinster's Rock/ Burial Chamber |
Dartmoor (Devon) |
Spinster とは紡ぎ女を意味し、名の由来を 示す伝説があるらしいのだが余り興味は無い。 古代の人々とは関係の無い、後世の人々の脚色 だからであり、石を組んだ人達の意識そのもの にもっと迫りたいと思うからである。 ダートムアでは珍しいドルメン、それも三石 で巨石を支える最も単純なドルメンである。 Burial Chamber というのは英国でのドルメ ンを意味するが、この意味は「埋葬の部屋」で あり、墓を意味している。 フランスでも同様の表現が主流となっている のだが、遺骨の発掘が稀なことを見ると、ドル メン墓室説は単純には受け入れられない。 私は、ドルメンは神あるいは神聖なるもの、 が降臨する部屋または居所として構築されたの ではないか、と考えている。後世に墓所として 利用された可能性はある。 今は、羊達の格好の寝所となっていた。 |
Exeter から高速A30を12マイル行き、 Whiddon Down のインターで下りる。 A382を道なりに南下し、約2マイルの所 にある十字路を左折する。とても判り難いが、 この辺りでは最初の十字路である。直ぐに左手 に農家、右手に柵に囲まれた牧草地がある。ド ルメンはその中に在り、柵の扉を開いて中へ入 ることが出来る。。 |
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スコーヒル/ストーン・サークル Scorhill/Stone Circle |
Dartmoor (Devon) |
遥かなる草原の彼方に、このサークルは在っ た。時折降り付ける激しい雨や、地図の方向だ けを頼りに道無き草原を歩く心細さと戦いなが ら、ようやく探し当てたこのサークルは、夢の ように素晴らしいたたずまいを見せてくれた。 果てしなく続くダートムアの草原の見晴らし の良い場所である。 鋭く尖った石が多い事が、このサークルをと ても戦慄的なイメージに掻き立てるのだった。 直径は27mの円周に、当初は70個の石が 立てられたと思われるのだが、現在は30数個 しか確認できない。それでもかなりの迫力なの だから、原初の姿はどんなだったのだろうか。 「神に接近するための石組」、ここでは自然 にそう感じられていた。 雨が強くなり、そこから更に倍位歩いた所に 在る Buttern Hill のサークルは断念した。 |
先述のA382から西南に入った所に在る町 Chagford から、小さな Scorhill の標識に 従って狭い道を突き当たりまで進む。柵の手前 に駐車し、そこから続く草原を正確に西南西へ 向かって歩く。 勿論、磁石が必需品である。 このサークルへのアプローチは容易ではない が、かと言ってそれほど至難というわけでもな い。地図上で確認した方向を信じ、周囲の山や 丘に惑わされず歩けば問題無い。草原の起伏は 小さくはないが、わずか1キロ強の距離だ。但 し、霧だけには要注意である。 |
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メリヴェイル/列石 Merrivale/Stone Row |
Dartmoor (Devon) |
フランス・ブルターニュのカルナック列石群 を見ているから、石が並んでいることにはさし て驚くことはないだろうと思っていた。 ところがどっこい、ダートムアの列石の何と 面白いことだろうか。 石は小振りでたったの2列だが、写真で見る 通り、それが草原の果てまで延々と立てられて いるのだ。 この一帯にはサークルやメンヒルが密集して おり、古代人居住の痕跡も多い。ダートムアに は、こうした列石 Row が数多く存在する。 この列石を黙々と立て続けた古代人の感性に は、どうすれば近づけるのだろうか。建設には 膨大な労力を必要するのであり、そこに何らか の上からの権力か、信仰などといった共同体的 な労働力の結集が無ければ、決して出来ない仕 業なのである。 |
Tavistock から真東に伸びるB3357線 で、約8キロのところに Merrivale の小さな 集落がある。ここには花崗岩の採掘工場などが 残っている。さらに少し進み、小さな橋を渡っ た所で路肩のスペースに駐車してから、右手の 丘の上へと歩いて登る。 牛の放牧に構わず東南方面へ歩くと、写真の 列石が見えてくる。小さなサークルが、さらに 少し南奥にメンヒルと並んで見える。 |
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ダウン・トール/ サークル付列石 Down Tor/ Stone Row & Circle |
Dartmoor (Devon) |
この遺蹟へ行くには、道無き道を歩くトレッ キングの覚悟が必要である。だがその代わり、 素晴らしいダートムアの展望と、爽快な達成感 が約束されている。 ダートムアらしい列石なのだが、ここが一味 違うのは、写真手前に見える数石がサークルの 一部で、列石の端とサークルが接しているとい う特徴が見られることである。 いかにもダートムアと言える、果てしなく続 くヒースの丘に、列石は300m以上、延々と 続いている。 神が降臨する道筋、というのは誰しもが抱く 第一印象なのだが、でも、それこそが古代人も 抱いたイメージだったのではないだろうか。 |
Yelverton の東にある人造湖 Burrator の 東端に駐車場が有る。ここに駐車し、真東にそ びえる Down Tor という岩山に向けて歩き始 めねばならない。標識は一切無く、岩山だけが 目印なので、霧だけには要注意だ。 正面の岩山の右側を迂回し、ちょうど真向こ うへ出た辺りで、この列石が目に入るだろう。 片道約3キロのトレッキングである。高低さ は120mほど、かなりのものであることを覚 悟せねばならない。 |
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イエローミード/ ストーン・サークル Yellowmead/Stone Circle |
Dartmoor (Devon) |
ダートムアの遺蹟の大半は、普通の観光地図 には記載されていない。少なくとも5万分の1 の地図が無いと、アクセスは不可能だ。 このサークルへは、最後の駐車可能な場所か らは、小川に沿って1.2キロほど歩かねばな らない。 見つけたサークルは、今まであまり見たこと の無い、四重のリングを持つサークルだった。 最も内側が7m弱、最も外側が約20mの楕 円形である。いずれも同心円ではないので、整 然とした四重ではなく、思いつくままに立てら れた前衛的なモニュメントみたいな印象を受け た。 石はいずれも1m未満の小振りなものばかり で迫力には欠けるのだが、多重リングのミステ リーとでも言うべきか、円心付近に立つと、中 心に向けて押し寄せる不思議なパワーが感じら れた。 |
このサークルの位置を示す、SX575、6 78という表示が使われている。英国独自の地 図上の座標で、National Grid と呼ばれてい る表示方法である。地図に表記されたSX地区 のグリッド線から、東経方向57.5、北緯方 向67.8のポイントにサークルが在る、とい うわけだ。 道順を文字で説明することは至難で、ここへ は地図を見なければ決し行くことは出来ない。 Yellowmead は牧場の名である。 |
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ブリスワーシー/ ストーン・サークル Brisworthy/Stone Circle |
Dartmoor (Devon) |
Brithworthy の牧場の建物の脇から、牧草 地へ続く草原の小道をしばらく歩いた。 サークルは牧草の波間に浮かぶ岩島のように 見え、草の中に埋まってしまいそうに見えた。 石の高さは最大でも1m強なので巨石という イメージではないが、サークルの直径が25m というのはダートムアでは大きい方だろう。 リングの中心から木炭状の破片が発掘された というのだが、ダートムアでは他のサークルか らも発見されているらしい。 中心から眺めると、この大きな弧を形成する 石のサークルはやはりとても美しい。素材は石 でなければならないし、形状は円でなければな らないのだ。ストーン・サークルは究極の姿な のだ、と確信した。 |
ここも Yelverton の東南東5キロとしか説 明のしようがない。 地図ではSX565,655地点を探すこと になる。牧場の横に駐車してから、草原の道を 約1キロ歩くのだが、広大な牧場を眺めながら 行けば全く苦にならない。 ちなみに、牧場の位置はSX560,652 地点である。 これを見て、ああ3北5東へ歩くんだな、と 思われた方は地図に相当明るい方である。 |
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デュロー/ストーン・サークル Duloe/Stone Circle |
Bodmin Moor (Cornwall) |
セント・ジャマンズ St Germans の教会の 古い門を見てから、私たちはボドミン・ムアの 南端に位置する小さな村のサークルを訪ねた。 白く輝く石英岩が8個、その内の6個が屹立 して、直径12mのチャーミングなサークルを 形成していた。 大半の石が2m以上の巨石ばかりなので、い かにも石を立てた、という印象が一際強く感じ られた。 村外れとはいえ、周囲を雑木林に囲まれたと ても美しい牧草地で、サークルが見事に保存さ れていることに感動した。ナショナル・トラス ト運動等の遺蹟保存意識の強い英国ならではで あって、日本だったらとっくにマンション業者 によって開発され、庭石にでも使われているの がオチだろう。 |
Liskeard の町から地方道B3254を、 標識に従って約8キロほど道なりに行くとこの 村に着く。右側に教会が見え、その手前50m くらいの左手民家の奥にこの牧草地がある。 入口に、Stone Circle と記された小さな 看板が出ている。 |
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トレマー/トレスヴィー・ クォイットのドルメン Tremar/Trethevy Quoit Burial Chamber |
Bodmin Moor (Cornwall) |
探すのにかなり苦労したのだが、ボドミン・ ムアに残る唯一のこのドルメンの存在感は別格 のものだった。 「墓の蓋 Trethevy Quoit」「巨人の家」と も言われるそうだが、ドルメンの謎が幾多の伝 説を生み、多くの夢が育くまれた結果なんだろ うと思う。 事実こうして4mもの高さのドルメンを下か ら見上げると、巨人の力を借りなければ組み上 げる事など到底出来そうにない、と思えてしま う。 屋根石に丸い小さな穴が開いているのが気に なって仕方が無いのだが、専門家にも全く解明 はされていない。 石を綱で引くための穴ではないかと思え、人 によっては天体観測のための穴ではないかと言 う人もいる。 推測の余地が多いほど、素人の出番が多くな るし、楽しみの機会が増えるというものだ。 |
Liskeard の町から北へB3254を2キロ ほど行くと、本道は右折するがここを直進して St Cleer 方面に進む。1キロほどで Tremar 方面へ右折し、集落の中をほぼ直進して背後の 高台へ登って行く。 道は狭いが車でのアクセスは可能だ。登りき ったあたりに、ドルメンの看板が出ている。 |
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ミニオンズ/ハーラー のストーン・サークル群 Minions/ The Hurler's Stone Circles |
Bodmin Moor (Cornwall) |
ミニオンズの集落の西側は広大に続くヒース の荒野になっており、ダートムアに準じる巨石 文明の遺蹟が密集している事で知られている。 このハーラーのサークル群は詳しいガイドブ ックになら載っている、とても著名な遺蹟であ る。三つのサークルが団子三兄弟のように繋が っている、何とも珍しいサークル群である。 写真は、中央のリングの北側の円弧を写した もので、右奥に小さく北リングの姿が見える。 フランスの葡萄畑の多さには驚くが、英国の 牧草地 (荒野) の広さには舌を巻く。 お陰で巨石遺蹟を保護することが可能となっ た、という功績は大だ。 それにしても、このサークルの立石は、全て が魅力的な佇まいをしている。 |
ミニオンの町の南西端に駐車場が在り、そこ から荒野を北へ200m歩けばサークル群に到 達する。最初に見える南のサークルはかなり崩 壊しており、サークルが明確でない。 中央のサークルは直径40m強、北のサーク ルは35mである。 |
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イースト・ムア/ナイン・ ストーンズ・サークル East Moor/Nine Stones Circle |
Bodmin Moor (Cornwall) |
ボドミン・ムアの中央にイースト・ムアとい う荒野が在り、その東側に Nine Stones とも 呼ばれるストーン・サークルがひっそりと佇ん でいた。 アクセスに関しては、今回の旅の中では最悪 の部類だった。 しかし、湿地帯の中に残るサークルの姿は、 まことに鮮烈な印象を残してくれた。 直径は15mのサークルで、写真手前の石も 含め周囲に八つの石が並んでいる。写真には写 っていないが、円の中心にはやや傾いた石が立 っていた。 石と石の間隔が開いた部分があるので、当初 はもう数石が並んでいたと思う。 材質はボドミン・ムア産の花崗岩だという。 |
Lewannick の南、B3257とB3254 の交差点から、B3254を南へ500mちょ っと行ってから右折。細い道を道なりに西南に どこまでも直進すると、大きな農場の一画に突 き当たる。 SX236,772のポイントである。 そこから、荒野の中をひたすら真北へ向かっ て約2キロ歩く。靴が埋まってしまいそうな湿 地帯で、ルートを上手くとらないと北への向き がずれてしまう。ゴム長靴は必需品である。牛 の大群も難関だ。数頭なら可愛いが、数十頭と なると恐怖に近い。遠巻きに進むしかない。 |
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ラニオン・クォイット/ドルメン Lanyon Quoit/ Burial Chamber |
Cornwall |
アイルランドのバレン高原のドルメンと同じ ように、このドルメンも「巨人のテーブル」と 呼ばれている。 平らで傾斜がない分、こちらの方が名前に相 応しいかもしれない。 三立石に支えられた平石は見る方向によって 様々な表情を見せるが、この写真の角度が最も スリリングである。 子供の積み木みたいなこの構造、メンヒルに 蓋をしたような単純な造形に、何故こうも感動 するのだろう。 組み上げられた不安定さと、その重量感がた まらないのかもしれない。 壮絶なほど風が強かったが、きっと巨人が息 を軽く吹きかけていただけの話なのだ。 |
ペンザンス Penzance から Madron マドロ ンへと通じる地方道がある。道なりに進み、マ ドロンも通過すると、道が二回二又に分かれる が、常に本道をモルヴァ Morvah 方面へと進 んでいくと、右側の土塀の向こうにこのドルメ ンが見える。小さな案内板が出ているが、よく 見ていないと通り過ぎてしまう。マドロンから ここまでは約4キロ、2.5マイルである。 |
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メン・アン・トル/列石 Men an Tol/Standing Stones |
Cornwall |
ここはコーンウォールでは最も著名な遺蹟、 と言えるかもしれない。穴の開いた丸石の存在 がとてもユニークなので、多くの書物が穴の中 央に向こうの立尖石を配した写真が掲載してい るからである。 私も同様の構図で撮ろうと思ったのだが、あ まり上手くいかなかった。草が濡れていたから だ。この三石のほかに、二個の石がすぐ横に立 っており、元来はサークルだったという説が有 力である。 改造されたのかと思うとやや興ざめの感無き にしもあらずだが、古代のデザインとしての穴 あき石の面白さには、確かに惹かれるものがあ るのも事実である。 妖精の悪戯、などと言いたくなる気持ちも分 からないではない。 Men は石、Tol は穴を意味するのだが、ダ ートムアからコーンウォール一帯にはメントル 石とかトルヴェン石と呼ばれる、この様な穴あ き石は広く分布している。 |
前述のラニオン・クォイットから更に同じ道 をモルヴァ方面に進むと、1マイルほど行った 右側に農道入口の鉄扉が見える。案内板も設置 されていた。 ここから農道を約1キロ歩いた右側奥、畑と 牧草の中にこの遺蹟が在る。ドルメンからは北 北西の方向となり、直線距離も1マイルほどで ある。 |
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ボスカーウェン・ウン/ ストーン・サークル Boscawen-Un/Stone Circle |
Cornwall |
コーンウォールの最西端である Land'S End ランズ・エンド地方は、古代巨石遺蹟の超密集 地である。主要なサークルは4つ、メンヒルや ケルンに至っては数え切れない程の数である。 古代人の住居跡も残されており、壮大な祭祀 地域となっていたことが想像できる。 このサークルは直径25mほどのやや細長い 楕円形で、円心にかなり傾斜した板石が立って いるのが特徴である。サークルを形成する19 個という石の数は、コーンウォールに共通する ものだという。 それにしても、ここのサークルは格別優美な 円を描いていた。 |
ペンザンスからランズ・エンドへ向かう国道 A30を進み、St Buryan 方面と分かれるY 字路を過ぎる。さらに約2キロの所で、農場へ と通じる細い道へと左折し、突き当りを右に進 むと民家に突き当たってしまう。その少し手前 の右側500m奥にサークルが在る。車を上手 く駐車し、ハリエニシダの繁る細い道を歩かね ばならない。 |
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メリー・メイドンズ/ ストーン・サークル Merry Maidens/Stone Circle |
Cornwall |
ランズ・エンド地区では最も知られたサーク ルである。 前述のサークルと同様に、ここでも19個の 石で円弧が形成されている。この数にどういう 意味があるのか、は判っていない。 サークルの直径は24m弱だが、先述のボス カーウェン・ウンのサークルよりも大きく見え た。それは、ここが見晴らしの良い高台に在っ て、景色が大きく開けていたからだろう。 ここは石が優美に整然と並んだ、お行儀の良 いサークルである。 メリー・メイドンズという妙な名前は「陽気 な乙女達」であり、ケルト的な伝説に由来する のだろうが、ケルトが大陸からこの島に到来す るより遥か3000年も前に、土着の民族によ ってこれらの巨石構造物は既に完成していたの である。 |
ペンザンスから Newlyn を抜けるルートで ランズ・エンドへと通じるB3315壱線があ る。 Lamorna Valley という小さな渓谷を横切 った辺りから注意して進み、道が直角に左・右 と曲がったすぐ後の左側にちょっとした駐車場 がある。そこがサークル入口で、高台のサーク ルは目の前だ。 |
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ザ・パイパーズ/メンヒル The Pipers/Standing Stones |
Cornwall |
“陽気な乙女達”というストーン・サークル の近くに、この“笛吹き男達”という名前のメ ンヒルが二基立っている。仕切られた二つの牧 草地に一基づつ、少し離れて立っているのだ。 いかにもケルト的な伝説を暗示する命名では ないか、と感じた。 巨石にまつわる数々のケルト的な伝説が、こ うした遺蹟を構築した古代の民族とは直接的に は関係無いとは知りつつも、少なからず興味は 持ってしまう。 それは、移住してきたケルトと先住民族とが 融和し血が繋がり、先住民族が伝えてきた説話 や伝説が、ケルト自身の民俗的な記憶として受 け継がれて来たとも思えるからである。 “地の果て Land's End”という地名には、 誰しもがそこを訪ねる前から、何モノかが潜ん でいそうなミステリアスな夢を抱いてしまうに 違いない。 事実、このあたりには数多くのメンヒルが立 っているのだが、いずれもが石に変えられてし まった悪魔の姿だという。低く立ち込めた雲と 深い霧の中でこのメンヒルを見ると、そんな気 がしてくるから不思議だ。 |
前述のメリー・メイドン・サークルの少し手 前、直角に二度曲がる直前の右側牧草地の中に このメンヒルが立っている。もう一基は少し奥 になるが、視界には入っている。 牧草地を数百m歩くことになる。 |
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セント・バーヤン/メンヒル St Buryan/Standing Stone |
Cornwall |
ランズ・エンド地区のほぼ中央を走る地方道 B3283の真ん中辺りに、ゴシックの塔の建 つ教会を中心にしたセント・バーヤンの町が在 る。静かで平和な田園の集落だ。 町の中心から少し離れた牧草地の中に、写真 のメンヒルが立っていた。 英国の牧草地は勿論所有者がいるのだが、散 策のための公共の道として開放されている所も 多く、パブリックな雰囲気が強い。 しかしここは生垣に囲まれていて、いかにも 個人が所有しているという雰囲気が強かった。 勝手に鉄の扉を開けて入るムードには程遠か ったので、所有者らしいお宅で頼んでみた。御 自由に、という明るい返事が嬉しかった。 特に名前は付いていないようなので、私が勝 手に町の名前のメンヒルにしておいた。これが 日本だったら、差し詰め「観音岩」とでも呼ば れるところだろう。 高さは2m強の、堂々たる石である。やや傾 斜して、苔むした風情がたまらなく良い。 メンヒルには、石そのものの持つ魅力が具現 化しており、天の方向へ向かって伸びていくベ クトルが感じられる。 |
セント・バーヤンの町の教会の前から、左手 (北北西)に向かう道がある。700mほど行 くと、左に入る細い道があるので左折する。メ ンヒルはその右側の牧草地の中に立っている。 |
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ブラインド・フィドラー/メンヒル Blind Fiddler/Standing Stone |
Cornwall |
写真からもお判りのように、素晴らしい緑の 森や牧草地を一望に展望出来る高台に、このメ ンヒルはしっかりと大地に根を張ったような格 好をして立っていた。 この角度から見るのが眺めも良く、石そのも のの表情も魅力的だった。 巨石文明のモニュメントは、海辺や丘の上な どの辺鄙な場所ばかりに造られたように見える し、考え方を変えれば、辺鄙な場所の遺蹟だけ が残されたとも言える。もっとも、古代ではほ とんどの場所が辺鄙だったのだろうけども。 いずれにせよ、やや小高い所、眺望の開けた 所、などが選ばれたことは間違いない。 ここでもケルト的な“盲目の楽師”という、 夢いっぱいの名前が付けられている。 この後私たちは、すぐ近くの海辺の断崖の上 に造られた Minack Open-Air Theatre ミナ ック野外劇場へ行き、オスカー・ワイルドの喜 劇を観た。 怒涛打ち寄せる劇的な絶壁を建設地に選んだ 地元出身のロウィーナ・ケイドという人の血の 中に、もしかしたら、センセーショナルな場所 に巨石モニュメントを構築した民族の、遠い記 憶のようなものが流れていたのかもしれない。 |
ペンザンスから来るA30に面しており、先 述のボスカーウェン・ウンのサークルへと曲が る角からペンザンス方面へちょうど1キロ戻っ たあたりの牧草地に立っている。 ペンザンスから来れば右側である。 |
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