ポアトウヴァンデー
   地方のロマネスク
 
 Poitou et Vendée Romanes 
 
 
 
 旅の途中で見つけた美しい村
 Angles-sur-l'Anglin Vienne 
 
 肥沃な牧草地や潤沢な沼地が果てし無く続く
この地域にも、サンチャゴへの巡礼路が通って
いたために、多くの宿場町や聖堂が昔の雰囲気
を今に伝えている。
 ポアティエの町は、特に旧市街が美しい。多
くの歴史的な建築と古い街並が調和しており、
石畳の露地を歩く楽しみは格別である。
 冬のヴァンデーを旅する楽しみの一つが、大
西洋岸で捕れる牡蠣などの海の幸である。港町
サーブルで食べた生牡蠣の味は、忘れられない
独特の風味であった。
 
 
 
 
  県名と県庁所在地

   
ポアトウ地方
       
1 Vienne (Poitiers)
       
2 Deux-Sèvres (Niort)

   ヴァンデー地方
       3 Vendée (La Roche-sur-Yon)
  
 
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 アングランド
   聖ピエール・聖ポール教会

  Ingrandes/
   Église St-Pierre-et-St-Paul
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 ポアティエの北30キロにあるシャテイエロ
Châtellerault の町から、更に北へ5キロ
の所にこの教会はある。
 ロマネスクの面影が壁面と鐘塔に少しだけ残
っているといった、ゴシック様式の外観に拍子
抜けしてしまった。後陣や北側壁面等は全て、
15世紀以降に修復されたものらしい。
 だが、外観からは想像も付かぬ程、内部は完
全なロマネスクであった。半円横断アーチに仕
切られた天井、アーチ列柱で仕切られた側廊と
太い柱そして柱頭彫刻の数々。
 特に柱頭彫刻はユニークなものがいっぱい揃
っていた。奇妙な生き物ばかりを集めた空想動
物園といったところだ。写真の柱頭は、魔物に
よって拷問される守銭奴で、壷の中にたんまり
金を貯めていたのだろう。江戸っ子は大丈夫、
宵越しの銭は持たないから。   
 
 
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 ヴィルセレム
   旧ノートルダム小修道院

  Villesalem/Ancienne Prieuré
          Notre-Dame
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 サン・サヴァンの東南15キロにある寒村。
広大な農地の中に、かつての修道院教会が孤高
な姿で残っている。
 創建は12世紀で、修道院は革命の際に破壊
されたが、写真の教会部分は残ったという。
 写真は後陣手前、東北側から眺めたもので、
三後陣、翼廊、身廊と北扉口が写っている。
 北の門には三層のヴシュールが施された扉口
と、その上部に三連の盲アーケードが彫られて
いる。
 身廊は横断アーチで五つのベイに仕切られ、
天井は尖頭ヴォールトで構成されている。
 翼廊北側の西側壁に扉口が設けられており、
アーケードや繊細な装飾が見られる。
 三つの半円後陣がロマネスクらしい美しさを
見せている。
 
 
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 サン・サヴァン聖サヴァン
     修道院付属教会

  St-Savin/Église Abbatiale
           St-Savin
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 サン・サヴァンはショウヴィニイからはほど
近く、ガルタンプ河畔に建つ教会はその美しい
影を川面に写していた。身廊の天井いっぱいに
描かれた、フレスコ壁画が私達の目的だった。
 天井はかなり高く、肉眼では壁画の詳細は見
えない。椅子に仰向けになり、持参した双眼鏡
で鑑賞した。写真は、望遠レンズを駆使して撮
影した「ノアの箱舟」である。
 天地創造に始まる旧約聖書の物語が、半円形
の天井に絵巻物の様に描かれていた。アベルと
カイン、ノアの物語、アブラハムやイサク、ヨ
セフなど、モーゼの十戒に至る迄の多彩な人物
が登場し、各々幾つもの場面を構成している。
 何故旧約だけを題材にしたのか、という疑問
を感じたのだが、これは調べてみる必要が有る
だろう。
 いずれの場面も、豊かな想像力と確かなデッ
サンによって描かれており、ロマネスク壁画の
真髄とも言える格調高い傑作に深い感銘を受け
た。   
 
 
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 ショウヴィニー聖ピエール教会
  Chauvigny/Église St-Pierre 
 
      1 Vienne

              
 
 
 ポアティエの東方10キロにある美しい城下
町で、サン・ピエール教会は城塞と同じ高台に
建っていた。
 半円アーチの窓を持つ鐘塔や祭室後陣を見た
時には、手付かずのロマネスクが残っていると
いう期待に震えた。
 堂内に一歩踏み込んだ途端に、それは強烈な
感動に変わった。赤を主体に彩色された柱や柱
頭や天井が、不思議な空間を演出している。
 特に祭壇を囲む列柱の柱頭には、怪奇な獣や
悪魔などを中心にした、見事な彫刻が彫られて
いたからだった。それらはロマネスクならでは
の、とても幻想的なモチーフばかりである。
 写真の彫刻は「人間を喰う龍」で、他にも怪
鳥が人を食べる場面も有った。
 受胎告知や三博士礼拝など、聖書の場面も有
るが、主役は悪魔、人面獣、ライオンや正体不
明の動物がほとんどで、これらを収集すればロ
マネスク動物図鑑が出来そうである。
 
 
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 サン・ピエール・ル・ゼグリス
   聖ピエール・プレロマネ教会

  St-Pierre-les-Églises/
   Église préromane St-Pierre
 
 
      1 Vienne

              
   
 
 ショウヴィニーの南2キロ、ヴィエンヌ川の
ほとりにこの妙な名前の集落が在る。
 墓地の向こうの木立の中に、プレロマネスク
の小さな礼拝堂のような建物が見えた。

 単身廊の聖堂で、南壁の西寄りに設けられた
扉口から内部へと入る。8世紀メロヴィング朝
時代に起源を持つと言われるだけに、修復はさ
れてはいるものの、その歴史的な空気の重さを
十分感じることが出来る。

 目指すのは祭室後陣の壁に描かれたフレスコ
画で、11世紀の作品とされている。写真は後
陣左側と、それに続く壁面だが、フレスコの彩
色は想像以上に褪せてしまっている。しかし、
妙な修復が成されていない証しでもあり、千年
も経過したことを想えばこの方が当然なのかも
しれない。
 後陣の半円形壁面の内、写真の左側には上段
が「マリアの御訪問」で、下段には「東方三博
士礼拝」が描かれ、円柱を挟んだ北壁には「十
字架磔刑」を見ることが出来る。赤、白、灰色
や黄土色などを駆使した最古の様式を示してい
る。
 後陣右側の上段に「キリスト誕生と聖浴」、
下段には「聖ミカエルと龍の闘い」が描かれ、
続く南壁には「黙示録」の場面が見られた。

 墓地の中にはかなり古そうな墓碑があり、暫
くの間この教会の背景に積み重なった深い歴史
に想いを馳せていた。 
 
 
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  ポアティエ
   ノートルダム・ラ・グランド教会

  Poitiers/Église
     Notre-Dame-la-Grande
 
      1 Vienne

              
   
 
 ポアティエは歴史的な魅力に満ち溢れた町で
あり、ロマネスク教会だけでも、旧市街にはサ
ン・ティレール、サント・ラドゴンドなどのほ
かに、写真のノートルダム教会が在る。
 12世紀に建築された聖堂は、サンチャゴへ
の巡礼路教会であった。祭室の一部が15世紀
で、身廊の一部が16世紀の再建だが、聖堂全
体にロマネスクの雰囲気と魅力とが溢れるばか
りに満ちている。
 身廊の柱や天井は彩色されており、輝くばか
りの至福を巡礼者に与えたに違いない。地下祭
室であるクリプトにはフレスコ壁画も残されて
いた。
 写真の西ファサードは荘重な彫刻に飾られて
いて、見るものを圧倒するような説得力を持っ
ている。三連アーチのすぐ上のレリーフ彫刻を
よく見ると、「アダムとイヴ」や「受胎告知」
「訪問」など、ロマネスクの主題として著名な
場面が、技巧に富んだ彫りで描かれている。
 一見すると余りスマートなファサードには見
えないのだが、これは決して装飾が過剰なので
はなく、充実した図像の集積であるのだと気付
くと、何やら荘厳な光が射して来るように感じ
られてくる。近年教会全体の石が洗われて真っ
白に洗われており、この当時が妙に懐かしい。
 
 
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 ポアティエ
   聖イレール・ル・グラン教会

  Poitiers/Église
     St-Hilaire-le-Grand
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 城壁内にあるポアティエ旧市街の中心である
ノートルダムから、裏町の露地を西南端まで歩
いた所にこの教会は建っていた。
 かなり修復されたファサードには少しがっか
りしたが、壮大な身廊と荘厳な内陣にこそ、こ
の教会の真骨頂が在ったのだと、中に入って思
い知らされた。
 二段の半円アーチが仕切る側廊の付いた三廊
式身廊と、周歩廊と四つの小祭室の有る内陣の
構造は、ノートルダムと共に巡礼教会の様式と
なっている。
 部分的に彩色が残っており、かつての壮麗さ
が伺える。写真は翼廊部分の印象的な柱頭で、
二人の天使が舞うサン・ティレールの死の場面
を表現している。
 ロマネスク時代の落ち着いた美しさと品位を
保っているので、規模の大きさや改修された痕
跡は気にならない。
 
 
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 ポアティエ聖ラドゴンド教会
  Poitiers/Église Ste-Radegonde 
 
      1 Vienne

              
   
 
 この堂々とした教会は、城壁に囲まれた旧市
街の最東端、クレン
Clain 川に架かる橋を渡
った所に建っている。
 荘重な後陣は、盲アーケードが何連も続く地
下クリプト部分、祭室の半円形三後陣、そして
上部七連採光窓という三段構えになっている。
 この背後からの眺めだけで、この聖堂の規模
が想像出来るだろう。

 正面は玄関付き鐘塔
Tour-Porche になって
おり、上部は創建時(11世紀)の姿を留めて
いるが、扉口はゴシックに改変されている。
 身廊は単身廊で、四つの梁間に尖頭交差ヴォ
ールトの天井など、13~14世紀ゴシック様
式の構造になっている。

 写真は11世紀に構築された祭室部分で、祭
壇を囲むアーケードには八本の円柱と柱頭が意
匠されており、彩色された様々なモチーフが繰
り広げられている。特に、アダムとイヴの誘惑
やライオンの檻の中のダニエルが出色である。
 祭壇の外側には、巡礼路教会に共通する周歩
廊が設けられており、更に三つの小礼拝堂が外
側に飛び出した格好になっている。
 祭壇下には、聖女ラドゴンド(6世紀フラン
クの王女)が埋葬されている、という。
 
 
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 ポアティエ旧聖ヨハネ洗礼堂
  Poitiers/
   Ancien Baptistère St-Jean
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 聖ラドゴンド教会の直ぐ西側にある4世紀創
建の洗礼堂で、キリスト教建造物としてはフラ
ンス最古の一つとされている。
 内部は撮影禁止だったので、外観の写真を掲
載した。写真右端の扉口から入るのだが、洗礼
堂に思えた五角形の赤い建物は実はナルテック
ス(玄関間)で、その奥に聖堂と洗礼堂が設け
られていたのだった。
 内部の壁は一面フレスコ画で覆われており、
時代は新旧混淆で甚だ判りにくかった。洗礼堂
入口のアーチ部分に描かれている「キリスト昇
天」と「四人の騎士像」がロマネスク時代の作
かと思われる。
 
 
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 ヌアイエ・モーペルテュイ
     聖ジュニアン教会

  Nouaillé-Maupertuis/
     Église St-Junien
 
 
      1 Vienne

              
   
 
 ポアティエの南15キロにある近郊の町で、
周囲を森に囲まれた美しい集落である。
 町の北西端に、7世紀に起源を持つベネディ
クト派の修道院が残っている。
 写真の附属教会は11世紀の建築だが、度重
なる修復があった。写真の北壁部分が、創建時
の姿を最も色濃く残しているようだ。

 上部が少し見えている鐘塔は12世紀のもの
で下部が玄関となった
Tour-Porche なのだ
が、ファサードはゴシック様式だった。
 身廊は三廊式で、四本の円柱を束ねたアーケ
ードが四つの梁間を構成している。側廊の幅は
極端に狭いが、天井は円筒ヴォールトだった。
 身廊の天井は横断アーチに仕切られた尖頭ヴ
ォールトである。
 側廊と身廊の柱には四分の一アーチの梁が設
けられており、建築空間を活性化する役を果た
しているが、建造物強化のための構造だろう。
 翼廊や東側部分は近世になって改造され、特
に後陣は半円形部分が方形にステンドグラスと
いう典型的なゴシック様式に変えられてしまっ
た。    
 
 
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 シヴォー聖ジェルヴェ・
         聖プロテ教会

  Civaux/Église
    St-Gervais-et-St-Protais
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 ポアティエの東南35キロ、ヴィエンヌ河の
流れに近い小さな町である。
 聖堂は方形で祭室が飛び出ており、6本の柱
が二列に並んで三廊式の形態をしているが、ま
ことに愛らしい規模の建築である。
 内部の壁や天井、柱や梁や柱頭の全てが彩色
されているので、初めはやや違和感を感じてし
まった。当初からの色なのだろうか、という疑
問が頭から離れない。
 柱頭の意匠は多様だが、怪物の表現がショウ
ヴィニーに似ているように見えた。動物が渦を
巻きながら、繋がっているところなどはそっく
りである。図像としてはこちらの方が下手くそ
だが、どこか捨て難い味わいが感じられた。
 写真で見るように、獅子と怪鳥と龍が混ざっ
たような怪物が人を喰うという壮絶な場面であ
るはずなのに、ほのぼのと可愛いのである。
 
 
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 モンモリオン聖ローラン教会
  Montmorillon/
     Église St-Laurent
 
 
      1 Vienne

              
   
 
 サン・サヴァンの町から、ガルタンプ川に沿
って18キロ南下した所に、このチャーミング
な町が開けている。旧市街は川を挟んで、中世
のままといった風情を残している。
 川の西側は段丘となっており、小高い場所に
この教会が建っている。

 鐘塔、ファサード、扉口などには12世紀に
建てられた歴史を感じさせる雰囲気がある。
 扉口には五重のヴシュールと、リムーザン地
方に見られるようなアラブ風の波形模様が意匠
されているのが面白い。
 軒持ち送り部分に施されたレリーフは、受胎
告知や誕生、三博士礼拝、エジプト逃避といっ
た場面が、かなり繊細なタッチで彫り込まれて
いる。
 最もロマネスクの薫り高いのが鐘塔で、特に
上部の八角開口アーケードが美しい。

 聖堂は単身廊で、天井は横断アーチのある尖
頭ヴォールトで、左右の壁には半円アーケード
が組み込まれている。後陣は半円ドームで、壁
いっぱいにフレスコ画や図柄模様で彩色されて
いるが、大半は19世紀になってからのものだ
という。

 この教会が建つ
Maison-Dieu 神の家とい
う修道院の一画には、
Grand Octogone とい
う八角聖堂が建っている。12世紀の珍しい建
築だったが、内部へは入れなかった。
 
 
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 モンモリオンノートルダム教会
  Montmorillon/
      Église Notre-Dame
 
 
      1 Vienne

              
 
 
 ガルタンプ川にかかる古い石橋からは、川沿
いの料亭の屋根越しに、断崖上に建つ教会の鐘
塔と後陣が眺められた。町一番の絶景だろう。
 聖堂は11世紀の創建だが、かなり後世に改
築されている。
 ここでの目的は写真のフレスコ画で、地下の
クリプトに保存されている。聖母子を中心にし
て、天使と六人の聖女が描かれている。アレキ
サンドリアの聖カタリーナの冠に幼児キリスト
が指を触れている。“神秘の結婚”を描いた場
面とも受け取れそうである。
 クリプト故に鮮やかな色彩が保たれたのか、
12世紀の作品とは思えぬほど緑や朱が眩しい
ほどだ。
 
 
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 シャルー聖ソヴェール
     修道院遺跡

  Charroux/Vestiges
    de l'Abbaye St-Sauveur
 
 
      1 Vienne

              
   
 
 ヴィエンヌ県の南部、アングレーム地方との
県境に近い町である。
 8世紀創建のベネディクト派修道院で、創建
当初の建築は残っていない。今見られるのは、
11世紀になってノルマンによって再建された
八角鐘塔だけで、塔の周辺には修道院建築の礎
石なども保存されている。
 サンチャゴ巡礼路に近いことで繁栄したが、
百年戦争やフランス革命で破壊されたようだ。

 シルエットの美しい塔で、大きくは三層で成
り立っている。四本の円柱を束ね柱とし、正八
角形(円形)に組んでいる。各柱間には開口半
円アーケードを設け、付け柱のような円柱を二
層目まで通している。柱頭彫刻も見られ、植物
の蔓に絡んだライオンの像などが確認できる。
 八角の中心に立って見上げると、三層目は採
光窓とその上のドーム状の天井が見える。
 この八角塔が、かつて存在した聖堂の身廊と
翼廊の交差部に建っており、地下がクリプトに
なっていた、との事だった。周囲の礎石からも
その規模の壮大さは理解出来ても、その姿を想
起させるにはかなりの想像力が必要なようだ。
 
 
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 シヴレー聖ニコラ教会
  Civray/Église St-Nicolas 
 
      1 Vienne

              
 
 
 聖堂はゴシック、後陣にロマネスクが残る三
廊式十字形プランである。堂内全体が彩色され
ており、好みではないが建築自体は整然とよく
残っている。
 写真の西正面ファサードが見所で、明らかに
サントンジュ様式の装飾である。
 上下二段に其々三連アーケードが意匠され、
どちらも中央に開口部が設けられている。
 下部の三連アーケードが特に美しく、取り分
け中央の扉口には四重のアーチ装飾とタンパン
彫刻を見ることが出来る。
 タンパンには、四福音書家のシンボルに囲ま
れた黙示録のキリスト像、そしてアーチには賢
い乙女と愚かな乙女、マリア昇天、十二か月の
仕事、といった主題の彫刻が施されている。
 上段右は聖ニコラスの説話、左はコンスタン
ティヌス帝の騎馬像である。
 至る所に聖書の逸話が彫られており、教会が
大衆を啓蒙するための解り易い絵巻物として用
意したことが伺える。
 
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 メル聖イレール教会
  Melle/ Église St-Hilaire 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
   
 
 ポアティエから西南へ国道を真っ直ぐ55キ
ロ走ると、地方小都市としての規模をもつメル
の町に着く。緑多い静かで美しい町である。
 町から少し谷へ下った辺り、緑に囲まれてこ
の優雅な姿の教会が見えてくる。小祭室が五つ
有る後陣と鐘塔の光景は、一幅の絵を見るが如
き美しさだった。
 聖堂は三廊式の身廊、二つの小礼拝堂を備え
た翼廊、周歩廊のある内陣という構成で、ポア
ティエとオルネイの中間に位置しているのだか
ら、れっきとした巡礼路教会だったのだろう。
 内陣には数々の興味深い柱頭彫刻が見られ、
特に、羊・蛇・犬・鹿などを題材とした、特異
な彫像スタイルはこの教会ならではだろう。
 写真は北側の入口で、ポアトウ地方の特徴で
あるタンパンの無いアーチ門である。四重のヴ
シュールが飾りアーチを構成しているが、かな
り摩耗して図像の詳細が見えない。
 馬上の騎士は戴冠しており、馬の右足で小さ
な人物を踏みつけている。何かの物語かなと思
ったが、騎士はコンスタンティヌス帝でキリス
ト教の「異端に対する勝利」を象徴しているら
しく、美しい像だが“傲慢”さが妙に後味悪か
った。
 
 
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 メル聖ピエール教会
  Melle/Église St-Pierre 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
   
 
 メルの町には、ロマネスク時代の主要な教会
が三つ在る。聖イレール・聖サヴィニアン、そ
してこの聖ピエールである。

 写真は、後方から眺めた後陣と鐘塔で、全体
に均整のとれた、見事な建築だった。小祭室の
窓の上部に装飾アーチが彫られており、細部に
も優れた意匠を見る事が出来た。それぞれの窓
ごとに違った模様が彫られており、目立たぬ場
所に贅沢を施すという、何とも洒落た発想では
ないか。

 聖堂は典型的十字形で、三廊式の身廊、半円
形の祭室、翼廊の左右に付いた小礼拝堂、交差
部の塔と、構造はセオリー通りである。
 手の込んだ装飾アーチに飾られた南門から身
廊へと入った。近年石を洗った形跡が見られ、
柱が円柱の束ね柱なので、その規模以上にスケ
ールを大きく豪華に見せていた。

 柱頭の彫刻の中では、特に優れたものが二つ
目に付いた。植物の蔓と人物が絡まった像と、
天使が舞う埋葬の場面とである。人物が端正に
彫られていてとても秀逸な彫刻なのだが、不思
議な事にこの聖堂にはこの二つしか無かった。
 
 
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 メル聖サヴィニアン教会
  Melle/Église St-Savinien 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
   
 
 三つの教会の内、最も町の中心に近い場所に
位置している。革命時代には刑務所として使わ
れていたほど荒廃したが、歴史的遺産として保
護された11世紀ロマネスクの遺構である。
 単身廊で四つの梁間を持つ聖堂で、翼廊との
交差部に鐘塔が建っている。最もロマネスクら
しい建築は半円形後陣で、聖堂後方からの眺め
はとてもエレガントだった。

 写真は、聖堂西側正面の扉口である。
 本来ならタンパン彫刻が施される場所には何
も無く、まぐさ石
Linteau 部分にだけ彫刻が
施されている。隣接するベリー
Berry 地方で
は良く見られる様式だろう。
 中央の円形の中に栄光のキリスト像が彫られ
ており、左右をライオンが挟んだ様な構図にな
っている。珍しい組み合わせなのだが、ライオ
ンは一般的には強さや勇猛さを表現するとして
も、ここではいったい何だったんだろうか。
 上部の軒持ち送り彫刻も面白いのだが、その
左右の並びに動物や魚などを彫ったレリーフが
見られる。写真の枠からは外れているが、興味
深い彫刻である。
 
 
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 シャンデニエール
    ノートルダム教会

  Champdeniers/
     Église Notre-Dame
 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
   
 
 ニオール Niort北25キロの町で、正式
には
Champdeniers-St-Denis と、後ろにサ
ン・ドニが付く。
 教会は町のほぼ中央に建っている。
 残念ながら、後陣や翼廊部分が15世紀に改
造されてしまったため、三廊式の身廊部分にし
かロマネスク様式は残っていない。
 しかし、身廊の円筒ヴォールト天井や、側廊
の交差ヴォールト、束ね柱の柱頭彫刻等には、
色濃く12世紀の遺構が残されている。
 特に柱頭彫刻には見るべき作品が多く、ポア
トウ地方ではよく見られる怪獣と人間の絡みの
場面や、何らかの説話らしき人物群像などが中
心となっている。

 11世紀に建造されたという地下祭室(クリ
プト)には、写真の部分だけが残されている。
 四本づつの円柱が二列に並んで、六つの空間
を創出している。天井は交差ヴォールトで、そ
れぞれに横断アーチが組まれている。
 柱頭彫刻は蔓草模様や網目模様など、身廊の
充実した彫刻技法と比べると、かなりプリミテ
ィヴな彫りだといえるだろう。
 
 
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 パルテネイ・ル・ヴュー
       
聖ピエール教会
  Parthenay-le-Vieux/
       Église St-Pierre
 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
   
 
 ヴァンデーのロマネスクを巡るために3泊し
たラ・ロッシュ
La Roche-sur-Yon からは、
100キロ真東に位置する町で、パルテネイの
西郊外にある、教会を中心とした小さな集落で
ある。
 西のファサードに扉口が付けられており、例
の通り、ここでも三連アーチの中央が門になっ
ている。他の二つは勿論盲アーチである。この
タンパン部分に、馬上の騎士と踏みつけられる
小人が描かれていた。メーユのサン・ティレー
ルほど完成されたものではないが、全く同じ意
匠のコンスタンティヌス帝だろう。ここでも小
人が哀れだ。
 もう片方の盲アーチの中の彫刻は、獅子と闘
うサムソンの像だった。
 聖堂は見事な十字形で、三廊式の身廊、翼廊
と二つの小礼拝堂、半円形の祭室、交差部の鐘
塔、などが静謐な均衡を保っていた。背後から
の後陣と鐘塔の眺めは抜群だった。
 多くの柱頭彫刻が見られたが、特に目を引い
たのが写真の図像だった。この地方に作例の多
い、人魚の形をした海の精セイレンである。窓
からの光の中の陰影が際立って幻想的だった。
 
 
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 サン・ジュアン・ド・マルヌ
        聖ジュアン教会

  St-Jouin-de-Marnes/
       Église St-Jouin
 
 
      2 Deux-Sèvres
 
              
 
 
 ポアティエからは西北に45キロ、県境を越
えて直ぐの町である。
 二回訪ねたことがあるのだが、いずれも夕日
がファサードに強く当たっていたために良い写
真が撮れなかった。
 仕方なく苦肉の策でモノクロの写真を掲載し
た次第。
 11世紀創建だけに随所にロマネスクの遺構
が残るが、天井やバットレスなどにゴシックの
改造も多い。
 三廊式十字形の聖堂で、身廊の長さが40m
強という壮麗な堂宇である。
 写真は、正面の特徴的なファサードで、多く
の彫刻で飾られている。
 切妻部分には、天使に囲まれた十字架のキリ
ストとその下に聖母マリア、そして横一列に巡
礼者の姿が彫られている。中央窓の右手には受
胎告知の像など、質の高い彫像が並んでいる。
 サントンジュ様式のファサードで、上下二段
に六つの開口部が設けられている。  
 
 
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 ブネ聖ユラリ-教会
  Benet/ Église St-Eulalie 
 
      3
 Vendée 
              
 
 
 ニオールから西へ15キロ行くと、県境を越
えヴァンデー地方へと入る。最初の大きな町が
ブネで、ポアトヴァン湿地帯
Marais Poitevin
の東端に位置している。
 教会は完全にゴシック様式に変貌してしまっ
ているが、正面のファサード部分にのみロマネ
スク様式と彫刻が残されていた。
 ファサードの中心部にH形の控え壁が設けら
れたために、六つのアーケードが創出していた
であろう均整美は失われている。中央の扉口は
後世に改造されており、左右の半円アーチ内の
騎士像と植物を持つ若者像もかなり崩落してい
るようだ。
 素晴らしいのは、中央上段のアーチ装飾であ
る。しっかりとした彫りの彫像群で、キリスト
のエルサレム入城や様々な奇跡の場面などが残
っており、これを見るためだけでも立ち寄る価
値がある。
 
 
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 メユーゼ聖ニコラ教会
  Maillezais/ Église St-Nicolas 
 
      3
 Vendée 
              
 
 
 この町からヴァンデー地方に入る。ニオール
の西一帯に広がる、大規模な湿地帯であるマレ
・ポアトヴァンの中心の町として著名である。
 町の中心に建つ教会は、この地方特有の意匠
で飾られたファサードを持っていた。左右に盲
アーケードを配した、タンパンの無い扉口、幾
重にも彫られた装飾アーチ、連続する軒持ち飾
り等、均衡の保たれた秀逸なデザインである。
 様式化された造形のつまらなさは、そこに創
造性が欠如しているからこそで、時代的な様式
の中での試行錯誤は決して単純なマンネリでは
ない。
 ファサードに彫り付けられた図像の数々は、
いずれも生き生きとした表現で、新しい造形を
試みた石工の情熱が、現代にまで伝わって来る
ようだった。
 町郊外の湿地帯の中に、旧修道院の遺構が残
り、華麗で壮大な廃墟を見る事ができた。
 
 
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  マイエノートルダム教会
  Maillé/ Église Notre-Dame
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 前述のメユーゼの南西6キロ、同じ湿地帯の
真ん中ともいえる場所に開けた町である。
 教会は町の西の外れに建っており、聖堂建築
にはロマネスクの面影は残るものの、ここでも
大きな見所は西側正面のファサードだった。
 サントンジュやポアトウ地方にも多かったの
だが、教会の“顔”としてのファサードの彫刻
に装飾や啓蒙の意味合いを持たせたのだろうと
思う。
 時代の流れの中で構造は様式化しても、斬新
な彫刻装飾を模索していた石工(芸術家)達の
熱い創意は感じられる。

 写真で判る様に、見せかけファサードの中段
から下が12世紀の装飾である。
 三連のアーケードが意匠され、中央のみが開
口部で扉口となっている。左右のアーケードは
盲アーチでタンパンには彫刻は無い。
 扉口上の四重ヴシュールには、内側から、男
の肩に乗る野獣、怪獣に頭を食われる男、曲芸
師と楽師たち、そして一番外側には人の肩に乗
り両手に植物のようなものを掲げる男たちがそ
れぞれアーチに帯状に並んでいる。いったい何
を表現しているのだろうか。謎に満ちた、しか
も精緻な技術を駆使して表現したかったもの、
そこへ近付くための感性は現代人がとっくに失
ってしまったのだろうか。
 
 
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 ニウ・シュル・ローティス
     旧聖ヴァンサン修道院

  Nieul-sur-l'Autise/
   Ancienne Abbaye St-Vincent
 
 
      3
 Vendée 
              
 
 
 前出のマユーゼから北東8キロの所にある修
道院だが、現在は一部が改造され、入場料を徴
収する博物館となっていた。だが、付属教会の
聖堂や写真の回廊には、11世紀創建当初のま
まの姿が残されていた。
 教会のファサードは、左右に盲アーケードを
配した扉口に装飾アーチというこの地方の定型
だったが、壁一面を繊細な模様のレリーフで飾
っているのが印象的だった。門の柱頭彫刻はか
なり剥落しており、それがかえって滅び行く繊
細な美しさを象徴しているようにも見えた。
 いかにも石を積んで構築したのだなと思わせ
る程荒削りな回廊の建築は、かつての瞑想の場
に相応しい静寂な落ち着きと知的な美しさを秘
めており、今回のヴァンデーを巡る旅で最も心
に残った空間だった。
 
 
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 フーセ・パイレ
     ノートルダム教会

   Foussais-Payré/
      Église Notre-Dame
 
 
      3
 Vendée 
              
 
 
 牧草地の中をニウから更に真北へ15キロ程
進むと、いかにも牧歌的な集落が見えてくる。
そこがフーセ・パイレだった。
 11世紀創建の教会だが、聖堂の大半がゴシ
ック的に改修されてしまっていた。だが目的の
ファサードは、ゴシックの飛びアーチが後補さ
れて見難くなってはいるものの、扉口・装飾ア
ーチ・左右の盲アーチなど全てがほぼ完璧に保
存されていた。
 盲アーチ部の彫刻は見事で、左が磔刑、右が
シモン家の晩餐と復活を描いている。
 写真は装飾アーチの一部で、十二使徒や怪獣
などが混ぜこぜに彫られていて何を表現したの
かは判然としないが、特色ある表現の美しい彫
刻だ。受胎告知や天使、この地方でよく見る人
魚像や曲芸師などが、隙間無く彫り込まれてい
た。   
 
 
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 ヴーヴァンノートルダム教会
  Vouvant/Église Notre-Dame 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 フーセの西北8キロにあるこの村は、フラン
スの格別美しい村々
(Les Plus Beaux Villages
de France
に指定された、風光明媚な集落だ
った。
 町外れには城砦や塔が残っていて、かつては
城下町として栄えたことが偲ばれる。
 町の中央に建つこの教会は、翼廊の北端に扉
口が開けていて広場に面している。写真はその
ファサード全景である。大きな装飾アーチの中
に、二つの小さなアーチ門が作られており、大
変美しいデザインである。ピレネーのオロロン
にも似た意匠だが、あそこにはタンパンが付い
ていた。
 ファサード全面が特異な彫刻で飾られ、いつ
まで見ていても飽きない。ヴシェールには不思
議な動物や鳥や植物模様や曲芸師の連続図像が
彫られ、上部壁面には最後の晩餐や使徒の群像
が描かれるという、豪華な彫刻群である。
 内部は端正な建築で、聖母の名に相応しく、
柱頭に彫られた受胎告知と御訪問の場面が、と
ても清楚で美しかった。
 それとは逆に、表に出て背後から眺めた聖堂
の姿は、後陣の美しさに比して、やや不細工な
鐘塔のお陰でとても男性的な力強さを感じた。
 
 
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 キュルゾン聖ローメン教会
  Curzon/ Église St-Romain 
 
       3
 Vendée 
              
   
 
 ラ・ロッシュから真南に車を走らせれば、3
0キロほどでポアトヴァン湿地帯の西端に達す
る。厳冬の村は荒涼とした原野のような中に、
孤立するが如き佇まいで静かに眠っていた。
 不思議なことに教会の扉は開いており、クリ
プトへと降りて行く通路の扉は、自分で開ける
事が出来るようになっていた。
 ここでは教会の建築や彫刻にはほとんど見る
価値は無く、クリプトだけが目的だったので、
冬季のこの無人教会は開いていただけで幸運だ
った。

 クリプトに降り、スイッチを見つけて点灯し
た瞬間の感動をどう表現していいか判らない。
暗黒の中に浮かび上がった青白い円柱、柱頭、
アーチ天井、そして素朴な石積の壁。ロマネス
クの幻影とでも表現出来そうなほど、プリミテ
ィヴな美しさに満ちていた。簡素な柱頭の意匠
は、ストイックなシトー会修道院の回廊を見る
ようだった。中央に4本、壁に9本の円柱があ
るだけの狭い空間に、ロマネスクのエッセンス
がぎっしりと詰め込まられているようにも思え
た。     
 
 
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 オービニー聖ローラン教会
  Aubigny/ Église St-Laurent 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 滞在していたラ・ロッシュの町からは10キ
ロほど南に当たり、高速道路の入口からは4キ
ロしか離れていない小さな集落である。

 12世紀にベネディクト派の小修道院として
創建されたが、16世紀にカルヴァン派によっ
て焼かれたらしい。
 現在残っている建築は、単身廊のラテン十字
形に三後陣という典型的なロマネスク聖堂であ
る。しかしその内、12世紀時代の生き残り部
分は、写真の西正面下部、翼廊と小祭室、主祭
室の壁などである。
 翼廊と祭室が交差する部分に鐘塔が建ってお
り、方形の四隅からドームが立ち上がっている
が、この部分も古そうだった。
 単身廊は三つの梁間からなる構造だが、天井
は交差リブヴォールトで、19世紀に修復され
た際のゴシック様式のようだ。
 聖堂内部と三後陣部分は、アーチ部分と窓枠
のみ残して真っ白に塗られてしまったので、古
い建築部分もらしさを失ってしまっている。つ
まらない修復の典型かもしれない。
 写真の扉口及びその左右の壁面にのみ、ロマ
ネスクらしさが残っているのが救いだった。付
け柱や三重のヴシュールが美しい。
 
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 ラ・シェイズ・ル・ヴィコムト
      
聖ニコラ教会
  La-Chaize-le-Vicomte/
      Église St-Nicolas
 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 ル・サーブル Les Sables-d'Olonne で生牡
蠣を堪能した翌日、私達はラ・ロッシュから5
キロのこの隣村へと出かけた。
 生憎の雨模様で教会の扉は閉まっていたが、
幸運にも隣家の主人が在宅で、親切に鍵を開け
てくれた。
 扉口は修復されており壁面もややゴシックの
改修が目立っており、雨の降りも激しかったの
で、お誂えとばかり内部の見学に専心する事に
した。
 三廊バジリカ式の聖堂で、連続アーチが仕切
る側廊の上がゴシック窓になっていたため、柱
頭彫刻の横から光が射して思ったより明るかっ
た。写真もその自然光で撮影したのだが、ゴシ
ックへの改修を感謝したのは初めてのことだっ
た。
 猫や鳥の化物みたいな、謎の怪獣と人間が絡
み合ったような柱頭ばかりで、お化け屋敷を覗
くような楽しさだった。写真の柱頭もその内の
一つである。
 
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 ラ・シェイズ・ジロー
     ノートルダム教会

   La Chaize-Giraud/
     Église Notre-Dame
 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 ラ・ロッシュの西32キロ、大西洋岸に出る
数キロ手前の村で、この教会は村の北側で田園
の緑を背景にして建っている。
 12世紀の創建と伝えられ、背後からの眺め
は三後陣に鐘塔が整った十字形の立派な聖堂だ
ったが、大半は19世紀に当初の姿を復元する
べく再建されたものだそうだ。
 滅び行く遺産を修復してでも保存するか、自
然のままに任せるか、新しい保存技術が開発さ
れるまで待つのか、などといったテーマを家人
と話し合った。

 創建当初のまま残っているのは、写真の西正
面ファサードだけだった。
 角柱で大きく三つの区画に仕切られており、
中央が扉口のある開口部である。未完成なのか
彫刻は無いが、豪快な四重のヴシュールと縄状
の縁取りがセットになっている。
 内側のアーチと外側の縁取り以外の部分に円
柱が左右各六本づつ立っており、それぞれに柱
頭が彫られている。アーチ部分に彫刻が無いの
が寂しいが、円柱の間には植物模様が彫られ、
柱頭には様々な動物と人間の絡みが意匠されて
いる。

 左右の盲アーチには、左に受胎告知、右に東
方三博士礼拝という、聖母教会に相応しい題材
が彫られている。
 
 
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 ブレム・シュル・メール
        聖ニコラ教会

   Brem-sur-Mer/
   Église St-Nicolas-de-Brem
 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 前述のラ・シェイズ・ジローから南へ6キロ
行けば、そこはもう大西洋に面した海岸で、広
大な森が海岸線に続いていた。

 町の北西、景色の開けた場所にこの教会が建
っていた。11世紀初めの創建で、ヴァンデー
地方最古の教会の一つである。
 従来は三廊式だったが、宗教戦争の際に建築
は大きく破壊されたらしい。修復はされたもの
の、現在残っているのは身廊と祭室後陣、北側
廊の一部と小後陣、南側廊の壁の一部である。
 内部へ入ると、まるで単身廊の聖堂のように
見える。身廊の壁面は大半が12世紀で、塗ら
れた漆喰のせいで見た目は悪いが、構造体は残
っているようだ。崩れた側廊の外壁は、丸で廃
墟の様だ。

 写真は正面扉口のユニークな装飾である。
 11世紀後半の生き残り、と言えるだろう。
 三角の破風の中に、中央の聖ニコラ像を中心
として様々な図像が刻み込まれている。怪しげ
な謎の動物、人の体にぱっくりと空いた穴から
飛び出す動物、長い髪を両側に持つ女、蛇のよ
うに丸まったライオン等々、常識では判別出来
ぬほどの変てこ図像ばかりである。
 龍に乗る聖ニコラは、左手で書物を抱えてお
り、右手には笏杖を持っていたと推察できる。
 
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 サレルテイヌ旧聖マルタン教会
   Sallertaine/
    Ancienne Église St-Martin
 
 
      3
 Vendée 
              
   
 
 県の最西北端に近いシャラン Challans
町の西6キロに位置している集落で、家並が無
くなるあたりにこの古い教会が残されている。
 通りを隔てた反対側に、20世紀初頭に立て
られたモダンな聖マルタン教会が建っている。

 旧教会は11世紀初頭の創建で、12世紀に
なってから本格的なロマネスク様式に改築され
たのだそうだ。
 聖堂は単身廊十字形で、交差部に鐘塔、主祭
室の後陣と翼廊の小後陣の三後陣という構えだ
ったようだ。だが、現在残された聖堂は、身廊
がほぼ中央部分以西が失われ、壁で塞がれてい
る。11世紀当初から存在したと思える、写真
の南壁に設けられた扉口が正門となっている。
 残念ながら完全に閉鎖されていて、聖堂内部
への立ち入りは不可能だった。
 しかし、この南門の姿に、目が釘付けになっ
てしまった。こんなに古びた、というか、荒れ
放題とでも言おうか、いくら石の門でも千年も
経てばこうなるのが自然というもの、と叫んで
いるようにも見えたからだった。石が朽ち果て
たようなこの風情がたまらなく好きなのだが、
それは通りすがりの旅人の感傷であり、文化財
を修復してでも未来へ残すことの意義を考えさ
せられていた。
 
 
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