スペイン・ロマネスク紀行 
  Románico en España
       
 
 カタルーニャ地方と
  アンドラ
のロマネスク

      Catalunya y Andorra   
 
 

 ■県と首都

  
カタルーニャ地方  
    1 Girona (Girona)
    2 Barcelona (Barcelona)
    3 Tarragona (Tarragona)
    4 Lleida (Lleida)
    5 ANDORRA (Andorra la Viella)
 
 カタルーニャ地方はスペイン北部、ピレネ-
山脈を挟んでフランスと国境を接している。
 中心都市はバルセロナである。独立心や民族
意識が特に強い地域で、スペイン語とカタラン
語が併用されている。
 イスラムや地中海文明との接触を経て、ロマ
ネスクも独自の発展を遂げた。
 近代にも、個性的な芸術家を多数輩出してお
り、ガウディ、ミロ、ピカソ、ダリやカザルス
が有名。バルセロナのカタロニア美術館に保存
されているタウルのロマネスク壁画に示された
造形の、時を越えた斬新さがあのピカソに多大
な啓発を与えたと伝えられている。
 アンドラも含めたこの地方は、ピレネ-山塊
の美しい自然とロマネスクの教会堂とが、見事
に融合した独自の風光が魅力で、見る者を美の
世界へと誘ってくれる。
 
 
   タウル <聖クリメント教会>  
  
Taüll (Lleida) 
   
Iglesia de Sant Climent
 
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 ジローナ大聖堂
  Girona/Catedral 

         Girona 
   
                   
 
 
 
 カスティリア語では Gerona ヘローナと呼
ばれている古い町である。その旧市街に、この
壮麗な聖堂が建っている。
 正面ファサードはバロック、さらに聖堂の大
半はゴシック建築だった。
 しかし、少しも落胆することはない。足を回
廊に進めさえすれば、目の覚めるようなロマネ
スク彫刻と出会うことが出来るのである。
 回廊は12~13世紀のもので、二重に並ん
だ円柱が内庭を囲っている。通常は正方形だが
ここは西側が長く東側が短いという、不思議な
台形をしている。
 円柱の柱頭には、旧約聖書の物語などを主題
とした創造的な図像が彫られていて楽しい。
 写真は、回廊南西隅の角柱に彫られたレリー
フで、一番気に入ったものだ。
 禁断の木の実を食べるアダムとイヴ、その原
罪と神の裁きを表現したものであり、とても端
正で美しい彫刻である。
 
 
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 ジローナ聖ペレ・
     デ・ガジガンス教会

  Girona/Iglesia de Sant Pere
     de Galligants
 

         Girona 
   
                   
 
   
 
 ジローナの旧市街 Ciutat Antiga は、西
側はオニャール
Rio Onyar 川で守られてお
り、東側に城壁を築いて町を擁護してきた。
 前述の大聖堂から囲壁伝いに北へ石段を降り
ていくと、小さな川の向こうに建つこの教会の
横手へ出る。

 聖堂の正面は角張った要塞風の佇まいだが、
上部には12世紀の繊細な装飾が施された薔薇
窓が設けられており、半円アーチ門などにも西
ゴートの影響が見られるとのことだったが、は
っきりとは判らなかった。
 内部には、三廊式のロマネスク聖堂がしっか
りと保存されていた。写真は、身廊から中央祭
室を眺めたもので、12世紀半ばに建造された
建築である。
 カタロニア・ロンバルド様式と呼ばれる建築
の好例とされている。
 現在は教会としての機能を失っており、博物
館としての意味しか持っていないのだが、輝か
しかった宗教的空間を想像することは出来るか
もしれない。

 回廊が隣接しており、大聖堂の様式に似て二
重の円柱アーケードが内庭を囲んでいる。
 柱頭の彫刻はかなり損傷しているが、彫りの
深さや像容の切れ味からも、かなり熟達した技
量を持った石工達による仕事かと思われる。 
 
 
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 ロデス聖ペレ修道院
  Rodes/Monasterio
     de Sant Pere de Rodes

         Girona 
   
                   
 
  
 
 今では廃墟となってしまっているこの修道院
跡は、地中海の沿岸、フランス国境に近いサン
・サルヴァドール山麓に在る。ダリの別荘が建
っていたカダケスの港から近く、クレウス岬ま
で見渡せる眺望は素晴らしかった。
 二本の塔と城塞のように角張った建築は、修
道院や教会のイメージからはややかけ離れてい
た。しかし、付属教会の聖堂部分は、かなり創
建当初の面影を色濃く残している。
 身廊の天井は半円筒形ヴォールトで、上下二
段に円柱が重なっており、それぞれに柱頭が彫
られている、という珍しいものである。
 祭室の周歩廊や回廊も残っており、かつての
壮麗な規模を想像させるが、崩れかかった粗い
壁の石積の魅力もまた格別である。
 写真はそんな魅力に満ちたクリプト(地下祭
室)の、素朴な姿である。
 
 
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 ベザル聖ペレ教会
  Besalú/Iglesia de Sant Pere

         Girona 
   
                   
 
 
 
  ジローナからリポイ Ripoll へと向かって
20キロほど車を走らせると、道はフルヴィア
Rio Fluviá に架かる立派な橋を渡る。
 そこがベザルの町であり、橋は“要塞化され
た橋”として知られている。物見塔やアーチが
重厚で堅牢な姿を今日まで伝えていて、被写体
には最適である。
 かつては伯爵領として独立していたこともあ
り、その首都であった片鱗は町の通りの両側に
建つ格調高い家並に残されている。
 この町には二つのロマネスク教会が残ってい
る。聖ヴィセンソ教会と写真の聖ペレ教会であ
る。前者にもこの聖ペレにも、似たような後陣
と鐘塔が在る。
 周歩廊の付いた祭室なども見所だったが、私
はなぜか、正面ファサードの二段の窓が気に入
ってしまった。
 何の変哲も無い正面壁なのだが、さり気無い
円柱と柱頭による装飾、上下の窓のバランスな
どが妙に印象に残ったのである。
 特に、上部の窓の左右に彫られた、ライオン
のレリーフは興味深かった。双眼鏡で眺めてみ
ると、悪魔や異教徒と思われる小人を踏みつけ
ながら、歌舞伎みたいに見栄を切っているとい
う代物である。  
 
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 サン・ファン・デ・ラス・
   アバデサス
聖ファン教会
  San Juan de las Abadesas/
       Iglesia de San Juan

          Girona 
   
                   
 
 
 
 カタルーニャ語では Sant Joan サン・ジュ
アンと呼ぶので、カスティリア語と混同してし
まい大変ややこしい。
 ベザルからさらに西へ向かえば、リポイから
10キロ手前にこの静かな町が在る。かつて在
った修道院を中心として、繁栄した門前町だっ
た。アバデサとは女子修道院長を意味する。
 教会の身廊や後陣の建築は、盲アーケードな
どを多用したロマネスク様式だが、プランその
ものがかなり改造修復されているようだ。
 見学の目的は、後陣に置かれた写真の“キリ
スト降架”像である。1251年の作だから、ゴシ
ック的な要素がかなり含まれてきているが、カ
タルーニャ伝統の木彫技術が駆使されたいかに
もロマネスク的な傑作だ。
 デフォルメされた内的表現から、リアルな感
情発露の表現へと、造形の形態が移り行く時代
を見事に示しており、興味深いと同時にとても
感動的である。
 
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 リポーイ旧聖マリア修道院
  Ripoll/Antiguo Monestir
         de Santa Maria

         Girona 
   
                   
 
    
 
 ルシオンにも影響を与えた修道院長オリバ神
父の時代11世紀初頭には、このベネディクト
会修道院は学問と文化の中心地であった。
 現在創建時の面影を残すのは、回廊部分と写
真の付属教会正面入口の彫刻群である。
 あちこちで扉口装飾を見ているが、アーチ門
の部分以外の壁面をこれほどまでの密度で飾っ
た例を余り知らない。
 上部は、玉座のキリストを中心とした黙示録
を表しており、四福音書家の象徴や天使や24
人の長老などが彫られている。中段右側は、モ
ーゼの奇跡を描いた「出エジプト記」であり、
左側はダビデやソロモンが主人公の「列王紀」
である。写真の左側下段には、ダビデとその音
楽家達や怪獣などが彫られている。
 アーチ門の内側に、一年の各月の仕事を表す
レリーフが彫られていて興味深い。頻繁に見ら
れるテーマではあるが、当時の暮らしや風俗が
想像されて面白いのである。
 かなりの崩落や摩耗が激しいのが残念だが、
質の高いモニュメンタルな彫刻作品を見るよう
な興奮を感じさせてくれる、図抜けたロマネス
クである。
 
 
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 バルセロナ聖パウ・
       デル・カンプ教会

  Barcelona/Iglesia
     de Sant Pau del Camp

         Barcelona 
   
                   
 
   
 
 バルセロナ旧市街であるゴシック地区から、
並木道の大通りラ・ランブラを横切り、その名
もサン・パウという通りを南西へ500mほど
歩く。公園の木々の向こうに、古びた聖堂の後
陣が見えてくる。
 創建は11世紀末とのことで、当初はサン・
クガット修道院に帰属していたという。その後
修復を繰り返していたというが、現在は修道院
の付属教会と回廊とが残されている。

 聖堂は単身廊の十字形で、中心交差部に鐘塔
のクーポラが建つ。袖廊の左右に小祭室が設け
られているので、中央の祭室と併せ三つの半円
形後陣を構成している。聖堂は東西25m、南
北20mという小規模な建築で、プランからは
ビザンチンの聖堂が連想される。
 正面の門にはタンパンがあり、聖パウロと聖
ペテロを従えた荘厳のキリスト像が彫られてい
る。アーチの両端の獅子と牛、そしてファサー
ドの壁の天使と鷲が四福音書家のシンボルであ
り、更に神の手の浮彫が中央に飾られている。
 聖堂に隣接する回廊は教会の建築とほぼ同時
に構築されたもので、アラブ風のアーケードや
二重の柱頭が美しい。   
 
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 バルセロナカタルーニャ美術館
  Barcelona/Museu
        d'Art de Catalunya

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 美術館はモンジュイック Montjuic の丘に
建っており、ロマネスクを志す者にとっては一
度は訪ねるべき聖地である。
 カタルーニャとアラゴン地方に点在する小教
会から、盗難防止を主目的として移転された、
ロマネスクとゴシックの至宝が何よりの見所だ
ろう。
 特に重要なのは、ボイ谷・タウルの二つの教
会、つまり聖クリメント教会と聖マリア教会の
祭室壁面に描かれていたフレスコ画である。前
者は「全能のキリスト」で、大胆な構図とデッ
サンが圧倒的であり、若きピカソに啓示を与え
たとも言われている。
 写真は聖マリア教会の「玉座の聖母子」で、
鮮やかな色彩と図像の美しさは感動的である。
だが、一体どのような方法で解体し、運搬した
のかが気になってしまう。現地の教会には、雰
囲気の似たレプリカが描かれていた。
 
 
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 コルベラ聖ポンソ教会
  Corbera/Iglesia de San Ponç

          Barcelona 
   
                   
 
 
 
 コルベラはバルセロナの西25キロに位置す
る、山間の小さな村である。
 高速道路をタラゴナ方面へと向かい、最初の
インターで出る。
 アギラス
Aguilas という山に向かって走る
が、このあたりまで来るとバルセロナの喧騒は
嘘の様で、緑濃い山稜が爽やかに感じられる。
 村はずれの教会は、白い石の壁と赤い煉瓦の
屋根の印象的な、美しいたたずまいだった。
 単身廊に袖廊の付いた十字形で、主祭室に並
行した姿で、左右の袖廊に小礼拝堂が並んでい
る。十字交差部に鐘塔が聳えていた。
 斜め後方から眺めた聖堂の景観は、強烈な陽
光の中で緑の山に映えていて見飽きることが無
かった。
 聖堂の壁の大半は、ロンバルディア帯と盲ア
ーケードで飾られており、粗々しい石積がビザ
ンツや初期ロマネスクのような雰囲気を見せて
いた。
 
 
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 モンブイ聖マリア教会
  Montbui/Iglesia
     de Santa Maria

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 モンブイへは遥かにモンセラの岩山を右手に
望みながら、コルベラからさらに西へと進まね
ばならない。
 イグアラーダ
Igualada の町から近いのだ
が、この教会の建っている岩山の上は、従来は
広漠とした荒地だったが、近年史跡として整備
されてしまった。
 だが、教会は手付かずで保存されていて、最
もプリミティヴなロマネスク建築の美しさを存
分に教えてくれる。
 ここでも、ロンバルディア帯と盲アーケード
が唯一の飾りである。
 聖堂は三廊式バジリカで、まるでビザンツの
聖堂の様である。半円ヴォールトの低い天井、
太い円柱、素朴な柱頭、厚みのあるアーチ列な
ど、地下のクリプトを思わせる小さな空間だ。
 祈りの場に、どうしてこれ以上のスケールが
必要なんだろう、と思わせる魅力をこの聖堂は
持っている。
 中央祭室に、蝋燭の光で黒く輝く聖母子像が
飾られていた。
 
 
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 サン・クガット・デル・バリェス
      聖クガット修道院

  San Cugat del Vallès/Monestir
     de San Cugat del Vallès

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 バルセロナの北20キロという場所にある大
きな町で、その名に由来する修道院を中心とし
て栄えてきた古い町である。
 修道院の創建はこの地で殉教した聖クガット
に奉献されたもので、7世紀頃には教会堂など
が整備されており、僧侶の組織も確立していた
という。
 付属教会の建物は度重なる修復が繰り返され
ており、半円アーチ構造などが随所に見られる
が、大半がゴシック様式に改造されている。
 見逃せないのが12世紀末から建造された回
廊で、現在は博物館になってしまっているが、
二列の円柱が全部で144本並ぶ姿は壮観だ。
 回廊の規模はカタルーニャ最大とされるが、
円柱を飾る柱頭の彫刻はとても繊細で、ロマネ
スク時代の創造性と抽象性に溢れた傑作ばかり
であった。
 写真は、その内で最も気に入った「東方三博
士」像の一部である。
 
 
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 モンセラモンセラ修道院
      付属教会

  Montserrat/Al Monestir

          Barcelona 
   
                   
 
   
 
 切り立った断崖や岩塊の奇景で知られる一大
観光地であり、いかにも騒々しそうなのでずっ
と敬遠していた。2005年の秋の或る日、ア
ンダルシアに住む友人と待ち合わせたことで、
ここを訪ねる機会を得た。
   
 創建は11世紀であり、13世紀ロマネスク
時代の門などが一部に残っているが、現在の聖
堂の建築は大半が16世紀以降のものなので少
々がっかりした。
   
 写真はラ・モレネタ (
La Moreneta) と呼
ばれる黒い聖母像で、祭壇上部の小聖堂に祭ら
れている。木像に彩色された12世紀の作で、
気品の感じられる美しい彫像だった。幼児キリ
ストは後世の復元像だ。
 各地に存在する黒い聖母像の起源に関して、
様々な伝承や諸説が唱えられてきた経緯は承知
している。
 蝋燭の煤の堆積とか、銀箔の酸化によるもの
といった説は間違いではないだろうが、それだ
けでは解決のつかない程、黒マリアの分布は広
大なのである。フランスだけでも200体以上
存在すると言われ、制作時にせよ制作後にせよ
聖母像が黒く塗られているという事実は見逃せ
ない。
 マリア信仰が古来のケルト的な自然崇拝や地
母神信仰と結び付いた結果なのだろう、と私は
推測しているが、この異教的な雰囲気と黒とい
う色が示す神秘性には、引き込まれてしまいそ
うな魔力が感じられる。
 この聖母像を正面に拝みながら聴く、教会付
属少年聖歌隊
Escolanía の合唱が感動的だ
った。
 
 
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 モンセラ聖セシリア僧院
  Montserrat/Ermita
       de Santa Cecilia

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 「のこぎりの山」を意味するモンセラ山塊は
その名の通り、累々と聳える岩峰から形成され
ている。修道院の隠修士達はこうした峰々の陰
に僧院を建て、隠遁しながら修行した。
 ここはそうした僧院の一つで、11世紀に建
造された素朴な教会である。
 モンセラの修道院中心部からは数キロ離れて
いるので、喧騒からは隔絶されており、私達以
外に訪問者は無かった。
 残念ながら聖堂内部へは入れなかったが、お
そらく三廊式構造の身廊なのだろう。
 ロンバルディア帯の装飾が美しい三つの後陣
の佇まいが見事で、いかにもカタロニアらしい
聖堂建築に感動した。
 身廊を覆う素朴な屋根には石が載せられてお
り、後陣の屋根にも偏平な石瓦が用いられてい
る。非対称な鐘楼の存在が、絵になっている。
 
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 ナヴァルクレス聖ベネト・
     デ・バヘス修道院

  Navarcles/Monestir
     de Sant Benet de Bages

         Barcelona 
   
                   
 
   
 
 バルセロナの北50キロの町 Manresa
ンレの郊外にこの村はあり、さらに村はずれに
広がるヒマワリ畑の向こうに、修道院の鐘塔や
その他の建築が見える。
 背後からの後陣と塔の景色も美しいが、この
修道院の見所は何と言っても回廊だろう。天井
は半円アーチのトンネルみたいな蒲鉾型の質素
なもので、中庭に向かって開けたアーケードは
半円アーチに二重の列柱が並んだ華麗な意匠で
ある。
 
 柱頭の彫刻は機智に富んだ図像ばかりで、順
番に見て歩くだけで瞑想の境地に入っていけそ
うな気分になる。
 ケルトではないかと思われる程複雑な組紐模
様や、蔓草など種々の植物模様のほかに、謎め
いて寓話的なモチーフが散りばめられている。
 何かを約束するかのように握手する男女、槍
を抱え凛々しく馬に乗る騎士然とした男、ライ
オンの懐に抱かれた人物など、その意味を詮索
するだけ無駄なほど不可解な、しかし夢の世界
に迷い込んだ様な心地良さを感じさせてくれる
不思議な空間である。
 
 
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 タラーサ聖マリア教会
  Tarrasa/ Iglesia
        de Santa Maria

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 カタルーニャ語では Terrassa と表記する
らしいのだが、町では両方が併記されていた。
 現在ではバルセロナの衛星工業都市となって
いるのだが、かつては帝政ローマ時代の中心都
市であり、西ゴートの中心であったエガラの遺
Ciutat de Egara そのものなのである。

 町の真ん中の城壁内に、9~12世紀という
西ゴート以来の主要な三つの建築が残されてい
る。古い様式の洗礼堂やプレ・ロマネスクの壁
画が残る聖ミケル教会
S.Miquel、6世紀の後
陣を持った聖堂である聖ペレ
S.Pere が並ん
でいる。
 写真のもうひとつの聖堂は一番奥に建ってい
て、一目でロンバルディア様式の素朴なロマネ
スク建築であると判る。
 煉瓦積のような素朴な石積構造、小さな窓、
ロンバルディア帯と盲アーケードの壁面装飾、
全てがそれを物語っている。
 聖堂は単身廊ラテン十字形であり、後陣は方
形という東方の香りのする簡素な建築だった。
 聖堂手前には旧教会の5世紀といわれるモザ
イクが残っており、聖堂に入るにはなんとそれ
を踏みつけながら歩いて行くのである。
 内陣には11~15世紀の壁画が残る。  
 
 
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 タラーサ聖ミゲル教会
  Tarrassa/Iglesia de San Miguel

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 6世紀に創建され、9世紀に再建された洗礼
堂である。四隅、その中間、そして中央と、三
段に重なった屋根の集積がリズミカルである。
 ビザンチン様式のプランで、井型に組まれた
九つの空間で構成され、中央の方形部分に洗礼
盤(近年の再建)が置かれている。洗礼盤を囲
むようにして八本の円柱が建ち、それぞれの柱
頭には、ビザンチンや西ゴートの影響が感じら
れて興味深い。半円アーチと交差穹窿が創出す
るクリプトのような独特の建築空間は、後世の
ロマネスクの美意識へと受け継がれていったの
だろうと思う。
 帝政ローマから中世ロマネスクに至る迄の、
多彩な様式の変遷がこの狭い区域に凝縮してい
るというのは奇跡的と言えるかもしれない。
 
 
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 タラーサ聖ペレ教会
  Tarrassa/Iglesia de San Pere

         Barcelona 
   
                   
 
   
 
 遺跡内に三つ並んだ教会群の北側(左端)に
建っている10~12世紀の建築である。
 単身廊の聖堂へは、南側の扉口から入る。

 身廊部分は12世紀ロマネスク様式だが、天
井の尖頭ヴォールトに横断アーチは見られず、
天井部分の構造は木組なのだろうか。
 聖堂全体は翼廊の在る十字形で、後陣部分は
三つ葉形になっている。
 写真は聖堂右後方からのものだが、後陣が三
つ葉型になっていることが判ると思う。小祭室
の集合ではなく、祭室そのものが三つ葉型とい
うのは珍しい。
 翼廊も含め、祭室後陣部分は10世紀に建造
されたプレロマネスク建築である。

 祭室にはアーチ壁のような石造の祭壇が、ド
ーム一杯に設けられている。上下二段に区切ら
れており、上段には二連と四連のアーケードが
意匠されている。アーチの奥壁にフレスコ画が
残っており、下段にも11世紀に描かれた幾何
学模様などを見る事が出来る。
 
 
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 ヴィック司教美術館
  Vich/Museu Episcopal

         Barcelona 
   
                   
 
   
 
 この町は現在バルセロナ県北端の産業の中心
であるが、かつては大聖堂
Catedral を中心
とした宗教都市でもあった。
 大聖堂にはロマネスクの鐘塔と地下のクリプ
トが残っているが、回廊など他の部分は後世の
再建である。
 この美術館は大聖堂に隣接していて、近隣の
教会からも多くの美術品が収集されている。
 カタルーニャ・ロマネスク独自の聖母子像な
どの彩色木彫像や祭壇前面画、祭室を飾ったフ
レスコ壁画など見応え十分で、中世の美術品を
求めてカタルーニャ全土を旅した気分にさせて
くれる。

 写真は後述するボイ谷のエリル・ラ・ヴァル
に在った彫刻群で、十字架降架の場面である。
 先述のサン・ファン・デ・ラス・アバデサス
に相当の影響を与えている事は、素人の私にも
想像できる。
 像容は素朴だが、情感に満ちた彫刻である。
十字架からキリストを降ろす兵士の脇に、聖母
マリアと聖ヨハネが居る筈なのだが、ここでは
共に十字架に架かった二人の罪人しか居ない。
 在った筈の聖母マリア・聖ヨハネの両像は、
バルセロナのカタルーニャ美術館に展示されて
いる。   
 
 
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 カセレス聖ペレ教会
  Cassérres/ Iglesia
       de Sant Pere

          Barcelona 
   
                   
 
   
 
 ヴィックのパラドール(国営宿舎) は町から
20
キロ東に離れており、テル川 Rio Ter
に造られたダム湖を望む崖上に建っていた。

 宿泊の翌朝、私達はパラドールの脇から細い
山道へと分け入り、ダム湖に沿って1時間ほど
歩いてこの教会へたどり着いた。
 そこは何とも驚嘆すべき場所であった。湾曲
する渓谷に突き出た絶壁の上に、修道院のよう
な建物群が孤高な姿で建っている。現在修復の
手が入ってはいるものの、完全な廃墟と化して
いたのである。

 教会堂の建築は単純で、三廊式バジリカと言
っても柱が2本有るだけの方形で、主祭室に礼
拝堂が二つ並列している。
 半円筒ヴォールトの天井と煉瓦積の大きな壁
が、これ以上の素朴は無いだろうと思わせるほ
どプリミティヴな建築空間を構成している。
 写真はその後陣部分のものである。すぐ横は
千尋の谷であり、全景を撮るには谷の対岸へ渡
らねばならないだろう。
 修行には、世俗から隔絶された場所が必要だ
ったのか、それとも壮絶過酷な場所に身を置け
ばこそ神の啓示に近づけると考えたのか、凡そ
俗人の世界とは異質の全くの聖域なのである。
 
 
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 フロンターニャ聖ハウメ教会
  Frontanya/Iglesia
        de Sant Jaume

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 この村へ行くには、ベルガとリポーイを結ぶ
道の中間点から、さらに北へと鄙びた道をたど
ればよい。近年までは陸の孤島とも言えそうな
交通事情だったらしいが、かなり改良されてい
て特に難儀はしなかった。
 村人が交代で教会を管理するというほどの小
さな村で、教会前の雑貨屋の親爺が入口の扉の
鍵を貸してくれた。
 十字形の聖堂で交叉部に円形ドームが有り、
単身廊と翼廊左右に祭室が付いている。天井も
身廊も仕切りも、全てが半円アーチという最も
素朴な意匠を基本としており、唯一の装飾は盲
アーチとロンバルディア帯だけである。
 ここでも、何故この窓も無い石の塊みたいな
聖堂が美しいのだろうか、という原点へと戻る
ことになる。
 興味の無い人の目には、やはり石の塊としか
写らないのだろうか。
 
 
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 ラスタニュ聖マリア修道院
  L'Estany/ Monestir
       de Santa Maria

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 ヴィックの西に有る小さな村の中心に、この
修道院は建っている。付属教会堂の堅固な鐘塔
と素朴な後陣との対比が面白かったし、身廊や
祭室の半円アーチもロマネスクの証明として見
応え充分だ。
 回廊へ出ると、そこは精緻な彫刻が施された
柱頭を持つ石の柱が林立する、あたかも石造彫
刻美術館のような気のする美しい空間だった。
 写真の柱頭には、様々な模様が彫られている
が、そのいずれにも優れた技巧と豊かなアイデ
ィアが反映されており、図案化された模様の多
様さに驚かされてしまった。
 一時代前の細密画の影響が有るのかもしれな
い、と感じていた。
 他の側の柱頭には聖書からの場面が扱われて
おり、受胎告知や最後の晩餐や十字架像などが
特に印象的だった。全体がかくも充実した柱頭
彫刻に飾られた回廊は、カタルーニャならずと
も貴重な存在である。
 このような12~13世紀の洗練された作品
と、初期ロマネスクとも言える素朴な遺跡とが
共存しているところが、ロマネスクの博物館と
も言えるカタルーニャを旅する上での最大の魅
力となっている。
  
 
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 ベルガ聖キルゼ・
       デ・ペドレ教会

  Berga/Iglesia de Sant Quirze
       de Pedret
 

         Barcelona 
   
                   
 
  
 
 この教会はベルガの町の北東約2キロ、何と
も辺鄙な岩山の中に建っている。
 車を中世に建造された石造のアーチ橋のたも
とに止め、しばらくは荒れた山道を歩いて登る
ことになる。
 岩山の斜面にへばり付くようにして建つ教会
は素朴だが、以外に角張った要塞風の建築だっ
た。そうした印象を受けた最大の要因は、中央
の後陣が方形だったからだろう。
 9世紀から11世紀にかけて建てられた建築
プランの基本は三廊式で、側廊部分には円形の
小祭室が設けられているのだが、中央の祭室が
方形だった。
 写真は身廊から眺めた正面祭室部分で、馬蹄
形のアーチがアラブの影響を受けたモサラベ様
式であることを物語っている。
 身廊、側廊、祭室を連絡するアーチ門の全て
が、同様の馬蹄形アーチで構成されている。
 正面のフレスコ画は実はレプリカで、本物は
ソルソナの司教区美術館で見ることが出来た。
 模造品ではオリジナルを凌ぐ事は到底不可能
かと思ったが、雰囲気が余りにも良いので、あ
えて現地レプリカの写真を掲載する事にした。
 右は有名な“オランテ”で、不死鳥フェニッ
クスを戴いた天の輪の中で、両手を挙げて祝福
する神の姿だとされる。一見稚拙に見えるが、
実は「究極の抽象」とも言えそうな心打たれる
フレスコ画である。
 左には、槍と吹流し旗を持った騎士が十字架
の中心に描かれ、外側に正体不明の人物が座っ
ている。丸で判じ物の世界だが、比喩や暗示を
含んで神秘的だ。
 
 
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 マタデペラ聖ロレンソ・
       デル・ムント修道院

  Matadepera/Monastir
    de Sant Llorenç del Munt

         Barcelona 
   
                   
 
 
 
 テラッサの北、マタデペラの村のさらに北、
二本の谷に挟まれた丘陵地に標高1100mの
岩山が有り、その山頂にこの修道院が孤高な姿
で建っている。
 行き止まりで車を駐車し、緩やかな小道を歩
く。やがて林を抜けたかと思うと、道は急な岩
山の道となり、約1時間で山頂である。
 聖堂はバジリカ式で三身廊、三つの祭室が有
る。内部の建築はまことに古色蒼然として、煉
瓦状の石やその他色とりどりの不規則な形状の
石を積んでいる。カタルーニャの古いロマネス
クの良さはここに有る、と感じ思わず嬉しくな
ってしまう。
 背後からの後陣の眺めも、カタルーニャなら
ではの素朴さに満ちており、初期ロマネスクか
らプレロマネスクばかりを歩いてみようか、と
いう気にさせられる。 
  
 
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 カルドナ聖ヴィンセンソ
     参事会教会

  Cardona/Colegiata
        Sant Vincenç
 

         Barcelona 
   
                   
 
   
 
 ローマの帝政時代から岩塩の採掘で栄えた町
で、市街を見下ろす岩山の上の城塞であったカ
ルドナ城が残されている。現在、城は改造され
てパラドール (国営ホテル) となっており、私
達はそこで優雅な一夜を過ごした。
 城に隣接して、11世紀の参事会教会が保存
されている。11世紀半ばに創建された聖堂建
築であり、思わず息を飲んでしまうほど完璧な
ロンバルディア・スタイルのロマネスク構造で
ある。
 写真は身廊から祭室を眺めたところで、三廊
式で側廊とは片側3本づつの柱とアーチで仕切
られている。
 側廊の突き当りには、小礼拝堂が設けられて
いた。翼廊との交差部に、八角形の採光塔がそ
びえている。
 身廊の天井は半円筒ヴォールト、側廊は交叉
ヴォールト、余計な装飾の無いすっくと伸びた
柱や壁など、当時の洗練された美意識がストレ
ートに発揮されている。
 聖堂入口に造られたナルテックス玄関間の交
叉ヴォールトの天井や、クリプト(地下祭室)の
簡素な円柱の美しさなど、全てが印象深い感動
を抱かせてくれた。
  
 
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 ソルソーナ大聖堂
  Solsona/Catedral

         Lleida 
   
                   
 
   
 
 古い写真が出て来たので、ご参考までに掲載
してみた。以後ソルソーナへ行く機会が無いの
は残念だが、飛びぬけた完成度のロマネスク彫
刻だった、という強烈な印象が残っている。
 聖堂はゴシックからバロックに改造されてい
るのでほとんど見る影も無いが、翼廊南側の礼
拝堂に飾られたこの聖母子像は見逃せない。


 高さは1m余りの石造で、12世紀に制作さ
れたと伝わっている。端正で緻密な彫りは丸で
ゴシック的な写実味を帯びているが、ロマネス
クらしい大らかなデフォルメも成されているよ
うに感じられた。
 髪の毛や衣の襞の表現は、石造彫刻とは思え
ない細密さである。
 足元で悪魔達を踏みつけ、左手で膝の上にイ
エスを抱き、右手で百合の花を捧げている。

 かつて回廊の井戸から発見された事から、こ
の像が“
Virgen del Claustro 回廊の聖母”と
呼ばれる所以となったそうである。
 
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 オリウス聖エステバン教会
  Olius/Iglesia de Sant Esteban

         Lleida 
   
                   
 
 
 
 ソルソーナでは残念なことに、司教区美術館
が休館日だった。早々に諦め、大聖堂の黒い聖
母像を拝んでから、町から6キロ東に在るオリ
ウスの教会へと向かった。
 松林の向こうに見えた聖堂は、背の低い鐘塔
だけが目立つ簡素な建築だった。
 半円筒ヴォールトの単身廊に、半円形祭室の
付いた蒲鉾型のバシリカである。こうした人間
的尺度の単純な建築が、時として心を和ませて
くれるものである。
 しかしここでは、祭室の下に設けられたクリ
プト地下祭室を見なければならない。
 写真は、地下へと降りる階段の途中から、ク
リプト全体を俯瞰したものである。
 やや細い6本の円柱が、粗々しく不規則な石
積の壁や天井、さらに豪壮な土台との間で、不
思議なバランスがとられていることに気が付い
た。野太い円柱でないところが、洗練された時
代の証明なのだろう。
 窓の無い荒壁と天井と柱だけで構築されたク
リプトは、ロマネスク建築の原点を示す最良の
テキストかもしれない。
 
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 コヴェット聖マリア教会
  Covet/Iglesia de Santa Maria

         Lleida 
   
                   
 
 
 
 ソルソーナから西北へと向かい、ボイ谷を目
指して車を走らせた。いくつもの川を渡り、峠
を越えねばならなかったが、途中のこの村で出
会ったロマネスクの存在が辛いドライヴを忘れ
させてくれた。
 なだらかな牧草地と小麦畑の続く丘陵の彼方
に、三つの半円形後陣を持つ質素な聖堂が見え
て来ると、何か救われた気分になったものだっ
た。
 写真は正面扉口で、やや荒廃はしているもの
の、とても美しい装飾である。
 タンパンには、二人の天使に支えられたキリ
スト昇天の場面が彫られている。
 タンパンの周辺に多くの人物像などが配され
ており、内容の充実した扉口を演出している。
 聖堂は単身廊の十字形で、主祭室の他に翼廊
の小礼拝堂が付いた簡素な建築である。
 柱頭彫刻や壁面のレリーフなどにも、注目す
べき傑作が少なくなかった。
 
 
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 セオ・デ・ウルヘル
     聖マリア大聖堂

  Seo de Urgel/Catedral
        Santa Maria

         Lleida 
   
                   
 
   
 
 カタルーニャ語の表記ではラ・セウ・ドゥル
ジェイ
La Seu d'Urgell というのだが、読
み難いのでここではカスティリア語の地名を記
しておく。
 アンドラ公国の玄関口という位置にあり、中
世以降この町の司教がその統治を司ってきた。

 その司教座のある大聖堂は、11世紀から1
2世紀にかけて建立されたものである。
 正面のファサードには三廊式の身廊に対応し
た三つの半円アーチ門が設けられており、三層
の窓の上にはロンバルディア帯などの装飾が施
されている。
 聖堂は十字形で翼廊と身廊の交差部は隅に丸
味の付いたドームになっており、鐘塔が立ち上
がっている。
 身廊は約40m程の長さで、その割には巾が
20mはあり、間口と比べてそれ程奥行きは感
じられない。
 採光窓が高い位置に設けられているので、天
井の高さが身廊を壮大な空間に仕立て上げてい
る。  

 写真は、身廊の南側に隣接する回廊の、西側
ギャラリー列柱である。美しい彫刻で飾られた
柱頭は、13世紀にフランス・ルシオン地方か
らやって来た石工達によって彫られたものだと
いう。統一感のある見事な装飾で、人物像や動
植物などに熟達した意匠を見ることが出来る。
 技術的には完璧で破綻は無いが、少しづつ様
式化が進み創造性に欠けてきてしまうという、
時代が示す造形的な衰退を証明しているのだろ
うか。
 
 
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 セオ・デ・ウルヘル
       
司教区美術館
  Seo de Urgel/Museu Diocesà

         Lleida 
   
                   
 
  
 
 この美術館に所蔵されている、ベアトス本と
呼ばれる装飾写本である「黙示録注解」を見学
した後、多くの彫刻が並ぶ中で見つけた木造の
聖母子像である。

 カタルーニャには木に彫られた聖母子像が多
いのだが、頬を赤く塗った小太りのマリア様と
いうのが大半であることに驚いた。
 地元の女性がモデルだったのだろうが、ふく
よかで飾らぬ優しさと慈愛に満ちた表情には、
イエスの母としての苦悩よりも、人々の心を癒
すことの出来る大きな包容力が示されているよ
うだ。
 日常的な礼拝の対象となるにふさわしい、親
しみやすい美しさに満ちている。この聖母子像
がどこの教会のものだったかを、メモしそこな
ってしまった。きっと、ピレネー山麓の名も知
れぬ谷に、ひっそりと建っていた礼拝堂に祀ら
れていたにちがいない。

 セオの町には聖マリア大聖堂や、回廊の美し
い聖ミケル教会が有り、いずれもロマネスク建
築の不器用だが重厚で素朴なたたずまいを見せ
ていた。
 
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 サン・ペレ・デル・ブルガル
      聖ペレ教会

  Sant Pere del Burgal/
      Iglesia de Sant Pere

         Lleida 
   
                   
 
 
 
 地図にも案内書にも掲載されていない教会の
遺跡だが、国道に立つ小さな看板だけが目印だ
った。ここの祭室に残された壁画が、現在はバ
ルセロナのカタルーニャ美術館で保存されてい
る事を知る人は少ない。
 車を行き止まりで止め、パリャレーサの流れ
に沿って暫く歩かねばならない。教会のシルエ
ットが見えてくるにつれ、精神が高揚してくる
のがはっきり感じられる。
 入口から身廊にかけてはかなり荒廃し、天井
は落ち壁は崩壊している。しかし祭室の外観が
往時を彷彿とさせるに充分な程、見事な構造を
残存しているのを確認出来て安堵した。
 ロンバルディア帯のアーチ装飾がくっきり見
え、風雪に耐えた初期ロマネスクの貫禄が示さ
れている。しかし、背後の山並みの緑に映えて
いかに美しいとは申せ、滅び行く残骸としての
寂莫感を拭う事は決して出来ない。
 だがこの何も無い廃墟ですら、叙情的に物を
見る旅人にとっては、むしろ格好の思い入れの
材料となる。 
 
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 トレドス聖マリア教会
  Tredos/Iglesia de
     Santa Maria de Cap

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
 
 
 峠を越えて入ったアラン谷では最初のロマネ
スク教会である。
 三廊式の内陣は四つの梁間で仕切られて、三
つの後陣が配されている。写真は後陣と、聖堂
北壁を眺めたものである。
 石積みの魅力がいっぱいで、窓の少ない壁面
やロンバルディア帯の盲アーケードなどにも、
素朴なロマネスク建築の美しさが見て取れる。
 特に、後陣部分の盲アーケードは、単純な意
匠ながら石の材質感がとても鮮烈である。
 西側の正面ファサードにはアーチ門が設けら
れ、狭い間隔で接するようにして鐘塔が建って
いる。聖堂の南には、小さいながら柱頭彫刻を
伴った半円アーチ窓が二つ設けられていた。
 
 
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 サラルドゥ聖ペレ教会
  Salardu/Iglesia
      de Sant Andrèu

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
   
 
 遠方からも八角形の鐘塔が見えるので、アラ
ン谷を代表する教会だと言えるかもしれない。
 三廊式のプランや五重のヴシュールを持つ扉
口にはロマネスクの様式が残っているのだが、
15世紀の鐘塔をはじめ、大半はゴシック以降
に改造されている。

 最も注目すべきは、祭壇の中央に祀られてい
る12世紀の木造キリスト十字架像である。磔
刑のキリスト像は素朴ながら苦悩の抽象的表現
が秀逸で、安直な写実を遥かに凌駕している。
 もう一つの見所は、十字架そのものに描かれ
た図像である。写真はキリスト像の頭の上、つ
まり、十字架の上部突起部に描かれた天使の姿
である。首や手の構図に並々ならぬセンスの良
さが感じられる。一連のカタロニア絵画に通じ
る美意識が秘められている。
 キリストの足元の十字架基部には、地獄から
救済されるアダムが描かれており、全体で「復
活」を暗示しているように思われる。
 十字架の裏側には、十字交差部に神の羊がお
り、四方に四福音書家のシンボルが個性的な表
現で描かれている。上部は鷲(ヨハネ)左はラ
イオン(マルコ)右は牛(ルカ)下は天使(マ
タイ)という配列になっている。
 いずれも素晴らしいロマネスク時代の絵画で
あり、アラン谷のキリスト教美術の奥深さが伺
える象徴的な作品である。  
 
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 ウンア聖ユラリア教会
  Unha/Iglesia de Sant Eulalia

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
  
 
 サラルドゥの町の背後の高台に在る集落で、
教会は村の一番高い場所に建っている。八角形
の鐘塔は、サラルドゥの町からも良く見える。
 12世紀の創建だが、随所にゴシック以後の
改造がはっきりしている。

 聖堂は三廊式でアーケードに仕切られている
が、半楕円形の穹窿に柱頭の無い円柱、丸ごと
白塗りの堂内には失望した。
 唯一、壁面から発見されたロマネスク期の壁
画の断片は貴重だろう。テトラモルフという四
福音書家シンボルに囲まれたキリスト像で、カ
タロニアのキリストらしい風貌をしている。

 最も見応えのあるのは、力強い三後陣のある
外観が中心となるだろう。
 軒のすぐ下に連続する細かい帯模様があり、
その下にロンバルディア様式とも言える半円弧
の鋸刃のフリーズが後陣装飾の中心となってい
る。見慣れた意匠だが、修復の痕跡も含め石の
材質感が示す圧倒的な存在感に心打たれるのだ
ろう。“石好き”の決まり文句だろうか。

 聖堂のすぐ横に墓地があり、生花が山ほど飾
られていた。住民の信仰が密着した、村の鎮守
のような教会なのだろうと感じられた。  
 
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 アルティエス聖マリア教会
  Arties/Iglesia de Santa Maria

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
   
 
 サラルドゥの西へ2キロ、ヴィエラ方面へ進
んだ街道の南方の谷間の町である。
 町の西南端の高台に、三層の鐘塔を中心とし
た12世紀創建の聖堂が建っている。
 門の近くに石の崩れかけた円塔が建っている
が、テンプル騎士団駐留の痕跡だそうだ。
 鐘塔は13~14世紀の建築と言われ、ロマ
ネスク後期の建築にゴシックの修復が加わった
ものだろう。

 聖堂は三廊式のバシリカで、半円形のアーケ
ードに樽型偏平穹窿の天井が載っている。前述
のウンアも同様だったが、いくら地域性を重要
視すべきロマネスク建築とは申せ、面白いが余
り好みではないことは確かである。
 三後陣の内、中央の主祭室は近年まで方形の
ままだったが、修復されて従来の半円形後陣の
姿に戻っている。
 写真は鐘塔と南側小後陣部分を撮ったものだ
が、様々な時代が積み重なっているようで、い
ずれの教会もが辿って来た歴史の荒波の残影が
映し出されたかのようだ。
 写真の背面(北側)に主扉口が設けられてお
り、六重のヴシュールが美しい端正な扉口を形
成している。
 
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 エスクニャウ聖ペレ教会
  Escunhau/Iglesia
         de Sant Pedro

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
  
 
 ヴィエラのパラドールに宿泊した翌日、私達
はアラン谷を少し上流へ登った所に在るこの村
を訪ねたことがあった。
 ヴィエラに隣接している割には牧歌的な集落
で、森や牧草地に囲まれてとても平和的な光景
だった。
 石組の壁の美しい家並の続く石畳の坂道を登
り、やや小高い村外れにこの清楚な教会が建っ
ている。
 鐘塔、聖堂、袖廊、後陣の順で一体感の無い
建築がつながっている。個々の建物は素朴だが
何度も建て直したようだ。
 聖堂の北側門に、ロマネスク時代の扉口が壁
にはめ込まれたような格好で残されていた。
 一見他愛の無いファサードなのだが、詳細に
眺めると興味深い図像で溢れている。
 中央半円タンパンには、十字架に架かるキリ
スト像が彫られているが、こんなに太い十字架
は珍しいし、またこれほど小さく不釣合いな像
も見たことが無い。シュールと言うよりも、む
しろ謎めいている。
 梁や半円周装飾部分の市松模様、中央上部の
XPSωαなどを組み合わせてキリストを象徴
した模様、柱頭の人面の数々など、さながら図
像学の世界をさまようような楽しさだった。
 
 
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 ヴィエラ聖ミゲル教会
  Vielha/Iglesia de San Miguel

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
  
 
 この町に在るパラドールは、景観抜群で忘れ
られない宿となっている。
 翌朝訪ねたこの教会で出会ったキリストの彫
刻からは、旅の甘い夢を吹き飛ばすような衝撃
を感じたものだった。
 教会はゴシック期の改造を経ており、ロマネ
スクの魅力には欠けているが、堂内に置かれた
この彫像は見逃す事は出来ない。

 山向こうのボイ谷
Vall de Boí のエリル・
ラ・ヴァル
Erill-la-Vall の彫刻家が彫ったも
のだそうだ。
 そういえば、出自が同じヴィック
Vich の司
教美術館で見た十字架像に通じるものがある。
 12世紀に制作された作品で、キリストの十
字架降下の場面を彫ったものである。
 ロマネスク彫刻としては細部がかなりゴシッ
クに近い写実性を示しているが、総体的なデフ
ォルメはロマネスク芸術と言えそうである。毛
髪のジグザグや渦巻などが図案的であり、肉体
的な写実に比べ、そもそも穏やかなキリストの
表情が象徴的でもある。 
 
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 ゴサック聖マルティン教会
  Gausac/Iglesia de Sant Martin

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
  
 
 ヴィエラの市街地の北西に続く丘陵に展開し
た集落で、教会は坂を上った町の入口に建って
いる。聖堂への扉口を備えた八角の鐘塔が先ず
目に入ったが、明らかにゴシック以降の建築の
ようで少々がっかりした。
 案の定聖堂の大半は15世紀以降のゴシック
建築であり、ロマネスクの名残を見つけるのは
至難だった。

 聖堂内に置かれた洗礼盤は、渦を巻いた蔓を
アレンジした意匠と、聖人像や騎士の像といっ
たロマネスク的な図像で飾られていた。
 単身廊の素朴さは好ましいが、方形の後陣や
交差リブヴォールトの天井は典型的なゴシック
様式だった。

 唯一楽しませてくれたのが、鐘塔の下、玄関
間の側壁に彫られた、写真の小さな十字架像だ
った。このレリーフが、どのような経緯でここ
に飾られたかなどの詳細は不明だが、テクニッ
クを超えたスピリチュアルな抽象が感じられて
忘れ得ぬ作品となってしまった。
 
 
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 ヴィラク聖フェリックス教会
  Vilac/Iglesia de Sant Fèlix

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
 
 
 アラン谷の川 Garonne は北方のフランス
側へ流れていく。その右岸山塊の中腹に、この
小さな村がひっそりと開けている。
 教会の建築は12世紀創建で、三廊式身廊と
半円アーケードに円筒ヴォールトの天井などが
当初のものである。鐘塔と祭室ドームはゴシッ
ク期の改築になっている。
 南側の扉口には写真のタンパンが据えられて
いた。
 四福音書家のシンボルがユニークだが、右下
が牛、左下がライオンかと思われる。
 
 
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 ヴィラモス聖マリア教会
  Vilamós/Iglesia
       de Santa Maria

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
   
 
 ヴィラクからは山続きだが、間に谷があるの
で一旦国道に下ってから、別の登り口から上っ
て行くことになる。こんな山の奥に、と思われ
るような場所にかなり大きな町が開けており、
この地方の中心になっているようである。

 教会は、町の中央部の広場に面して建ってい
る。方形の後陣や西正面ファサードの味気無さ
には幻滅させられるが、南側に隣接する鐘塔と
写真の身廊部分に、確かなロマネスクを見る事
が出来た。

 写真は、身廊部分を扉口方向へ向いて撮った
ものである。左右四本づつの円柱が四つのベイ
を構成し、半円筒ヴォールトの天井と横断アー
チを組み合わせてある。半円筒は微かに樽型に
偏平している様に見える。
 円柱の太さが魅力で、武骨ながら原初の荒々
しい魅力を伝えているようにも感じられる。
 聖堂の南壁に突き出すように隣接して、方形
の鐘塔が立ち上がっている。アラン谷では大半
がゴシック以降の建築であり、純粋なロマネス
ク鐘塔は貴重な存在である。他には後述のボソ
スの塔があるのみである。
 この町からさらに奥へ進んだ
Arres de Jos
アレス・ド・ホス
には初期ロマネスクの Sant
Fabia
がある。 
 
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 ボソス清めの聖母教会
  Bossòst/Iglesia de
     la Purificació
        de Santa Maria

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
 
 
 アラン谷の中心都市であるヴィエラに泊まっ
翌日に、ピレネーを越えてフランス・トゥー
ルーズ方面に通じる国道を北へ走り、国境に最
も近いこの町を訪ねた。アラン谷では川はフラ
ンス側へ流れる。
 教会は、古い石造りの家々に囲まれた、町の
中心広場に面して建っている。
 聖堂の壁や塔までが、古色蒼然とした風景の
中にすっかり同化して見える。
 聖堂は三廊式、側廊との仕切りは列柱とアー
チで構成され、天井はプリミティヴな半円筒ヴ
ォールトである。後陣には三つの祭室が設けら
れていた。
 建築後方から眺めると、ロンバルディア帯の
意匠された、いかにも古風な落ち着きの感じら
れる建築である。鐘塔は背が低いが、ピレネー
らしい重厚な風貌がとても良い。
 写真は北側の扉口に造られた小さなタンパン
である。キリストを中心にして、四福音書家の
シンボルが彫られている。キリストの顔の左右
に、太陽と月が描かれた象徴的な図像である。
   
 
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 レ聖ブライ礼拝堂
  Les/Capella de San Blai

         Lleida (Val d’Aran) 
   
                   
 
       
 
 ボソスからガロンヌ川沿いに北のフランス国
境方面へと向かうと、4キロ程行った所にこの
町が広がっている。川の対岸を少し山側に入っ
たあたりに、この小さな礼拝堂が建っていた。
 12世紀に建てられた聖堂の祭室部分だけが
生き残った形で、小さな礼拝堂のようにも見え
る。半円形の後陣が美しい石積みで、もし身廊
部分が残っていればさぞや見事だろうと想像さ
せられる。
 現在のファサードは、身廊と祭室の境目にな
っていた凱旋門だったのだろう。
 内部の後陣の壁には四つの小さな半円アーチ
の窓があり、天井の舟形ドームの石積みと共に
創建時の姿を保っている。 
 
 
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 タウル聖クリメント教会
  Taüll/Iglesia de Sant Climent

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 
 
 私たちがこの谷を訪れたのは、陽光が鮮明な
陰影を作る夏の或る日だった。休暇を楽しむ大
勢の人達が、この美しいピレネーの山や谷に囲
まれた教会を目指して訪れていた。
 険しい山肌を背景とした六層の鐘塔と後陣の
姿は、いかにも山懐に抱かれてついこの間まで
全く人知れず、9世紀もの時を過ごしてきた素
朴な教会の面影を今もなお十分に留めている。
 ロンバルディア帯の装飾は有るが、不揃いの
石が積まれたままというイメージの建築には、
建てた人々の技術以前の聖堂に対する温もりの
ある情愛すら感じられた。
 聖堂は側廊の付いたバジリカ式身廊で、三つ
の祭室が有る。柱頭などの無い素朴な列柱が魅
力的である。
 バルセロナのカタルーニャ美術館に運ばれた
祭室のフレスコ画の元の場所では、全能のキリ
ストのレプリカが大きな眼でこちらをじっと睨
んでいた。
 
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 タウル聖マリア教会
  Taüll/Iglesia de Santa Maria

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 
  
 
 聖クリメント教会からは至近だが、こちらは
タウルの集落の真ん中に位置している。
 聖堂建築は聖クリメントととても似ている。
 三廊式バジリカで、三つの後陣を持ち、屋根
は木造になっている。円柱は太く、柱頭部の区
別もほとんど無い素朴な身廊である。
 身廊正面の窓の周囲に描かれていたフレスコ
壁画が聖クリメントと同様、現在はバルセロナ
のカタルーニャ美術館に移されている。ここに
在るのは聖母子像のレプリカである。
 どうやって運んだのかは謎だが、それ以上に
文化財の保存の仕方という命題の奥深さを感じ
てしまう。
 在るべき場所に在ってほしいが、そのままに
していたら間違いなく崩落するか盗難にあって
いただろう。
 しかし、12世紀の昔、このピレネー山中の
谷の最奥の鄙びた村に、何故かくも洗練された
聖堂とフレスコ壁画が制作されたのだろうか。
いかなる信仰と権力が存在したのだろうか。い
ずれにしても、カタルーニャの文化が、当時い
かに図抜けていたかを物語っていることだけは
確かである。
 
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 ドゥッロ聖キルツェ礼拝堂
  Durro/Capella de Sant Quirze

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 
 
 
 タウルなどの小さなロマネスク教会が幾つも
点在するボイ谷とも呼ばれるノゲラ・ダル・ト
ールの谷は、ピレネー山麓の明るい風光の只中
で、はじけるような夏の光に満ち溢れていた。
 谷の右手奥に、黒い平石屋根の家並みが美し
いドゥッロの集落が有る。写真の魅力的な礼拝
堂は、村のさらに奥を登った丘の上にぽつりと
建っている。村は勿論、谷全体を見渡せる絶景
の地である。冬の気候はきっと厳しいのだろう
が、この季節のピレネーから吹く風は極上の爽
快感を運んでくれた。
 何層にも積まれた切石で囲まれた、礼拝堂の
建築はまことに素朴である。窓も無い単身廊の
石の函にすぎないのだが、ロマネスクという建
築の原点を見る思いに感激した。アーチや梁や
柱を効果的に使用しながら後世のロマネスクは
進化していくのだが、いずれもがこの礼拝堂の
示す素朴さの延長線の先の方に位置していると
いう気がする。
 
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 ボイ聖ホアン教会
  Boi/Iglesia de Sant Joan

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 
   
 
 ボイ谷の名の由来となった村で、タウルと同
じ支流を少し下った場所に在る。
 教会は村外れの急な斜面に建っていて、写真
の鐘塔を撮影した位置は塔の最上部とほぼ同じ
高さだった。
 もっとも従前はタウルやエリルと同じ六層の
塔であったらしく、そのほうがピレネーには似
合いそうだ。
 それでも、美しいが峻険なピレネーの山並を
背景にした村や聖堂の風景は、そんなこととは
無関係にとても心和むものだった。きっとそれ
は、この谷に住む人々の篤い信仰心が作り出し
た、日常的な風景に他ならないからだろう。
 ボイ谷というこの狭い谷間の中に、ロマネス
ク時代という中世からの建築が、それも数多く
集中していることは驚きである。人口に比して
余りにも多いのである。知っているだけでも
タウルの2つを含め
9つも在る。
 聖堂内部は変則的な形の身廊だが、石がむき
出しになった太い円柱や、飾りの無い素朴な柱
頭には、創建当初のプリミティヴだが創造意欲
に溢れた情熱が伝えられていた。
 
 
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 エリル・ラ・ヴァル
     聖エウラリア教会

  Erill-la-Vall/Iglesia
       de Santa Eulàlia

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 
   
 
 ボイやタウルとは渓流を挟んで対岸に位置し
ており比較的にぎやかな村落となっている。
 後陣の写真を撮るのに隣家が邪魔になる、と
いうほど集落は密集している。
 教会は単身廊で、袖廊と小礼拝堂が祭室と並
列し、北側袖廊部分が鐘塔となっている。
 写真は、身廊の外側、鐘塔に続いて造られた
回廊風のギャラリーである。内陣と同様に、素
朴な円柱とアーチの接点が、柱頭の形を成して
いないところがかえって美しく感じられた。
 鐘塔はボイ谷でも最も立派なもので、六層の
高さを誇っている。各層には二連の装飾アーチ
窓が造られ、ロンバルディア帯のレリーフで飾
られている。

 この谷の建築は、教会も普通の民家も、大小
不揃いの切石を積み重ね、屋根には黒色のスレ
ートを敷いている。景観に統一感が感じられる
のは、そうした理由によるものだろう。
 先述したヴィックの司教美術館で見た十字架
降架の木造彫刻群は、元来ここに置かれていた
ものだったという。
 
 
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 バルエラ聖フェリュ教会
  Barruera/Iglesia de Sant Feliu

         Lleida (Vall de Boí) 
   
                   
 

 
 
 ボイ谷の少し下流部分に建っているのだが、
その佇まいと周辺の景色とがぴったりだという
意味で、ボイのベスト3に入る教会だった。
 ここも改造や増築が加えられたようで、特に
鐘塔は後世のものである。
 平面プランは変則的で単身廊の十字形だが、
現在は北側の袖廊は失われている。
 そして、南側の袖廊には小礼拝堂が設けられ
ているので、半円形後陣が二つしかないという
不思議はこれで解消される。
 更に鐘塔が南の袖廊と身廊に密着しているの
で、規格外が上塗りされた格好となっている。
 改造と崩壊によって不均衡極まりない筈の聖
堂が、かくも美しく見えるのは不思議だ。
 きっと、様式の美しさを遥かに凌駕する、石
積建築ならではの素朴な説得力なのだろう。
 
 
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 アンドラ・ラ・ヴェリャ
     聖コロマ教会

  Andorra la Vella/
    Iglesia de Santa Coloma

         ANDORRA
   
                   
 
   
 
 セオ・デ・ウルヘルからアンドラへと入国し
た。税関での入国審査は、日本人旅行者の場合
ほとんどフリーパスである。
 国境を越えてすぐ、ヴァリラ川に架かる中世
の石橋が見えた。ゴシック時代に建造されたも
ので、思わず車を止め、渡らずにはいられなか
った。
 首都アンドラ・ラ・ヴェリャに向かい、町に
入る少し手前の道沿いにこの塔を見つけた。余
り有名ではないが、12世紀に建造された典型
的なアンドラ・ロマネスクの鐘塔である。
 微かに角は有るがほぼ円筒形の塔で、上へい
くほど窓が大きくなっているのが特徴である。
 不揃いの切石を並べて積むという、なんとも
原始的な工法だが、こうして眺めてみると、い
かにも人の手で築き上げたという印象が強い。
見る人をして親身にさせる、暖かさが備わって
いるのである。
 そこがロマネスクがロマネスクたる所以だ、
と大向こうを唸らせ喜ばせるという塔なのであ
った。
 アンドラには塔が良く似合う。緑濃いピレネ
ーを背景にしているので絵になるし、狭い谷間
から思い切り首を伸ばしているようにも見えて
面白い。
 
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 カニリョ聖ホアン・
     デ・カセリェス教会

  Canillo/Iglesia de
    Sant Joan de Caselles

         ANDORRA
   
                   
 
   
 
 アンドラの北、フランスとの国境に近いアン
バリラ峠へと向かう途中の国道沿いに、この古
い教会が建っている。
 瀟洒な聖堂に鐘塔というスタイルは、いかに
もアンドラらしい風情である。
 単身廊バジリカに半円形後陣という簡素な平
面プランが好ましいし、聖堂に寄り添って建つ
鐘塔のたたずまいがすっかり気に入った。
 山奥のパル
Pal の里でも同様のスタイルの
教会を訪ねたが、家並みに埋もれた分だけ印象
が薄かった。
 内部は質素だったが、近年の修復作業の際に
発見された、スタッコ製の磔刑像が壁に埋め込
まれていた。スタッコとは漆喰のことである。
 像はロマネスク期のもので、かなり崩落して
おり無残だが、不思議と顔と足の部分だけは良
く面影を伝えている。

 聖堂の背後はヴァリラ川の深い渓谷になっ
ている。ヴァリラはセグレとなり、さらにエブ
ロ川と合流して地中海へと流れている。
 
 
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 エンゴラステル聖ミケル教会
  Engolasters/
     Iglesia de Sant Miquel

         ANDORRA
   
                   
 
  
 
 アンドラ・ラ・ヴェリャの東の町外れに、エ
ンゴラステル湖を示す標識が出ている。これは
人工のダム湖で、建設のために敷かれた山岳道
路なのである。
 そこを右折して山側へとしばらく登って行く
と、やや平らな牧草地に出るが、その道路沿い
に写真の塔がすぐ目に飛び込んでくる。
 行くには便利になったが、風情に欠ける道路
が横を貫通してしまったのだ。
 それでもアンドラを代表する鐘塔としての威
厳と、エレガントなたたずまいは十分残されて
いるようだ。

 三層に窓の有る四層の塔で、窓の周囲には浅
い輪郭が彫られ、各層はロンバルディア帯で飾
られている。
 アンドラの山並みに映えて、とても美しく見
える。訪ねたのは夕暮れ迫る日没後だったのだ
が、暮れ行く山並みを背景にしてすっくと立つ
白い塔は、さながら飛び立つ寸前の白鳥のよう
でもあった。
 
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