オーヴェルニュ(南部)
   のロマネスク紀行
 
  Auvergne Sud Romane 
 
 フランス中央山塊の南部を占める素朴な地方
で、それだけ伝統的な風物が今日まで伝えられ
た地域である。
 中世サンチャゴへ巡礼路の出発地でもあり、
巡礼教会と共にロマネスク聖堂が数多く建立さ
れ、今日まで伝えられた。
 従来の地理的区分とは若干異なっている点は
御容赦願いたい。
   
 
 
 
  県名と県庁所在地

 オ-ベルニュ北部

    
1 Allier (Moulins)
    
2 Puy-de-Dôme
        (
Clermont-Ferrand)
    5 Loire (St-Etienne)   

 オーヴェルニュ南部
    
3 Cantal (Aurillac)
  
  4 Haute-Loire (Le Puy)
  
 
 
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モーリアックノートルダム・
    デ・ミラクル教会
 Mauriac/Église
  Notre-Dame-des-Miracles
  
    
     3 Cantal
   
 
   
 
 格別美しいサレールの町を筆頭に、この地方
は黒色玄武岩を使用した建築が大半の黒っぽい
町ばかりだ。
 モーリアックも例外ではなく、町全体がこの
聖母教会も包み込み真っ黒だった。
 
 八角の鐘塔が象徴的な聖堂建築は十字形で、
内部の側廊付き身廊は円形アーチの美しさが印
象的だった。
 祭壇に祀られた聖母子像は俗に言う黒マリア
だった。全てが黒い町には最もふさわしい存在
なのだが、初めから黒を意識して制作されたも
のなのかは判然としなかった。
 写真は正面入口の門で、上部半円形壁面のタ
ンパン彫刻を見ることができる。
 中央に昇天するキリスト像があり、両側にこ
れを祝福する二人の天使が飛んでいる。
 大天使ミカエルとガブリエルの像なのだが、
体を弓なりに反らせたフォルムは、いかにも躍
動的で美しい。
 この限定されたスペースの中に、天使を収め
るための苦肉の策であったにせよ、常識にとら
われない自由な発想と造形力とが感じられる。
 制約を超越してこそ真の自由が生まれる、と
いう茶道の精神にも通じる面白さである。
   
 
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ブラジャック聖母教会
  Brageac/
    Église Notre-Dame
  
    
     3 Cantal
   
 
 
 
 前述のモーリアックの町とは、オーズ川の谷
を隔てて3
キロ程だが、橋が無いのでぐるっと
17
キロの遠回りが要求される。

 建築は写真で見るようにとてもチャーミング
であり、渓谷に向かって眺望の開けた絶好のロ
ケーションに建っている。ロマネスクらしい、
小柄で落ち着いた静けさが感じられた。
 聖堂は三廊式バシリカで、翼廊と交差部は有
るが、側廊と小礼拝堂がそのまま繋がって、全
体のプランは十字形ではない。
 身廊の柱は左右に各三本づつ、交差部のドー
ムも含め四つのベイを構成している。柱は黒っ
ぽい石と白い石のツートーンの縞模様で、聖堂
の雰囲気を躍動的なものにしている。柱頭部分
には勿論だが、柱の台座部分にも彫刻が施され
ている。デッサンのしっかりした、陰影の濃い
彫刻ばかりである。  
    
  
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イド・ブール
    
聖ジョルジュ教会
  Ydes-Bourg /
    Église St-Georges
  
    
     3 Cantal
   
 
    
 
 イド・ブールはモーリアックの町の北東15
キロに有る観光的には全く無名の寒村である。

 私は或る年の夏にここを訪ねたのだったが、
余り期待もしていなかったので、入口の側壁を
飾るこの受胎告知の彫刻に出くわした時には、
感動するよりむしろ驚いてしまっていたのだ。

 正面左の壁を三本の柱で区切っているが、見
せかけアーチの装飾である。それぞれの柱の間
にマリアと大天使ガブリエルが浮き彫りされて
いるのだが、まるで単体の彫刻のようであり壁
と一体である事が不思議なくらいである。
 この彫刻部分は、説明書によると12世紀末
の作とあるが、ゴシックへの過渡期とも思える
ほどの写実味と、ロマネスクならではのデフォ
ルメとが並存している。
 特にマリアと大天使ガブリエルの顔の素朴な
表情には、痺れるほどの深い感銘を覚えたのだ
った。

 対面する壁には、穴の中のライオンとダニエ
ルの像が彫られているが、これも味わい深い作
品であり、半円アーチのバジリカ式内陣と共に
見逃せない。
     
 
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ブレスル聖ピエール教会
   Blesle
/Église St-Pierre  
    
     4 Haute-Loire 
   
 
 
 
 次掲のブリウードの真西20キロの山の中に
ある、美しい家並の残るやや大きな町である。
 教会は役場の奥、入り組んだ町並の真ん中に
隠れるようにして建っていた。
 聖堂は十字形建築だが単身廊部分は創建時の
ものではなく、袖廊や祭室部分も11世紀から
12世紀の間だけでもかなりの回数で増改築が
成され、その為現在見る聖堂はこの上なく不規
則で、特異なプランとしか言いようが無い。
 写真は南側の民家の庭から、聖堂の南側面を
眺めたものである。二つの半円形祭室は南袖廊
に取り付けられたもので、手前の方は特に不規
則なものである。12世紀初頭の建築で、現存
する建築の中では最も古い部分である。
 窓の周囲に飾られた円柱の柱頭に、幾つもの
秀逸な彫刻を見ることが出来た。
     
 
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 ブリウード聖ジュリアン教会
  Brioude
/Église St-Julien
    
     4 Haute-Loire 
   
 
   
 
 八角の鐘塔と赤色の石を用いた外観が壮麗で
あり、ロマネスクとしては規模の大きい立派な
教会だった。
 イスラム様式のように色違いの石を交互に用
いた柱が目に付いたが、どうやら聖堂上部はゴ
シック的な様式で改造されている様に見えた。
 写真は、ナルテックス(玄関間)の階上から
身廊を眺めたもので、その華麗な建築を容易に
ご想像いただけるものと思う。

 特筆するべきものは、円柱上部の柱頭彫刻で
ある。かなり高い位置にあるため、望遠鏡がな
ければ彫刻を詳細に見る事は不可能であり、私
は望遠レンズで撮影した。
 ここの柱頭彫刻もオルシヴァルと同じ様に、
聖書の物語にその主題を求めてはおらず、大半
が一体何を描こうとしたのか分からない様な抽
象的な図像ばかりだった。
 人魚の尾の先が次第に植物の枝に変わってし
まっているものや、悪魔や怪獣に足の先から食
べられてしまっている人物等、怪奇で幻想的な
テーマの中で、様々な動物や植物や人物が無数
に乱舞する、狂気とも冗談とも思える理解を超
えた感覚に満ち溢れていた。
 中世という時代の精神の奥に潜む、深層心理
の抽象的表現なのだろうか。
      
 
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ラヴォーディユ旧聖アンドレ
    ・ド・コム小修道院
  Lavaudieu /Ancienne Prieuré
    St-André de Comps
 
    
     4 Haute-Loire 
   
 
 
 
 ブリウドの南東10キロのところに有る鄙び
た村で、その中心広場に面してこの素朴な教会
が建っている。
 石畳の広場を牛舎へ帰る牛の行列が、糞を落
としながら通過して行った光景が、妙に親しみ
易く印象的だった。
 身廊と祭室との境目のアーチ壁に描かれたフ
レスコ画が見逃せない。キリストの磔刑と、聖
アンドレの殉教がテーマのようだ。14世紀初
頭の制作らしい。
 写真の回廊は,その上部が農家の納屋のよう
な粗末な建築だが、柱頭彫刻のあるアーチ列柱
は鄙びた中にストイックな雰囲気の有る美しい
空間だった。
 ここでも奇怪な動物や、淫乱や守銭奴といっ
た悪徳を主題とした妙な彫刻が多い。この頃に
なると、どれだけ妙かを楽しむ余裕が出てきて
いた。
 隣接する食堂に13世紀のロマネスク壁画が
残存している。荘厳のキリスト像で、天使の像
なども興味深かった。
     
 
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ペイルス礼拝堂
   Peyrusse
/Chapelle
    
     4 Haute-Loire 
   
 
   
 
 この礼拝堂に関する資料が全く無いために、
フレスコ画があるという情報だけを頼りに行っ
て見た。ブリウードからアリエ川に沿って地方
道を約27キロ車を進め、そこから更に山道を
2キロ登って行くとこの小さな集落に着く。
 崖の上の礼拝堂は鍵がかかっていて中へ入る
事が出来なかったのだが、途方に暮れた私たち
を救ってくれたのは、丁度通りかかった村人だ
った。彼が鍵を管理する牧場の親爺を教えてく
れ、親爺はパスポートを預かる代わりに鍵を手
渡してくれたのだ。
   
 写真はお堂の内部で、長椅子が数列並んだだ
けの小さな村の礼拝堂なのである。
 フレスコ画は祭室の壁や天井一面に描かれて
おり、ようやく中へ入ることが出来た喜びが大
きかった事もあって、涙を流さんばかりにすっ
かり感激をしてしまっていた。だんだんと落ち
着いてくると、フレスコ画の修復がかなり激し
く色の劣化も進んでいることに気がついた。
 しかし、ロマネスク絵画の持つ大らかな抽象
は随所に残っていて、それだけでも十分満足を
することが出来たのだった。
 四福音書家のシンボルに囲まれた玉座のキリ
ストや、聖母昇天など魅力的なモチーフばかり
であった。   
    
 
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シャントュージュ
   聖マルスラン教会

   Chanteuges
/
    Église St-Marcellin
  
    
     4 Haute-Loire 
   
 
 
 
 10世紀に創建された修道院の中に、12世
紀になってから建てられた教会である。アリエ
川に沿った断崖の上に建つ要塞の様な建物なの
だが、近付いて見るとそれほど荒々しいもので
はないことが判る。
 修道院の礎石などが残る遺跡に建つ聖堂は、
三廊式バシリカで六本の柱が四つのベイを構成
している。まるでビザンチンの聖堂に居るよう
な錯覚を感じていた。
 身廊の天井は交叉オジーブだが、側廊部分は
交叉ヴォールトだった。創建当初のままという
建築など、そう在るものではないのだろう。
 最も注目したのが柱頭彫刻である。
 彫りの美しい、象徴的な彫刻ばかりだった。
写真はその中でも白眉と言える作品で、羊を担
ぐ男が二人彫られている。他に植物と絡み合う
人間の像や、説話の世界を描いたもの等が目に
付いた。
    
 
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ル・ピュイ
    ノートルダム大聖堂

   Le Puy-en-Velay /
    Cathédrale Notre-Dame
 
    
     4 Haute-Loire 
   
 
   
 
 ル・ピュイの町を遠望した人は、その不思議
な景観に胸打たれるに違いない。小高い岩山の
頂上に建つ大きな聖母子の像、小さな岩山と一
体になった聖ミッシェルの礼拝堂と、そして大
聖堂の塔とドームが林立する様は、モン・サン
・ミッシェルの奇景に匹敵するかもしれない衝
撃的な光景となっている。

 聖ミッシェルの礼拝堂も興味深いが、ここで
は先ず大聖堂に詣でてみる事にした。石畳の急
坂を登ると次第に見えてくる、アラブ風のファ
サードがとても華麗な印象を与えてくれた。
 写真は内部の翼廊とドーム部分で、円形アー
チや交差穹窿を駆使した複雑な構造ながら、軽
快な統一感に満ちていて大層美しかった。
 重厚な図像の柱頭彫刻やフレスコ壁画が所狭
しと施されており、サンチャゴ巡礼の出発点で
ある巡礼教会の一つとしての風格と荘厳さが漂
っていた。
 ここにも黒いマリア像が保存されている。直
接ロマネスクとの関連は無いが、なぜか心に残
るのが不思議であり、調べて見る必要がありそ
うだ。

 少し離れて回廊がある。イスラム的な要素が
感じられる素晴らしい空間で、聖地としての多
様な魅力が秘められている。
       
 
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ル・ピュイ聖ミッシェル
     ・デギュイーユ礼拝堂

   Le Puy-en-Velay / Chapelle
      St-Michel-d'Aiguilhe
   
    
     4 Haute-Loire 
   
 
   
 
 奇岩の頂上に建てられた教会堂として有名な
この場所へは、83年のオーベルニュ旅行以来
二度目の訪問だった。前回は夏の盛りで、大勢
の観光客がいたために内部の写真を撮ることが
出来なかった。しかし今回は、幸運と言うべき
か激しく雨の降る寒い日だったため、私達夫婦
の他には長い石段を登る訪問者はいなかった。

 高さ85mの溶岩の上に、10世紀に創建さ
れた奇跡の聖堂だ。現在祭室になっている方形
部分が最も古く、写真のアーケードのある周歩
廊のような側廊部分は12世紀に建てられたと
いう。岩山のスペースに合わせて、楕円形のよ
うな不規則なプランである。
 天井部分を中心にして、フレスコ画がびっし
りと描かれている。写真の左上に白馬に乗った
人物像が残っているがどんな場面かは判らなか
った。
 祭室の天井に描かれた栄光のキリスト像は荘
厳で、四福音書家のシンボルと多くの天使達に
囲まれ、左手を掲げて立つ姿は“幽玄な威光”
といった印象だった。
 四方の壁面を埋めるフレスコに描かれた聖人
や使徒達の様々な姿が、薄明かりの中でそれは
丸で天上へ昇って行く陽炎のような揺らめきに
見えていた。私達自身が浄化されていく様な、
不思議な至福を味わっていたのである。
     
 
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シャマリエール・シュル・
   ロワール
聖ジル教会
  Chamalières-sur-Loire
/
      Église St-Gilles
  
    
     4 Haute-Loire 
   
 
 
 
 ル・ピュイの町の東を流れる大きな川が、あ
のロワール川なのだと知って驚いた事がある。
そもそも県の名前がオート・ロワール、つまり
“ロワール上流”県だと言うのだ。
 ロワールの渓谷に沿って、ル・ピュイから約
30キロ下った所にこのチャーミングな集落が
在り、川面に教会の塔が美しく映えていた。
 聖堂は写真で見る通りバシリカ形式で、身廊
は三廊式である。ほんの少しだけ翼廊部分が突
き出ているが、ほとんど方形に近い。
 レンガ積みのシックな建築で、この地方の風
土にとてもマッチしているように感じられた。
 後陣は半円形で放射状小祭室が四つ飛び出し
ているのだが、周歩廊はあるものの、祭壇部分
に通常見られるアーケードらしきものは無い。
 実は、これはアーケードが失われた訳ではな
く、最初から無いドーム状の祭室であったらし
く、近くのサン・ポーリアンの聖ジョルジュ教
会にも見られる様式なのである。  
     
 
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