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| ブルターニュ(南東部)の古代巨石文化 Mégalithique Civilisation de Bretagne sud-est |
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| 英国の古代巨石文化を 代表する遺跡がストーン ヘンジだとすれば、ブル ターニュのカルナック列 石群はフランスを代表す る遺跡であろう。 モルビアン湾を中心と して広く分布する巨石群 の存在は、全く解明され ない謎として興味深い。 日本庭園の石組にも似 た立石の美しさを、古代 の人々も知っていたのだ ろうか。 カルナック列石群 Alignements Carnac (Morbihan) |
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| カルナック/ケルレスカン列石 Carnac/Alignements du Kerlescan |
Morbihan |
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約3kmの長さで3,000 個近いメンヒルの列石が10列 〜13列に並んで海岸まで続い ている様は、とてもこの世のも のとは思えない。ましてや、1 個1個の石を、何千年も前に人 間が立てたのであるから、ピラ ミッドにも匹敵する古代の謎で ある。 メネック、ケルマリオ、ケル レスカンという三つの列石群が 縦に連なっているのだが、空か ら見なければ全貌は見えない。 石の列はこの状態のまま、何 と3Kmも続いているのである。 写真はケルレスカンの列石だ が600個の立石の内のほんの 一部にすぎず、全体を想像する のは難しい。 私達はブルターニュのこの不 思議ランドがすっかり気に入っ てしまい、隅々まで歩き回った ものである。 |
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| カルナック/ケルマリオ列石 Carnac/Alignements du Kermario |
Morbihan |
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カルナックの三つの列石群の中 では、中央部に位置している。 背の高い先端の尖った石も多く、 全体の印象は何とも凄絶である。 立石の数は約1030個で、写 真のような列石が10列並んでい る様は、想像力を超越したミステ リーの世界だといっても過言では ないだろう。 新石器時代から青銅器時代にか けての遺跡であり、その時代の人 々が何らかの目的で、信じられぬ 程の労働力を駆使して建造した石 造遺構なのである。 太陽の出入りに関係がある、と いう説が有力なのだが、その程度 の目的のためとしては余りにも規 模が大き過ぎるのである。もっと 次元の異なったプロジェクトが存 在したに違い無い。 この列石の東端に、形の見事な ドルメンが隣接して残っている。 |
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| カルナック/メネック列石 Carnac/Alignements du Menec |
Morbihan |
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三つの列石の中では、最も海岸 に近い場所に位置している。 列石最南端の一部は、カルナッ クの町の住宅に隣接している。 立石の数は1100個と言われ、 1Km以上の長さで11列に並んで いる。人間が構築可能な範囲を遥 かに越えた規模で、ピラミッド同 様、巨石をどのような方法で運搬 し、どういった手法で立て、何の ために築造したのかが全く解明さ れていない。 現在は遺跡の中に立ち入ること が出来ないのだが、以前は石に触 ることが出来た。石の持つパワー を感じるためには、何とか石の近 くまで寄って、その大きさを実感 してみたいものである。 石を並べることから生まれる意 味合いはその方向性だろうが、よ く見るとかなり湾曲しているので 意味はかなり薄れてくる。並べる、 という行為そのものに、何らかの 意味があったのだろうか。 |
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| カルナック/マニオの大メンヒル Carnac/Menhir Géant du Manio |
Morbihan |
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ケルレスカンの列石に隣接して、マニオという深 い森(Bois du Manio)がある。森の入口に車を停め、 しばらく歩いたところに少し開けた場所があり、そ こに写真のように見事な立ち姿のメンヒルが立って いる。 森を抜けた途端に目に飛び込んで来る立石の姿は、 とても衝撃的であり、やはりメンヒルというのは石 そのものの存在感と神々しさに満ちており、立って いることそれ自体が何とも魅力的である。 カルナックの列石群は見方を変えれば、3000 基のメンヒルが立っているとも言えるので、たった 一基のこのメンヒルなどさして珍しくもないのだが、 独立している立石の存在感はまた格別である。 ここでは並べることにではなく、立てることにそ の意味合いが有ったのだろうか。 ドルメンの様式は島(英国)と大陸(フランス) でかなり異なる部分があるが、メンヒルは一石であ るためにほとんど差は無い。しかし、メンヒルが連 なった列石が、島ではRowと呼ばれる小さな石の列以 外にはほとんど事例が見られないのは不思議である。 このメンヒルの近くに、方形に石の並んだ一画が ある。サークルは多いが、四角というのは珍しい。 何らかの祭祀の場であったのだろうか。 |
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| マヌ・グロ/ドルメン Mané-Groh/Dolmen (Allée couverte) |
Morbihan |
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カルナックの列石遺跡周辺には、数多 くのドルメンやメンヒルが集中している。 写真のドルメンは、クルッキュノのド ルメンから程近い森の中に在る。全体像 は飛鳥の石舞台にとても類似しているよ うに見えた。発想の貧困はいかんともし 難く、その形からは石舞台と同様の、古 墳つまり墳墓なんだろうという発想しか 生まれなかった。 写真は入口と思われる正面からの眺め であるが、奥の部屋への通路がかなり長 いのが特徴である。羨道式墳墓というも のを、アイルランドで見た経験があるが、 形式は全く同じだ。 フランスでは、この通路式ドルメンを Allée couverte(屋根付通路)と呼ぶ。 森閑とした樹林の中に組まれた石の示 す、神秘的なたたずまいとその重量感が、 古代からのメッセージの存在を感じさせ るのだが、錆付いたアンテナでは、具体 的なものは何一つ受信できない。 |
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| クルッキュノ/ドルメン Crucuno/Dolmen |
Morbihan |
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マネ・グロのドルメンに程近い小さ な集落で、このドルメンは村の中央の 一軒の住宅に密接して残されている。 巨大な平石が屋根石として用いられ ており、かなりの重量感に満ちた迫力 が感じられる。 壁の支石の高さは2m以上あり、ひ とつひとつの石がどっしりと据えられ ていて、分厚い屋根石をしっかりと支 えている。 実際現代に、これだけの石を運び、 据えるためには、どれだけの重機と人 員が必要となるのだろうか。 書物に載っているドルメンの古い写 真では周辺に何も写っていないので、 どうやら住宅は近年になって建てられ たらしい。どういう事情があったにせ よ、古代遺跡に密接して家が建ったこ とは理解に苦しむ。 もっとも、この周辺にはドルメンや 列石群が密集しているので、それを避 けていたら人間の居住する場所など全 く無い、というのが現実のようだ。 |
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| ケルゼロ/メンヒル列石 Kerzerho/Menhirs Alignements |
| Morbihan |
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カルナックからカンペール方面へ 国道165号線を少し走った辺りで、 国道を横切るようにして大きな石が 数列並んでいるのに気が付く。 ケルゼロのメンヒル列石である。 カルナックに比べれば規模は小さ いが、それでも石の数は1100個 以上有るという。 ここでも車を止め、かなり先の方 まで歩いてみたが、石の高さは全て 3〜4mあり、近寄るほどに石の示 す重量感に圧倒される。 この内の1個の石ですら、それを 運び垂直に立てるだけでも、想像が つかぬ程の労力を要求されるだろう。 どんな人達が、どのような目的で 立てたのだろうか。 全部の石がこちらを向き、謎が解 けずに困惑する我々を嘲笑している かの様にも見えた。 |
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| モワンヌ島/ペンアプのドルメン Île aux Moinnes/Dolmen de Près-Penhap |
Morbihan |
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ブルターニュのモルビアン湾に浮 かぶ島々には、多くの伝説と遺跡が 残されている。 その一つここモワンヌ島にも、巨 石文明を代表する多くの遺構が見ら れる。 島の南ペンアプ集落近くの丘の上 に、この堂々たるドルメンが在る。 湾を望む景勝の地であり、墳墓なの か祭祀なのかという重大な命題に至 る前に、石の存在そのものに感動し てしまっていた。 やや崩落気味だが、二つの部屋を 持つドルメンである。傾斜した石が スリリングであり、最も大きな石を 天井に使用することから生まれる緊 迫感がたまらない。 一体何を意識し何を目的にして、 古代の人々はこんな不思議な造形を 生み出したのだろうか。 |
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| モワンヌ島/ケルゴナン列石 Île aux Moinnes/Alignements de Kergonan |
Morbihan |
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前述のドルメンから船着場へ戻る 途中の草地の中に、この妙な石の行 列が在る。 環状列石にしては円形ではなく、 かと言って直線でもない。全体はア ルファベットのU字形をしているの である。モルビアン特有の、馬蹄形 をしたストーンサークルなのだと知 った。 干潮になると海底から浮かび出る U字列石が、どこかの島に在るそう なのだが、次の機会に残しておこう と思う。 1m前後の石が大半だが、鋭く立 っているので迫力が感じられる。日 本の神社に伝わる「磐境」を思い出 していた。この不思議な石の列も、 或る種の「結界」をイメージして立 てられたのだろうか。 |
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| ガヴリニ島/羨道ドルメン Gavrinis/Dolmen à Couloir |
Morbihan |
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モルビアン湾に浮かぶこの島へは、ラルモー ル・バダン (Larmor-Baden) という港から出る ツアー船に乗らなければならない。遺跡への入 場時間に制限があり、個人では自由に見学が出 来ないからである。 羨道のような通路(Passage)の付いたドルメ ンの上に、円墳のように小さい石が載せられた ケルン(Cairn)とも見える。 しかし、この遺跡最大の特徴は、内部羨道の 両側に立てられている壁石、その表面に彫られ た模様に有る。内部の高さは1.5m程だ。 写真は入口から見て右側4、5番目の石であ る。石は左右併せて29個、その大半に指紋の ような多重渦巻模様が彫られている。 具体的な像は一つも無く、全てが抽象的な指 紋ばかりである。装飾なのか呪術なのか、現代 人の鈍感なセンスからは想像もつかない。 が、入口から差し込む光に浮き上がった模様 の、何と美しいことだろうか。 ガイドの目を盗んで撮った写真だが、手持ち にしては奇跡的に上手くいった。 |
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| キベロン/マネムールのメンヒル Quiberon/Menhirs de Manémeur |
Morbihan |
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キベロン湾の西に、蟹の爪のような格好をした 半島が突き出している。それがキベロン半島であ り、先端の町がこのキベロンである。 楽しみにしていたサン・ピエールの列石が、全 く原形を無視した改造が成されていて失望した。 キベロンの町で海鮮料理の昼食を楽しんだ後、 半島を北へ車を進めていた時、家人がこのメンヒ ルを発見した。 メンヒルはこの奥にもう一基立っており、いず れも海に面してキリっと立っていた。 古代遺跡地図には載っていないメンヒルなのだ が、後で調べてみると小生の国土地理院の地図に はこの名前で載っていた。 このメンヒルも他のものと同様に、正面から見 るとかなり扁平なのだが、真横から見ると写真の ように鋭く尖った緊迫した姿に変容する。 使用されている石は結晶片岩の一種だろうが、 日本庭園の石組や板碑などの石碑に用いられる緑 泥片岩にも似て、その風貌は魅力的だ。 パイ皮のような材質が、こうした厚みが無くと も巾のある造形を可能にしたのである。古代の人 々がこうした片岩の特質と魅力とを、きちっと把 握し生かしきっていたことに驚かざるをえない。 |
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| ケルヴィニャック/トロア・ピエールのドルメン Kervignac/Dolmen de Trois Pierres |
Morbihan |
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ロリアン Lorient の町の東方約 10Kmにある小さな村だが、その 北に広がる森の中にこのドルメンは ひっそりと立っていた。 落ち葉を踏みしめながら入って行 った森は鬱蒼としており、さながら 妖精たちの遊び場のようであった。 ドルメンとしては最もシンプルな 構造で、石も1.3m前後と小規模 である。しかし、不思議な雰囲気を 持ったドルメンで、今にも石が浮き 上がりそうな錯覚を感じるほどの軽 快なイメージを抱かせるのである。 このドルメンを見る限り、墳墓と いうよりは、何等かの呪術的なモニ ュメントだったと考えるのが妥当な ようだ。羨道や部屋のついたドルメ ンとは、造立の思想が異なっていた のではないか、と思えている。 |
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| ロクマリアケール/ケルカドレのドルメン Locmariaquer/Dolmen de Kercadoret |
Morbihan |
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モルビアン湾入口の半島に有るこ の町には、数多くの古代石造遺跡が 残されている。 このドルメンは町外れの草原に、 淋しくポツンと立っている。道路か ら近いのだが、案内が全く無いので 付近の民家で尋ねてようやく行くこ とが出来た。 写真は真横から撮ったもので、右 がコの字形の開口部になっている。 小さく見えるが高さは1.5mは あり、近寄って見ると個々の石が示 す重量感には迫力が感じられた。 この町には、世界最大のメンヒル の倒壊したものや、もっと大きなド ルメンなどが有るが、何故かこのド ルメンに最も心に響くインパクトを 感じた。古代の人々の、清冽で高潔 なメッセージが込められているから なんだろうか。 |
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| プロードラン/マイン・グーアレックのドルメン Plaudren/Dolmen de Mein-Gouarec |
Morbihan |
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ここはヴァンヌ Vannes の町 の真北、たった17Km離れた場 所なのだが、小麦畑や牧草地が 続く全くの田園地帯である。 このドルメンは広大な麦畑の はるか真ん中に有り、目を凝ら さなければ見えないし、畑をか なり横切らなければたどり着け なかった。 トラクターで農作業中の老人 に頼むと、構わず入って良いと 言う。麦は踏んだ方がいいんだ ろう、などと話しながら畑を歩 いた。 通路式ドルメンだったのだろ うが、一部屋根石が失われたら しい。それでも、屋根石の残る 部分は、原形の持っていたであ ろう緊迫感を留めている。 こうした農地や牧草地に在っ た遺跡は、保存し易いが故に残 ったのだという考え方もあり、 ブルターニュやコーンウォール は開発の波から外れてしまった ことが幸いしたのだ、とも言え そうだ。 |
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| メドレアック/ランプーイの列石 Médréac/Alignements de Lampouy |
Ille-et-Vilaine |
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ディナン Dinan の南、モント バン Montauban に近い丘陵地帯 で、幾つかのメンヒル遺跡が集中 している。 ここは壮大な農場で、牛の放牧 や小麦の栽培が行われている。 Le Clos du Rocher, La Grande Épinée などといった列石も在る が、写真の Les Longs Points と 呼ばれる列石が最も豪快で造形的 であった。 石は巨石が漫然と並べられたの ではなく、大きな石と小さい石、 細長い石と太い石などの対比が作 り出す妙味が、明らかに考慮され ているのである。 このことは誠に驚きであり、何 を意図したかは不明ながら、或い は直裁に造形美を求めたのではな いにせよ、ある美的な感覚が働い ていたことは間違いない。 古代人の造形が何らかの“絶対 的なるモノ”に近付く作業だった とすれば、それを美しいと感じる 感覚が遺伝子となって今日に伝え られたのだろうか。 |
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| トルッセ/妖精の岩のドルメン Tressé/Allée couverte de la Roche aux Fées |
Ille-et-Vilaine |
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こんなに美しい森が他にあるだ ろうか、とすら思える程の瑞々し い新緑で、ドルメンの石までが緑 に染まってしまっているかのよう に見えた。 ディナンの東15Kmに広がるメ スニルという森 (Forêt du Mesnil) で、妖精が住んでいるという話を 信じてみたくなってしまいそうな 雰囲気が漂っていた。 Allée couverte と呼ばれる屋根 付通路式のドルメンで、内部には 幾つかの部屋が縦に連なり、天井 には分厚い巨石が数個載っている。 この形式は明らかに墳墓に通じ る羨道をイメージさせるのだが、 実際に墳墓として建造された形跡 は無い。 つまり大半のドルメンの最奥の 祭室とされる部分には、ほとんど の場合埋葬の痕跡は無いのである。 |
| 単体のドルメンが数個繋がったようにも見え、連続する部屋なのか通路なのか、ブ ルターニュにはこの形式が多く、全く謎の様式としか言いようがない。墳墓でないと すると、一体何なのだろうか。 |
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| ドル・ド・ブルターニュ/シャン・ドレンのメンヒル Dol-de-Bretagne/Menhir du Champ Dolent |
Ille-et-Vilaine |
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モンサン・ミシェルに近いドル Dol の町か ら、南へ数キロ行った畑の中にこのメンヒルが どっしりと立っている。高さが9mあるので、 かなり離れた場所からでもその存在を容易に確 認出来る。 メンヒルとしては並外れた高さであることを 表現したいがために、家人に立って貰った写真 を載せた。家庭アルバムからの抜粋を、御容赦 願いたい。 古代の人々がいかなる情念を抱き、いかなる 方法でこの巨石メンヒルを立てたのだろう。古 代巨石遺跡の前では、この疑念は永遠の謎にな ってしまいそうなのだが、天体観測のためなど といった陳腐な発想は聞きたくもない。 そんなことのためなら、何もこれほどまでの 巨石を用いる必要はなかっただろう。 巨石であることに深い意味があったのか、或 いは石を立てるという純粋な行為そのものに意 義があったのか。いずれにせよ、古代の人々の 宗教的な行為としての祭祀、或いは祭事であっ たのだろう。見えざる大きな力との交信であっ たり、崇敬の念の表現であったのかもしれない。 後世には、世界中いたるところで墓碑として 石を立てる、という風習が生まれる。石の持つ 神秘的な永遠性や、立っていることで示される 存在感や美しさ、が人々をひきつけたのだろう。 |
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| サン・ジュス/トレアルのドルメン St-Just/Allée couverte du Tréal |
Ille-et-Vilaine |
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サン・ジュス地区はレンヌ Rennes とルドン Redon の 中間に位置しており、古代巨 石遺跡の集中する広大な歴史 地区である。 数多くのドルメンやメンヒ ル、ケルンや列石が点在して いるのだ。それぞれの遺跡と しての質の高さも、特記され ねばならないだろう。 私たちはサン・ジュスの教 会に駐車し、そこから広範囲 に広がる遺跡群を一筆書きに 歩く作戦を立てた。 最初に町からは最も遠いこ のドルメンへ向かって、草原 や小麦畑を抜けて歩いた。爽 やかで好奇心に満ちた、素晴 らしいウォーキングだった。 小高い丘の上の森の中で見 つけたこのドルメンの迫力を、 |
| どうお話すれば良いのか見当もつかない。 苔むした扁平な石の示す緊迫感、積み重ねられた巨石の重量感、そしてドルメン全 体から湧き上がるような造形の示す圧倒的な迫力。 私も家人も共に、完全に地べたにへたり込んでしまっていたのである。 |
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| サン・ジュス/フール・サラザンのドルメン St-Just/Allée couverte du Four-Sarrazin |
Ille-et-Vilaine |
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前述したトレアルのドルメン から、牧草地や耕地の畔をしば らく歩いて行くと、小高い丘陵 に出る。 見晴らしの良い高台部分に、 この通路式のドルメンが突然現 われる。 石の質が片岩系であるために、 扁平で鋭く尖っているものが多 い。そのために、組まれた石の 印象がまことに戦慄的であり、 鋭い造形感覚の存在を信じたく なってしまうのである。 青銅器時代の古代人にとって は、あくまで宗教的な意図しか 無かったのだろうが、もしかし て、美しいモノを創造すること が絶対的なものへ近づける手段 の一つであった、ということは 無かったのだろうか。 サン・ジュスのドルメンは、 そういう可能性を信じてみたく なるほど美しいし、また現代の 感性にも近いモニュメンタルな 造形性に満ちている。 |
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| サン・ジュス/クロア・サン・ピエールのドルメン群 St-Just/Dolmens Croix St-Pierre |
Ille-et-Vilaine |
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更に丘陵を町の方向へ向かっ て歩いていくと、潅木に囲まれ た草原の真ん中に数基のドルメ ンが集中的に構築されている。 その中で一際目を引いたのが、 このケルンを囲むようにして並 んでいる立石群だった。石の高 さは2m弱のものが多く、石質 は前述のドルメンと同じものら しい。 案内板にはドルメンと記され ているが、この部分に限っては 立石群と呼ぶほうが正しいかも しれない。 それにしても、この遺跡は、 日本庭園の石組のイメージその ものではないだろうか。 それも特に、造園界の鬼才と 言われた、重森三玲の立てた石 組のイメージにかなり近い。師 が故郷の神社で親しんだ磐座や、 大湯などの環状列石に日本庭園 の源流を見ていたのは事実だ。 |
| 立石の持つ神秘性や造形的な力強さに対する感性が、時空を超えて、近代芸術にまで 継承されていることに驚嘆せざるをえない。 |
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| サン・ジュス/ムーランの列石 St-Just/Alignements du Moulin |
Ille-et-Vilaine |
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クロア・サン・ピエールのド ルメンから更に、丘陵の尾根を サン・ジュスの町へ向かって歩 く。なだらかな起伏の草原なの で歩きやすく、途中潅木の間に 小さなドルメンやケルンが点在 する広大な古代の遺跡の中心で ある。 この列石は付近に風車小屋が あるのでこう呼ばれているのだ が、今までに見たことの無い不 思議なものだった。 石の質や形や大きさに統一感 が丸で無いのだが、異質なもの 同士が奏でるハーモニーにも似 て、かえってとても創造的なモ ニュメントに見えるのである。 古代の人々が、この妙な巨石 の列に、どのような意志を込め て立てたのであろうか。均質で ないことに、むしろ何らかのメ ッセージが込められているとで もいうのだろうか。 |
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| エッセ/ロシュ・オウ・フェーのドルメン Essé/Allée couverte de la Roche aux Fées |
Ille-et-Vilaine |
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このドルメンと対面した時 の衝撃を、どのように表現し てよいか判らない。予想だに しなかった程の圧倒的な石の 量感が、感動を通り越して戦 慄的ですらあった。 高さは3m以上、長さは1 枚の写真では写せない。画面 の写真には、全体の半分しか 写っていない。 ロワールに住む“ドルメン 博士”と異名をとるフランス 人の知人が、これぞ一押しと 紹介してくれた、ドルメン教 の別格大本山である。 内部には五つの部屋らしき 区分が設けられており、あた かも住居らしき設計であり、 絶対的な“何か”が住む場所 としての象徴なのだと感じた。 レンヌ Rennes の南20Km、 壮大な原野の中に突如現れる。 |
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| クロサック/バルビエールのドルメン Crossac/Dolmen de la Barbière |
Loire-Atlantique |
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ここはサン・ナゼール (St- Nazaire) の北北東15Kmに位 置する、クロサックの町外れに あるドルメン遺跡である。 形状からは、通路式であった ものが崩落し、二つのドルメン に分かれてしまったものと思わ れる。 天蓋石の残っているドルメン は、単体のドルメンとしても見 事な形状である。特に重量感の ある天蓋石は、現地の案内板に “Grand Table”と表記されるく らいの巨石だった。 このロワール河口一帯には、 数多くの遺跡が点在しているの だが、今回は時間の関係でここ 以外では数箇所しか探訪できな かった。次回には、時間をかけ てじっくりと歩いてみるつもり である。 |
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