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7回目 7月3日(木)
曇り
酒匂川・中流部
釣果:26
8回目 7月10日(木) 狩野川・中流部
釣果:25
9回目  7月22日
    〜8月5日
四国
アユ釣り&キャンプの旅
第1日 7月22日(火) 東名で一時雨 東名-名神-本四連絡道を移動
第2日 7月23日(水) 快晴 四国第1番霊山寺で祈願

徳島県 鮎喰川神山町神領・文化橋
釣果:1
第3日 7月24日(木) 快晴 徳島県 海部川へ移動
第4日 7月25日(金) 快晴 海部川、上流部
釣果:8
第5日 7月26日(土) 晴れ 伊尾木川、中流部
釣果:2
第6日 7月27日(日) 晴れ 安田川、下流部
釣果:8
第7日 7月28日(月) 快晴 仁淀川へ移動
第8日 7月29日(火) 快晴 仁淀川、中流部
釣果:0
第9日 7月30日(水) 晴れ 四万十川へ移動
第10日 7月31日(木) 快晴 四万十川、中流部
釣果:5
第11日 8月1日(金) 快晴 愛媛へ移動
第12日 8月2日(土) 晴れ 吉野川、中流部
釣果:6
第13日 8月3日(日) 晴れ 揖保川へ移動
第14日 8月4日(月) 曇り 揖保川、中流部
釣果:28
第15日 8月5日(火) 晴れ一時曇り 中国自動車道-名神-東名で帰着





7回目 7月3日(木) 酒匂川・中流部

酒匂川・やぶ下オトリ上手
 松田地区、やぶ下オトリ上流
  天気:薄曇り
  水温:17〜20℃  水色:澄み
  釣果:26  Max.17cm,Min.13cm

 川の写真をうっかり削除してしまい、残ったのがこれだけ。
 川の流れは前回とあまり変わりはありませんでした。

酒匂の鮎
 釣れたほとんどが追加放流のアユでした。

 天気が崩れる前に釣りに行こうとKYさんと相談がまとまった。前日にSさんに誘いの電話をしたら、木曜は娘さんの家の庭の整理をしてあげる約束をしてしまったので、残念だが行けないという返事だった。
 ということで、今回は二人での釣行となった。7月にも入り平日だからそれほど急ぐことも無かろうということで、5時頃の出発とした。家を出る頃少し霧雨らしきものが少し落ちていた。カッパを入れているのを確かめて、KYさん宅へ向かい、ピクアップ。
 茅ヶ崎のあたりで雨粒が落ち出し、大磯あたりではかなり強い風も吹き出し松の木がゆさゆさ揺れていた。
 曇りという天気予報とはちがって、雨風模様だ。現地へ行ってみてダメなら様子を見るだけで帰ってきましょう、と話しながら大井松田へ向かった。
 国府津(コウズ)から山の方へ向かい梅の名所・下曾我辺りまで近づくと、先ほどの強風が嘘のようで、全くの無風状態だ。雨粒も全く落ちてこない。こんなこともあるのだ。
酒匂川入漁証 途中釣りはだめかと思ったが、曇り空で山に深い霧がかかってはいるが釣りに支障はなさそうだ。
やぶ下オトリの前に出て川をみて驚いた。オトリ屋の前の見える範囲は釣り人で一杯だ。駐車場もほぼ満杯。競技会でもあるのか?と思った。
 オトリ屋の主人が堤防の道路から多勢の釣り人をながめていた。
「今日は競技会でもあるの?」
「神奈川県下のキャステイングの社員の友釣研修会をやっているんだよ。」
「へー。一日一杯やるんですかねー」
「いや、お昼頃には終わるんじゃないの。いまやっている連中はほとんどやったことが無いみたいだね。オトリをちゃんと掴めないのが多いよ。」
「へー、店の社員・全員の研修ですか。たいしたもんですね。」
「釣具屋の店員が友釣の実際を知らないで竿や仕掛けを説明出来ないものね。それにしても釣りの研修とはすごいねー。」
 (後日、インターネットで見たら、神奈川県には7店舗あるのが分かった。)
 どの辺りが良いのかと尋ねた。
 「上の土手の切れ目からザラザラこちらに流れて左岸にぶつかって深くなった所からそこ石の波だっている所のこちら側がいい。石の向こう側はだめだよ。それから、下手の瀬がいいね。」
 「上手の土手のあたりはどう?」「昨日やってみたけど、小さいのばかりだった。まだ早い感じだね。」
 良いという場所はこちら側は研修者で一杯で、入る余地無しだ。
 着替えをして釣り支度をすませ、オトリを2匹船に入れて少し上手の堤防の階段から川に降りて、写真の場所の中洲へ渡った。クーラーを置き、どの辺りで釣ろうか考えている間もなく、次次と釣り人が川を渡ってくる。左岸側はキャステイングの釣り研修会で満員だから、上流へ行くか右岸側へ渡ってくるかしかないのだから仕方が無い。
 たいていの人は見栄えの良い下手の瀬の方へ歩いていった。
 お昼頃まで、ザラ瀬の落ち込みの先の深みでやってみて、午後に研修が終わって左岸が空いたら左岸へ渡ってやりましょうとKYさんと話した。
 KYさんは中洲とザラ瀬の境目辺りから竿を出した。自分はザラ瀬の真中に立って、落ち込んだ深みの真中あたりから向こう側を狙うことにした。
 10時頃まではなんとかポツポツ釣れたが、その後全くアタリが無くなった。自分だけでなくKYさんもそうだという。釣れたのは、13,4cmのサイズのものと16,7cmのサイズとの二通りのもので、ほとんどが最近追加放流されたものだった。春先に放流された物や、天然遡上のアユは掛からなかった。
 まだ昼には間があったが11時頃早めの昼休みにした。KYさんが冷水病だといって背鰭の後の体側の鱗がなくなり赤く身が見えているアユを1匹見せてくれた。写真などで見ている典型的なものだった。
 とにかく持ち帰るのにポリ袋に入れクーラーボックスにしまった。自分も午後に尾鰭の前が赤剥けになったのを1匹掛けた。
 キャステイングの研修は昼に終了したようだったが、午後は自由の鮎釣りのようで、釣り場は空く様子が無かった。
 午後からも同じ所でなんとかポツポツ掛かったが、2時半ころ連続2連荘のバラシのあと音沙汰なしになってしまった。
 上手と下手を少し歩いて様子を見てきた。オトリ屋の主人が良いといっていた場所には垢が付いていて石も栗色のようになっていたが、それ以外の場所は白ッ川に近い感じだ。これではアユが育たないはずだ。
目印がビュンと動くようなアタリが数回あったが、ほとんどはアタリが弱く、あれなんか泳ぎが変だなと竿を立てて様子を見たら釣れていたなんていうのも何度かあった。アタリが弱いのは冷水病のせいかもしれない。
 4時近くなって対岸が空いたので左岸に渡り、左岸からオトリを出してみた。何匹か追釣して今日は終了。

 酒匂川で鮎釣りをなさった方は、帰ったら釣り道具を消毒して下さい。
 タイツ、タビ、ウェーダー、ベストは裏表ともよく乾燥する。(特にタビのフェルトは良く乾燥して下さい。)
 乾燥したものをお日様に熱くなるまで当てて日光消毒する。又は消毒用アルコールなどを吹きつけて消毒する。
 タモ網、引き舟、オトリ缶もからからに乾燥して、日光消毒か消毒用アルコールなどを吹きつけて消毒する。
 酒匂川で釣ったアユを、他の川に持っていってオトリに使わないで下さい。
 他の河川に冷水病を広めないために、ご協力をお願いします。


8回目 7月10日(木) 狩野川・中流部

狩野川、松下瀬(大仁橋上流)
 松下瀬、大仁橋上流

 天気:朝一時小雨、後薄曇
 水温:19〜20℃ 水色:澄み
 釣果:25
 Max. 21cm
 Min. 11cm


 下流の大仁橋を望む
 ショッコから続く長く変化にとんだ瀬は、荒瀬となって大仁橋下の淵に落ち込む。
 松下の瀬にはいくつかの中洲があるが、どれも葦がびっしり生えている。中州の際は以外に深い所があるので歩く際は注意がいる。


狩野川、松下瀬2
 上流のショッコ方面を望む
 松下の上手はショッコという広い瀬になっている。
 ショッコは梅雨明けからだろうというオトリ屋の話だった。何人かが試すのだが、今の所ショッコでは良い釣果が出ていないそうだ。


狩野川のアユ
サイズはバラバラです。
12cm位、15cm位、17cm位、20cm位のが釣れてきます。


 そろそろ興津の鮎も育ってきたろうから今週火曜日あたりに興津川へ行きましょう、と話していた。だが週末に静岡で降った大雨の増水と濁流で石垢があらかた飛んでしまったらしい。2,3日では垢が回復しそうもないので、木曜日まで延期にした。水曜日ころから新垢が付き出したということではあったが、川の事情が分かっていなければ当り外れが大きくなる。
 そんなわけで、出かける時になって急遽目的地を狩野川に変更した。同行のKYさんSさんも同意してくれた。狩野川は週末の雨はたいしたことなく、垢も残っているという。前回は遠藤橋で惨敗だったので、今回は少し下手のショッコへ行ってみることにした。
 6時前に狩野川大橋を渡った時、川岸を眺めてみたが、まだ釣り人は一人も川に出ていない。
 「この時間になっても誰も川出ていない、というのはぜんぜん釣れていないってことかね?」
 「以前は夜明けとともに釣り人が川に出ていたのと比べると狩野川じゃないみたいだね。釣り人が来ないのかなー?」
 「ん〜、どうなんだろうねー」 むー、悪い予感。
 川沿いに走りながら川岸を眺めるが、狩野川大橋から大仁橋の上手の松下の瀬まで釣り人の姿は全く無い。
 コンビニで飲み物、弁当を買い、ショッコのオトリ屋へ行った。小屋は閉まったままで、戸に「AM6:00には来ます」とかいたビラが貼ってあった。6時にオトリ店を開くということは、「朝早くやっても釣れないよ」ということか「あまり釣れていないので、朝早くから店を開けても、釣り客が来ない」のでゆっくり店を開けるということなのか?などと話しながら川を眺めたり朝食を摂ったりしてオトリ屋が来るのを待った。
 待つ間にあたりをぶらぶらすると、少し上手に日本友釣同好会が建立した大きな石碑が立っていた。「鮎の瀬に 瀬音・・・・・」という歌が彫られていたが、記憶力が悪くて思い出せない。その石碑の少し上手にもオトリ屋があり、車が数台停まっていた。が、釣り人はまだ川に出ずに立ち話をしている様子だった。
狩野川入漁証 6時を少し過ぎたが、まだオトリ屋は来ない。ビラに書いてある連絡先に電話をしたら、これから行くところだという返事だった。間もなく軽トラでオトリ屋が来た。
 この辺りの最近の様子を聞くと、「鮎はまだヘチに出てきていないので、流芯、深みをやったほうがいい。前の瀬(ショッコ)は良さそうに見えるので何人かがやってみるのだけれど、あまりつれない。去年は良かったんだが、今年は梅雨明け以降だろうな。」という話だった。
 「今は下手の右岸にある工場の青い看板あたり(中洲があるあたり)を目標に、その下手の流芯をやると大小交じりで釣れる。中洲から右岸側がいい。この前の瀬は梅雨明け以降になれば良くなると思う。」
 釣り支度をして堤防の土手を下り川辺へ行き、川に埋けてある大きなオトリ籠から取り出したオトリを引き舟に移して下手へ向かった。
 工場の青い看板のあたりまで下がると、その辺りから下に中洲がいくつかあった。どれも葦がびっしり生えている。上から二つ目の中洲に一部砂の岸が見えたので、そこにクーラーボックスなどを置くことにして、左岸から中州へ渡った。途中は膝位の水深だった。
 SさんとKYさんは中洲の右岸側をやってみるといい、二つ目の中州の反対側へ行った。中州と右岸との間は広い早瀬が続いている。部分的には流れの緩い場所も交互にある。
 中洲まで川を渡ってきた時に見た石にはハミ跡が沢山付いていた。岸よりのハミ跡はまだまばらでテカテカに艶がでるにはまだまだという感じだった。が、流れの芯は黒くなっていたのでそのあたりにオトリを出して様子を見ることにした。
 少ししてオトリ位のが二つきた。これは幸先が良いと思ったが、その辺りではその後音沙汰無し。中州と中州の間の瀬に移動。12cm前後のチビが背掛できた。早瀬なのでチビでも流れに乗ってけっこう引く。でも水を切って水中から出て姿を見せるとがっかりだ。何匹かオトリになるサイズがきたので早い瀬の芯に入れてやると幅のある良い引きのオトリサイズが来た。
 オトリに換えて出してやると、流れを横切って力強く沖へ出て行く。大きな石の脇をすり抜けた時目印が上手へヒュッと動いた。これは良型と直感した。引く引く、走る走る。久方ぶりの強引きだ。竿1本半くらい下手まで転げそうになってついて下がるが寄ってこない。上手に行ったり岸の方に走ったりでどうにもならないし、姿も見えない。何とか下手の2,3メートルの所まで寄せてきて、あと少しで糸が取れるという時、突然沖に向かって突進した。全く止められない。竿を伸されないように腰を下ろして頑張ったが3,40度まで竿を倒されてしまった。その後だ、0.07複合メタルが目印の下で切られてしまった。瀬の中で、空中になびく目印を見ながらホーッと溜め息が出た。こんな強い引きはここ数年来無かった。
 しばらくボーっとしていたように思う。気を取り直し、仕掛けを張り直して、下手の中州の周りを探ってみた。オトリ屋の言う通りで流れの芯で掛かるが、サイズはバラバラだ。
 11時頃にKYさんが石で滑った時に石との間に竿を挟んで折ってしまった。予備竿を取りに行くので車のキーを貸してくれと云ってきた。折れた場所は手元の竿尻・握り部分だった。この部分ならなんとか自分で修理できそうだった。
 すごい引きのやつに糸を切られたり、中州の周りを動いたりで疲れたので少し早かったが昼弁当休みにした。KYさんは先に竿を取ってくると、オトリ屋へ向かった。Sさんはいいのが釣れている様で中州の向こうから右岸側を狙っていて戻って来ない。
 クーラーから冷えたお茶を出し、ゴクゴクと飲んだ後、手を空に広げて伸びをしたら少し落ち着いた。中州の砂にイノシシの足跡がずーっと付いているのに気が付いた。こんな川の中まで来て何をしていたのだろう。
 砂から出ている石に腰を下ろし、弁当にした。ほとんど食べ終わる頃にKYさんとオトリ屋とが川を渡ってきた。プラスチックトレーにモロキューとか酢蛸とか茹インゲンとか茹新じゃがに塩を振ったのとかが盛ってある。朝早くから来てくれたから、差し入れだと言う。こんな遠くまでわざわざ届けてくれてありがたい事だ。お礼を言って、早速ご馳走になる。河原で食べるこれらは又格別美味しい。
 中洲の反対側へいって「お昼の差し入れがきたよー。」とSさんを呼びに行った。
 しばらくしてから、「良型が掛かったので、昼飯どころじゃーない釣りを続けようと思ったんだけど、差し入れだって呼ばれたんで戻って来た。」と言ってSさんが来た。沢山あった物も、三人でぺろりと平らげた。
 狩野川の往時の賑わいを知っている者からすると、今日の釣り人はその頃の五分の一もいないだろう。「全く釣り人が居ないというのも寂しいけれど、移動もできないというほど多いのも大変だよね。今日位がちょうど良いね。」とSさんが言った。
 午後も中洲の左岸側や右岸側の流れの芯を探った。一箇所で何本も掛かるということは無かった。7号の鈎が小さすぎたのか、鈎形が合わなかったのか、7,8本はバラした。
 釣り人が少なかったので移動してあちこち探れたので今日はなんとか良い釣りを楽しめた。早瀬の中で掛かると強い引きで、うん友釣をやっていると実感できた。
 が、膝から腿位の水の中を動き回ったので、股の付け根の筋肉が疲労を訴えていた。もう若くはない事を改めて感じた。


9回目 2008年四国鮎釣り旅行

第1〜2日目 7月22日(火)〜7月23日(水) 横浜より四国徳島県へ移動。吉野川支流の鮎喰川へ
 22日夜9:30KYさん宅へ寄り、釣り道具とキャンプ道具を積み込む。
 今年もSHさんが参加してくれ、昨年同様に三人での鮎釣り&キャンプの旅の開始である。
 夜の出発というのは、高速道路料金がETCで深夜4割引に割引率が上がったためで、長距離移動の際には高速料金の大幅節約になるからである。夕方から出発直前まで寝ていたので、深夜ドライブもそれほどの苦にはならなかった。
 昨年とほぼ同じ時刻に東名を西へ向かったのだが、昨年は横浜から名古屋まで大形トラックが切れ目無く続いて走っていたのが今年はかなり大形トラックの数は少なくなっていて、車列が途切れることが多かった。東京方面への車はさらに少なく感じた。
 東名〜名神を通り夜明け頃に本四連絡道(阪神淡路鳴門自動車道)に入った。この道路は淡路島の通過部分が大半で明石海峡大橋、大鳴門橋は部分的なものだ。淡路島は地図で見て想像していたよりはるかに大きいのが道路を走ってみて実感できた。鳴門の渦潮は皆以前に見ているので鳴門は通過。
四国第一番霊山寺 四国といへば、お遍路さんの四国霊場八十八箇所が有名である。霊場回りが目的ではないが、四国第一番霊山寺にお参りして旅の安全と厄除けをお願いした。
 早朝であったため、案内所はまだ開いておらず、三人それぞれ我流でお参りを済ませた。
 本堂前の池にはふっくらとした錦鯉や真鯉が群れ遊んでいた。

 霊山寺から神山町へ向かう道沿いでは、稲穂が頭を垂れて色付きもう刈り取りをしてもよいような田圃が何ヶ所も見られた。一方穂がまだ立ったままでこれから実が入るという所もあって、その田圃ごとに違っていた。
 後日早場米の出荷がラジオで報じられていた。
 蓮田も所々に見られ、蓮の葉の間から花がスッと伸びて咲いていたりする光景も気持ちをさわやかにしてくれた。

第2日 7月23日(水) 徳島県、鮎喰川

鮎喰川、文化橋上流を望む
 鮎喰川(吉野川支流)、神領・文化橋

  天気:晴れ 
  水温:24〜26℃ 水色:澄み 
   釣果:1
      22cm

 文化橋より上流を望む
 橋の少し上手に写真にある小振りの沈下橋があった。
沈下橋まで見て歩いたが、アオノロがいっぱいで友釣りはほとんど無理。
 渇水前のアオノロが出ない間に来れば、良い釣り場のように見えた。


鮎喰川、文化橋より下流を望む 文化橋より下流を望む
 橋下から淵にかけてアオノロは出ていない。橋の上から群れ鮎が多くみえた。

文化橋の下
 橋下のチャラ瀬
 群れ鮎が見えるが、まるで掛かりません。









オトリを狙った大ナマズ
 橋下手の淵の落ち込みで、KYさんが50cmを越える大物を仕留めた。
 弱ったオトリを狙ったナマズだった。




 四国初日の今日、23日は吉野川支流の鮎喰川で竿を出す事にしていた。鮎を喰らうというこの川の名前に強く惹かれたからだ。
 神山町役場をカーナビにセットし、鮎喰川へと向かった。
鮎喰川沿いに軽井沢レジャーランドというキャンプ場があり、一泊する予定だったので先にそこへ立ち寄った。夏休みだというのに、だーれもいない。電話をしても出ないはずだ。夕方になったら来てみようということにして、上流の神領へ向かった。役場の少し手前にオトリ屋の看板が出ていた。店の前に車を停めて、店を覗くと、なんと水曜日定休日と出ていた。ガックリ。
KYさんが事務所らしき部屋にむかって大声で挨拶をすると、中年男性が出てきた。やれやれ、これで何とかなりそうだ。
 釣りの様子を聞くと、「晴天続きで雨が無く渇水で最近は良くない」という。「上分(カミブン)で昨日十本ほど掛けてきた人がいるが、あなた達は初めてだから上分といっても場所が判らないだろうしなー。」「このすぐ下手に文化橋という橋があるからその橋の下から下の淵までにアユが見えるから、そこでやってみてはどうか?」と言ってくれた。
 オトリ屋は副で、メインは食事処、涼み処、日帰り川遊びとキャンプ場?のような感じで、店の裏手の川沿いに平らな草地があり流し台もあった。今晩ここにテントを張って良いか尋ねると、気持ちよく了承してくれた。これで今日の鮎釣りと宿泊地は確保できた。
 教わった文化橋の上から覗くと、群れ鮎が泳いでいるのが見えた。橋の左岸側すぐに元学校の青雲寮というのがあり、その入り口の広場に駐車させてもらった。植え込みの草取りをしていた地域の方に伺うと、昔はかなり名の通った鮎の川だったようだが、今は昔という感じの話であった。
 青雲寮脇の階段から河原へ下り、橋の下で釣りの準備をした。KYさん、SHさんは下手でやるという。
 上手の沈下橋までの約百メートルを見て歩いた。石がぎっしりと詰まったいい瀬だがアオノロがいっぱいで、オトリを入れられそうなところは2,3箇所のみ。他に場所は無いからオトリを流してみたが全く反応無し。
 昼食時までボーズ。橋の日陰で昼寝。
 弁当を摂っていると、KYさんが戻って来て、正体不明の大物にオトリが岩の下に引きこまれて仕掛けを切られてしまったと興奮気味に話した。
 午後に同じ辺りで、また同じ様な当りと重い引きがあり、長いやり取りの末に仕留め正体が判った。それは50cmは越えようかという大ナマズだった。
 夕方ウナギ獲りにきた地元の老人にいるか?と声を掛けたら、いるが帰りに持っていくのでそこへ置いておいてくれというので、河原の大きな石の上に目立つように置いてきた。
 午後に橋下のチャラで22cm位のが1匹来て、後は音沙汰無し。辺りにいたのは水遊びの子供達と、ウナギ獲りの老人だけだった。
 河野オトリ店へ戻り、裏手のキャンプ場?の草地にテント、炊事道具などのキャンプ用具を運んだ。
裏手の川相は岩,石の良い感じの所で、鮎がいてくれれば、ここで鮎釣りが出来れば最高のシチュエイションだ。が、残念ながら川水の中の石も岩も曇ったままであった。
 草原にテントを張り、ツインバーナーでご飯とレトルトカレーを温めて夕食にした。
 食後のコーヒーの後少し夕涼みをした。辺りが暗くなると、どっと眠気が襲ってきて、朝まで爆睡。


第3日 7月24日(木) 徳島県、海部川へ移動

 鮎喰川のあとに勝浦川とか那賀川を訪れることも考えはしたが、ここはパスして海部川へ向かう予定にした。
 神山町、鮎喰川から一度徳島へ戻りR55土佐浜海道を南下。海岸線を眺めながら走るつもりで、美波町(旧日和佐町)で南阿波サンラインに入ろうとすると、うみがめ博物館の看板が目に入った。R55から美波町役場へ向かう道をそのまま海岸まで行くと大浜海岸ウミガメ産卵地の砂浜とうみがめ博物館があった。手前の神社境内の楠の大木の木陰に車を駐めて、ウミガメが産卵に来ると言う広い砂浜を見た。砂浜での海水浴が禁止されていた。海亀保護のためかと思ったら、海が急に深くなるためと看板に書かれていた。
 話は少し変わるが、平成の大合併というのは住民や一般国民にどのような利益があったのだろうか?他所の土地を訪れる者にとっては何のメリットも感じられない。古くからの地名がその土地の歴史や伝承とはまるで関係の無い奇妙な名称の町や市に変えられてしまい違和感とデメリットしかないように思えた。
 南阿波サンラインでは南国のきれいな海岸線と海とを眺めながら走れると思っていたのだが、道路沿いの樹木が高く伸びて道路からはほとんど眺望がきかない。展望台でさえも周りの樹木が眺望を邪魔していた。観光用の道路と展望台を作った後は何もしていないという、お役所仕事を感ぜずにはいられないものの一つだ。
 最初の展望台にある売店の主人が、今年の秋には展望台の周りの伸びた樹木を伐採して眺望を回復する予定だと言っていた。道路沿いの樹木も伐採してくれると良いのだが。
 来る途中で見えた海は、湖よりも静かなくらいのベタ凪ぎで波一つ無い。これが太平洋かと疑った。
 昼頃に海陽町に着き、阿波海南駅前の食堂に入った。今日は土用で日替わり定食がウナ丼だったので、それを食した。壁の学生さん用メニューにとんこつラーメン¥300、大盛り+¥100というのが目に付いた。いくら食べても、すぐに腹が減ってしまう学生にはありがたいメニューだ。
 昼食後は海部川の川見をした。一番下流の釣り専用区で吉野橋の上から川を覗いた。橋の上手のトロ場では子供達が水遊びをしていた。橋のそばのトロ、チャラには20cmオーバーと思える大きさの何十匹かの群れ鮎がいくつか見えた。
 橋の少し下手に瀬が見えたが、見える範囲に釣り人の姿ははいなかった。
 何年か前の大水の土砂が流れたためか、下流部は小砂利〜頭位の石で流れが埋まってしまい変化の無い流れになってしまっていた。昔聞いた海部川の流れに戻るにはあと何年かかるのだろうか。
 小川口あたりから上流の釣り専用区からは川相が回復してきているように見えた。
漁協マップでは川沿いに4軒オトリ屋があるはずなのだが、見落としかもしれないが、看板も幟も見当たらない。オトリはどこで買えば良いのかねー、と話しながら皆ノ瀬(カイノセ)橋のところまで見てあるいた。皆ノ瀬橋からも良型の群れ鮎が見えた。橋の上手に二人釣り人が見えたので、ここでは釣れそうだねと話しあった。
民宿RiverRuns 今日は民宿で早く休む予定だったので、3時頃に桑原大橋左岸際にある民宿へ行った。
民宿Riverrunsの主人に最近の友釣の様子を尋ねた。今日の午前中請橋(ウケハシ)の上手チップ工場の上で10本掛けたそうだ。が、オトリには大きすぎるので今日は天然オトリは無いといい、生簀に浸けてあった午前中に釣ったという鮎を見せてくれた。23,4cmの良型だった。オトリで売る鮎は逆バリの跡が一つだけというのが原則だという。
 最近は晴天渇水が続いていてきびしいという話だった。が、皆ノ瀬橋から上が良いそうで、請橋上のチップ工場あたりから上が良いという。河原に降りられる場所があるか尋ねると、皆ノ瀬橋の少し上手で道が広くなった辺りに河原まで降りられる道があると教えてくれた。
まだ早く時間もあるから、10キロほど上流にある轟の滝でも見てきたらどうですか、と云う。
 宿泊客は我々だけのようで、準備もこれからのようだった。川への下り口の確認も兼ねて轟の滝見物に出かけた。

 再び海部川を上流へ向かった。途中にガソリンスタンド、商店のある小川口という集落がある。そこから少し上手にオトリ屋があるはずだが、生簀のような槽がある所があったが、オトリの看板も幟も出ていない。そこからさらに上流へ向かうと皆ノ瀬橋がある。
 初めての者には橋を渡らないほうの道が川沿いの道のように思えるが、川沿いに辿るのは橋を渡るほうの道だ。橋を渡ってすぐは狭い道が続きしばらくして道幅が広くなる。その辺りに、上流側から来ればすぐに判る河原へ降りる道があった。下流側から走っていると見落としやすい。
 左の写真がそのその降り口を下から写したものだ。降りた所が広場のようになっていて10台以上は駐車が可能だ。草原に入っていく道が見えるが100mほど上手の瀬のあたりまで行ける。
 広場の前はチャラ瀬で、下手に瀬が見え、川が右にカーブして皆ノ瀬橋上の瀬につづいているようだ。
 明日はここで釣りをすることにした。
 ここから少し上に請橋があった。そのすぐ上手にチップ工場らしき建物があったが、入り口は閉ざされカギが掛かっていた。このあたりが良いそうなのだが、どこへ車を停め、どこから川へ降りるのかまるで判らない。
 道路からときどきチラリと見える川を覗き見して、良さそうだとかなんとか云いながら轟の滝へ向かった。



「県立自然公園中部山渓轟の滝
案内板の左下が轟本滝でその上にいくつもの滝があり、一番上が鍋割滝と書かれていた。

 支流の王餘魚(かれい?)谷へ右折し轟の滝の案内所?へ着いた。民宿の主人からその先の滝見の橋の傍まで車で行けると聞いていたので、行き止まりまで狭い道を進み、上の案内板の前の広場に車を停め、滝を見物した。
 暇がたっぷりあれば一番上まで上って他の滝を見たり神社をお参りしたりするのも良いが、明日も鮎釣りが控えているので無理は禁物だ。中年の4,5人連れが汗を拭き拭き上の道から降りて来た。その様子から、この暑さの中では大変そうなのが判った。
 我々は滝見の橋を渡り、写真の鳥居をくぐって轟本滝を眺めた。滝壺の傍は滝の水で冷やされた冷気と飛沫が流れてきて気持ちが良い。本滝のまわりの岩崖のあちこちからも水が滲み出していた。一月近くも雨が無いと言うのに水が枯れる事無くドウドウと流れ落ちている。それにしても、自然の山の保水力というのはたいしたものだ。
 民宿へ戻り、風呂で汗を流し夕食。
 夕食後に民宿の主人に四国の川の様子を聞いたが、海部川と安田川を除けば良くないという。四万十川は十数年前までは良かったが、今はもう過去の川だという。
 平成になる前に来ておけば良かったということか? しかし、その当時は全国の川を見て歩こうなどということは思ってもいなかったし、時間的余裕も無かったのだから仕方がない。今の様子をありのまま受け止めるしかない。
 ところで、オトリ屋は?と訪ねると、荒瀬という所に無人のオトリ販売所があり、自分でオトリを網ですくって、料金¥500/匹を料金箱に入れるのだそうだ。轟の滝への途中で見た生簀のような槽があった所がそのようだ。それにしても、看板か幟くらいは立てておいても良さそうにおもうのだが、そんな表示は全くしていなかった。
 説明を聞いた後は、しばらくテレビを見てから、明日良型を掛けるのを夢見て就寝。


第4日 7月25日(金) 徳島県、海部川・上流部

海部川、皆ノ瀬橋上流1
 海部川、皆ノ瀬橋上流

 天気:快晴
 水温:23〜26℃ 水色:澄み
 釣果:8
 Max.24cm Min.19cm


 皆ノ瀬橋上流、河原へ降りた広場前より下流を望む
 下手に瀬がありその先で川が右にカーブして皆ノ瀬橋上流の瀬につながる。
 KYさんがこちらをやったが苦戦。



 上手を望む
 河原へ降りた広場の前はチャラ瀬になっていて、その上手はこんな感じのドチャラ。
 この上手はトロ、瀬、深トロ、チャラ、瀬と続き請橋に到る。
 このチャラは狙い目らしく、軽トラの地元の人が2,3人来たが我々がいるのを見て上手へ行った。

 皆ノ瀬橋前後〜請橋前後は水も川相も良く良い釣り場に見えた。


海部川、日釣り券¥1500 朝5時起床、6時半朝食。朝食のおかずに小鮎の開きの焼き物が出た。以前から鮎の開きを焼くと美味しいよと釣友達に話していたのだが、実物を一緒に食べる機会がなかったので、今までどのようなものか分かってもらえなかった。 今朝はその開きの焼き物がでたので、ようやくその風味を味わってもらえた。
 7時に釣りに出発。
 入漁証は昨夜民宿で購入しておいた。
 四国ではまれな安さ¥1500.-で、ビジターにはありがたい。

荒瀬の無人オトリ販売所 「川上荒瀬」というバス停の際に無人オトリ販売所があった。
生簀があり、柄の長い網とポリの桶が置いてある。生簀脇の杭に料金箱が取り付けられたいた。
 生簀の蓋を開けて、桶に水を取り、網でオトリアユをすくって桶に移してからオトリ缶に6匹取り、代金三千円を料金箱に入れた。
3人が生簀を覗いたり、アユをすくったりしている間、誰も通りかからないし、見かけもしなかった。
 まあ、この様子から推察すれば、事情を知らない余所者は相手にしない。勝手知ったる地元の釣り人相手のオトリ屋と思えた。
 オトリを積み込み、上流に向け出発。皆ノ瀬橋を渡り、上流へ行き、昨日下見した脇道を河原へ降りて道路側の木陰に駐車した。
 まずオトリを川に浸けてから、釣り支度をして、昨日買っておいた飲み物と昼食の入ったクーラーボックスを河原の脇の木陰になる場所に置いた。

 皆さんは磁石(羅針盤)が無くても、南の方角を知る方法をご存知ですか。川で直射光を避ける方策として南の方角を知る方法を書いておきます。
アナログ時計の短針を太陽の方角に合わせます。短針と12時との中間が南の方角です。簡単ですから覚えておくと便利です。

 さて、SHさんは前のチャラでやるといい、KYさんは下手の瀬でやってみるという。それで自分は上手の方へ行ってみる事にした。
 オトリを各自の舟に移したりしていると、軽トラで麦藁帽子の人がここのチャラ瀬を広場から眺めているのが見えた。ここに下りてくるのかと見ていると、昨日の写真の草原へ入っていく道を上流へ向かって行った。昔静岡で友釣を教わった頃の一人一瀬のルールがここではまだ健在だと感じた。
 とにかく、上流へ向かって引き舟と竿を持って歩いた。百米ほど上に瀬がありその手前に先ほどの軽トラが止まっていて釣支度をしていた。それで、さらに上手へ歩いた。トロ、チャラがあったがいまいち"ここが良さそう"という感じがしない。またここへ来る事もないだろうから、もう少し上手の方まで様子を見てみることにしてさらに上手へ上がって行くと、請橋まで来てしまった。
請橋の下はザラ瀬で上手に少し水深のあるチャラと流れの速いトロがありその上に瀬が見えた。瀬のところまで行くと瀬頭で一人竿を出していた。どのような釣り方をするのか、しばらく見ていた。静かに泳がせ釣をする感じだったが、見ている間には掛からなかった。
 さてこれ以上上に行くのは止めた方が良い。瀬落ち下の深みのチャラにオトリを出してみる事にした。竿を伸ばし仕掛けを張り終わったのは8時半を過ぎる頃だった。石はきれいになっているのでアユはいるはずだが、日影の場所のせいかなかなか1匹目が掛からない。1時間ほどあちこちさぐってようやく1本目が来た。グインという強い引きで気持ちが良い。20cmオーバーのふっくらした良型だ。これをオトリにして瀬の落ち込み下の流れの速い深みへ入れてやるとすぐに一回り大きな強引きのきれいなアユが来た。これは快調と思ったのだが、その後がなかなか来なくて、橋の上下で午前中ようやく4本キープの1本バラシ。
 昼が近づいたので下のクーラーボックスの場所へ戻った。戻る途中に釣り人が二人いたが、釣っているときには、お互いが見えない位離れている。
 昼食は昨日海陽町のR55沿いのコンビニで買ったパンと野菜ジュースだ。今回の旅では、早朝に弁当などを買うコンビニなどが近くに無い場合には昼食用にパンを買っておく事にしたのだ。
 わずかな木陰でパンを齧っていると、KYさんとSHさんも戻って来て、小さな木陰に入り昼休み。川は、見た感じは良いのだけれど鮎はなかな掛からず、大苦戦だという。下手の瀬はここから見るととても良さそうだが、1匹もこなかったそうだ。
 この晴天続きでは、アユ達は瀬に居らず、深みとかチャラで休んでいるのかもしれないと夕暮れ時になってから思いついたが、昼休みにはまーるで考えが浮んでこなかった。
 SHさんは少し下手のチャラ瀬〜瀬頭へいっていたので、広場前のチャラ(2枚目の写真とそのすぐ下)には別の軽トラの地元の人が入っていた。我々が昼休みしていると、竿などの釣り道具を中州に置いたまま軽トラで、家で昼食を摂りに?帰っていった。
あー、こういう所に棲んで、軽トラの人みたいに、鮎釣り三昧ですごしてみたいなー、と思ったものだ。
 さーて、午後はどこにしようか? 昼休みをした目の前のチャラも魅力なのだが、すぐ上の中州に地元の人が竿を置いていったのでここへは入れない。下手のほうはあまり良くないらしいので、午後も上手へ行ってみることにした。
 写真の中洲の先の川が見えなくなった少し先に大きな岩が流れの左岸よりにあって、その頭上に山の木が張り出している所があった。今朝そこを通った時には、木の枝から岩に大きな蜘蛛の巣がかかっていたのが、今はきれいになくなっていた。だれかがここで竿をだしたのだろう。岩のまわりのチャラの石がきれになっていた。昼戻る時にこの上手に二人いたから、その先まで行くのは大変と思い、ここで竿を出してみた。大きな岩の下に細長い岩が沈んでいて周りがきれいになっていた。下手からオトリを、静かに、その岩の際へ登らせて待った。
目印が突然山側の川縁へ吹っ飛び、竿に強いショックがきた。ググググーと右へ左へと走り、これは良型の引きだ。
 この場所は、波立ちもほとんど無く、こちらからもあちらのアユからもお互いが丸見えの場所だ。その場で一歩も動かず静かに取り込むのが最善だと分かっていたが、少し動いてしまった。20cmオーバーの背掛りだった。その後数匹取り込んだが、背掛りだと引きが強く抜くのが大変だった。
大岩の山側は木の枝が上に張り出していて、竿を立てると糸が絡むような所だが、良型が居ついているような雰囲気がした。何とか岩の下手から岩の向こう側へオトリを上らせるのに成功した。岩の向こうには流れのヨレがあるようで、オトリがふらふら・うろうろする場所があった。せっかく入っていったので、糸が上の枝に絡まぬように竿を寝かせてしばらく待った。強烈なアタリが来て、下手へギューンと走った。竿を寝かせていたおかげで、竿を矯めてこらえる事ができた。すごい、久し振りの強引きだ。5,6歩下がり腰を落として矯めた。寄せ取りにしようと寄せている途中で高切れしてしまった。複合メタルにキンクしていた所があったのかもしれないし、相手が強すぎたのかもしれない。
 この後も付け糸切れが1回。また、いつものことなのだが、抜くのが下手くそで掛かり鮎が網の外へオトリはタモの枠に激突してハナカンからちぎれてしまい、両方パー。鉤が合わなかったのか、水中バレ空中バレが何度かあった。水中糸は0.3あるいは0.4以上を使ったほうが安全だと思った。
 それにしても今日は良い引きを堪能した。
 空気もきれい、水もきれい、鮎もきれいで引きは強い。
 楽しい一日だった。
 今夜はここの広場でキャンプ。


第5日 7月26日(土) 高知県、伊尾木川、中流部

伊尾木川1
 伊尾木川、天神橋

 天気:晴れ
 水温:午後26〜27℃ 水色:澄み
 釣果:2


 天神橋より上流を望む
 左岸の岸辺に地元の老人手作りの涼み台があり、二人が川を眺めながら涼んでいた。
 20cmくらいの鮎が右岸のコンクリートブロックについた垢を食んでいるのが何匹も見えた。


伊尾木川2
 天神橋より下流を望む。
 橋下のチャラに垢を食む群れ鮎が多く見えた。が、なかなか追ってくれません。
 見える範囲他に釣り人は見えません。
 ここも渇水、高水温でした。


 海部川の河原で目覚めた。朝食のスープとパンを食べ、モーニング・コーヒーを飲み終え、テントを畳もうかという時に、地元の中年二人組みが4WDで川の広場に降りて来た。
 いつもこの辺りに釣りにくるそうだ。これから四国をぐるっと釣り歩く予定だと話し、隣の野根川はどうかと尋ねてみた。
 まあまあの川のようであったが、ウェットスーツとタビに履き替えてから川へ出るようにと注意された。マムシが多いからだそうだ。少し世間話などした後、テントを積み込み野根川へ向かった。
 一度R55へ出て土佐県へ入り東洋町で野根川上流へ向かった。川沿いに走ると、下流部では瀬切れで水がなかった。中流部の沈下橋から川を覗いても鮎が見えなかったのと、流れ込んでいる沢が瀬切れで本流と切り離されており、少ない水にウグイ10匹ほどがうろうろしていた。橋の袂に立っている釣り場案内の看板に「マムシ被害がでているのでキャンプ釣りは危険」と書いてあるのを見て、恐れをなし急遽転進することにした。
 どこという当ては無い。今晩は安田川のキャンプ場に泊まる予定なので奈半利川か安芸川・伊尾木川か、近くのどこかを見て良さそうなら釣りをすることに話がまとまった。
 R55で足摺岬を回るのは大変そうだったので、山間を抜けるみちを通り奈半利川上流のダム脇に出た。奈半利川沿いに下って川を見たが、KY,SHの両氏はここでやりたいという雰囲気でない。
 それではということで、安田川を過ぎ、安芸市の伊尾木川の所で右折して川沿いに上流へ向かうとすぐに道の左側に漁協事務所があり、その脇にオトリ販売所もあった。漁協前の掲示板には鮎の放流場所と放流量の図が張り出してあった。全体に放流をしているようだ。途中で釣り人も見かけたので、漁協で様子を聞こうと入り口に行ったら、本日休業。隣りのオトリ販売所へ行ったら、高校生のアルバイトの子が一人いた。どの辺りが良いのかこの子には分からない。KYさんは今日は釣りはお休みというので、オトリ4本を買い、放流量の多い天神橋へ行ってみることにした。
 天神橋の上から川を覗くと右岸コンクリートブロックに垢を食む鮎が何匹も見えた。下手のチャラには群れ鮎が見えたので、ここでやることにし、左岸へ渡りすぐ脇の道の涼み台のきわに車を停めさせてもらった。
 この涼み台は老人の手作りだそうだ。その前の草原の木陰にシートを広げて一休み。今日もカンカン照りでとにかく熱い。少し動くだけで汗が噴き出してくる。
 一休みの後、SHさんは橋の上手で、自分は下手の瀬の所までいってオトリを流してみたが、反応なし。渇水、高水温では瀬はダメのようだ。でも見た目ですぐ瀬に目がいってしまうのだ。
 橋下のチャラで22、3cmのが2匹。今夜のビールの友はできた。

安田川看板 2時間ほどやって終了にし、今日の宿泊地・安田川アユおどるキャンプ場へ向かった。
安田川への入り口には、こんな立派な看板が立っていて上には巨大なアユが川の方角を向いているのですぐに分かる。
 安田町を通り抜け、中流部の「安田川アユおどるキャンプ場」をめざした。
 土曜日だったが、キャンプサイトは半分以上が空いていた。
 管理棟には三十位の管理人がいた。入漁料など書いたビラがガラス戸貼ってあったので、鮎釣りの様子を聞いたが、友釣は知らないようでオトリ屋の場所以外の情報は得られなった。
入漁証には一人一人の住所氏名を書くようになっているので、明日早朝に入漁証を買うのも面倒と思いキャンプ場で入漁証だけ買っておいた。
キャンプ場にオトリは置いていなかった。

安田川キャンプ場 キャンプサイトは左のようになっていて、各区画がきちんと区切られている。
それぞれに、スノコ、テーブル、丸木のイスが置いてあった。
 夕食は、途中の道の駅で地元農家売っている安い野菜を買ったので、マーボーナスを作り、キュウリ・トマトのサラダに、アユの塩焼きだ。
 魚は強火の遠火ということになっているが、キャンプ用のバーナーではなかなか旨く焼けない。鮮度が良いから食べられるというものだ。
 ビールで今日も元気に乾杯。
 夜静かになるとすぐ脇の川の音が滝の音のように大きく響いてきた。が、それもいつのまにかわからなくなり熟睡。
 夜半を過ぎた頃に、半分夢現ではあったが、強いスコールのような雨がしばらく降った。かなり強い雨だったような気がするが、テント内は全く問題かった。


第6日 7月27日(日) 安田川、下流部

安田川1
 安田川、中山小中学校裏

 天気:晴れ
 水温:24〜27℃ 水色:澄み
 釣果:8 Max.19cm Min.15cm


 山中小中学校裏の瀬上流を望む
 渇水でなければ素晴らしい瀬だ。上手で右に曲がりXX橋に至る。
ここでも瀬ではほとんど掛からなかった。



安田川2
 山中小中学校裏の瀬下流を望む
 瀬からチャラ瀬そして深い淵へと続く。
淵では子供達が大きな岩の上から飛び込みをやっていた。
淵の下は砂砂利にうまったトロでその下は瀬になっていた。




 いつものパン、スープ、コーヒーの朝食を済ませ、テントはそのままにして昨日管理人から教わった与床という所のオトリ屋へ向かった。途中田ノ尻の橋から覗いたら、良型の鮎が見えた。左岸側に1,2台停められそうな場所があったが、畑の脇なので停めて良いのかどうか分からない。その下の赤い鉄橋の少し広くなった所に1台停まっていた。鉄橋の向こうはトンネルだ。
 鉄橋の上から覗くと、深みの岩盤に良型の鮎が付いているのが何匹も見えた。この鉄橋の下で釣れば良型のツ抜けは間違いの無い感じがする。しかし、そこの岩盤の所へどうやって降りるかが分からない。3人してどこかに降りる道が無いか見渡したが分からなかった。
安田川入漁証 そこから少し下手へ向かったところに、教わったオトリ屋があった。KYさんが声を掛けると、老女が出てきて「昨日釣り大会があって、オトリは全部売切れてしまった。こんなことなら、前の日に多く入れておくか、別に取っておくのだった。」と言ったそうだ。「漁協は4連休で休みだから、オトリを仕入れ出来ない。」「オトリ屋はうちと安田町の本屋の2軒だけだが、本屋へ行けばあるだろう。」という事だそうで、町の本屋まで行くことになった。
 安田の街に入ると、道の右手に本屋兼釣具&オトリ屋があった。通りから見ると、ほとんど本屋さんだ。
隣りのガソリンスタンド(今は休業中?)に駐車し、オトリを買いに入った。ここでは大会があったということは知らないようだ。我々がオトリを買った後にもう一人オトリを買いに来た。生簀のオトリはここも残りが少なくなっていた。
 店の主人に、どの辺りが良いだろうかと尋ねたが、余所者にはどこを薦められたのかさっぱり分からない要領が得られない返事だった。
 「与床橋の上流は赤鉄橋あたり以外は良くないようだ。与床橋から下の好きな所へ入ってください。」と云う。
お上さんが「ほたる公園のあたりも良いようですよ。」と云ってくれた。
 オトリを積んでまた上流に向け引き返した。途中ほたる公園に寄り、橋の上から川を眺めたが、釣り人は一人も見えず、石も曇ったままだったので、ここはパス。
 川沿いの道から見ていると学校の裏手の瀬がすばらしく見えた。日浦という所に橋があり学校の方へ行けるようだ。橋を渡る時に橋の上下に3人ほど釣り人がいた。車をどこに停めているのだろう。学校の前まで来ると、入り口の脇に大きな看板が出ていて「釣りをする方は車を入れないで下さい」と書いてある。学校前の道が広くなった所に駐車し、校庭脇を通り川へ出た。
 学校裏の上手の瀬が素晴らしく見えたので、上手へ見に行った。川が右へカーブしそこから上流の橋が見えた。橋からはチャラ瀬が続いているようで、カーブした所から早瀬、荒瀬となり学校裏のチャラへと続いている。水量があれば素晴らしい荒瀬になって大物が出る雰囲気だ。
 しかし、なんとまあ頭の回転が鈍いことか。帰ってきて今考えると、バカだなーと思う。前の2河川でも瀬はだめだったのだから、ここだって晴天渇水が続いているのだから瀬は良くないと最初に考えなければいけなかったのだ。
 午前中この素敵に見える瀬を一所懸命にやってようやく1匹。
 河原のクーラーボックスから冷えた飲み物を取り出しゴクゴク飲んで一息ついた。昼食を取り一休み。それでも釣り場所についての頭が回らない。
 午前中上手の瀬はダメだったので、淵の下手を見に行った。淵の下の広いトロは砂砂利で埋まっていて所々に大きな石が顔を出している。その百米以上も下に瀬があったが、見には行かなかった。
 水の中を歩いていて少しからだが冷え、気分も良くなった。深い淵への落ち込みのトロにきれいになった石が並んでいたのでその辺りでオトリを泳がせ、なんとか午後に7匹キープできた。海部川に比べると、民宿の主人が云っていた通りに小振りの鮎だ。
 3人で釣った鮎をSHさん宅にクール宅急便で送るために3時半に早上がり。宅急便の集配所へ行き、氷詰めにした鮎を送った。
安田川キャンプ場 キャンプ場へもどると、このようにがらんとしていた。
今晩も野菜と鶏肉との炒め煮物とキュウリ&トマトのおかず。ご飯の前にまずビールで乾杯。
数はそれほどでもなかったが、安田川の鮎は釣ることが出来た。
今夜は滝のような川の音以外にはほとんど音がしなかった。
 天空の星空が今夜もきれに見えた。

キャンプ場の脇を流れる安田川の写真を下に載せるが、ここに鮎が居付いていていてくれたら、最高だとおもった。
残念ながら水中の大石は皆汚れて雲っていた。


キャンプ場の上手端の赤い吊橋

キャンプサイトのすぐ前

キャンプサイトの下流
キャンプ場は県道と川との間に作れれていて、川の岸はキャンプ場から水辺へ降りやすい様に石をうまく積み上げて護岸を兼ねて固めてある。
本当にこの周りに鮎が居付くようにすれば、友釣客が切れ目無く泊まりに来るだろうに、と思う。
この環境と流れとを放置しておくのはもったいない。漁協とキャンプ場とがタイアップして釣り客を呼んだら良いのではないだろうか。

第7日 7月28日(月) 仁淀川へ移動

 昨夜はテントが二張りだけで、川の音以外は何もしない一夜だった。が、上の写真にあるように瀬を流れ下る音はまるで滝のようだった。
 今朝も元気に目覚め、いつものようにパンとスープの朝食を摂り、そのあとゆっくりドリップ・コーヒーを飲む。 コーヒー豆にお湯を注いだ時に最初に立ち上る香りがたまらなく幸福な気持ちにさせてくれる。
 テント、バーナー、食器などを片付けて車に積み込み、次の目的地仁淀川へと向かった。
高知、桂浜 高知市を通るので桂浜を眺めていくことにした。
 SHさんが昔訪れたときは高知駅から桂浜近くまで路面電車が来ていて、電車を降りてから、歩いて来た、と教えてくれた。
 浜まで降りてみたが、とにかく今日もカンカン照りで日射しがジリジリする。
歌で” 月の名所は桂浜〜♪ ”と知られているが、夜に来れば月夜の桂浜の美しさと涼しさを楽しめるのかなと思った。
 KYさんが以前観光で訪れた時の印象と今見るのとはずいぶん違っていると言った。龍馬の銅像の場所も記憶とは違っていたようで、しばらく経つと忘れてしまうんだねーと言っていた。
 浜へ降りる高台の端に立派な龍馬の銅像が建っていたが、写真でみる龍馬よりはずっと良い男に出来ていた。
 道路標識に「はりまや橋」の表示がでていたが、パス。

 四国霊場八十八ヶ所、お遍路さんのこと
 徳島から高知までの道筋には幾つも第XX番○○寺という案内標識がでてくる。その近くでは、お遍路さんの姿をよく見かけた。たいていは中高年の男性であった。リュックを背負って歩く人。車付き買い物用バッグに荷を詰めて引いていく人。小型の荷車のようなものを引いて歩く人。それぞれが、それぞれの装束でひたすら歩いているように見えた。この暑い日照りの中だからそのように見えたのかもしれない。その歩く姿はただただ難行を求めているかのように見えてしまうのは無信心でノーテンに生きているからだろうか。まだ見ぬ川で鮎釣りをしたいと旅している我らとはまるで違う次元に生きているようだ。
 また、沿道の方々がお遍路さんの接待をするというのも、お互いを疑わず信ずる事が出来るから、人のためになることは自分のためにもなることという価値観があるから、できる事なのかもしれない。(閑話休題)

 高知市の西にある鏡川の鏡ダムで鮎が再生産されており、昨年はダムで生まれた稚鮎が大量に遡上しダム上流では豊漁だったそうだ。今年も遡上があったそうで、寄ってみようかとは思ったのだが、他の川の予定があるので断念した。今となって、行っておくのだったと残念に思う。
 高知市から"いの町"を通り仁淀川沿いに越智町の鎌井田へと向かった。
 森下雨村の「鎌井田の瀬」に出てくる景観を見たかったからだ。
仁淀川の蛇行は相当なもので、うねうねと蛇行する川沿いを走り何度か橋を渡ったりするうちにどちらが上流なのかわからなくなるほどだ。中、下流部は水量も多くゆったりと流れている。
 越智町の手前に「佐川6キロ」という標識があった。森下雨村は佐川に住んでいたそうで、そこから釣り仲間と鎌井田まで良く釣に来たと書いてあった。越智町の街外れ近くの薄暗い食堂で昼食を摂り、その後で、鎌井田あたりの様子とキャンプ場の場所の確認に出かけた。
鎌井田沈下橋にて 下の地図で位置関係を示すが、ここは鎌井田集落の下にある沈下橋である。
沈下橋近くは深いトロで船でなければ釣りはできない。左岸には2艘舟が舫ってあり、写真では良く分からないが、1艘が川が光っている辺りで舟上で友釣をしていた。
 岸近くでもかなり深そうで、右岸側の橋上から鮎が垢を食んでいるのが見えた。
 沈下橋の下手で川がカーブし瀬がある。その下手の河原まで車で降りられる。
瀬頭で一人竿を出していた。



越智町〜鎌井田の地図
 地図の一番下が越智町役場である。越智町から茶色の道を上に行き、すぐに黄色の道へ右折する。大きく蛇行する仁淀川の山を浅尾トンネルで抜けて鎌井田大橋で仁淀川を渡る。右手が下流になる。
鎌井田大橋のすぐ手前を左折すると上の写真にある沈下橋にでる。
 沈下橋を上がったあたりが鎌井田の集落で、その中に通りに面して喫茶店の看板が出ているオトリ屋があった。今は喫茶は休業で、オトリ屋だけをやっているそうだ。
 どの辺りが良いのかと聞いてみると、最近は明治中学の少し上流側にサイレンが立っている所から川へ降りる"三ツ石"という所がよいという。沈下橋の下の瀬も昼から掛かるという話だった。(明治中学校というのは、「鎌井田の瀬」に出てくる明治村の地名の名残りに違いないと思った。)
 "三ツ石"には1メートル巾ほどのコンクリートスロープで降り口が作られていた。スロープを途中まで降りて、下の川を覗くと、大きな中洲があり、中洲の手前側のチャラに鮎がキラキラするのが見えた。明日はここでやることに3人とも一致。
 鎌井田からの川沿いの狭い道をぐるっと一回りしてみたが、7,8kmはあり車で走っても大変に思った。

 昔、雨村は佐川から越智まで行き、そこから歩いて鎌井田まで鮎釣りに行ったというのだ。その熱意には感心する他ない。

 まだ日は高かったが、今夜近所にある幾つかのキャンプ場の何所に泊まるか決めるために、下見に出かけた。
 カーナビには近所に3ヶ所キャンプ場が出ている。
地図の+印の辺りに本村キャンプ場の看板が出ていたので急な坂を河原近くまで下りた。簡易トイレと水道があるだけで、勝手に河原でキャンプしろという感じの場所だった。ここは第1候補にはならない。河原まで車を乗り入れ、前のトロで親子が水浴びをしていた。
 次に小浜キャンプ場というのがあったので、そこへ行ってみた。畑の脇を河原へ向かう入り口を見落として、細い道を先へ進んでしまった。カーナビではもうキャンプ場に着いているはずなのだが、近くに見えるのはジャージー種のような牛を飼っている牧舎だけだ。もう少し進んだが様子がおかしい山の中へ入っていく感じだ。少し広くなったところで何度か切り替えしをして、引き返した。
 牛舎から少し戻ったあたりに何軒か家がありその前の畑に川へ向かう道がついていて、その角に小さな看板が立っていた。作物の陰になって見難かったのだ。畑ではちょうどカボチャの取り入れをしていた。
 その道を河原へ向かうと河原の手前に清潔な水洗トイレがあり、キャンプ場利用の注意書きの看板が立っていた。河原には蛇口が3個ついた流し場があった。
 今夜はここで泊まる事に決定。夕食は簡単にレトルトのカレー。
 食事を終わる頃に、何か生臭いような臭いがしてきた。SHさんがトイレ浄化槽の臭いではないかというので、川に近い砂地の方へ移動した。臭いはしなくなったので、やれやれと思っていると、風向きが変わるとまた臭ってくる。
こんどは堆肥か畜舎のような臭いのように思えた。3人してこれは何の臭いかと考えているうちに、このキャンプ場を探している時に見かけた牛舎からの臭いだと気が付いた。
 これから別の場所に移動するのも面倒だ。風向きが変われば臭わないので、我慢する事にした。
 もう一つまいった事がおきた。夕方になると砂地の表面は冷めて冷たくなっているのに、テントを張っておいて置くと、昼間お日様に熱せられた熱気が下から上がってくるのだ。まるで砂湯の上のようだ。
 夜空を見上げると今日も星空がきれいだ。河原でずっと夕涼みをしていたいが、どこからか蚊がでてくるので、暑いのを我慢してテントに潜り込んだ。暑いねー、と言いながらも、まもなく寝入ってしまった。


第8日 7月29日(火) 仁淀川、中流部

仁淀川、鎌井田三ツ石1 仁淀川、鎌井田・三ツ石

 
天気:快晴
 水温:25〜28℃ 水色:澄み
 釣果:0


 三ツ石の中洲より下流を望む
 中州の右岸側中ほどから瀬になって写真の深いトロに流れ込む。
 下流に大きな岩がいくつも見えた。


仁淀川、鎌井田三ツ石2
 三ツ石の中洲左岸上流部より下流を望む
 中州の上手は深いトロになっていて、左岸側へはトロから短い荒瀬で落ち込み水深のあるトロから下の写真のチャラへとつながっている。

仁淀川、鎌井田三ツ石3
 三ツ石の中洲左岸側、下流部のチャラ
 昨日ここへの降り口の途中から見たときには、鮎がキラキラしているのが沢山見えたのだが今日はあまり見えなかった。
 石は全体にきれいになっていた。



仁淀川、鎌井田三ツ石
 三ツ石の中洲右岸側、上流を望む
 右岸側の左岸側と同じくらいの水量で流れており、中ほどから瀬になって下っている。
 昨日の午後右岸側の瀬で一人竿を出しているのが見られた。




 昨夜は牛舎の臭いに悩まされたが、今朝は風向きのせいか全くしない。しかし、また夜になって臭ってきたのでは閉口するのでテントは撤収して昨日寄ったオトリ屋へ向かった。
 オトリ6匹をオトリ缶に入れ、サイレンが立っている三ツ石へ行った。サイレンの立っている場所は道が3,4台は駐車できるくらい広くなっている。下流側に寄せて停めた。山側の沢から湧き水が落ちてきており、冷気が一緒にさやさやと降りてきて涼しい場所だ。道路脇に川へ下りるスロープが作られている。河原までは20m以上はあるような高さだ。
 下まで下りると、中州の下手で、舟が舫ってあった。左岸側のチャラを中洲へ渡った。坂を下ってくる途中で昨日見たチャラを眺めたが鮎の姿はわからなかった。
 8時に近くなっていたが、我々の他に人影は見えない。蝉の音以外は何も聞こえてこない清閑そのもの。
 KYさんとSHさんは左岸側のチャラをやるという。
自分は右岸側を見に行って、中ほどから流れ下る瀬を見てここにしようと決めた。四国に来てから何度も瀬はダメと経験しているのに、また瀬を選んでしまった。瀬で良型を掛けたいという思いが頭を占領する。頭が老化して見た目に惑わされて判断力が鈍ってきたにちがいない。
 ここの瀬も見るからに釣れそうな雰囲気をしていた。しかし結果はボーズ。2枚目の写真の荒瀬と落ち込みの深みをやってみたがこでも全く反応なし。
 KYさんがチャラで何匹か掛けていたが、ツ抜けはできなかった。
 河原で昼食を摂りながら、「ここはいい場所だねー。梅雨明け前か、秋の風が吹き出して暑さが収まった頃に来たら面白い釣りが出来るんだろーねー。」などと話し合った。
 午後になっても、昨日のようにチャラで鮎がキラキラする様子は見えない。昨日の午後とは何か違う感じだ。
 昼食の後、急にお腹の調子が悪く、上の道の車までティシュを取りに戻った。この暑さの中を坂を登るだけで汗が噴き出してくる。車からティシュを取りだし、沢水と一緒に降りてくる冷気で涼んでいると、軽トラで麦藁帽とウェットスーツ姿の人が来た。涼みながら見ていると、網と籠のようなものと、何か分からない道具とを車から取り出した。あまりジロジロと見るのは失礼だ。向こうもこちらが気になるようだ。
 お腹の具合も良くないので、すぐに坂を下りた。右手の葦のヤブに分け入って用をたして、ようやく落ち着いた。
竿を置いてあった水辺に戻ってみると水辺に置いてあったはずの竿が3mほども離れた場所に転がっていた。一緒に置いてあったタモとベルトはさっき置いたはずの水辺にあった。
強い風が吹いたそうだが、竿だけがなぜこんなに動いたのかまるで分からない。KYさんは誰も近くには来ていなかったという。
竿を手に取ると、天糸からハナカン仕掛けまでが竿にグルグル巻きになっていた。おまけに穂先の金具がポッキリと折れていた。
 竿をたたんで、予備の竿を取りにまたあの坂をを登る事になってしまった。
 そんなこんなの悪循環でボーズをくらってしまった。負惜しみではないが、昼に見かけた人が昨夕から網漁をしたのではなかろうか?それで、昨日あんなに見えていた鮎の姿が見えなくなってしまったのかもしれないなどと、夜になって思った。
 KYさんもSHさんも今日は良い釣りができなかった。
 今日も少し早めに切り上げた。昨日とは違うキャンプ場へ行くためだ。仁淀川、鎌井田へくる途中に黒瀬という所にもキャンプ場の看板が出ていたので、下流の黒瀬へと向かった。
 案内板にしたがってカンクリート舗装の道を河原へ向かうと、土手上に立派な水洗トイレと水場があり、河原へ降りると広場になっていた。
仁淀川、黒瀬  水辺には写真のような喫水の浅い舟が舫ってあり、岸には網漁の網を掛ける竹竿が作られていた。火振り漁で掛かった鮎をこの竹竿に掛けて外すのだろう。
 舟に付いているドラムは碇綱を巻き取るもので、このやりかたは仁淀川で初めて見るものだった。昔は竿と櫓で漕いだのだろうが、今はどの舟にもエンジンが付けてあった。
 今日の夕食はホイコウロー。食事の前にビールで乾杯。まー元気で旅をしているという乾杯だ。冷たーい一口目が咽に沁みわたる。
 この年になって、仲間とテントを担いでキャンプ生活をするというのは、他人から見れば物好きな年寄りと思われるだろうが、本人達はなにも物好きだとは思っていないのだ。
 各地の川を見て歩くのを楽しみにしているだけだ。
 今夜もこの写真の左手の一段高い河原にテントを張った。
昼間汗だくになった体と頭を川に浸かって洗った。川は薄暗くなってもぬるかった。他の二人も川で体を洗ってからテントに入った。
 表面は冷たいのに、シートやテントを張っておくと、昨日同様に下から熱気が伝わってきた。これからは出来るだけ、草地を探してテントを張ろう。
 この夜も夜空の星がきれいだった。


第9日 7月30日(水) 四万十川へ移動

 目覚めてテントの外に出ると朝の冷気が気持ちよく頬をなでる。背後の道に乗用車が1台停まっていた。何時来たのか気付かなかった。上手の瀬に目をやると一人竿を出していた。瀬の頭からだんだんに下がってくるような釣り方にみえた。
 少したって、もう一人白髪頭の人が4WDできた。ここへは良く来るそうだ。すぐ上の瀬に一人いたので、その上手へと歩いていった。
 川へ向かうときのつり姿を見て、うーん・これは良いアイアデアだと思ったことがある。麦藁帽子のうしろ半分の鍔先に黒い軽い布を3枚日除けに付けてあるのだ。後ろからの陽射しを防げるし、3枚に分けてあるから、風通しも良い。竿を担ぐときにも邪魔にはならない。
 テントを積み込み、佐川町〜須崎市〜中土佐町〜四万十町というルートで次の目的地四万十川へと向かった。
 須崎で最後に”かわうそ”が目撃されたという新庄川を覗いてみようかと話したが、今日も朝からカンカン照りなのでパス。
 道の駅に寄ってちょいとした土産と夕食材料の野菜などを買った。前に寄った道の駅でもそうだったが、野菜類はとにかく安い。
市場に出荷するには規格外に育ちすぎたものや熟れすぎ(つまり完熟)のものが多かったが、味は良く安いので近所の人たちも野菜を買いに来ているようだった。
 久礼から山間へ入り、窪川でR381に入り四万十川沿いに下った。この辺りはもう中流部のはずだが、水量は思っていたより少ない。カーナビが示す地図には多くの支流が表示されていた。
 蛇行する川沿いを下っていると道の駅があり、ちょうど昼過ぎ頃になっていたので、ここで昼食にした。”ひやしうどん”をたのんだら、売り切れだという。この猛暑では冷たいものから売れてしまうようだ。やむをえず山菜うどんをたのんだ。茹でて干したものか筒状の食べた事のない歯ざわりの山菜が入っていたので、これは何か?尋ねたら、イタドリだと教えてくれた。子供の頃、太く軟らかいのを取って齧った記憶がある。すっぱい味の記憶が蘇ったが、うどんに入っているような食べ方があるとは知らなかった。
 昼食後に、すぐ上手の橋から川を覗いたが、石は曇っていて鮎の姿は見えなかった。

土佐大正駅


 道の駅のおばさんたちに、近所で景色など見る良いところはないかと聞いてみた。しばらく考えていたが、どうも思い浮かぶ所が無い様で、隣の案内所のパンフレットなどで見てくださいという返事だった。
 KYさんも以前観光で来た時は沈下橋を見てバスで移動しただけだったから、気色を眺める所は無いんじゃないかなーという。
 少し下手まで行くと、駅名の通りにレトロな木造建物の土佐大正駅があった。駅舎内の時刻表を見ると1時間に1,2本列車が走っている。
 この駅を見ていると、子供の頃すごした田舎の駅を思い起こさせる風情があった。
 土佐大正の商店街のスーパーで明日のパンとか飲み物などの買い物をした。
 川沿いに下流へ向かうと、しばらくしてオトリ屋の看板があった。そこから少し下ると三島キャンプ場のある大きな島といえる中洲があり、R381から島を通り左岸へ渡る道が付いている。
 下の写真がR381から中州の三島キャンプ場を写したものだ。大きな中洲に一段高く護岸がされていて、その中に田畑と数軒の農家があり、一番上流側の端に三島キャンプ場があった。写真に写っているのは中洲全体の1/3ほどで、右の方に田畑がある。
 護岸の位置からすれば、本来の水位は広い河原を沈めてしまう位なのかもしれない。
 キャンプ場の位置を確認した所で、下流のほうを見にいった。
土佐昭和、十川、十和とどこまでも同じような川の流れが続いている。十和のあたりで釣り専用区の看板があったが、釣り人は見当たらなかった。
 カヌーなどで川を楽しむための施設もあったが、楽しんでいる人たちの姿はなかった。
 キャンプ場に行ってみたが、バンガローが3棟ほどあり、利用者がいたが管理人がいる様子は無い。広いキャンプサイトではテントが一張りあった。道路わきに竹の家というのが建っていた。腰板と屋根だけで吹き抜けで、中に一段高くした床が作ってある。
張り紙では、竹の家一人¥400、キャンプサイト一人¥200と出ていた。竹の家の中にテントを張ることにした。時間も早かったので汗で汚れたシャツなどを洗濯して干した。屋根の下だから、夜露で湿るということもないだろう。
 食事の用意をしていると、どこで見ていたのか、管理を委託されているらしい中年おばさんが来た。ここは一人四百円です、というので千二百円払った。
 夕食後にシャワー室でシャワーをしサッパリとして、テントのエアーマットに横になった。テントは四方と天井とがネットになった夏用のもので、屋外の場合にはフライシートを上から張るようになっている。今日は上に天井があるのでフライシートは必要が無い。おかげで涼しい一夜が送れた。蛙の声以外には何も聞こえてこなかった。


第10日 7月31日(木) 四万十川、中流部

四万十川、三島1
 四万十川、三島キャンプ場左岸

 天気:快晴
 水温:28〜30℃ 水色:澄み
 釣果:5  Max.21cm Min.16cm


 三島キャンプ場左岸より下流を望む
 キャンプサイトの草原からすぐここへ降りられる。護岸の位置からは3mほども下になる。
 キャンプ場の前はトロ。下手に左岸へ渡る橋が見える。その下に沈下橋もある。橋のすぐ下で中州は終わる。橋の上から群れ鮎が多く見えた。


四万十川、三島2
 三島キャンプ場左岸より上流を望む
 トロ、深瀬、チャラ瀬と続く。鮎は沢山見えるが、高水温のためかなかなか追わない。
 チャラでは向こう岸に簡単に渡れるほど水は少なかった。



 調子が良ければ、つまり沢山釣れるようならば、数日滞在するつもりなので、テントなどはそのままにしておいた。
 昨日見かけた上手のオトリ屋へオトリを買いに行った。看板の出ている家で声を掛けると、我々より年上かと思える女性が出てきて、オトリは少し下の所だといい、道を20mほど行き左へ下り、道路際の小屋掛けした所の生簀に案内された。上の沢水を引いてあるようでひんやりする。どの辺りが良いか聞いてみると、XX(忘れてしまった)とキャンプ場の左岸側が良いという話だ。キャンプ場の所は国道側(右岸側)はダメで島の向こう側の流れをやるようにと念をおされた。それから今日は発電所の放水が止まっているということを知らせてくれた。
 国道からキャンプ場へ下る道の途中で、網を持って軽トラに戻る人を見かけた。国道側は網が入っているからダメと言ったのか?
 キャンプ場で待っていたでSHさんは国道側でやってみたいといっていたが、オトリ屋のばあさんがダメだといっていたと伝えた。
まずは、左岸の流れにオトリと浸けて水に慣らすことにした。なにせ、朝から28℃もあるのだ。まるでぬるま湯状態。
 釣り支度をして川に出たが、釣り人は我々3人だけで、午後も誰も来なかった。
 午前中はキャンプ場の上手をいろいろやってみたが、鮎は沢山見えるのだが、まるで追い気がない。なんとかんとか3匹掛かった。キャンプ場の前から下手のトロをやっていた二人も大苦戦。鮎は見えているが追わないといって戻って来た。
 テントに戻って昼食。今日も朝から強い陽射しで水に浸かっていても暑いほどだ。その川の水も朝から28℃もあるのだ。
 食後川へ戻ってみると、水嵩が20cmほど増えていた。発電所の放水が始まったのかもしれない。まだ水位が上がるかもしれないと思い、他の二人の引き舟も岸のほうへ移しておいた。
 チャラの辺が良いかもしれないと思いやってみたがまるでだめ。下手のトロの沈んだ岩盤に群れ鮎が沢山見えたのでそこにオトリを止めて粘ってみたが、ここでも全く掛からない。あっちこっちやってようやく2匹。オトリがバテてきたので交換しようよ舟の鮎を網に出すと3匹が白く硬くなって死んでいた。
 温度計で水温を測ると30℃近くまで上がっていた。これではよほど注意しないと釣った鮎も死ぬはずだ。
 これではもうダメと思い、早上がりにした。竿をたたんでいると、二人も戻って来た。
 鮎は氷の入ったクーラーボックスへ直行。
 テントへ戻り、着替えて、シャワーで汗を流しさっぱりした。
 明日からどうするか相談した。今日の様子では長居は無用と言う事になり、明日は愛媛・肱川へ移動する事にした。
 夕食を作る頃には、着替えたシャツが汗でぐっしょりになっていた。
 夜空でも見ながら夕涼みをしたいと思ったが、近くに田圃があるせいか、蚊が出てくるのでダメ。
 また、シャワーを浴びてからテントに入り込んだ。横になったらいつの間にか白川夜船。


第11日 8月1日(金) 愛媛県へ移動

 当初は3、4日四万十川で友釣をしようと考えていたのだが、渇水高水温ではこの近辺どこへ行っても似たようなものだろう。また別の機会があれば来ようということになった。
 予土線に並行して土佐海道R381が走る。鬼北町近永でR441に入り西与市から肱川沿いの道を大洲しへと向かった。二つのダムで取水されているせいか、ここも渇水。大洲のはいった辺りに釣具屋があったので様子をきいたが、渇水高温で良くないとの返事だ。川沿いに県道が走っているから、ご覧になってみたらいかがですか、という。
 川沿いの道を少し見て歩いたが、釣り人の姿はみえない。そう思ってみると、何か良く無さそうに見えてしまう。どうしたものか思案する。今日もカンカン照りだ。大洲大橋のあたりで川幅が広まり屋形船や鵜飼舟のような舟が沢山岸に繋がれていた。
 とりあえず、今日の宿泊予定の大洲の富士山中腹にある大洲家族村オートキャンプ場の場所確認をすることにし、肱川の大洲大橋のそばからキャンプ場へ山を登った。キャンプ場の管理人に挨拶すると、今日の利用者は我々だけだそうだ。
 テントを張っておいても良いか聞くと、他にいないからどこでも良いと言ってくれた。一番日陰になりそうな場所の木下にテントを張った。昨日洗濯したシャツとか濡れたタイツなどを物干し綱を張って干した。この晴天だから午後にはカラカラに乾いているだろう。
 そんなことをしていると、もう釣りはする気がしなくなった。
 さてどうするか、となって、道後温泉まででかけてあの有名な温泉に入ってこようということにきまった。往きは海岸沿いの道を松山へむかった。瀬戸内の海は静かだ。

道後温泉1
道後温泉2

 松山に着き、かの有名な道後温泉へ行った。
 温泉に入る前に、温泉前のみやげ物商店街をぶらついてみた。
 他の温泉場のみやげ物街と似たような感じだが、全体に明るく清潔な感じがした。
すでにご存知の方が多いでしょうが、入浴料金を書いておきましょう。
 ¥800.-;石けん、タオルなどは自分で用意し、1階の温泉に入る。
 ¥1200.-;石けん、タオルなどは自分で用意するが、2階の涼み処で浴衣を貸してくれるので、着替えて1階の温泉に入る。湯上りに2階で涼んでいる間に茶菓のサービスがある。(1時間て上がってほしいと書いたビラが貼ってあった。)
 ¥1500.-;3階の涼み処で、石けん、タオル浴衣を貸してくれ、他とは別の浴槽で温泉に入る。

 下の写真が外から見た、2階、3階の涼み処。
 窓辺には簾が掛けられているが、窓を開け放し風が通るようにしている。
 冷房は無く、天井の大きな扇風機がいくつも回っていて、風を送っている。扇風機と電灯以外には文明の機器は見当たらない。
 ¥1200のコースで温泉を楽しんだ。入る浴槽は¥800.−と同じだった。

 温泉から上がった後は長居は無用。とにかく車のクーラーをガンガン効かせて涼むことにした。
 帰りは山間の道を戻った。

 夕刻キャンプ場へ戻ると、今朝いたのとは別の人がいた。これから出かけないのであれがゲートを閉めたいが良いかと聞かれた。もう出かけないので閉めて結構と答えた。明日は6時開けるとのことだ。
 出かける時に干した物はみなカラカラに乾いていた。
 今晩は氷でキュっと〆たソーメンと鮎の塩焼きの夕食だ。
 今日も元気と、まずはビールで乾杯。


第12日 8月2日(土) 吉野川、中流部

吉野川、池田ダム下
 吉野川池田ダム下、生コンの瀬

 天気;晴れ
 水温;25〜27℃ 水色;澄み
 釣果;6 Max.21 Min.16


 通称・生コンの瀬より上流を望む
 ここも渇水で対岸へ渡り越せる水量だ。地元の人達は腿位まで立ちこんでいる人が多かった。アオノロはわずかに出始めた程度だった。
 やはり水はぬるい。



 5時起床、洗顔の後手早くキャンプ道具を撤収。
 今日は吉野川池田ダムまで行き、釣りをする予定だ。ゲートが6時に開けられ、直ちに出発。
 大洲ICから松山自動車道に乗り井川池田ICで下りた。
インターネットに出ていた、釣具タチバナへ立ち寄り、様子を聞いた。日照り続きであまり良くないようだ。が、ピーやの瀬か釣り専用区の生コンの瀬に行けば釣れるだろうという説明だ。
 話を聞いている時に、地元のベテランが店に来て話しはじめた。昨日大歩危小歩危のあたりまで行ってやったが、あまり良くなかった、という情報だ。
 ダム上流の様子を聞いたが、車を止める所が少ないのと、道路から川までの高さがかなりあり、大変だから止めた方が良いと言われた。それはそうだろう。聞いているのは老人3人組なのだから。
 支流の穴吹川はどうか尋ねると、あそこはもうアオノロで一杯だからダメだ。行くのなら解禁後の一月位だろー。と云う。
 コンビニで弁当、飲み物を買ってから、また釣具タチバナへ戻り、オトリを買い、教わった生コンの瀬へ向かった。
 川沿いまで入る道があり、その広くなった所に駐車して、写真の場所で釣ることにした。
 吉野川は大河と思っていたが、上流の幾つものダムで水を取られてしまい、それに渇水で大河の風格はもはや無い。
 昔やった天竜川の方が流速も早く川幅も広かったなー、と思った。
 ここでもまた、目が瀬に行ってしまった。先に来ていた地元の人が瀬の始まりと瀬の落ち込みで立ちこんでいた。真ん中の瀬は空いていたのだ。こんな良さそうに見える瀬に地元の人が入っていないということに気が回らなければいけなかったのだ。
 瀬の上から下までやって午前中ようやく2匹。
 疲れてクーラーボックスの所まで戻った。瀬の上のチャラ、トロをやっていたKYさんとSHさんも戻って来た。
 瀬の中はぜんぜんダメだよー、と言って話している時に瀬でやっちゃーダメなんだと認識した。
 のんびり休んでまわりの様子を眺めてみたが、瀬の下の落ち込みからトロの3,4人もあまり掛かっていない様子だ。
 こうなったら、瀬頭あたりのチャラで様子を見るしかないかなと思った。朝からやっていた人が瀬のほうに少し下がってきて、瀬頭のあたりが空いた。しばらく様子を見ていたが上に戻る様子は無い。
 鉤を新しく換え、オトリを瀬頭の少し上のチャラに泳がせた。竿の長さほど沖に出たところでグンときた。20cm位だった。
これをオトリに換えて出してやると、オトリが元気な野アユに代わったせいか瀬頭で三連荘。これは好循環と思ったが、仕掛けがクチャクチャになりもつれを直すのに時間が掛かってしまった。ようやく仕掛けをほぐして、オトリを出してやったがその後音沙汰なし。
 今夜も川井町のキャンプ場で泊る予定なので3時半に早上がり。
井内谷川の集落 少し早いが、早めに場所を確認してのんびりしようと思ったからだ。
 井内谷川沿いの井内小辺りの左側にメイト文化村キャンプ場というのあるはずだ。横浜で電話をしたら予約はいらないという返事だった。
 JR徳島線辻駅のあたりから吉野川右岸支流の井内谷川の沿った道を井内小のあたりまで入った。途中谷間の道から遥か見上げる高い所までつづれ折りの道が登っていて何段も何段も上まで民家が建っていた。
 それを下から仰ぎ見て、あんな上まで上って行くのは大変だろうねー、と話していたのが左の写真の右側の家々だ。 左の写真はキャンプ場からかなり下った所で写したものだ。
 このときはこんな上の家より遥か上まで登った所がキャンプ場だとは夢にも思わなかった。
 メイト文化村への小さな案内板が立っている道へ入った。急傾斜の折れ曲がった道が続いている。どこまで登るのかハッキリした案内板も見当たらない。少し不安になって途中の家で道を聞いた。中年婦人がここをズーッと登った所で一本道だが途中で聞くように言ってくれた。
少し行くと道が二股に別れる所に「メイト文化村」の看板が出ていた。案山子のような絵に下にメイト文化村と枠に書いてある物だった。実はその枠が方向を示す矢印だったのだ。(翌日山を下ってきて確認したら)矢印は右に折れる道を指していたのに、一本道だと言われたのが頭に残っていて、真っ直ぐ行く方の道を登ってしまったのだ。
 この間違いが、急斜面の綴れ折りの道を1時間以上もあちらへこちらへと登ったり下りたりすることになってしまったのだ。カーナビに出ていた道も消えてしまった。来た道をみると道を踏み外したら一巻の終わりというような急峻さだ。KYさんが不安になって引き返そうと言うが、ここまで来てしまったらもう先に行くしかない。
 広そうな道を選んで登って行くと、少し開けた所に2軒の茅葺だったとおもわれる家があったので、KYさんが道を尋ねに行った。
大声で問いかけるとようやく老人が出てきた。今進もうとしていた道ではなく少し下がって真ん中の道を行って少し下がってから左に行ってその先でまた道を聞くように言われたそうだ。カーテンも閉まっているし、人は住んでいないのかと思ったと戻って来た。
 言われたように折れ曲がった道を辿って行くとようやく数軒の家がある所へ出た。広くなった道に、食料と日用品の移動販売車が停まっていて、近所の主婦が買い物来ていた。販売車の運転手に道を聞くと、本来の道ではなくて反対側へ行って戻る道を来ていたようだ。この先を行って、電信柱の所で急な左へ曲がる道を行くと少し広い道に出るから、それを道なりに登って行くとキャンプ場へ行けると教えてくれた。
 やれやれ、これでようやく目的地に行けそうだ。電信柱の所で左に曲がろうとしたが急すぎて一度では曲がれない。うっかりすると道から落ちてしまいそうだ。何度か切り替えしてようやく曲がった。少し下る細い道をいくと両側に白線が引かれた少し広い道に出た。ここからさらに折れ曲がった道をかなり登った所の別れ道にメイト文化村への案内板が立っていた。やれやれこれでなんとかキャンプ場に辿り着けそうだと安堵した。もう一ヶ所案内板があり、今度は間違いなく矢印の示す道を進んだ。山の頂上まであと少しというところまで登ってようやくメイト文化村に到着出来た。
 20台位の駐車場があり、研修施設のような建屋とトイレ、炊事場、ごみ焼却炉があった。山側には野外ステージと広場があり、コンサートなども開けるよう感じだ。炊事場などのある谷側にはキャンプサイトと思われる草地があった。
 隣りに民家が1軒あるだけで、誰も利用者はいない。研修棟の玄関先が広く屋根も覆っていたので、ここにテントを張ることにした。
 玄関前の広場にテーブル、バーナーなどをセットした。ここでは他所からの灯かりも無いだろうから、石油ランプを出して用意した。
 今日は早上がりにして本当に良かった。まだ日は落ちずに明るいうちに食事の準備にもかかることができた。
 氷詰めにして持ってきた鮎を全部焼くことにした。クーラーから出してみると、白っぽくなっているのがあったのでKYさんとSHさんが腸を出してくれるというので、包丁セットの中からナイフを2本渡した。何匹かはいたんでいたので捨てる事にした。
 それから2時間近く鮎を焼き続けた。ここにきて、ようやくキャンプ用のツーバーナーで上手く焼けるようになった。
10cmくらいの四角い石で焼き網を火から遠ざける。焼き網の鮎の上にアルミホイルで蓋をする。良い匂いがしてくるまで強火の遠火でじっくり焼き、裏返して同様にじっくりと焼く。大体30分ほどかかるが、丸齧り出来るほどにほっくりと焼ける。
 鮎を肴にビールで乾杯。涼しい山の上まで登ってきたかいがある。
 クーラーにあった鮎を全部焼いたので、もう鮎は食べたくないというほど沢山食べた。食べ終わった頃にはあたりは夕闇に包まれ石油ランプの灯かりが周りを照らしていた。
 長いこと鮎釣りをしているが一度にこんなに沢山食べたのは初めてだと思う。


第13日 8月3日(日) 兵庫県・揖保川へ移動

 昨日は道に迷ったせいで、ここメイト文化村までたどり着くのに大変だった。思い出しても、よくまああの急峻な狭く折れ曲がった坂道を登ってきたものだと思う。
 駐車場の先から下を眺めた。谷向こうの山の頂が下のほうに見えた。向かいの家の道端に桶があり、谷水がホースで引かれていた。冷たく気持ちが良いので、ここで顔を洗わせてもらった。桶には苔が生えていた。
 広場で湯を沸かし朝食の準備をしていると、小型トラックが2台この道を奥へと登っていった。駐車場の前を通る時に、2台共こちらを訝しげに眺めながら登っていった。車はすぐに見えなくなったが、エンジン音が裏手の森の上の方へどんどん上って行くのが聞こえた。この道は山の向こうまで通っているのかもしれないし、さらにこの上に人家があるのかもしれない。
 山の爽やかな朝風のなかで朝食を摂った。
 今朝で今回の旅でのキャンプ生活は終了だ。テント、テーブル、コッフェル、食器などを整理して収納した。持参してきた食料などが減ったので、ダンボール1箱ほどのスペースができた。
 下を眺めながら、つづら折りの道を下った。真っ直ぐ下を見ると目が眩みそうで恐ろしいとKYさんが言った。
 帰りは道を間違わぬように、道路脇に白線が引かれた道を選んで下った。白線のある道は昨日通った道のように狭くて谷に落ちてしまいそうな感じのところはなかった。
 それにしても、この深い谷間の急峻な山肌に多くの人達が住んでいたものだ。山の仕事と家の周りの畑作りとで自給自足に近い暮らしだったのか、車の無いころは、あの上の家まで登るのにどのくらいの時間を要したのか、などと話しながら谷底の道まで下りた。
小歩危 ここまで来たのだから、大歩危小歩危の景観を見て帰ることにした。
 「歩危ぼけ」とは谷の両岸に山が迫る険しい場所を指すそうで、吉野川が四国山地を横切るところに、激流によって削られた渓谷が約8kmにわたり続く。
 早明浦ダムなどが無かった頃にはどれほどの水嵩でこの谷を流れ下っていたのだろう。
 川沿いの山をいくつものトンネルで鉄道が抜けている。途中、小歩危駅、大歩危駅の標識が出ていた。

大歩危 大歩危に遊覧船があった。下流の小歩危方面へ30分の川下りだそうだ。
船着場まで下りてみると、写真の白い波立ちの前の深みの岩肌に、7,8寸から尺はありそうという大物まで鮎が沢山垢を食んでいるのが見えた。水の底を覗き込んでいたのは我々だけで、他の観光客は景色以外に興味を示す人はいなかった。
 昨日川井町の釣具屋で、地元のベテランが大歩危小歩危の方までやってきたがあまり良くなかったといっていたが、鮎の付いている場所になかなか入れないという事なのだろう。
 小歩危では何人か竿を出しているのを見かけたが、大歩危付近では見かけなかった。
 この後、この辺りまで来ることはもうなかろうと思い、重要民族文化財に指定されている祖谷溪のかずら橋を見物した。自然に生えた杉と樫の大木にかずらの蔦を渡して吊橋を作ってある。何年か毎にかずらを張替えしなければならないだろうから、維持するだけでも大変だと思う。かずら橋の袂の看板に「秘境祖谷かずら橋」と書いてあった。しかし、30mも離れると鉄とコンクリートの橋があり、数百メートルさきにはコンクリートの桁が組まれた駐車場があったりで、そこだけを見る観光地となっていた。
瀬戸大橋 金毘羅さんの門前の老舗でぶっかけうどんの昼食を摂り、土産屋をひやかした後、瀬戸大橋を渡った。
 途中の休憩所で建設時の写真と説明を見た。すごいものを作ったものだと思う。一方こんなにも巨額大赤字の路線をこれからどうするのかとも思った。
 本州へ渡り、兵庫県揖保川の中国自動車道・山崎インターそばへ向かった。
川の家、菊水より揖保川を望む 昨年の釣り旅行で最初の釣り場に予定していたが、大水が続いていてダメだったので、今回帰りに寄ろうと、四万十川にいるときに予定を変更したのだ。
 去年見た山崎ICのあたりの様子は、予想外の水の少なさだった。昨年見た時がすごい大水だったということのようだ。
 左写真は今夜の宿、川の家菊水の部屋の窓から下流を写したものだ。
手前の赤いのが堰堤。その下に見える青い橋の下右岸に道の駅とオトリ屋があり釣り専用区になっている。
 我々が鮎釣りで来たのをきいて、宿の女将がいつも釣った鮎を納めに来る釣り人にどの辺りが良いのか聞いてくれた。
 神河橋下の長瀬が良いということで、2、30釣ってきたと教えてくれた。またその人がいつも情報交換しているというオトリ屋も教えてくれた。
写真の辺りが良いのかと思っていたが、5分か10分ほど上流に走った所が良いようだ。
 風呂で汗を流し、食堂でウナギ、刺身などのおかずの夕食を食べ、部屋に戻りテレビを見た。
 久し振りに蒲団で横になった。


第14日 8月4日(月) 兵庫県、揖保川、中流部

揖保川、長瀬1
 揖保川、中流部長瀬

 天気:曇り
 水温:23〜25℃ 水色:澄み
 釣果:28 Max.22cm Min.16cm


 上流の神河橋を望む
 橋のすぐ下手右岸に友釣発祥の地の石碑が立っている。そのすぐ下に堰堤がありそこから下手が長瀬という釣り場だそうだ。
 堰堤のすぐ下に中州があり右岸側はトロからチャラになり、写真の左手のザラ瀬で左岸側の流れに合流している。右岸側は瀬から水深のあるトロになっている。


揖保川、長瀬2
 長瀬下流を望む
 上の写真の下流側。左岸側の流れは上の写真の所で二手に別れ、一方は左岸流に合流しもう一方は10〜20cmくらいのドチャラで、写真下手で左岸流に合流している。
 左岸側の流れは、アオノロがいっぱい発生していた。


 釣り人は朝が早いから、二階の非常口から出てくださいと昨夜女将からいわれていた。非常口から出て、車に荷を積んだ。
すぐ近くの24時間スーパーで朝、昼の食料と飲み物を買い、昨日教わったオトリ屋へ向かった。
揖保川入漁証上流へ向かい隣町を少し上流に行ったところに教わったオトリ屋があった。入漁証とオトリとを買い、駐車はどこにすれば良いのか尋ねた。
 神河橋下の石碑の少し先に竹薮があり、そこが退避所のように広くなっているから、そこに停めて川に出れば良いと教えてくれた。釣り人は皆ここへ車を停めるのだそうだ。
 教えてもらわなければ釣りで駐車するのはちょっと躊躇するような場所だ。
広くなった脇から川へ下りる道がついていた。まず2枚目の場所にクーラーなどを置いた。
今日は旅に出てから初めての曇り空だ。朝方一時小雨がぱらついた。
 堰堤のあたりに一人釣り人が見えた。友釣りでは長い竿を使うのですぐに分かる。
KYさんは1枚目写真のあたり、SHさんは2枚目の写真の前でやるというので、2枚目の写真の下手のほうを見に行った。
底の岩や石の半分以上にアオノロが長くなって付いていた。波立った下の小振りの石底のあたりがアオノロも無くきれいだったのでオトリを入れてやったが、野アユの姿も見えず、全く反応なし。午前中あっちこっち探ってオトリ位のをようやく2匹掛けた。
 昨日宿の女将に鮎を持ってきた人は、ここの何所でどんな釣り方で30ほども掛けたのだろうか。
同じ様な所をやっていても仕方が無いと思い、堰堤下の右岸側を見に行った。堰堤からすぐ下は腿位の水深のトロで最初の中洲の下で流れが分かれる辺りから浅くなり、流れが分かれたその下は10〜20cmの水深の俗に言う小石底ドチャラだ。
 右岸側のトロとチャラはアオノロがほとんどない。底石もきれいになっている。底まで良く透けて見えるのだが、鮎の姿を見ることができない。
 石がきれいだから鮎はいるにちがいない。脛くらいの水深のチャラにオトリを泳がせた。なにかやっても逆効果と思い、ほったらかしの行ってこいで泳がせていたら、ヒューと目印が動いてオトリより少し大きいのが来た。昼までに何匹か追釣。自分の腕が悪いのだろうが、何もしない方が掛かった。
 2枚目の写真の河原で昼弁当にした。他の二人も苦戦していたので、右岸側のチャラで掛かるから移動するように勧めた。
 午後は午前中やった所から少し下のドチャラを主にやってみた。石の色に同化しているのか、鮎の姿は見えないのだが、じわじわと泳がせているとビュっと掛かる。踝くらいの所で掛かった時などは野アユがオトリを引っ張って水面から飛び出すことが数度あった。昔天竜川支流の気田川の浅い所で見釣りをした時のことを思い出した。
 一ヶ所にじっと立って上手の20cmくらいの流れに登らせてやると一時面白いように掛かった。
四国でもドチャラをやってみれば良かったのかなーと思ったりしたが、今となってはもう遅い。
 夕方までこのチャラで面白い釣りが出来た。最後の最後で良い思いが出来た。

 今夜は中国自動車道〜名神〜東名で帰る。


第15日 8月5日(火) 四国鮎釣り旅行より帰着

 昨日揖保川での釣りの後、朝に寄った24時間スーパーで氷を買い、鮎を氷〆にした。
 ご飯とカレーのパックがまだ1食分残っていたので、高速のPAあたりでボイルして夕食にしようということになった。
車の少ないPAが良いということで、社PAで停まり、端に設置されていたテーブルの脇でお湯を沸かしご飯とカレーとを温めて夕食にした。これでレトルトカレーは全部食べきった。
 夕暮れになってきた。ETC装着の場合、深夜割引が4割になったので、12時までここで仮眠をとって休むことにした。
 東屋が涼しく、足を伸ばして横になれるベンチがあったのでそこで仮眠した。12時少し前にセットしておいた目覚ましで起き、他の場所で仮眠していた二人に声を掛けた。車に戻ったとき、、二人にトイレに行ってくると声を掛けトイレに行ってきた。
 この後大変なことが起こることなど露にも思わず、車に戻りお待ちどーと声を掛け運転席に乗り込んだ。12時を少し回った時だ。ちょうどいい時間とKYさんに話しかけ出発した。
 すこし走ったところで自動取締りの看板と、カーレーダーの警告とが流れた。スピード取締りが・・・なんとかかんとかだよね、とKYさんが話しかけた。後のSHさんがやけに静かだ。KYさんが後の席をみてSHさんがいないといった。ちらと振り返ったがほんとうに乗っていない。
 高速のSAやPAで人をおいて行った話は何度か聞いたことがあるが、まさか、まさか自分がやってしまったとはびっくりだ。
瞬間的には判断が出来ない。幸いまだ次のICまでは来ていなかった。次の”ひょうご東条”ICで下り、すぐに下り線に入り一つ前の滝野社ICまで引き返した。携帯に電話しても出ない。KYさんが長距離トラックに頼んで東京へ向かったかもしれないなどと話し出した。まだ待っていると思うといいながら、滝野社ICで出てまた上り線に入った。
 車がいなくなって、どうしようと困っているだろうね。こっちも参ってしまった。などと話しながら社PAのさっき停まっていた場所へ行くとSHさんの姿が見えた。ほっとした。
 「てっきり後に座っていると思っていたら、いないんだもの。びっくりしたよ。」「どこへいっていたの。」とKYさん。
 「トイレに行くと言っていたから、ゴミを捨てに行ったんだけど、まだ戻って来ないから自分もトイレに行ったんだ。途中ですれちがうと思ったけど、会わなかったので、大のほうかと思ってゆっくり用をすませて戻ったら車がいなくなっていたんだよ。」
 「小便をしてすぐに戻ったんだけど、そのときにゴミを捨てていたんだね。僕もすれちがわなかったから。」「乗っているのを確認しないで出てしまったこっちが悪かった。」と謝ったものだった。
 今度は全員乗っているのを確認して出発した。
 車中で、「すぐに気が付いたからIC一つでそんなに時間がかからずに戻れたから良かったけれど、気が付かなければ大変なことになっていたかもしれないね。」
 「ところでSHさん、携帯は持っていなかったんじゃない。」
 「こんなことになるなんて、思ってもみないから、携帯はバッグの中にしまったままなんだ。」
 「携帯はいつでも持っていないとダメだね。」
 こんな話をしながら中国、名神、東名を走り無事帰着できた。
 とんだハプニングが最後に起こったが、とにかく皆元気で戻れたことが何よりだった。
 今回の走行距離は2,857kmでガソリン消費量は220Lだった。

 あと残すは九州だけとなった。九州を訪れたあとは、良かったと思った川でのんびりしてみたいと思う。