平成16年(行ウ)第37号 保安林内一時作業許認可差止請求事件
原告 (選定当事者)岡田みどり
被告 愛知県知事

                答 弁 書

                              平成16年6月28日

 名古屋地方裁判所民事第9部A1係 御中
      
                               被告訴訟代理人
                               弁護士 後藤武夫

第1 本案前の答弁
 1 原告らの訴えを却下する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。
 との判決を求める。

第2 本案前の答弁の理由
 1 本件訴訟が不適法なものであることについて
(1)  本件訴訟は、原告らが被告によって「近日中に」行われると主張する「森
林法第34条第2項に基づく許可」(以下「本件作業許可」という。)について、事
前に、その差し止めを求めるものであり、講学上無名抗告訴訟と分類されている類型
のうちの予防的不作為訴訟と解される。
(1)  憲法の三権分立の原則の要請に基づき、行政処分の第一次的判断権は行政
庁が有するから、この種の訴訟は、行政庁の第一次的判断権を侵害しない限度におい
て適法として許容されるに留まるのである。
 しかして、学説は、この種の訴訟の適法要件として、@第一次判断権を行政庁に留
保することが必ずしも重要ではないこと(明白性の要件)、A事前審査を認めないこ
とによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著であること(緊急性の要件)、B他
に適切な救済方法がないこと(補充性の要件)を要件として挙げるのが一般的である。
 最高裁判所第一小法廷昭和47年11月30日判決(民集26巻9号1746頁)
は、「具体的・現実的な争訟の解決を目的とする現行訴訟制度のもとにおいては、義
務違反の結果として将来なんらかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけで、
その処分の発動を差し止めるため、事前に右義務の存否の確認を求めることが当然許
されるわけではなく、当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質およびその侵
害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性およびその内容または性質
等に照らし、右処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争っ
たのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないこと
を著しく不相当とする特段の事業がある場合は格別、そうでないかぎり、あらかじめ
右のような義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできないものと解
すべきである」と判示し、主に上記A及びBの要件の必要性を肯定している。
 この判決は、上記@の要件を不要としているものとは解されないので、上記学説等
をも総合すれば、本件のような訴えが認められるための適法要件は、上記@明白性の
要件、A急迫性の要件、B補充性の要件を充足することが必要であると解すべきであ
る。
 しかして、本件訴えは、少なくとも上記A及びBの要件を欠如しているから不適法
な訴えとして却下を免れないのである。以下その理由を述べる。
(1)  原告らは、その請求の原因として、「索道支柱建設による土砂災害等が危
惧される」とか、「計画通り工事が始まれば、原告らは本工事に伴う土砂災害、環境
の悪化にさらされる」とか、「本地域は貧栄養土壌地域であり、一度樹木の伐採や地
形の改変を行えば、その回復は30年以上の年月を要し、原告らは二千五年日本国際
博覧会終了後も長期にわたって、土砂災害等の危険にさらされる」などと主張してい
る。
    しかしながら、原告らの主張するような上記「おそれ」は極め
     て抽象的であり、上記最高裁判決のいう「処分を受けてからこれ
   に関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争ったのでは回復し
   がたい重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めない
   ことを著しく不相当とする特段の事情」は到底認められないこと
   は明らかである。
    仮に、そのような「おそれ」が見込まれるとしても、原告らに
   おいて、本件作業許可が実際になされた後、その取り消しを求め
   る訴えの提起ないしは当該工事の差し止め等の訴訟の提起等によ
   って救済を求めることができるのであり、後述するように現実に
   当該工事の差し止め訴訟を提起しているのである(乙第1号証)。
   この点からも、「事前の救済を認めないことを著しく不相当とする
   特段の事情」なるものは存しないのである。
    のみならず、原告らの主張する程度の「おそれ」では行政庁の
   第一次判断権を否定して、当初から司法審査をなすべき事由とは
   なし難いのである。
    よって、本件訴えは上記AないしBの要件を充たしていないこ
   とは余りにも明白である。
(2)  因に、原告加藤徳太郎を除くその余の原告らは、本件訴訟に先立って、財
団法人2005年日本国際博覧会協会(以下「協会」という。)を被告として、平成
15年12月10日に「索道7号支柱及びその前後の支柱建設差止請求事件」(平成
15年(ワ)第5148号)を提起し、同事件は現在名古屋地方裁判所民事第3部に
係属している。(乙第1号証)。更に、原告岡田みどりは、ひとたび協会による索道
の工事が開始されれば、土石流災害の危険性等が高いとの本訴と同様の理由を主張し、
協会を債務者として、平成16年1月13日付けで、名古屋地方裁判所に、工事禁止
の仮処分命令の申立てをもなしている(名古屋地方裁判所平成16年(ヨ)第21号。
以下「別件仮処分事件」という。)(乙第2号証)。
    しかして、別件仮処分申立事件に対しては、平成16年5月7
   日付けで、名古屋地方裁判所民事第2部は、申立を却下する旨の
   決定をなしている(乙第3号証)。同裁判所は、別件仮処分事件に
   おいて、疎明資料を逐一精査した上で、「債権者の主張する土砂災
   害発生のおそれは、未だ抽象的なものにすぎず、本件の建築工事
   の差止めを認めなければならない切迫した危険性は認められない
   から、土砂災害発生のおそれを根拠とする債権者の主張は理由が
   ない」と判断しているが、まことに正当である。
    このような事情もまた、被告の上記(3)の主張に理由がある
   ことの有力な証左というべきである。
(3)  よって、本件訴えは不適法であるから却下を免れないのである。

2 原告らには訴えの利益及び原告適格がないこと
(1)  本件訴訟において原告適格が認められるためには、「当該処分の取消しを
求めるにつき法律上の利益を有する者」に準じた法律上の利益のあることが必要であ
ると解すべきである。しかるに、原告らは、原告適格について、「原告らは主に愛知
県瀬戸市上之山町3丁目に在住するものであり」と主張するのみであって、本件作業
許可により、具体的にどのような場所にどのような支柱が建設され、どのような地形
等の影響によって、原告らが具体的にどのような不利益を被るのか全く明らかにして
いない。
(2)  また、原告らも自認しているとおり、現時点では「索道は長久手会場を起
点に瀬戸市上之山町3丁目地内の保安林(別紙目録(1)(2)の土地)を通過し、
瀬戸会場にいたる、全長約2kmの間に14基の支柱の建設が予定されている」ことが
判明しているのみであって、もとより本件作業許可については、いまだその申請さえ
なされていないのであるから、本件訴訟については、そもそも、原告らには訴えの利
益が存しないのである。
(3)  別件仮処分事件の決定(乙第3号証)は、「債権者主張の土石流発生の被
害地域は、その西方の地域(同マップのオレンジ色の枠の部分)であり、債権者宅の
所在する団地とは直線距離で約800メートル離れている(同マップの縮尺による。)
。債権者主張の崖崩れの危険性についても、上記急傾斜地崩壊危険箇所(同マップ
「210196」「110368」)は、いずれも上記区域指定がなされておらず、
その危険性は、未だ一定の行為を制限するほど現実化しているものとはいえないもの
である。さらに、本件計画は、上記のとおり、砂防指定地等の法規制があることを踏
まえ、環境面にも配慮して最小限の改変範囲となるように計画されており、土砂流出
等の防止のため、沈砂部の確保、蛇かご、土木マット(ヤシ繊維質)の設置等が計画
されており、土砂災害防止のため、相当な措置が講じられているものと評価できる。」
と判断しており、このことからも、原告らに原告適格及び訴えの利益がないことは明
らかなのである。

第3 結語
  上記の次第で、本件訴えは訴訟要件を欠く不適法なものであるから、直ちに却下
されるべきである。
                                      
                                          以上


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