平成16年(行ウ)第21号愛知万博における索道(ゴンドラ)事業許可処分取消請求事件
原告 加藤 徳太郎 外6名
被告 中部運輸局長

                    準 備 書 面(1)

                                            2004年5月31日
名古屋地方裁判所民事9部B1係 御中

            原告選定当事者 〒489-0785愛知県瀬戸市緑町1丁目17番地
                           加藤 徳太郎
                      
1.原告適格について
 本件ゴンドラ事業は、国道、県道、鉄道線路(リニアモーターカー新路線)の上空を通過する日本でも初の極めて特異な形態をもっているものである。被告も認めているように、ゴンドラは「架空した索条により旅客又は貨物の運送を行うという索道の構造的特性から利用者の利便に加えて、利用者の安全を確保する必要があることに配慮したもの」(答弁書)として、空中を宙づりにさせ移動することから安全対策が常に重大な問題とされることとなる。
 従って、本件事業での安全対策は、利用者の安全を確保するにとどまらず、道路、鉄道路線上を通過することにより、道路、鉄道路線とその利用者及びその周辺で生活する住民に対する安全対策がどのように取り扱われているかを審査することが、重大かつ重要な問題とされるのは当然のことである。
本件ゴンドラ建設が行われることにより、ゴンドラルート直下及びその周辺にゴンドラ搬器からの不特定の物品及びゴンドラ施設又はその付属物の落下、転落等が発生する可能性は否定できない(甲第1号証)。このような危険性を排除する防護ネット、防護柵、フェンス等の安全対策が鉄道法35条による基準により行われていなければならないが、被告側答弁書、提出証拠を見る限り全くとられていないことは明らかである。ゴンドラ運行により生ずる危険性が排除できていない現状では、原告の生命・身体の安全が侵害され、侵害される危険性が存在する。
 とりわけ、日常的に公道を利用することとなる原告にとって鉄道事業法35条に定められた技術上の基準を満たさず適合していない本事業では、事故等による交通遮断や渋滞、また転落、落下による死亡事故等発生はまぬがれず、原告の基本的人権ともいえる安全・安心・平穏な生活を営む生活権を侵害されることとなる。
 瀬戸市上之山町3丁目に居住し市域において活動する住民として、国道155号線・県道グリーンロード線とその周辺道路、リニアモーターカー周辺地域を利用し、生活の便益に供している。本件許可処分により、事故、渋滞等が不断に発生するおそれが生じ、市街地及び居住地における生活機能を破壊され、生命、身体、財産に対する侵害の危険を及ぼされプライバシー侵害のおそれなど生活環境を侵害され人格権、財産権の侵害を受ける。上之山町3丁目住民の居住地は、本件ゴンドラ線路直下の1箇所しか道路の出入り口はなく、ゴンドラ事業による事故、渋滞等は住民生活への極めて甚大な影響を及ぼすものである。道路出入り口が、渋滞、事故等により遮断されることは、防災、防火、防犯上重大な支障をきたす。消防車、救急車、パトカー等の関係車輌が必要なとき迅速に到着することが妨げられたり自由に出入り出来なくなり、防火、防災、防犯機能が低下する。居住者の日常生活機能にも同様に支障をきたし、平穏な生活を暮らす権利が侵害される。
 豊田市・長久手町住民は、道路、リニアモーターカー利用により、市街地における生活便益を享受している。本件許可処分により道路上、リニアモーターカー線路上に事故、渋滞等が不断に発生するおそれが生じ、市街地及び居住地における生活機能を破壊され、生命、身体の安全が破壊され、財産上の侵害を受ける危険性が及ぼされ財産権の侵害を受ける。

 愛知万博瀬戸会場、長久手会場及びゴンドラ事業用地周辺には、オオタカの営巣やムササビ、ハッチョウトンボ、ギフチョウ、シデコブシ等希少種の生息に示されるごとく、豊かな自然生態系が存在する。ゴンドラ事業用地周辺には、オオタカが営巣し、活発な生息活動を行い、オオタカ営巣には良好な自然環境である。オオタカは「種の保存法」で保護すべき対象とされており、猛禽類として自然生態系の最上位に位置しており、オオタカの生存する良好な自然環境は、我々住民の生活環境にとっても、将来にわたって維持すべき良好な環境である。このような環境が破壊され、なくなることにより、豊かな自然環境を享有し「健康で文化的な生活」を営む権利が侵害されることになる。訴外愛知万博協会は、ゴンドラルート間近に複数のオオタカ営巣を確認しながら、本件ゴンドラ計画を進めている。「営巣期を避けて工事をするので影響は回避・低減される」とのことだが、2005年の営巣期(毎年1月?8月頃とされている)は、ゴンドラ輸送の真っ最中であり、オオタカのテリトリーはゴンドラのワイヤーで分断されてしまう(甲第2号証)。ゴンドラの振動音、金属音は、営巣期にはより敏感となるオオタカにとって営巣を困難とさせる。良好な営巣地を奪われたオオタカを絶滅に追いつめることとなる。愛知万博協会は、本件ゴンドラルート下において、絶滅危惧植物であるカザグルマの確認、保護を怠っていたことを認めている(甲第3号証)。このような貴重な植物種については「工事による直接改変域のみならず、隣接地も含め作業者が生育地に入らないよう柵を設けるなどの保全対策を講ずる」(「愛知万博における環境影響評価追跡調査(予測・評価)報告書その2」より)としているが、このような進入防止措置は現地では今もってとられていない。作業員は、絶滅危惧種生育地に何の配慮もなく立ち入り、生育地を踏み荒らし、カザグルマ生育に多大な負荷が加えられ生育地域が減少させられている。
 上之山3丁目住民の隣接するゴンドラ建設予定地とその周辺には、オオタカ、カザグルマのみならず、ギフチョウ、ハッチョウトンボ、コゲラ、オオルリ、カワセミ、シラタマホシクサ、トウカイコモウセンゴケ、シデコブシなど希少種、絶滅危惧種の動植物が数多く生息している(甲第4号証)。本件ゴンドラ事業が許可されゴンドラ工事が行われると、この残された貴重な生態系が破壊されることとなる。良好な自然環境を保護、保全し、将来にわたって持続、継続していくことは、広く国民の責務であるとともに、健康で文化的な生活を営むために、環境権、自然享有権として国民個々の権利として保護されなければならない。隣接地に居住する上之山町3丁目住民にとっては、このような環境権、自然享有権を侵害されることはとりわけ耐え難いことである。また、上之山町3丁目住民のみならず、瀬戸市、豊田市、長久手町各住民にとっても、この地を利用し、自然環境を保護、保全する活動を行っている者として、自然破壊を招くゴンドラ工事により、自然享有権、環境権を侵害されることは耐え難いものである。

 原告は、愛知万博を発案し一貫して推進してきた愛知県の県民及び有権者として、また同様に愛知万博に参加し推進する瀬戸市、豊田市、長久手町の市民、町民及び有権者であることから、愛知万博における本件ゴンドラ事業が違法・不当であり、また、そのような事業により、利用者や周辺住民に被害を及ぼす危険性があることを看過することはできない。万一、本件ゴンドラ事業による事故等が発生した場合、事故を未然に防ぐことができなかったことは、本件ゴンドラの危険性についてかねてより訴えている原告に耐え難い精神的苦痛を与え、また、愛知県と愛知県民への信頼を低下させ、今後の事業や活動に大きな支障をきたす。また、安全対策を怠ったゴンドラ事業による事故等の処理により更に万博経費の出費は大きくなり、現在でも予定した寄付金が集まらないなどの資金難の状況であるが、更に膨らんだ万博事業の経費は、結局、県及び市町の負担を増大させ、住民及び有権者である原告の負担となるものである。

 同時に原告は日本国民及び有権者としても、安全対策を欠いたままの本件ゴンドラ事業への許可処分を看過することはできない。愛知万博事業は国際的なイベントであり、各国国民及び各国際機関等との信頼関係が前提であり、それをより発展させるために行われるものである。そのようなイベントにおける輸送手段が、安全対策もないままに事業許可されるような国が、どうして国際的な信頼を得ることができるのだろうか。万博事業が国内法、国際法に照らして適正に行われなければならないことは言うまでもない。万一、本件ゴンドラ事業による事故等が発生した場合、原告は、日本国民及び有権者としても、事故を未然に防ぐことができなかったことは、本件ゴンドラの危険性についてかねてより訴えている原告に耐え難い精神的苦痛を与え、また、日本と日本国民への信頼を低下させ、今後の事業や活動に大きな支障をきたす。

鉄道等の利用者の利益及び鉄道事業の健全な発展という利益の実現が公共の利益の実現となるためには、周辺住民の生活環境、生命・身体の安全の確保・保護、個々の財産権、人格権、環境権、自然享有権といった法益を保護することによって実現できることになる。
 また原告は、本件ゴンドラ供用開始後は、たとえ6ヶ月間といえども利用者として施設を利用することともなり、本事業の安全性について論ずる権利を有するものである。
 被告は、答弁書において、「鉄道法によるゴンドラ事業許可は、ゴンドラ等の利用者の利益及びゴンドラ事業の健全な発展という一般的な公益の実現に目的、趣旨がある。」「法が許可処分を通じて保護しようとしているのは利用者の安全という一般公益であり、個人の個別的法益を保護する趣旨ではない」「原告側主張の法益は、法が保護しようとしている利用者の安全という公益が図られれば、それによって解消され得る類いのもの」「仮に本件ゴンドラの転倒を想定するとしても原告、選定者の居住地は遠く離れていたり、100mも離れており、生命・身体が害される蓋然性は認めがたい」などと述べて、原告適格を否定している。
 個別的利益を保護しているかどうかを居住地の位置と支柱塔の高さから推計して原告適格を論じてもいるようであるが、原告適格を微視的に詮索するという悪しき実例といえる。
 ゴンドラ支柱や設備の転倒という事態が生起すれば、支柱のみが倒れるのみならず、附随する諸設備、ゴンドラ搬器、索条等も同時に地上に落下することとなる。このような事態が周辺住民の日常生活と生活環境に多大な悪影響を与えることは想像に難くない。また、支柱の転倒が、土砂流出防備保安林指定地という土砂崩れの起きやすい上之山町3丁目内の裏山である場所に建設されることによって引き起こさせられたとすれば、隣接地区に住む上之山町3丁目住民は土砂の流出、崩壊、水害の災害により、生命・身体等に直接的被害を受けることが予想され、原告適格を有することとなる。被告は、原告適格を支柱の高さからあれこれ詮索した結果、原告住民の個々人の権利をあまりにも無視することとなったものといえる。
 既に知られているように、空港、基地、道路等、広く環境・公害問題を発生させる原因行為がもたらす利益(公共の利益)とそれによって生ずる被害の程度(私人の権利・利益)を高次元で調整するためには、抗告訴訟による他はない。本件許可取消訴訟も同様のものである。
 本件許可処分によってゴンドラ沿道ないし周辺の土地は、供用開始後にとどまらず工事着工時より、環境改変等の悪影響が及ぶ可能性のある土地であることは明らかである。従って、事業許可処分は住民の生命・財産権、人格権、生存権、環境権等の権利・利益である「法律上の利益」を害するおそれのあることは明らかであり、当然原告適格が認められる。愛知万博事業及びこれに関連するゴンドラ事業の環境影響評価書についても地域を限定することなく関係者を定め、広く県民、国民、諸団体から意見を求めているところである。本件紛争の本当の当事者は地域住民であり、これに原告適格が認められなければ紛争の解決をすることにならない。本件訴訟で代弁するところは、住民の私的利益であるにとどまらず、公共的利益でもあり、この公共的な利益を住民が代弁することによってはじめて司法による本件事業の適法性審査が可能となる。裁判所は原告適格をことさらに狭めることにより司法に託された責任を回避すべきではない。当事者が実質的な争点を巡る主張、立証を尽くし、これに裁判所が正面から取り組むことが、国民の熱望する司法本来の姿である。

2.本件事業の違法性
 本件事業は、鉄道事業法第34条、第35条及び、索道施設に関する技術上の基準を定める省令(以下、索道技術基準省令という)に定めた安全確保義務に違反している。被告の主張するような一般公益である利用者の安全や事業等の健全な発展すらも図られていないものである。索道技術基準省令第17条は、「物の落下による危険が生じるおそれのある箇所又は搬器に乗った人を保護する必要がある箇所には適当な保護設備を設けなければならない」と定めている。被告は「17条は搬器の解放された窓から乗客が故意又は過失によって物を落下させる恐れがある場合等であり、索道の構造物それ自体の落下を想定したものではない」とする。本件事業許可処分において、故意又は過失によって物を落下させる場合に、最も危険が生ずるおそれの高い箇所は昼間、17,000台以上の車輌が通行する国道155号線、30,000台以上が通行する県道6号力石名古屋線(グリーンロード)であり、万博開催期間中は、1日20,000人もの輸送計画のあるリニアモーターカー東部丘陵新鉄道線であることは自明のことである。途切れることなく車輌やリニアモーターカーが通行する道路や鉄道路線上空から物が落下すれば、車輌との衝突、追突、炎上、死亡事故等、必然的に大惨事は免れない。車輌とこれを運転する運転者及び乗客、周辺住民への影響は図り知れないものである。このような箇所にこそ、防護ネット、防護フェンス、防護トンネル等の適当な保護設備を設けなければならないが、原告指摘の国道155号、グリーンロード、リニアモーターカー線の上空には何らの保護設備も設けられていない。被告はまた、「搬器の乗客を保護する設備については、その目的は利用者の安全確保にほかならない」とも主張する。訴状においても述べたように、2003年10月15日、長野県において発生した本件事業申請者と同社、同型式のゴンドラにおける、搬器の窓枠から乗客が投げ出され地上に落下し死亡するという痛ましい事故(甲第5号証)からも明らかなように、乗客が上空から落下するような事故が万が一にも起きた場合にも乗客を保護する設備が設けられていなければならない。愛知万博は、国際博として海外からも観客を見込む大きなイベントを目指しているのであれば、乗客の安全対策は、事業許可に当たり法令に従って万全の上にも万全を期すのは当然のことである。しかるに、乗客のための落下予防、保護設備はゴンドラルートには何一つ設置されていない。慎重かつ十分な審査が行われたとは言い難いものである。鉄道事業法第35条及び索道技術基準省令第17条において求められている保護設備の設置による安全対策を怠るものであり違法なものである。

 索道技術基準省令第7条及び8条に違反する事業計画について
 索道技術基準省令第7条はゴンドラ線路について「搬器が停留場以外の場所で停止した場合に乗った人を安全に救助することができるものでなければならない」とし、同第8条においても、停留場以外で搬器が停止した場合に乗客を安全に救助することを定めている。本件ゴンドラ線路は、瀬戸市上之山町3丁目周辺地内では、保安林樹林地を通過する。索道技術基準省令第7条及び8条に定められたように停留場以外の場所で停止した場合には、乗客を安全に救助することが義務付けられている。ゴンドラ線路下には、この線路に沿った救助用設備や救助用道路が設置されることにより乗客の安全な救助が行われ乗客の安全が確保されるものである。しかしながら、本件許可処分には、保安林内のゴンドラ線路下の救助用設備の設置や救助用道路の設置が含まれておらず、検討もされていない。これでは、索道技術基準省令第7条及び8条に定めるように、停留場以外の場所である上之山町3丁目地内の保安林樹林地上空で搬器が停止した場合、乗客を安全に救助することが出来なくなり、同省令第7条及び8条に違反するものである。

 不作為の違法行為
 本件ゴンドラ線路下は、土砂流出防備保安林であり、良好な自然環境の丘陵樹林地である。索道技術基準省令第7条及び8条に定められた乗客への安全な救助対策を行うための救助設備、道路を設置するには、大規模で本格的な開発造成工事が必要となり、それには保安林内開発行為申請が必要となる。しかしながら、本事業許可にあたり、保安林解除申請については、申請もなく検討された様子もない。
 索道技術基準省令第7条及び8条に定めた救助対策が上之山町3丁目保安林地内において万が一確保されているとするならば、保安林解除申請が行われることなく開発されたことになり、そのまま事業計画を許可することは森林法違反を見過ごす不作為の違法行為である。いずれにしろ、本件ゴンドラ事業の違法性は明らかであり、事業許可処分の取り消しを求めるものである。

 求釈明
1. 国道上空を索道が通過する事例が、北海道内においてあるが、本件事業許可の参考にしたのか。
2. 北海道の事例では、鉄道事業法及び索道技術基準省令に定める安全保護設備は、どのように設置されているのか。
3. 2003年10月に発生した長野県のゴンドラからの落下死亡事故において検討された安全対策は本事業についてどのように参考にされたのか。
4. 本件ゴンドラ事業は、国道、県道及び鉄道線路上空を通過し、オオタカ営巣地が複数ある良好な自然環境の保安林指定地を横断するという日本でも特異で希有な事例だが、許可にあたり現地調査は実施したのか。
                                    以 上

平成16年(行ウ)第21号愛知万博における索道(ゴンドラ)事業許可処分取消請求事件
原告 加藤 徳太郎 外6名
被告 中部運輸局長

証拠書類説明書

                               2004年5月31日
名古屋地方裁判所民事9部B1係 御中

            原告選定当事者 〒489-0785愛知県瀬戸市緑町1丁目17番地
                           加藤 徳太郎

甲−1 索道事故の防止対策に関する報告書第11号より。
財団法人日本鋼索協会 平成15年8月
    毎年多数の索道事業による事故が発生していることを示すもの。
 
   直近の索道事故例。
広島県でのゴンドラ衝突事故(平成16年5月6日)を伝える記事。
山陽新聞2004年5月6日付け他。

    広島県(宮島)でのゴンドラ事故への警告書
(中国運輸局鉄道部長 平成16年5月7日)。

甲−2 オオタカの飛翔図(「海上の森を守る会」大薮勇機作成)
    ゴンドラルートがオオタカ生息地を分断する。
オオタカ飛翔記録にゴンドラルートを書き込んだもの。

甲−3 絶滅危惧種カザグルマ保護の要望書とその回答書
    「海上の森を守る会」2004年5月14日
    財団法人2005年日本国際博覧会協会 平成16年5月25日
    愛知万博協会が調査漏れを実質的に認め、保護策がとられていなかった事を認め
たもの。

甲−4 ゴンドラルート周辺の動植物の調査
    「環境影響評価追跡調査(予測・評価)報告書その2」
財団法人2005年日本国際博覧会協会 平成15年9月発行

甲−5 長野県でのゴンドラからの転落死亡事故(平成15年10月15日)を伝える記事。
    中日新聞2003年10月16日及び18日付け
                                   以 上



万博ゴンドラ問題に戻る  表紙に戻る