●2004年5月7日付 名古屋地裁の決定書

平成16年(ヨ)第21号 建築禁止仮処分命令申立事件

                 決   定

      主  文

1 債権者の申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。

      事実及び理由

第1 本件申立ての趣旨
1 債務者は,二千五年日本国際博覧会に関わる索道6号ないし9号支柱を建設してはならない。
2 申立費用は債務者の負担とする。

第2 事案の概要
〜略〜

第3 当裁判所の判断
1 土砂災害のおそれについて
(1)疎明資料(認定の根拠は各末尾に示す)によれば,索道7号支柱は,「土砂災害危険箇所マップ 瀬戸市」(計画機関・愛知県砂防課,調製・玉野総合コンサルタント株式会社,乙15)において,土石流危険渓流(幹川・矢田川,渓流・南山口川,人家1戸から4戸)に建設される予定となっていること(乙15,同支柱建設予定地が土石流危険渓流に位置することは争いがない。),同マップによれば,土石流危険渓流とは,土石流発生の危険性があり,1戸以上の人家(人家がなくても官公署,学校,病院,駅,旅館,発電所等のある場合を含む。)に被害が生じるおそれがある渓流をいうこと(乙15),索道7号支柱建設予定地(上記マップ「Sh?2?29」)の西側に隣接して急傾斜地崩壊危険箇所(同マップ「210196」「110368」)があること(乙15),急傾斜地危険箇所とは,傾斜度30度以上,高さ5メートル以上の急傾斜地で被害想定区域内に人家が1戸以上(人家がなくても官公署,学校,病院,駅,旅館等のある場合を含む。)ある場所で,急傾斜地法に基づく指定がなされると,斜面の切り盛りなど崖崩れを助長したり誘発したりする行為が規制されるなどの制限がかかるものをいうこと(乙4,15)が認められる。

 他方,同マップ(乙15)には,注意事項として,危険箇所は現在の技術水準の調査によって把握されたものである旨,災害発生の危険性は雨の降り方等の気象状況や地形地質などの地域の特性によって異なる旨,表示している危険箇所には防災工事が施されている場所も含まれている旨の記載がなされていること,上記急傾斜地崩壊危険箇所(「210196」「110368」)は,いずれも上記急傾斜地法に基づく区域指定はなされていないこと(乙4,15,なお,債権者は,その根拠となる基礎調査の実施方針の決定及び運用指針のまとめを愛知県が行ったのが平成15年7月であり,調査自体はこれからである旨主張するけれども,本決定時点までに,同区域指定がなされたことの疎明はない。),債務者は,平成15年12月8日,愛知県知事に対し,本件計画に係る砂防指定地内行為許可申請書を提出し,同申請書添付の参考資料の事業概要書によれば,本件計画は,@砂防指定地,A宅地造成等工事規制区域,B森林法(保安林)の法規制にあることを踏まえた上,造成(基礎掘削)は,支柱基礎を築造するに必要な範囲のみを開削工で行うこと,基礎工事完了後は,適切な埋戻しを行うこと,残土については支柱撤去時の埋戻し材として使用するため近傍に土砂仮置場を設け土木マット(ヤシ繊維質)にて土砂流出等の防止を行うこと,排水計画は,計画地が山中であり改変面積も190平方メートルと狭小であり,雨水排水を一箇所に集中させることは地山の洗掘や土砂流出を誘発することから,分散放流させ自然流下を行う方が良案として排水施設はあえて設けないこと,防災計画は,工事中・後における防災施設として,工事中400エーカー,工事後100エーカーの沈砂部を確保し,工事中における土砂流出分は,造成部下流に蛇かご工にて土砂流出を防止し,法面部については,土木マット(ヤシ繊維質)により土砂流出の防止を行うこと,土砂仮置場についても土砂全体を覆うよう土木マット(ヤシ繊維質)を設置し土砂流出防止を行うこと,調整池は,行為面積が1000平方メートル以下のため設置しないこと,施工計画として,計画地周辺一帯は,山林であり良好な樹林地を形成していることから,環境面への配慮を行い,最小限の改変範囲となるように,計画地までの搬入路(仮設道路)は設けず,ヘリコプターでの資材搬入を行うこと,基礎工事を行うための掘削や整地(埋戻し等)は,従来とおりのバックホウ及びブルドーザ等によるものとすることなどが計画されていること(乙9の2,10の1ないし6),愛知県知事は,平成16年1月23日,債務者の上記申請に対し,砂防指定地内行為についての許可を行っていること(乙9の1)などが認められる。

 以上によれば,索道7号支柱の建設予定地やその付近は,土石流発生や崖崩れの危険性があることは否定できないけれども,その危険性は,いずれも調査時現在の技術水準に依拠し,雨の降り方等の気象状況や地形地質などの地域の特性によって異なるもので,防災工事は考慮していないとの留保付きのものである。また,債権者主張の土石流発生の被害地域は,その西方の地域(同マップのオレンジ色の枠の部分)であり,債権者宅の所在する団地とは直線距離で約800メートル離れている(同マップの縮尺による。)。債権者主張の崖崩れの危険性についても,上記急傾斜地崩壊危険箇所(同マップ「210196」「110368」)は,いずれも上記区域指定がなされておらず,その危険性は,未だ一定の行為を制限するほど現実化しているものとはいえないものである。さらに,本件計画は,上記のとおり,砂防指定地等の法規制があることを踏まえ,環境面にも配慮して最小限の改変範囲となるように計画されており,土砂流出等の防止のため,沈砂部の確保,蛇かご・土木マット(ヤシ繊維質)の設置等が計画されており,土砂災害防止のため,相当な措置が講じられているものと評価できる。

(2)債権者は,7号支柱付近で上之山町3丁目住宅に近接した地域で土砂崩れが発生しており,同土砂崩れと平成12年1月上旬に行われたボーリング等の作業との間には因果関係があるなどと主張して,その疎明資料として,写真(甲8の1,2,5),「測量及び地質調査の実施について(お願い)」と題する書面(甲8の3),測量及び地質調査位置図(甲8の4)を提出する。
 同疎明資料によれば,愛知県名古屋東部丘陵事務所は,平成12年1月下旬頃から同年3月下旬頃までの間,瀬戸市上之山町2丁目及び3丁目地内において,現況測量や路線測量などの測量やボーリングマシン(削孔機)を用いて地盤の成層状態などを確認する地質調査が実施されたことは認められるけれども,債権者の提出する写真(甲8の1,2)からは,山間部の土砂崩れや樹木の倒壊が撮影されていることがうかがわれるのみで,その土砂崩れ等がいつ,どこで起きたものかは不明であるし,同土砂崩れ等と上記ボーリングマシンによる調査等ととの(原文ママ)因果関係は,本件全疎明資料によっても不明という他はない。

(3)その他,債権者は,ゴンドラルートに沿って非常時用の道を造るはずであるので災害危惧はさらに増加するなどと主張するけれども,債務者は,あらたに非常用の道を造る計画はないと主張し,そのような道が造られることを認めるに足りる疎明もない。

 以上によれば,債権者の主張する土砂災害発生のおそれは,未だ抽象的なものにすぎず,本件の建築工事の差止めを認めなければならない切迫した危険性は認められないから,土砂災害発生のおそれを根拠とする債権者の主張は理由がない。

 なお,債権者は,上之山町全体の代表であるとか選定当事者であるなどと主張するけれども,そのような資格証明はなく,採用できない。

2 プライバシーの侵害について
 疎明資料によれば,本件計画において,ゴンドラ(搬器)は,扉側窓全面及び他3面の下部の窓に視界遮断フィルムが貼られ,前後面,支柱側の上部窓には瞬間調光フィルムが貼られ,プライバシー保護区間に入ったら,瞬間調光フィルムは,支柱上の検出装置からの指令により,窓を不透明にして視界を遮断し,プライバシー保護区間を出たら,支柱上の検出装置からの指令により窓を透明にする予定であること(甲7の1),債権者宅とゴンドラとの最短距離は,平面上で270メートル,高さを考慮した直線距離では271メートルであること(乙14の1,2,同疎明資料に対する的確な反証はない。)が認められ,その余の全疎明資料によっても,本件計画の索道支柱建設によって,債権者のプライバシーが侵害される切迫した危険性は認められない。

 また,債権者が提出する瀬戸警察署作成の犯罪発生状況(平成15年中)(甲23)によれば,同署所轄の山口連区において,窃盗犯が前年に比して増加したことは認められるけれども,犯罪増加の原因は一概に断定できるものではなく,本件全疎明資料によっても,本件計画と債権者主張の犯罪増加との間に因果関係は不明である。

3 その他の生活の支障について
 その他,債権者の主張する町外への出入口を失うおそれ,保護施設がないためのゴンドラ死亡事故の拡大,ゴンドラによる集中力低下などによる交通事故の増加などは,これを裏付ける的確な資料がないのみならず,主張自体も抽象的なものにとどまるもので,採用できない。

4 オオタカの環境破壊と被保全権利性について
 民事上の請求として,直接の契約関係にない他人に対し,その故意過失を問わずに,建造物の建築禁止等を求めるといった,物件的請求権類似の妨害排除ないし妨害予防請求権を行使するには,自己の不可侵性のある権利(絶対権)が受忍限度を超えて侵害され又は侵害されるおそれがあることを根拠とすべきであると解される。そして,自然環境については,一般的にはこれを保護することに価値があるといえるとしても,具体的な場面において,個人個人の自然環境に関する考え方や利害の内容,程度は多種多様であり,自然環境の保全の必要性,保護の程度,保護の態様等を決するには,関係する多数の者の利害や意見の調節を要するものであり,ある個人がもっとも望ましいと考える自然環境を他の者は必ずしも最適とは考えず,また,ある自然環境の保護行為が利害関係人の財産権,活動の自由,開発利益の享受等を制約する,といった事態が生じ得るものであって,自然環境に対する侵害の問題は,人格権侵害と比較する場合はもちろん,個人の居住環境に対する侵害の場合に比しても,一段と,利害や意見の調整が広範で複雑なものとなるといえる。それゆえ,ある個人の自然環境を享受する利益が他の者の利害や意見と合致しない場合に,一般的に自然環境を享受する利益を主張する者が優先し,他の者に対しその利益を侵害しないことを求めるべき法的地位を有するということはできない。そうすると,個人個人の自然環境を享受する利益を含めて環境権という権利を構成し得たとしても,そのような権利につき,立法的手当もなしに無限定に不可侵性,絶対性を付与することはできないこととなる。したがって,良好な自然環境の享受を目的とする環境権は,絶対的な権利に基づく民事差止等の請求の法的根拠としては十分とはいえない。

 これを本件についてみると,債権者のオオタカに関する主張は,必ずしも明らかではないけれども,絶滅危惧種であるオオタカが生息できるなどの良好な自然環境を享受する権利を主張するものと解したとしても,上記のとおり,法的根拠としては十分とはいえず,債権者の主張は理由がない。

5 よって,債権者の主張は,いずれも理由がないので却下することとし,主文のとおり決定する。

平成16年5月7日

 名古屋地方裁判所民事第2部
                     裁判官 加藤 員祥

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