: 参考文献
: 信号検出理論の指標をめぐって 1
: ノンパラメトリックな信号検出理論
まず結論から述べれば,可能な限りROC曲線から算出される指標を用いた方がよい.なぜならば,普通にyes/noの2件評定で測定した値はROC曲線のある一点であり,そこからある指標を導き出すのは,その一点だけからROC曲線全体を導き出すのに等しいからである.これは一般化としては行き過ぎであり,2件評定はこの点で問題があると言わざるを得ない.したがって複数の点を測定した上でROC曲線を描き,そこから指標を求める方が問題が少ない.
ROC曲線から得られる指標のなかでは,ROC曲線よりも下の領域の面積が安定しており勧められている(Richardson, 1972).との比較が必要な場合には,
がROC曲線よりも下の領域の面積の得点とみなせるため良い(Simpson & Fitter, 1973).
また,先述のROC曲線から求められる指標は,すべて得点化したROC曲線の回帰直線のパラメータから求められる.他の研究との比較のために,それらのパラメータの値を論文中に明示した方がよい.
しかし,実験の性質によって,ROC曲線の得られないyes/noの2件評定を使わざるを得ない場合もある.この場合に利用できる指標はとの2つであるが,どちらを用いるべきであろうか.
これについてDonaldson(1993)が分布の平均間の距離やバイアスを様々に変化させてとの精度を調査し,一般的によりもの方が正確である,という知見を得た.したがってこのような場合はを用いる方が適切であると思われる.
またこのような2件法を用いる場合は,強制選択法を用いれば,ヒットとコレクトリジェクション,フォールスアラームとミスがそれぞれ等しくなるので,等分散性を満たすことができる.またバイアスの影響を最小限にすることができる(田中・上村,1969,124)と言う利点があるので,このような測定法も可能な限り併用すべきである.
上記の指標を算出する際には,正規分布の累積関数やそれの逆関数を用いる必要がある.しかしこれらは,正規分布の関数からは導出することはできない.その際に用いられる方法は2つ考えられる.
一つは統計学の教科書などにのっている,標準正規分布表を用いる方法である.正規分布の累積関数の逆関数が必要な場合は,普通に使う場合とは逆の方向,すなわち上側確率から得点を求めるように使えばよい.
しかしこの方法ではリアルタイムで成績を評価できず,実験場面などその必要がある場合には不向きである.その際は近似式や展開式を用いれば,計算機上でこれらをプログラムとして実装して,リアルタイムに自動で指標を求めることが可能である.これらの式は山内(1972)などで紹介されている.
冒頭でも述べたとおり,信号検出理論は「信号」と「ノイズ」という言葉の定義次第で様々な分野で応用可能になる柔軟性を持つ.
その例の一つに,Murdock(1968)の方法がある.彼は系列提示した刺激を系列再生させる課題の成績評定に信号検出理論を用いている.
これは刺激を提示時と同じ系列位置で再生できた場合をヒット,提示時と異なる系列位置で再生してしまった場合をフォールスアラーム,再生すべき系列位置で再生し損ねた場合をミス,それ以外の場合をコレクトリジェクションとみなして指標を計算するという方法である.
この場合の「信号」はある系列位置に提示された刺激であり,「ノイズ」はそれ以外の刺激である.
このように「信号」「ノイズ」の定義によって様々な成績の評価に信号検出理論は用いることができる.
また近年のコンピュータの発達によって,計算量の大きさによって実際の利用が制限されることがほとんどなくなった.つまり計算が煩雑であるという理由でこれまで用いられなかった指標(最尤法や数値積分によるROC曲線以下の面積の推定など)も利用され得るようになってきた.
したがって今後の信号検出理論は計算量をさほど問題にしない方向に進んでゆき,より正確で応用性の高い指標が今後も提案されていくと思われる.
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