【There is nothing permanent except change.】
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柳は昨日、乾の家に泊まっていた。
本当ならばその日に帰るはずだったのだが、小学生の時ダブルスを組んでいた相手でもあり公私でも仲良くしていた柳は乾の両親にも受けが良かった。その両親に押し切られる形で柳は一泊することを承諾したのであった
幸い、立海大は翌日が休みだということもあり、柳は数年ぶりに乾の自宅に泊まることとなってしまったのであった。
「ほう、予想外に片付いているな」
「そうか?」
「ああ、お前にしては上出来だ」
「はは…昨日かい…」
「かい?」
乾が思わず発しそうになった言葉に疑問詞が被る。柳はその二文字から導きだされる想像を乾の机の周囲を一覧し、情報を得るとそれを確信に変える。
「海堂薫にやってもらったという訳か?」
「え、あ…ははは」
乾いた笑いがその場に響く。それで全ては事実だと柳は裏付けられてしまった。
「一つ、お前がこのように物事を整頓する能力はない」
「一つ、お前の部屋を掃除するような物好きな女性はお前の周りにいない」
「一つ、お前の母親はこの部屋には入ってこない」
「一つ、お前の机の周辺に飾っている写真は…」
「もういい、十分に判った」
柳の言葉を遮るために、乾は言葉を発した。
以前、柳と何かの折に電話をした際、乾は柳にあることを知られてしまったのである。
そのことを知って以来、柳は乾の後輩でもある海堂に僅かに興味を抱いた。そして柳は乾に話を持ちかけたのであった。
1度、海堂に会ってみたいと。
「海堂がここにいる確率…80%」
その予想は外れることがなく、乾が辿り着いたそのとき、海堂は河原の土手に1人座り込んでいた。
その河原は奇しくも海堂が乾とダブルスを組むことを承諾したあの河原であった。柳に半ば押された形でここに来たものの、声を掛けるのが躊躇われる。
(乾先輩は…何て言うつもりだったんだ?)
柳に告白というか…あれは冗談だったのだろうと海堂は思う。
「大事な後輩がお前と付き合うだなんて黙ってみてられるか」
乾にとって海堂は大事な後輩だ。海堂にとって乾は親切な先輩の1人である。
海堂と乾がダブルスを組んで以来、乾は何かと海堂に構ってくるようになった。
シングルスで戦うことのみ気持ちにあり、ダブルスなど眼中に無かった当時の海堂に乾はダブルスで戦うことを提案してきた。
その頃の青学には手塚を初め、不二、越前とシングルス面の実力者が揃っていたのだから海堂がシングルスの枠に入るのには難しいものがあった。一方、ダブルスの面では全国大会まで行った大石・菊丸という通称”黄金ペア”と呼ばれるペアがあったのはあったが、他のダブルスはその場合場合で組んでいることが多く、そこが青学の弱点とも言われる場所であった。
だからダブルス・・・というには海堂の抵抗もあったが、乾はそこで引き下がることなく海堂に声をかけ、おまけに海堂のブーメランスネイクを成功させる為にトレーニングメニューすら組んでくれた。
元々乾はレギュラー落ちしていた間にも部内の練習メニューを組んでくれたり、よく後輩の面倒を見てくれていたりしてくれていた。不動峰戦以降、海堂個人のための練習メニューを組んでくれていた。
「ダブルスは互いに対する信頼が必要だ。しかし、俺と海堂は今回初めてダブルスを組む」
「はあ」
「とりあえず、期間は短いがお互いを良く知る必要もある。だから、関東決勝までの間これから毎日一緒に練習するというのはどうかな?」
「俺は別に構わないっスよ」
「そうか、じゃあ俺が毎日海堂の練習メニューも組んであげよう」
「いや、そんなことまでしてもらう・・・」
海堂が断ろうとしたとき、乾の右手が海堂の左手首を掴む。
「俺は勝ちたい、お前も勝ちたい。だとしたら勝率を上げるためにはこれが一番手っ取り早い」
「先輩」
「それに放っておくと、海堂はいつもオーバーワークになる。だから俺は海堂に効率的な練習メニューを組む。海堂もレベルアップできる」
「俺はそうだ、けど先輩にとってのメリットはあるんですか?」
海堂のその言葉に乾は海堂の顔をじっと見つめたあといつもの人の悪い笑みを見せる。
「俺にもメリットはあるよ、けど・・・内容はヒ・ミ・ツ」
その仕草が余りにもいつもの乾で、全く変わらないその態度に海堂は唇を尖らせて一言呟いた。
「キモッ」
それ以来、乾は海堂の面倒を何かと見れくれて高等部に上がってからもそれは続いていたのであった。それがいつまでも続くと思っていた。
いつまでも親切な先輩と一介後輩のままの関係でいられると思っていた。
いつまでも続くと思っていたその関係は、いつの間にかすれ違っていたらしい。
(先輩…俺、先輩のことわかんねえ…)
永遠なんて、何処にも無い。
世に生きるものは、何処かで「変化」という波に流されている。
その波は、いまも何処かで何かを動かしている。
04/05/27up
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