【There is nothing permanent except change.】
<10>
ずっと仲の良い先輩後輩で居られると思っていた。
だけど、それは自分の中の都合の良い幻想だったことに気がつく。
(柳さんは、俺のことを好きだといった。)
多分、それは柳の本心ではないのだと海堂は解っていた。
そしてそんな冗談を言ったのも乾に対する何か理由があるのだと考える。しかし、海堂に告白して付き合うことに対して乾は何故あそこまで動揺しているのか解らない。
ダブルスを組んで、他の後輩よりはそこそこ仲の良い付き合いだとは思う。
実際、乾と一緒に練習するようになってみて、乾は厳しいところもあったが、それは海堂の状態を見て海堂なら出来るというデータの元であった。掃除など生活面では驚くほどズボラだが、そういうところは丁寧すぎるぐらいにこまめだった。
時々、テニス以外でも一緒に何処かに出かけたり、話をすることも多くなっていた。乾は海堂の信頼を受け入れ、互いに学年は違うもののよい先輩後輩だったと海堂は思っていたのであった。
(乾先輩・・・俺のことをどう思っていたんだ?)
先程の公園からそう遠くない川原に海堂は居た。
奇しくも、そこは乾と海堂が初めてダブルスを組むきっかけとなった場所だった。海堂は乾が来たことにも気がつかず土手に座り川の流れをじっと見ているかのようだ。
声を掛けようとして、躊躇が走る。
柳に後押しされてきたものの、ここで海堂に己の気持ちを告げて今までの関係を崩したくないという思いもある。元々乾は中学の頃から海堂のことを意識はしていた。
テニスに対して、自分と同じ、いやもしかしたらそれ以上の努力を重ねる海堂に何処かで惹かれていた。ダブルスを組んでそうして自身の気持ちに気がついたのは中学3年の終わり頃。しかし、それを海堂に告げる気持ちは全く無かったといえば嘘にはなるものの、彼には知られないようにしてきた。
同性とさえ浮いた噂の無い海堂に、まして同性である乾が気持ちを告げても到底受け入れられることはないのは確実だ。余計なことを告げて、海堂を混乱させたは無かった。
柳は乾の気持ちを知っている。
その上で海堂にあんなことを言って、そして乾の背中を押し出した。
(俺が…限界だったのかもしれないな)
乾は、自分の心を決めて、ゆっくりと海堂に向かって歩き始めた。
「ここにいたのか」
「先輩・・・」
透けない眼鏡も、その声色も乾の表情を映すことはない。海堂は乾の方向から視線を外さないまま、それでもその場から動くことは出来なかった。乾はそれを肯定の意と受け取って海堂のとなりまでくるとその場に座り込んだ。
「さっきは、蓮二がいろいろとすまなかったね」
「先輩が謝る必要はないっス」
「そうか…」
互いに言いたいことも聞きたいことも違う。会話も一瞬にて途切れてしまったが、乾は何とか糸口を見出そうと思考よりも先に感情が口を動かしている。しかし、互いに顔を見ずに言葉だけが先回りする。
「ところで海堂、さっきの蓮二の告白だけど…どうするんだ?」
「どうするって…」
「蓮二は俺の友人だからね、いい奴だというのは保障する。結構海堂と趣味も合いそうだしな」
「な・・・」
海堂が思わず顔をあげて乾を見た。乾はこちらを見ていない。それが何故か海堂の中の苛立ちを大きくさせた。
海堂は両手を乾の頬に当てると思いっきり海堂の方に顔を回させる。
「アンタ、どういうつもりなんだ!柳さんも先輩も俺のこと混乱させて楽しいのか!」
「か・・・海堂!?」
海堂は口をぎゅっと結ぶ。そして今にも泣き出しそうに顔をゆがめて乾を見ていた。
不謹慎ながら、そんな海堂が可愛くて乾は抱きしめたくなり手を回そうとした。しかし最後に残っていた理性を注ぎ込んでそれを抑えていた。けれども、至近距離にいる海堂のしかも、普段は見られない表情に乾の理性はゆらめきはじめる。
「すまない、海堂…ごめん」
「謝るな」
「でもごめん、ごめん海堂…俺、海堂のこと好きなんだ…ごめん…」
残っていた乾の理性はどうやら尽き果ててしまったかのように、その体躯に似合わないほどのかすれた声が耳に届く。
「いぬ・・・」
乾の両手が海堂を抱き寄せ、海堂のことばはそれにかき消される。
抱きしめる乾の手が震えているのを感じて、海堂は告白されたことよりも抱きしめられている感覚がほんの少し心地よいことに驚きを覚える。
背中に回される腕に少し、力が篭る。
けれども、海堂ならば抵抗すればその腕を振り解こうとすることなど簡単であろうに、そうする事はなかった。耳元に近いところで海堂に誤り続ける乾の声だけが、海堂の思考の中心にあった。
04/05/31up
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