【There is nothing permanent except change.】

<8>

「乾、海堂君はお前の何なのだ?」
「海堂は…俺の後輩だ」

乾の答えに柳は視線を乾に向ける。

「なら、俺が海堂君と付き合おうと何をしようがお前には関係ないだろう」

ギュッ、と拳に力を僅かに込めたその後に、取り繕うかのように右手の中指で眼鏡のフレームを押し上げた。
海堂はそんな乾と柳の間を交互に視線を彷徨わせながら、最後に、乾の方に視線を定めた。

(乾先輩…)

柳に告白されたにも関わらず、海堂は乾が言いよどんでいる【何か】があると感じていた。そして、それは恐らく海堂自身のことなのだろう。
乾は普段は雄弁なくらい喋るのに、いざと言うときになると言葉が少なくなる代わりに視線や態度が雄弁になる。
それは、海堂が乾という人間と付き合って3年で感じたことでもあった。

「大事な後輩がお前とと付き合うだなんて、黙ってみてられるか」
「それは随分な言われようだな」
「当たり前だ」

言われている言葉の内容とは裏腹に、2人の口調は予想外に冷静なものだ。

口論している2人よりも、間に挟まれている海堂の方がどうすればいいのか混乱の一途を辿り、思考は正常から外れかけていた。
海堂は2人の真ん中に座っている筈、海堂の話を振っている筈、なのに肝心の海堂は話の流れから置いていかれたかのように。柳の意図も、乾の理由も何も解らない。海堂の目の前で、海堂だけを置き去りに海堂のこれからを決める何かが動き出している。

声は見えない何かに遮られ、音として生まれるのを遮られる









その出口のないであろう空間を壊したのは、乾の言葉だった。

「俺は海堂を――」
「いぬい…せんぱい…」
「海堂!?」

ガタリ、と海堂は立ち上がった。
海堂はこちらを驚いて見ている乾が視界一杯に移る。それからゆっくりと左側に居る柳の顔を見た。柳は乾と対称的に冷静を絵に描いたかのように無表情に乾に視線を寄越していた。
もう一度、海堂は乾の顔に視線を移す。乾はこちらを見て口を半開きにしている。いつもは殆ど透けない眼鏡でその素顔は見えないのに、今は立ち上がって乾よりも視点が上なので、海堂の位置から乾の目が見える。
乾のその視線が、海堂を見ていることに気がつくと海堂はふと視線を逸らし柳に向き直った。

「柳さん」
「何だ?」
「あの…今日は色々ありがとうございました。俺…帰ります」
「うむ、ではまたな」

海堂は前に進み始める。
そして、振り返ることなく歩き始めた。

その後ろ姿を見送る柳と、海堂の姿が小さくなっていくことに気がついた乾。

「追いかけぬのか、貞治」
「蓮二…お前」

柳がようやく悟ったのかと言うばかりに呆れ顔で乾に視線を寄越す。

「この借りはいつか返すよ」
「そうなればな」

柳を見てニイッと唇を上げる乾に柳は眉1つ動かすことなく。背を向けて走り出した乾の背中が視界から消えるまでずっと見送っていた。


(これでようやく雑事から解放されるか…)


このとき、
柳の脳裏に浮かんだのは海堂とうまくやれでも、ようやく告白する気になったかとでもいうものではなく、厄介ごとから解放されたという開放感だった。そうでなければ、柳自身が、こんな回りくどい真似までする必要は無い。

(海堂君もある意味気の毒だな…)

先程まで一緒に過ごしていた海堂の姿を思い浮かべ、少しだけ勿体ないことをしたかと思う。ああいう後輩に一途に慕われるのも悪くない、いやむしろ可愛いだろうと思う。それでも去るものを追わず、その姿をじっと見守っているかのような姿勢は昔から変わらないかのようで。
そんな自己分析をしながら、柳は持参のノートに何かを書き込んだ。



(
さて、この貸しはどうやって返してもらおうか)


04/05/26up

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