【There is nothing permanent except change.】
<6>
「どうして、今日は俺なんですか?乾先輩じゃなくって」
海堂のその質問に柳は薄く笑った。
柳が口を開くのを今かと待ちかねている海堂。
「先程、説明しなかったか?」
「俺が、乾先輩と付き合いが長いからって言ってた。けど…」
記憶力もいい、人の言ったことをきちんと覚えている。
それでもやはり海堂は気にしているのだろうと柳は予測する。乾と付き合いが長いのなら手塚でも不二でも誰でももっといる筈だ。だから海堂はそれを尋ねているのだ。本当のことを言っても良かったのだが、それを言うにはまだ早すぎると思い予測から導かれるもうひとつの理由を口に出した。
「それはそうだが、あの不二や手塚が協力してくれると思うかい?」
その一言で、ハッと海堂は即座に思考を巡らせる。手塚が不二が素直に協力するとは到底思えない。そうなると可能性が高いのは大石か菊丸だが、菊丸だといつ口が滑るか解らないし、大石だと胃痛の種が増えそうな気がする。かと言って桃城は乾とあまり付き合いがなさそうだ。
そうなると、柳を知っていて尚且つ協力してくれるのは青学では海堂以外に思いつかなかったのだろう。かつてダブルスを組み、今も毎日朝練を一緒にしている。やはり自分はいつの間にか乾の近い存在だと周囲では認識していると思わざるを得なかった。
「ヘンなこと聞いて、すいません」
少し頬を赤らめる海堂。
その後、立海大と青学の練習法などから始まり、プロテニスの話題まで普段は余り語らない海堂も柳の誘導の仕方も上手いこともあってか、いつもより多く話をしていた。
(そういえば、乾先輩と話をしていたときに似ている…)
柳と話をしていると、やはり何処かで乾と話をしているような感覚を覚える。
上手くは言えないが、話がしやすいのだ。それは誘導の仕方が上手いのか話の仕方が上手いのか相手の話を聞きながら海堂の発言を引き出しているというのが正しいのかもしれない。
(海堂、蓮二と楽しそうだ…)
その頃、同時刻、同場所に居た乾はそんな柳と海堂の様子を眺めていた。
柳が何か余計なことを海堂に言わないか気にしながら2人を見ていたものの、海堂が殆ど初めて話す柳に対して、すっかり打ち解けたような表情をしている。
乾が初めて海堂のそんな表情を見るのに数ヶ月かかったものを、柳はその日に引き出しているのである。そんな2人を見ているうちに2人の間に入って行きたい衝動に押されたがここでじっと見ているしかないもどかしさが乾を襲う。
柳だけならいいが、2人の、いや海堂の邪魔をして呆れられたくなかった。席も近くなのに、2人と乾の間にはとてつもなく厚い透明な壁で遮られている。
(貞治の奴、相変わらず尾行はイマイチだな)
海堂から視線を少しずらせば、乾がこちらを見ていることに簡単に気がついた。その視線にはあらゆる熱が詰まっているかのようで、そこまで思われている目の前の海堂が少しだけ羨ましく思えた。残りはそこまで思われてしまった海堂への同情が半数以上を占めていたが。
柳は乾のそんな視線に気がつかないように視線をずらす。
「来るな」と言えば必ず乾は来ると思ってはいたが、余りにも予想通りの行動だ。そこまで乾が海堂のことを意識しているのだとすれば少々引っかきまわしてみたいと感じるのは、あながち間違いでもないだろう。それに海堂の様子を見ていれば自覚していないにしろ、乾のことを意識しているのは確実だったのだ。
(貞治を甘やかしすぎてもいかんが…少々のお節介ならいいだろう)
そして、その後の行動予測が瞬時にいくつもの場所で稼動し始めていた。
「ところで、1つ聞いてもいいかい?」
「なんですか」
「好きな人はいるのか?」
「はあ?」
そのときの海堂の驚きようは何と言ったら解らない。
手に持っていた木製のスプーンがコトリ、と小さな音を立て。危うく手元の湯飲みを倒しそうになるのを柳が捕まえて事なきを得る。
そしてようやく柳の質問の意味を悟った海堂は、彼独特の呼吸法で自身を落ち着けると柳に向き直った。その時間約1分半。
04/05/17up
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