【There is nothing permanent except change.】
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(蓮二の奴、何を考えている…)
柳と海堂が親交を深めている(?)と同時にそれを何処かから見ている乾の姿があった。
「来るな」と柳にクギを刺されたものの、それでも2人が気になってこっそりと後を付けて来たのであった。乾の尾行術はデータ収集の為に磨かれている。それをフルに生かしていた。
乾と海堂がダブルスを組んだのは乾が中3、海堂が中2の時。
最初はシングルスで戦うことのみで、ダブルスなど眼中に無かった海堂に乾はダブルスで戦うことを提案した。
その頃の青学には手塚を初め、不二、越前とシングルス面の実力者が揃っていたのだから乾や海堂がシングルスの枠に入るのには難しいものがあった。一方、ダブルスの面では全国大会まで行った大石・菊丸という通称”黄金ペア”と呼ばれるペアがあったのはあったが、他のダブルスはその場合場合で組んでいることが多く、そこが青学の弱点とも言われる場所であったのだ。
海堂はダブルスを組むことに抵抗があったものの、乾はそこで引き下がることなく海堂に粘り強く声をかけた。元々、1年で後半レギュラーになった桃城と海堂は以前から乾は目をつけていたが、海堂に関しては努力家でもあり乾は結構気にはかけていたのであった。それから練習メニューを作成するなど何かと彼と関わっているうちに海堂に対して、先輩後輩以上の感情を持ち始めるようになっていた。
気がついた当初は同性同士、一時の気の迷いだとも思っていた。
だがその気持ちを自覚してしまって以来、乾は海堂に対して表面上は同じ態度を取りつつも内面では複雑な感情を抱きつつある。けれども、海堂にはその気持ちを告げる勇気も強引さもなかった。
けれども、やはり気になって、付いて来てしまうのは相手が柳だったからである。
海堂は思いがけないプレゼントを喜んだ。
柳は多くは語らなかったがその表情から、それでいいのだろうと海堂は想像する。そうこうしているうちに注文の品が運ばれてきた。いただきます、と両手を合わせて手をつける。食べ始めてから少しして、柳が海堂に視線を寄越していることに気がついた。
「海堂君」
「何ですか?」
人と話すときは飲み込んでから。海堂は口の中に残っていた葛きりをちゅるり、と飲み込んでから反応した。
「箸の使い方が上手いね」
「そうですか?」
「ああ、最近は箸の使い方がなっていない人間が多いが海堂君の箸の使い方は綺麗だ」
「かあ・・・いや母がこういうことには厳しい人だったんで昔から・・・」
「それはいいお母さんだ」
褒められて悪い気はしない。
海堂は、柳の意図がつかめないまま柳の言葉に反応した。
「貞治は相変わらず箸使いが下手だろう?」
「下手です」
海堂は乾と食事をするときのことを思い出した。
乾は箸の使い方が余り上手くない。だから、ときどきぼろぼろと溢すし口の端につけたりする。スプーンなんかだとまだマシなのだが、その理由を聞いたら昔から箸を使うのは苦手だと乾は答えた。データ収集とか整理するときに、余り邪魔にならないように片手で食べることが多いから、今でも箸を使ったり両手で食べたりすることが少ないらしい。それに乾は箸使いに関わらず、そういうことに関してはかなりずぼらに近い方だった。
そういえば、乾も海堂と食事をしたときに、今の柳のように海堂の箸使いを褒めていたな、と海堂は思い起こす。
「どうして、今日は俺に声をかけたんですか?」
あの関東大会以来、互いの連絡先を交換した乾と柳。
それから、時折お互いの間で連絡を取り合っていた。半分は情報収集もあったのだがやはり以前ダブルスを組んでいた仲でもある。柳は乾の会話に出てくることの多くなった名前が気になっていた。
「貞治」
「ん?」
「彼はお前の何なのだ?」
さらりと、あくまでさらりとそれは尋ねられた。
柳の冷静さと対称的に乾の声色がわなわなと慌しさを含んでいるので、電話越しとは言えその表情は透かして見えるかのようだ。いくらここまで何かにつれて彼の名前が出てくるとお気に入りの後輩以上の何かがあるのはちょっと勘の鋭い人間なら気がつくだろう。それに、乾にデータテニスを教えたのは柳だからますますそれは見抜かれてしまうのであった。
乾からそれを聞いたときは最初は驚いた。
乾の趣味は昔から年上の落ち着いた美人系統だったはずだ。だから彼と乾の趣味を比較すれば全く違う方向である。けれども乾の話を聞いて、そして実際に彼とこうして会って話をしているうちに何となくだが、乾が彼を好きなことを頷けてしまう。
素直で、礼儀正しい。
何よりも乾を理解している姿は無意識とはいえ微笑ましかったのだ。柳の趣味とはまた違うが、自分が好ましいと思える後輩の姿と言うものには何処か覚えがある。柳の脳裏には生意気な後輩の姿が浮かび上がっていた。
04/05/17up
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