【There is nothing permanent except change.】
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「海堂君、ここでいいかな?」
「別に構わないっス」
柳さんに連れられて行ったのは裏通りにある小さな甘味所だった。
この辺りには詳しくないと言っていたはずなのだが、何故こんな場所を知っているのだろうか海堂は不思議に思う。
「以前、知り合いに教えてもらってね。1度来たいと思っていた」
「そうなんですか」
海堂の考えていることが読まれているようで不思議だったが、全ては乾と同類の人間ということで解決してしまおうところが海堂内での結論であった。いや、それ以外には考えたくなかったのかもしれない。そちらの方が比重は大きかった。
店内に入ると、客層も海堂らの同年代よりは50代・60代…もしかしたらそれ以上の年代の女性が多い。その客層に海堂は何処に座ればよいか戸惑っていた。
「海堂君、こっち」
柳の後について席に着く。
周囲から見られることも少ないだろう、結構奥まった場所だ。恐らく、男同士ということで周囲から余り注目されないように気を使ってくれたのだろう。海堂は心の中で礼を言うと柳と向かい合わせに座る。
店員らしき人がやってくれ品書きを手渡すと俺はそれから何にしようか選び始める。
「海堂君、決めたかい?」
「あ、はい」
柳はそうか、と頷くと店員を呼んだ。
「何になさいますか?」
「俺は心太(ところてん)と白玉ぜんざいをもらおうか、海堂君は?」
「この葛きりと三色団子をお願いします」
わかりました、と答えると店員は奥へと引っ込んでいった。
柳に連れてこられたのはいいが、何を話して言いか解らない。海堂は視線だけで周囲を見ながらちらりと柳の方に視線を向ける。柳は海堂の視線など気がつかないように店内の様子を見たりしている。
何故、柳は自分に頼んだのか海堂はまだ考えていた。
柳は乾の親友ともいえる人物で、小学校の時に一緒にダブルスを組み全国区だった。
しかし、柳が乾先輩に何も言わずに転校してしまい、再会したのは海堂が中2の時。関東大会での決勝、立海大付属との戦いのときだった。
その前、氷帝戦で初めてダブルスを組んだとき乾先輩からその話を聞いていたが、実際にこうして話をするのは初めてだ。柳は海堂が付き合いが長いからという理由だと言ったものの、付き合いが長いのは手塚や不二でも同じ筈である。海堂に頼んだ理由は何だったのだろうか、柳の意図が掴めない。
乾はあの黒ぶちの瞳が見えない眼鏡で表情が読めないが、柳はその細い目と穏やかな表情ではあるものの、表情の変化が少なく海堂はそれが不安に思えた。そしてこの気まずい雰囲気を変える何かが欲しかった。
ふふ、と柳がこちらを見る。
「なんなんすか、一体?」
「いや、君は表情が出やすいと思っただけだ」
「な…」
いきなり何を言い出すのだ、この男はと海堂は思った。
先程から海堂の中に出てくる言葉は【何故】ばかりで本当に理由が解らないということが疑問と言う形を借りて押し寄せてくる。思考が混乱の方向に加速し始めている海堂の前で柳は全てを悟ったように唇の端を僅かに上げる。
そんなところもやはり、乾に何処か似ているような気がして海堂は自分の中の全てを見透かされているような気がして困惑する。
柳はそれを知ってか知らずか突然鞄の中から小さな包みを取り出した。その紙袋は先程乾のプレゼントを買いに行ったスポーツ店のものであった。
「あの…」
「今日は、海堂君の誕生日なんだろう?」
「え?」
突然の話題の転換に海堂は目の前の紙袋に視線を移す。
確かに、柳なら海堂の誕生日を知っていても不思議ではないが、殆ど初対面に近い柳から何かを貰うと言う予想などできるはずもなく。
「あの、気持ちは嬉しいっスけど。俺…」
「気にすることはない」
「だったら、これは今日買い物に付き合ってくれた礼だと思ってくれればいい」
「え…」
そう言われてしまえば断る理由がなくなってしまった。
「気ィ、使わせてしまってすんません、ありがとうございます」
礼儀正しく挨拶をする海堂に、柳は袋を開けるように促した。その促しに海堂は袋の口を開く。そして中に入っているものを見て唇を軽く開けた。
「これ…」
中身は先程海堂が欲しがっていたグリップテープだった。顔をあげて柳の顔に視線を向ける海堂。柳は何も言わないが海堂の表情を見て、海堂が人目で気に入ったのが解ったのかうむ、とひと声だけ発する。
やはり表情が出やすいなと感じ、それが微笑ましく感じた。
04/05/17up
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