【There is nothing permanent except change.】
<3>
何故、柳は海堂を選んだのだろうか。
忘れもしない中学3年の関東大会決勝。
青学対立海大の対戦シングルス3にて柳は乾と対戦した。かつては一緒にダブルスを組んでいた2人が、4年2カ月と15日ぶりに対戦したあの試合で、互いが抱えていた過去との決別を図った。そして、互いの真意を知った今となってはあの頃までとは言わないが連絡を取り合う仲にはなっていた。
その忘れもしない試合で、青学ベンチ内で乾を必死に応援していた下級生が居た。乾は試合が終わるとその下級生の元に駆けつけ、勝利したときよりも嬉しそうな笑みを見せた。その下級生も試合の時の表情とはうって変わって、穏やかな表情をしていた。
その時に柳は悟ってしまったのだ、乾の理由を。
「来月、貞治の誕生日だというのは知っているかな?」
「まあ、一応…」
「それでな、一応あいつに誕生日の贈り物をしたいのだが、何せあいつもデータを隠していることが多い。それで、貞治と付き合いの長い海堂君に参考意見を聞こうと思って頼んだのだよ」
「俺に出来ることなら、大丈夫っス」
「そうか、申し訳ないな」
だから乾には内緒で海堂に頼んだのかと海堂は納得した。しかし、頼まれたのはいいが海堂も乾の好みを把握しているわけではない。参考にはならないかも知れないと前置いたあとで、柳の頼みを引き受けることにしたのであった。乾とは中学以来の付き合いだが、練習メニューを作ってくれるなどいつもいつも世話を焼かせてばかりで海堂は乾に贈り物などした覚えはない。世話になっているのだから、これはいい機会なのではないかと思いなおした。
そう思わなければ、柳が乾に渡す贈り物など選ぶ理由が無かった。
しかし、身長差のせいなのか柳と歩いているとまるで乾と歩いているかのような錯覚を覚える。実際柳と乾は2cmしか違わないのでそう感じても仕方がないのだが。乾は実際海堂と歩いているときは饒舌だった。それに時々子供っぽいところもあって道端であった珍しい現象などがあると、「興味深い」と言ってその方向へと向かっていくのである。
その点、柳と歩いていると初めてこうして一緒に歩いているせいか殆ど言葉も少なく、海堂は少し気まずい。それに隣を歩くと言うよりは柳の後を着いていくような感じなのだった。
(何か、喋った方がいいのだろうか?)
実際、誰かと一緒に歩くと言う経験が乾以外は殆どないというのが海堂であったのだから、こんな考えに至るのも至極当然である。
しかし、学校も違い、学年も違う2人としては共通の話題と言えばテニスと乾のことのみであった。テニスのことはともかく今、柳の口から乾のことは余り聞きたくなかったのである。理由は海堂にも解らないが、それはどうしても避けたかった。
「海堂君、商店街はこっちでよかったのかな?」
「あ、はい」
青春台駅前には結構大きいアーケード街もある。そこでなら見つかるのではないかと話すと柳は承諾したのであった。大体の予算とどういうものがいいか道すがら話をしながら(勿論、柳の方から話題を振った)店を選ぶ。
だが、データテニスをするもの同士と言っても、乾と柳ではタイプも違う。
乾はデジタル派だが、柳はアナログ派なのである。
さらに乾は理系であり、柳は文系だということが解った。
結局、色々見て回った結果テニス用品ならいいのではないかという結論に落ち着き海堂と柳はスポーツショップへと向かう。
乾の現在のプレイスタイル、愛用のメーカーなど簡単に伝えると柳はいくつかの品物を検討していく。
ぐるりと店内を回ったそのとき、海堂はちょうど愛用している新製品のグリップテープが視界に入る。先日、乾からその話を聞いたところで今度ためしに使ってみようかと検討していたのである。しかし、今月は出費の予定が多く来月ということで諦めるしかなかった。海堂もまだ高校生であり、他の生徒のようにバイトをしていればもっと小遣いもあったのかもしれないが何せテニス漬けの毎日である。それにテニスについては両親に頼り過ぎてはいけないというのが彼の信条でもあった。
ふと、柳の手がそのグリップテープに伸びた。
多分、これを乾にプレゼントする予定なのだろう。そう思うと目の前で買われてしまうのが少し羨ましかった。柳がレジに向かっている間も海堂はそのグリップテープをじっと見ていたのであった。
結局、乾への誕生日プレゼントはガットやボールなどテニス用品を詰め合わせて贈ることとなり買い物を済ませて2人は店を出た。
「やあ、色々と参考になったよ」
「俺は全然」
「いや、貞治の新しいデータも取れたし…」
「え?」
「とにかく助かった、ありがとう」
礼を言われるのは悪いことではない。
乾は多分それを喜んで受け取るのだろうな、海堂がそう思うと胸にちくりと何かが刺さるようであった。しかし、それはすぐに消え去り痛みがあったことすら思い出せない。
「海堂君、もう少し付き合ってもらってもいいかな?」
「いいっすよ」
「もう少し、君と話がしたくなった」
断る理由が無かった。
だから、その申し出を受けたのであった。
04/05/15up
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