【There is nothing permanent except change.】
<14>
それは、ほんの少しの曇り空。
燦然と煌く太陽が昇る日よりも、走るには心地よい日だった。
その中を、海堂はいつものように起きて家を出ると公園に向かって走り出す。
靴紐を結びなおし、一度だけ空を見上げるといつも通りに現れるであろう姿を探していた。
昨夜、海堂は乾に一通のメールを送った。
−明日、公園で朝練出来ますか−
何度も迷った末に、文面はそれだけだった。
多分、乾は来てくれるであろう。それだけを期待して海堂はそのメールを送った後に携帯の電源を切った。多分、乾は返事を寄こすのだろうが明日乾に会うまで、彼の言葉を聞きたくなかったのかもしれない。聞いてしまったら、自分の何かが揺らいでしまうぐらいに危うい何かが海堂の中にあって。そして考え抜いた結論は簡単に覆されてしまう可能性が高い。朧げなる何かは、もう少しで形になりそうなのだ。
それを捕まえる時、自分の中で新たな【何か】が生まれる
そろそろ、PCの電源を落とそうかと考えたその時。乾の携帯が音を立てる。
差出人の名を見て乾はあわてて中を開いた。
−明日、公園で朝練出来ますか−
内容はそれだけだった。
あの河原での告白以来、乾は海堂と部活では一緒に練習しているものの、海堂の頼みで朝練はそれぞれ別に行っていたのである。海堂の方からこうして確認のメールが来たということは、海堂があの時の答えを出したということだろうか。
何はともあれ、久しぶりの海堂のリアクションに乾はひとつ息を吐きながら海堂へ返事を出したのであった。
−構わないよ、いつもの時間で構わないか?−
海堂からの返事は来なかった。
それでも、乾は明日の朝練に備えて急いでPCの電源を落とした。
海堂が会いたいといったのは、先日の返事をするためなのだろう。例えそれがイエスなのかノーなのか、それとも別な答えを出すのか。それは乾のデータでも予測は出来ないのである。それでも、例え乾の望むような付き合いにならないとしてもそれでも先輩後輩ではいたいと願った。テニスの上だけでも共に戦えるような存在でありたいと。
明日、二人の間の【何か】が決まる。
海堂が公園にたどり着いたその後、乾はいつもと同じ時間に現れた。あの時から約3週間近く一緒に朝練などしていなかったというのに、乾はいつも通り、海堂が公園について一息ついた直後に現れる。
「おはよう」
「・・・っス」
いつもなら、簡単な会話の後に芝生の方に移動してストレッチから始まるのだが今日は違った。海堂も乾も挨拶以外に言葉が出てこない。
沈黙がその場を支配するという感覚が一番近いのだろうか。お互いに必要最低限以外、言葉を交わさないのだから、雰囲気も気まずいものが漂っている。互いに黙々とストレッチをこなし続ける。
「海堂」
乾の呼びかけに海堂が身を少し震わせる。
「やはり身が入ってないな。今朝はここで終わりにしよう」
海堂はそんな乾の表情を見ながら下唇を見えないように噛み締める。海堂が折角誘ってくれたのはいいが、やはり海堂はまだ乾のことを気にしているのだろう。態度は最近のぎこちなさと変わらず、やはりまだ海堂は乾のことを受け入れていないのだと感じられてしまう。
スポーツはフィジカルもメンタルも両方が大きな影響を及ぼす。練習の虫とも思われるぐらい努力を重ねている海堂だが、今の状態では彼のテニスにも良い影響は与えないだろう。そんな練習は海堂のためにはならない。だとしたら、海堂から距離を置くのがいいのではないだろうかと乾は考えていた。
海堂の答えが怖かった。
全てを拒絶して失うぐらいなら、卑怯者と呼ばれても今の関係にしがみついていたかった。けれど、その答えを強要したのは自分であることも忘れてはならない。
自分の気持ちのありかなど、自分にだって分からない。
乾が荷物を片付けようとしたとき、背後から海堂の声が聞こえた。
「待ってください・・・」
04/06/02up
→NEXT
←BACK
|