【There is nothing permanent except change.】

<13>

乾の携帯が着信音を轟かせる。

「やあ・・・」

既に着信によって誰からか分かっている相手に対し、乾は声のトーンを少し落とした。

−ふむ…その声色ではやはり無理だったか−

初っ端から耳に痛い言葉を電話で寄こす相手など、声を聞かなくても思い当たるのは柳ともう一人だけだ。そして、この口調からして相手は一人に必然と限られる。

「余計な世話だ」
−予想通り、と言った所か−
「と、言いたいところだが残念だな。俺の気持ちは伝えてきた」

乾のその言葉に柳が電話の向こうで一瞬だけ息を呑む音が伝わってくる。してやったりと思えるものの、乾もそれを表に現すことはしない。

−ほう、貞治にしては上出来ではないか−
「貞治にしては、は余計だ。蓮二」
−で、海堂君はなんと言っていたのだ?−

一瞬だけ、そこで乾の言葉が詰まったのを柳は聞き逃さなかった。

「もう少し待って欲しいそうだ」

そう言う乾の言葉はどこかに力も覇気もなく。

「やっぱりさ、海堂が俺を受け入れてくれる訳が無かったんだ。・・・俺、可愛い女の子になりたかったな。海堂が好きになりそうな、可愛い女の子にさ」
−やはり、お前は変わってないな。貞治−
「蓮二?」
−俺が海堂君と話して見たが、海堂君は少なくともお前が面妖な液体を作っていようとも、箸使いが下手であろうともそう言うことは氣にしないという印象を受けたぞ−
「・・・」
−それに海堂君は“もう少し”待ってほしいと言ったのだろう。だとしたら海堂君こそ今は迷っているに違いないのだから、貞治。今のお前に出来ることは海堂君の気持ちの整理がつく事を待つことだ。もう一つは、海堂君の答えを受け入れることだ。違うなら反論してみろ−

お前が女子になるなどという奇天烈なことを言うから想像してしまったではないか、と文句を付け加えることを忘れずに柳は乾に告げる。そんなところは昔から変わらないな、と思いつつ乾は柳の存在を有難く感じていた。
海堂への気持ちを知りながらも、乾を嫌悪することなく的確な忠告をしてくれる柳の存在に、青学のテニス部友人達とはまたとは違う、それでこそこうして電話やメールのやり取りだけの柳の存在は、乾にとっても有難いものである。

「心配、かけたようだな」
−いや。それには及ばない。俺もいつまでもお前の話に付き合っている程暇ではないからな−
「はは」
−安心しろ、もしお前が振られても俺が海堂君をもらってやろう−

乾の中で、先日一緒に喫茶店にいた時の柳と海堂の姿が思い起こされた。

「あ、あれは冗談だったのだろう?」
−声が震えているぞ、俺は冗談は言わない男だ−
「お前の好みは年上は計算高い人、年下は可愛い小悪魔系だろうが」
−それは昔のことだ。最近気がついたが、ああいう、素直で一途で可愛い子もいいものだな−

乾が反論しなくなった事に気がついて、柳は電話の向こうの乾を簡単に想像出来た。向こうの乾に気づかれないように笑みをもたらす。

−まあ、そうならぬ事を祈っているよ。では−
「ああ」

乾が電話をきると、少しだけその場で動かなかった。
柳のおかげか、不安もほんの僅かに晴れる。そして柳の言うとおりになるのは癪にもなるが、今は海堂の返事を待つことしか出来ない。
それまでは、海堂の前では頼りになるいつもの“乾”でいようと思った。

それだけが、乾に出来る全てだった。

04/06/01up

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