3.
彼と自分がこのままずっと、この世界で共に生きていくという幻想を胸に抱いていた頃の夢。 「エイ」 あれは、15年前何かの拍子でエイと彼が二人きりになったときの話。以前共に戦った仲間だというのにエイは彼と関わることが少なかったので久し振りに何を話していいか戸惑っていた。 「ん?」 予想も付かない質問に、一瞬エイの顔が無表情になって、何の冗談かと思って彼の顔を見る。しかし、隣の彼の表情には一点の曇りもなく。確かに、彼や自分に宿る『力』を使えば世界を滅ぼそうとすることだって可能だろう。それだけ、その『力』は強大なのだから。彼と同じく持ち主の意思一つで一瞬にしてこの大地を破壊できる『力』を持っているこの身だからこそ、彼の言葉が単なる冗談ではないと感じていた。エイはもう一度彼の顔を見て、こう答えた。 「どうもしないさ」 それがエイの出した答えだった。今度は隣の彼が驚いてエイの顔を見て、そして笑いだした。 「へえ、それが『トランの英雄』殿の答えかい?」 実際、赤月帝国解放戦争後に姿を消したエイは『トランの英雄』として伝説が一人歩きしているのが実際だった。だが、自分は皆と共に戦っただけで自分ひとりが『英雄』としてまつり上げられるのを好ましく思っていなかったのだ。そして、戦いが終結した今となってはその肩書きに縛られたくはなかった。だから、国を出たのだ。最も、理由はそれだけではなかったが。 「ふうん、君はこの世界が滅びてもどうもしないのかい?」 互いに、目の前の相手が何を言い出すのか予想も付かない。だからこそ、普段はあまり人と話そうとしない彼も饒舌になる。 「君は、僕を止めないのかい?」 多分、言っている本人達でさえ自分の感情と言動が一致していないのかもしれない。道化たちの試合は続く。 「何故、そんな話を俺にする」 エイは右手に嵌めていた手袋を外し、手の甲を彼に向けた。彼は特に驚く様子もなく、その右手に触れる。そして、いつもの皮肉な笑みを浮かべた。 「多分、『これ』の力を使えば僕を殺せるかもね」 エイの脳裏に懐かしい面影たちが浮かび、彼は奥歯を強く噛み締めた。彼もその事情を知っていて尚、エイにそれを持ちかける。それが出来ない人間だということも彼は知っていた。 「君は本当に甘いね」 エイは右手の紋章を押さえるかのように、再び手袋に包み込んだ。そして、彼に正面切って告げる。 「俺はお前を止めることはしない、例えそれがこの世界を滅ぼすことであっても。それは、俺がお前を殺せないからではない」 彼は先程よりも、さらに大きく笑った。 「信じているだって!君は本当に馬鹿だね!!そんな理由で世界が滅びるのを止めないというのかい!?君が僕の何を知っているっていうのかい?」 彼の語気がだんだんと荒くなっているのを感じていた。しかし、エイは微動だにせず目の前の彼をじっと見ていた。 「何も知らない」 その言葉に更に言葉を返そうとしていた彼は、エイの言葉によってそれを遮られる。 「だけど、僕は君という存在がここに確かにあるのを知っている。信じるのはそれだけで十分だと思わないかい?」 その人物はその答えに、呆気にとられそしてもう一度エイを馬鹿だとなじるといつもの無愛想な表情に戻り、そしてもう一度こう言った。 「君は本当に大馬鹿だよ」 互いに顔を見合わせて、そして笑いあった。そして、再びエイが真剣な顔になる。 「もしお前が世界を滅ぼそうとしたくなったなら、一つ頼みがある…」
(そうか・・・) 右手を天井にかざす、その手には包帯がきっちりと巻かれていた。
犬の鳴き声と共に鎧の音が響き渡り、その元気が溢れるその声は朝の静寂を打ち破った。状況が掴めないエイがドアの方向に視線を移した時には既にドアは勢いよく開け放たれ、それと同時に犬が彼の方向に向かって来た。突然のことに思わず固まるエイ、だが百戦錬磨の彼であろうともその展開は予想できなかった為に一瞬だが対処が遅れた。 「わわわわわーーーーっ!?」 鎧を来た少女が大声で叫ぶ。避けようとと思っても、犬5匹に囲まれた今の状況ではどうしようも無かった。 「起きるから、止めてくれーーーっ!!」 その一言で犬たちがエイの周りから離れていく。エイが助かったと思い一息つくと、鎧をつけた少女がにこちらの方を見た。 「おはようございます!エイさん」 いかにも元気そのものというその声に、エイは最早起こる気も失せていた。 「朝…早いんだね」 セシルがホイッスル(ケンジから貰ったらしい)を鳴らすと、犬たちが一斉に集まって、そうて部屋から居なくなってしまった。
「おはよう、ビッキー」 彼女はいつもの、いつも見せる彼女の表情に戻っていた。 「昨日は、一緒にいてくれてありがと」 ビッキーはそれを聞くと軽く小首を傾げ、そして笑った。 「あのね、私決めたの」 ビッキーはエイの返事を期待していた。 「それはいい考えだ」 それを聞いてビッキーは嬉しそうに笑った。
「聞いているか、他の誰が信じなくても彼女だけは、お前を今でも信じているさ…」 エイは小声でそう呟くとまた一人歩き出し始めた。
≪後書≫ ◆シリーズ最長の長編になってしまいました(汗) 2003/3/10 tarasuji メニューへ |