3.


夢を見た。


あれは自分と彼が同じ背丈だった頃。

彼と自分がこのままずっと、この世界で共に生きていくという幻想を胸に抱いていた頃の夢。

「エイ」

あれは、15年前何かの拍子でエイと彼が二人きりになったときの話。以前共に戦った仲間だというのにエイは彼と関わることが少なかったので久し振りに何を話していいか戸惑っていた。
そんな頃だった。普段から何事にも関心が無く、いや関心がなさそうに見せていた彼が、何を思ったか突然声を掛けてきた。

「ん?」
「もし・・・僕が世界を滅ぼすとしたら君はどうするかい?」

予想も付かない質問に、一瞬エイの顔が無表情になって、何の冗談かと思って彼の顔を見る。しかし、隣の彼の表情には一点の曇りもなく。確かに、彼や自分に宿る『力』を使えば世界を滅ぼそうとすることだって可能だろう。それだけ、その『力』は強大なのだから。彼と同じく持ち主の意思一つで一瞬にしてこの大地を破壊できる『力』を持っているこの身だからこそ、彼の言葉が単なる冗談ではないと感じていた。エイはもう一度彼の顔を見て、こう答えた。

「どうもしないさ」

それがエイの出した答えだった。今度は隣の彼が驚いてエイの顔を見て、そして笑いだした。

「へえ、それが『トランの英雄』殿の答えかい?」
「俺は『エイ・マクドール』だ。『トランの英雄』とやらになった覚えは無い」

実際、赤月帝国解放戦争後に姿を消したエイは『トランの英雄』として伝説が一人歩きしているのが実際だった。だが、自分は皆と共に戦っただけで自分ひとりが『英雄』としてまつり上げられるのを好ましく思っていなかったのだ。そして、戦いが終結した今となってはその肩書きに縛られたくはなかった。だから、国を出たのだ。最も、理由はそれだけではなかったが。

「ふうん、君はこの世界が滅びてもどうもしないのかい?」
「どうせ、いつかは滅びるものだ。それが少し早くなるだけだろう?」
「僕を止めようとする人間が現れるかもね」
「それは当然だな」

互いに、目の前の相手が何を言い出すのか予想も付かない。だからこそ、普段はあまり人と話そうとしない彼も饒舌になる。

「君は、僕を止めないのかい?」
「止めて欲しいのかい?」
「さあね」

多分、言っている本人達でさえ自分の感情と言動が一致していないのかもしれない。道化たちの試合は続く。

「何故、そんな話を俺にする」
「君なら、僕を殺せる可能性があるからさ」
「『これ』か?」

エイは右手に嵌めていた手袋を外し、手の甲を彼に向けた。彼は特に驚く様子もなく、その右手に触れる。そして、いつもの皮肉な笑みを浮かべた。

「多分、『これ』の力を使えば僕を殺せるかもね」
「俺は、もう誰もこの紋章に食わせたくない。例えそれがお前でも…」

エイの脳裏に懐かしい面影たちが浮かび、彼は奥歯を強く噛み締めた。彼もその事情を知っていて尚、エイにそれを持ちかける。それが出来ない人間だということも彼は知っていた。

「君は本当に甘いね」
「何とでも言え」

エイは右手の紋章を押さえるかのように、再び手袋に包み込んだ。そして、彼に正面切って告げる。

「俺はお前を止めることはしない、例えそれがこの世界を滅ぼすことであっても。それは、俺がお前を殺せないからではない」
「だったら、何なのさ」
「俺がお前を信じているからさ」

彼は先程よりも、さらに大きく笑った。

「信じているだって!君は本当に馬鹿だね!!そんな理由で世界が滅びるのを止めないというのかい!?君が僕の何を知っているっていうのかい?」

彼の語気がだんだんと荒くなっているのを感じていた。しかし、エイは微動だにせず目の前の彼をじっと見ていた。

「何も知らない」

その言葉に更に言葉を返そうとしていた彼は、エイの言葉によってそれを遮られる。

「だけど、僕は君という存在がここに確かにあるのを知っている。信じるのはそれだけで十分だと思わないかい?」

その人物はその答えに、呆気にとられそしてもう一度エイを馬鹿だとなじるといつもの無愛想な表情に戻り、そしてもう一度こう言った。

「君は本当に大馬鹿だよ」
「そうかい?」

互いに顔を見合わせて、そして笑いあった。そして、再びエイが真剣な顔になる。

「もしお前が世界を滅ぼそうとしたくなったなら、一つ頼みがある…」





霞がかってぼやけていた視界が鮮明に映り、記憶に無い景色が視界一杯に広がる。エイがこの場所と自分の置かれた状況を認識するのには僅かな時間を要した。

(そうか・・・)

右手を天井にかざす、その手には包帯がきっちりと巻かれていた。
昨日の事を思い出した。
あれから、しばらくして右手を血だらけにして戻ってきたエイは偶然トウタに出会った。彼は血だらけのエイの右手を見て慌ててその手を治療してくれたのである。最も、トウタはどうしたのか聞きたい様子だったが、エイの様子から何も聞かずにただ、黙って治療をしてくれた。
紋章の力なのか、エイの怪我は骨にまで至っていないらしくそれでもしばらくはその手を使わないようにと念を押されたが。
エイはもう一度その包帯を眺めながら、夢の内容を思い出そうとしたその時であった。


「おはようございまーす!今日もいい朝ですよ、早起きは健康の元です!!」

犬の鳴き声と共に鎧の音が響き渡り、その元気が溢れるその声は朝の静寂を打ち破った。状況が掴めないエイがドアの方向に視線を移した時には既にドアは勢いよく開け放たれ、それと同時に犬が彼の方向に向かって来た。突然のことに思わず固まるエイ、だが百戦錬磨の彼であろうともその展開は予想できなかった為に一瞬だが対処が遅れた。

「わわわわわーーーーっ!?」
「みんな、とっつげきーーーー!!!!」

鎧を来た少女が大声で叫ぶ。避けようとと思っても、犬5匹に囲まれた今の状況ではどうしようも無かった。

「起きるから、止めてくれーーーっ!!」

その一言で犬たちがエイの周りから離れていく。エイが助かったと思い一息つくと、鎧をつけた少女がにこちらの方を見た。

「おはようございます!エイさん」
「えっと…君は…」
「セシルです!この城の守備隊長を務めています!」

いかにも元気そのものというその声に、エイは最早起こる気も失せていた。

「朝…早いんだね」
「はい!皆を起こすのも仕事ですから!では、私他の人を起こしに行かなくちゃならないんで失礼します!みんな、行っくよーーー!!」

セシルがホイッスル(ケンジから貰ったらしい)を鳴らすと、犬たちが一斉に集まって、そうて部屋から居なくなってしまった。
台風に直撃したかのような衝撃に、エイはしばらく呆然としていた。



セシルに無理矢理起こされたエイはそれ以上寝ている訳にもいかず、とりあえず朝食を取りに下に向かった。階段を降りると、見覚えのある少女がそこに立っていた。

「おはよう、ビッキー」
「あ、エイくん…でしたよね?おはよ」

彼女はいつもの、いつも見せる彼女の表情に戻っていた。

「昨日は、一緒にいてくれてありがと」
「いや、気にすること無いよ」

ビッキーはそれを聞くと軽く小首を傾げ、そして笑った。

「あのね、私決めたの」
「何を?」
「ルック君が帰って来るのを待っているんじゃなくてね、迎えにいくの。だけどね、ルック君どこにいるか判らないから、もしかしたらここに居れば見つかるんじゃないかなって思うんだ。どうかな?」

ビッキーはエイの返事を期待していた。
全く予想外の反応を見せてくれるビッキーにエイは何だか悩んでいる自分が馬鹿らしくなっていることも、悩んでいることも一撃で破壊されてしまったようなそんな気がした。

「それはいい考えだ」

それを聞いてビッキーは嬉しそうに笑った。



彼女と別れ、レストランに向かう。
エイは先程のビッキーの台詞を胸の中で反芻していた。
昔から全く変わっていないあの無邪気さ、純粋さ。きっと彼女の中ではルックは『悪い人』でなく『寂しがりやの迷子』なのだろう。現在『破壊者』と名乗っている彼がそれを聞いたら、一体どんな反応を示すのだろうか想像して、笑みがこぼれる。
自分彼を信じているが、一番は彼女に譲ってもいいと思う。
単純ゆえに、彼女の思いは真っ直ぐ故に破壊力抜群であるのだから、きっと彼も巻き込まれずにはいられないだろうから。

「聞いているか、他の誰が信じなくても彼女だけは、お前を今でも信じているさ…」

エイは小声でそう呟くとまた一人歩き出し始めた。
風が、優しく吹きつけそれに答えているかのようであった。



【終】

1へ
2へ


≪後書≫
Integer(インテゲル)【ラテン語】:無邪気な

◆シリーズ最長の長編になってしまいました(汗)
しかし、まだ坊ちゃんがこの城に来た目的は明かされていませんし、更に新たなる設定まで登場してしまいました。さて、本当にこのシリーズどうやって完結させるんでしょうか(謎)
さて、今回は坊ちゃんとビッキーを絡ませてみました。やはり、彼女は壁新聞でもルックの事を『いい人』だと思っていると言っているのですが、それって今回の中では珍しいというか際立った感覚で、だからこそ、このシリーズでは必要な存在なんですよ。好きとか嫌いとかではなく。
まあ、タイトルから言うとおりこの話は坊ちゃんとビッキーがメインなんですよ。
◆そしてセシルが登場しているのは、話を書いたときに残っていた部分が勿体なかったので登場させてしまったというだけの話ですが、いつかこのエピソード何処かで使いたいですね。
◆というかうちの坊ちゃんって本当に変な奴です。あはは…(汗)

2003/3/10 tarasuji

メニューへ