Integer あれは、ヒューゴと出会ってから数日後。 突然大声を出したエイにヒューゴも驚いた。 「エイさん、知り合いなんですか?」 エイは昔会ったことがあるんだ、とヒューゴに説明する。 「うん、私はビッキーだよ。あれ?あれ?…貴方、誰だっけ?」 その一言はエイだけでなく、ヒューゴも力が抜けてしまった。以前より更に度を越した彼女の反応に何だか色々考えていたのが馬鹿らしくなった。ビッキーの方はまだ真面目に考え込んでいるようだったので、エイは簡単に自分の名前を名乗ったがどうやら、まだ思い出せないようである。いつまでもそこに居る訳にもいかず、二人がその場を立ち去ろうとしたその時、階段の上から声が聞こえてきた。 「どうした?」 声の方に振り返ったエイは驚愕の余り、その場で固まってしまった。ヒューゴは最早慣れてしまっていたが、誰でも最初に見たときは、今のエイのような反応を返していたのだから仕方がないと感じていた。 「お主、エイだろう」 まだ、状況が把握できていないエイに対して周囲はもう慣れっことでも言おうか実に冷静な対応だった。小さなビッキーはエイの側に立ち口端を僅かに緩ませる。 「ねえねえ、ビッキーちゃん。この人知ってるの?」 小さなビッキーの声を掻き消すかのように、エイが突然大声を上げ、小さい方のビッキーの口を塞いだ。今ここで、自分がトランのエイ・マクドールであることをこの城の連中に悟られる訳にはいかないのだ。隠し通せないことも、いずれは何処からか漏れるだろうが今はまだその時期ではない。それに自由にも動けなくなることも確実だった。 「どうしたの?」 不思議そうにこっちに視線を向けるビッキーやヒューゴに対して、エイは解放軍時代に習得したリーダースマイルを向け、いかにも慌てていない風を装う。 「ト、トランプ勝負して負けたことがあったんだよ」 いかにも苦しい言い訳であったが、それを聞くとビッキーは安心したかのように、「そうなんだー」と感心していた。この時ほど、エイは彼女の天然さに感謝したことは無かったという。 「あのー…」 ヒューゴがこちらを見ておずおずと声を掛ける。ビッキーは大丈夫だがヒューゴは誤魔化せなかったのか?表情と対称的に内心は焦りで一杯だった。 「どうしたんだい?」 エイに口を塞がれていた小さいビッキーは最早窒息死しそうになっていた。
「お主は…私を殺す気か」 とりあえず、人気の無いところを探し、ビッキー二人が生活している部屋に行くことにした。勧められて椅子に座るエイとビッキー。 「茶でも飲むか?」 先程とは勿論ビッキー窒息殺人未遂のことである。 「先程は・・・すまなかった」 その後に続けられた言葉をエイは聞くことが出来なかった。聞き返そうとしたが、何故かこれ以上聞いてはいけないことを体が実感していたからだ。エイはその話題から話をそらそうとして口を開こうとしたその瞬間だった。 「安心しろ、お主がトランの英雄だということは、他の誰にも喋らぬ故」 ビッキーは目を閉じて首を振る。 「お主には、私にも『理由』はある、勿論…『あやつ』にも。だから私はお主に何も聞くつもりはない」 ビッキーは何も言わず窓の方に向かうと、ゆっくりと開ける。眩しい日差しが部屋に差し込んだ。 「いい天気だのう…」 余りに日差しが眩しすぎて、目がくらみそうだった。日差しと共に風が部屋のカーテンを揺らしていた。 「ただ……」 ぽつりとビッキーが呟くように言葉を零す。 「私はともかく、ビッキーはわからぬがな」 エイの脳裏にビッキーの姿が思い起こされる。彼女は初めて出会った15年前と変わらぬ姿で、そしてその天然っぷりは会うたびに強くなっていく。いつかは彼女の口から正体が明かされるかもしれないが、自分のことすら忘れていたのだ。彼女との出会いは計算外ではあったものの。その出会いを嬉しく思っていたのもまた事実であるのは確かで。 「今の時間なら、ビッキーは『石版の地』におるぞ。気分転換がてらに行ってこぬか?」 自分の考えなど、目の前にいる年下の少女にはお見通しなのだろう。 「石版の地?」 そういえば先日ヒューゴからその話を聞いていたことを思い出す。一度は行かなければならないと思っていたが、中々行くことの出来ない場所だった。 「判った、行かせてもらうよ」 エイは立ち上がり、その場を後にした。エイがその場を立ち去った後もビッキーは 彼の出て行ったドアをじっと見ていた。 「辛い……のぅ」
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