帝国歌劇団御神楽少女探偵団
Teikoku Kagekidan vs Mikagura Shoujo Tanteidan

第4話



<其ノ七 消えた少女と告白状>

 翌朝。
「大神さん、大変です!」
 さくらが隊長室に駆け込んできた。
「どうしたんだい、さくらくん」
「その…、小萩さんがいなくなっちゃったんです!」
「なんだって?」

 二人が乙女組の合宿所に駆け込むと既に花組や乙女組の面々が集まっていた。
「いったいどういうことなんだ、マリア?」
「はい。今朝から小萩が部屋にいない、ということなんです」
「確か、小萩くんは紅葉くんと同じ部屋だったよね」
「はい」
 そう言いながら彼らは小萩と紅葉が使っていた部屋に入った。

 片隅に置いてある机に紅葉の遺影と花瓶に入った花、そして彼女の好物だったキャラメ
ルの箱が置いてあった。
「…一体、いつ頃いなくなったというのがわかったんだい?」
 大神がマリアに聞いた。
「昨日の夜、合宿所に戻った所までは確認しているんですが…」
「となると…昨日の夜から今朝にかけていなくなった、ってことだね。米田支配人には
このことは報せたのかい?」
「先ほど報せました。あやめさんが今こちらに向かっているそうです」
    *
「…はい、はい。わかりました」
 そういうと千鶴は電話の受話器を置いた。
「桧垣さん、どう致しましたの?」
「今、諸星警部から連絡があって、乙女組の栗原小萩、という團員の行方がわからなくな
っているらしいんです」
「なんですって?」
「帝劇の米田支配人の方から捜索願が提出されたそうですから、確かなようですね」
「…一体どうしたんですか?」
 いきなり事務所の玄関の方で声がした。
「あ、先生、お帰りなさい」
 蘭丸が時人を出迎えた。
「ただいま」
 丁度、時人が福島から戻ってきたのだった。
 時人は荷物を自分の机の傍らに置くと、机に座った。
「色々と聞きたいことはありますけど…。まずは捜査がどのくらい進んでいるのか聞きた
いですね」
「ええっとですね…」
 巴は捜査の経過と諸星警部の推理について話した。
「成程。警部はそう見ましたか……」
 時人は顎に手を当てて考える。
「どうしました?」
「いえ。何だか警部の推理は納得できかねるところがありますねえ」
「先生もそう思いますか?」
「ええ。警部の推理が正しいとすると、犯人はいつ、どうやって毒を仕込んだことになる
んでしょうか」
「どうやって?」
「ええ。以前河村須美子さんにお聞きしましたけど、演劇を行なう前、というのはかなり
どたばたしているそうですよね」
「ええ、そんなこと言ってましたよ」
「だとしたら、犯人はいつ、その高野紅葉さんのキャラメルに毒を仕込む事が出来たんで
すか? もしあらかじめ毒入りキャラメルを用意していたとしても、そんな時間あるんで
しょうか?」
「…確かにそうですけど…」
「…それと昨日、蘭丸君が電話で言ってましたけど、彼が花組の人から聞いた話によると、
なんでも乙女組の中でいじめがあったらしいですね」
「ええ、マリアさんも同じこと言ってましたし……」
「マリアさん?」
「あ。花組のマリア・タチバナさんです」
「ああ、あの『愛ゆえに』の…。名前は聞いたことがありますよ。実は僕は福島に行って
いる間に高野紅葉さんの評判について聞いてきましたけど…」
「…どうだったんですか?」
「彼女はどうも自分中心にものを考えるところがあったようで…。気に入らない事がある
と絶対に相手の言う事に耳を貸さずに、自分の意見を押し通す頑固なところがあったらし
いですね」
「それじゃ…」
「勿論、僕たちがその場にいたわけではありませんから何も解かりませんけど、その、マ
リアさんの言う口論をしていた、という人物の一人が紅葉さんだったとすると…。彼女た
ちに何か感情的な衝突があった事は容易に想像できますよ。…とにかく、今は情報を集め
なければ。…それに、その栗原小萩、という乙女組の人がいなくなった、というのも気に
なるし。とにかく事件はまだまだ何一つわかってはいませんよ」

 その夜、花組の面々はもとより、乙女組の四人にあやめや大神、三人娘も一緒になって
小萩を探したが、彼女の行方はわからずじまいだった。
    *
 日本橋で少女の水死体が見つかったのは翌日のことだった。
 少女の持ち物から、その身元が栗原小萩、というのが判明するのには大して時間がかか
らなかった。
 警視庁から連絡を受けた花組は、マリアとあやめの二人が事情を聞きに行った。

「自殺…ですか?」
 警視庁から戻ってきた二人の話を聞いた大神が叫んだ。
「そうらしいわね。橋の側に小萩の履物と遺書が置いてあったらしいわ」
「遺書?」
 あやめは花組の一同の目の前に封筒を差し出した。

「皆さん、御免なさひ。
 紅葉を舞臺上で殺したのは私です。
 紅葉は普段から少々自己中心的なところがあり、私やあおいは彼女の我儘ぶりに手を燒
いてゐたところがありました。
 そして紅葉は氣に入らなひ事があると、すぐ手が出てしまふ所があつたのです。
 私たちは何度、紅葉に毆られたか解かりません。
 そんな紅葉を私は許せませんでした。殺してやりたひくらゐ憎かつた。
 最近の私は拐~的に追い詰められてしまい、物事の正確な判斷が出來なかつたのかもし
れません。
 そして私はあの日――披露公演の日――を決行日に決めて、刑事さんの推理した詐術を
使つて紅葉を殺害したのです。

でも、私は刑事さんに紅葉を殺した詐術を見破られて目が醒めました。
そして自分が取り返しのつかなひことをしてしまつたことも…。
ですから自ら命を絶つてお詫びしやうと思ひます。
 皆さん、私の最後の我儘を許してくださひ。さやうなら
                                             栗原小萩」

「…これが、遺書ですか?」
 大神が言った。
「…? どうしたの、大神君」
 あやめが聞いた。
「…もしこの通り、小萩くんが紅葉君を殺したのだとすればもう少し、例えば紅葉君を殺
してやりたいくらい憎むに至った過程とか、何であの舞台上で殺してやろうと思ったのか、
とかもう少し詳しく書いてあってもいいじゃないですか。それが全然書いてない…」
「大神君、あなたもしかして…」
「…はい、まだ事件は何も終わってないと思います」
   *
「まさか…、本当ですか?」
 不意に電話を受けていた時人の顔色が変わった。
「どうしたんですか、先生?」
 時人の机に三人が集まる。
「…はい、はい、わかりました。これから伺います」
 時人は電話を切った。
「先生、どうしたんですか?」
「…今、諸星警部から連絡がありました。…乙女組の栗原小萩さんの遺体が日本橋で発見
されたそうです。…警部が言うには彼女は『高野紅葉さんを自分が殺した』という内容の
遺書を遺していたそうです」
 三人が顔を見合わせる。
「…先生、どうします?」
「取り敢えず、警視庁に行って、諸星警部に事情を聞きましょう」
    *
 警視庁。諸星警部から事情を聞いた時人と3人娘が出てきた。
 庁内で時人達は詳しく事情を聞いた。勿論、小萩が持っていた、という遺書についても。
「…どう思います、先生?」
「うーん…。どうも納得しかねるところがありますねえ。…僕はもう少し警部に話を聞い
てみます。鹿瀬君達は乙女組の合宿所を調べてみてください。合宿所には栗山刑事がいっ
ているそうですし、僕から諸星警部の方に話しておきます」
「はい」

 帝國歌劇團乙女組合宿所。
 諸星警部から連絡が行っていた事もあってか、巴たちは簡単に中に入る事が出来た。
 そして「栗原小萩・野紅葉」と名札のかかっている部屋の中に入る。

 部屋の中を調べていた巴が小萩の机の中に入っている帳面を見つけた。
「…何だろう?」
 巴は帳面を取り出した。
『日記 DIARY』と表紙が付いた日記帳だった。
「日記帳ですね」
 千鶴が言う。
 巴は二人に目配せすると、日記帳を開いた。
 何枚かめくっているうち、
「…え?」
「どうしました?」
「これ見てよ」
 巴が日記帳のある部分を指差した。
「八月八日」と日付が書かれたその日記の前半は取り留めのない事が書かれてあったのだ
が、その最後の部分に、
『…十二日、友達が上京。東京驛で待ち合わせの後、銀座を散策』
 と簡潔に書かれてあったのだ。
「東京駅?」
「確か小萩さんは山梨の出身ですから、そちらのお友達でしょう」
「…でも十二日、って明後日だよね」
「ええ、今度の日曜日ですよ」
「八日、っていうと、彼女が行方不明になる前の日でしょ? …だとしたら、一寸おかしい
よねえ…」
「そうですわね。これから自殺しようとしている人が、日曜日にお友達と会う約束なんか
普通しませんわよ」
「…まさか…」
「どうしたんですか?」
「…小萩さんはもしかしたら自殺に見せかけて殺されたのかも…」
「巴さん…」
「きっとそうだよ! この事件は別に犯人がいるんだ! その真犯人が彼女に罪を着せて
殺したんだよ!」
「…鹿瀬さん、いくらなんでも根拠もなしにその考えは…」
「でもそう考えた方が自然だよ。そうでもないとこの日記について説明が出来ないじゃな
い!」
   *
「…そうですか、日記があったんですか…」
 巴の報告を聞いた時人が呟いた。
「…それで、先生…」
「いえ。鹿瀬君、それは重要な手がかりになるかもしれませんよ。…とにかく小萩さんは
自殺と真犯人によって殺された、という両方の仮定で話を進めて言った方がいいかもしれ
ませんね」
「わかりました」
 巴は席に戻ろうとするが、時人が何か考えている様子に気付いた。
「…どうしたんですか、先生?」
「あ…。いえ、どうやら事件は僕が考えていた方向に少しづつ動いてきているようですね」
「動いている?」
「ええ。あとは…、あの人に協力をお願いするしかないでしょうね」
    *
 大帝国劇場事務局。
 かすみたちの手伝いをしていた大神に電話がかかってきた。

「…はい、大神です」
 大神は電話を受けた。
「…はい、はい、…わかりました。では、明日十時に」
 大神は電話を切った。
「かすみくん」
「はい?」
「『山茶花』ってカフェー、どこにあるんだい?」

<其ノ八 大神一郎対御神楽時人>

 カフェー『山茶花』。
 大神がドアを開ける。
「いらっしゃいませー!」
 赤縞模様の女給服にエプロン姿の女給が大神を出迎えた。
 大神はその女給に見覚えがあった。
「あ、君は…」
 その女給とは巴だったのだ。
「あ、確か大神さん…でしたよね」
 巴も、今来た客が大帝國劇場でモギリをやっている大神という青年であることに気が付
いた。
「御神楽という人にここに来い、と言われたんだけど」
「こちらですよ」
 見ると御神楽時人が窓際の席で手を挙げていた。
 大神は時人の前に腰掛けた。
 時人は巴に珈琲を三つ持ってくるように言った。

 巴が珈琲を持ってくると、時人は、
「鹿瀬君、君もここで話を聞いててください」
 と自分の隣に座らせた。
「…で、帝都一の名探偵、と言われた御神楽時人氏が自分に何の用ですか?」
「そんなに難しいことではありませんよ、大神さん。…いえ、帝國海軍・大神一郎少尉と
申し上げたほうがよろしいですか?」
 思わず目を丸くする巴。
「しょ、少尉…、って先生。この人ただのモギリじゃなかったんですか?」
「失礼ながらあなたのことを調べさせてもらいましたよ、大神少尉。海軍士官学校を首席
で卒業後、何故か大帝國劇場でモギリをやられているそうですね」
 さすがの時人でも帝國陸海軍最重要機密までは調べ切れなかったようだが。
「よくわかりましたね。さすが帝都一の名探偵だ」
「…鹿瀬君、君だけには話しておきましょう。いいですか、くれぐれも他言は無用ですよ。
この大神少尉の他、支配人の米田一基氏は実は陸軍中将で、顧問の藤枝あやめさんは
女性でありながら特務中尉なんですよ」
「な、なんで軍人が舞台なんかやってるんですか?」
「自分にとってはモギリも重要な仕事の一つですよ」
 帝國歌劇團、すなわち帝國華撃團に着任早々「モギリをやれ」を言われたときはさすが
に戸惑ったが、四ヵ月もやってれば慣れるというものである。
「…それでですね、大神少尉。今回の事件、僕にはどうも断片的なことしかわからないん
ですよ」
「断片的なこと?」
「ええ。…それで、今回大神少尉を呼んだのはあなたと一度、腹を割って話し合ってみよ
うかと思ったんですよ。鹿瀬君達から聞いた話だと、あなたも今回の事件に関して、いろ
いろと調べておられるようですし…」
「…」
「それに僕は帝國歌劇團のことに関してはよくわからない。今回の事件を解決するには是
非、あなたがたの協力が必要なんですよ。大神少尉、お願いします。探偵というのは信頼
関係が必要なんです。このままだと、船頭多くして船山に登る、ということにもなりかね
ませんからね」
「…わかりました。帝都一の名探偵と言われてるあなたがそうまで言うのなら、できる限
りの協力はしましょう。それと…」
「それと?」
「その少尉、ってのはやめてくれませんか?」
「そうですか。…では、大神さん。早速ですが、あの事件が起きた日、どういう進行で行
なわれたんですか?」
「どういう、って?」
「僕も当日の件については、ここにいる鹿瀬君や久御山君、桧垣君に話は聞きました。し
かし彼女たちはあくまでも観客、ということで舞台裏のことに関しては全く知らないも同
じです。あの時、いったい舞台裏でどんなことがあったのか、大帝國劇場でモギリをして
いるあなたならば詳しいと思いましてね」

 そして時人は大神から話を聞き始めた。
 さすがに探偵という事だからか、聞き漏らしが無い様に細かい所は何度も繰り返し聞い
て、メモを取っていく。
 最初に対面した時、大神は御神楽時人、という男がどこか探偵とは思えない、はっきり
言えば何処か抜けているような顔をしているように思ったが話を進めていくうちにその顔
がピシッ、と締まっていくように思えてきた。
 この男は「帝都一の名探偵」という肩書きは伊達ではなさそうだ。

「あの、先生…、珈琲がさめちゃいますよ」
 どのくらいたったか、巴が言った。
「あ、そうですね。じゃ、戴きます」
 そういうと時人は珈琲を一口啜る。
 その時、彼の頭に電撃が走った。
「…!」
 何かに気付いたのか大神も時人の顔をじっと見ていた。
「そうか…」
「そういうことだったんですね」
 二人とも何かに気付いたようだ。 
 すると時人は突然立ち上がった。
「せ、先生…」
「ありがとうございます、大神少尉。色々と参考になりました」
 そういうと時人は一枚の札を取り出すと、テエブルに置いた。
「鹿瀬君、これは三人分の珈琲代です。僕は事務所に戻りますので後は宜敷くお願いしま
す」
    *
『山茶花』の仕事を終えた巴が事務所にやって来た。
「ねえ、千鶴ちゃん、先生は?」
「それが…事務所に戻ったとたん『天の岩戸』に篭もりっきりで…」
 時人の推理が最終段階に入ると彼は所長室に篭もったきりになり、飼猫の十兵衛以外は
中に入ることができない。時人のそんな状態を彼女等は神話の時代の天照大神の話になぞ
らえ『天の岩戸』と呼んでいるのだ。
「…となると、先生は事件の全貌がわかってきた、って事かな…」
「どういうことですか?」
「実はね…」
 と巴は『山茶花』でのやり取りを話した。勿論時人にきつく口止めされた「大神一郎の
正体」に関しては話さなかったが。
「…そんな事があったんですか…」
「そこで先生が何かに気付いたのね。不意に立ち上がって帰っちゃったのよ」

 …それから更にどのくらい経っただろう。
 所長室のドアが開いて時人が出て来た。
「…先生…」
「…全てわかりましたよ。…今から大帝國劇場に行きます。…久御山君、諸星警部に大帝
國劇場に来るように伝えてくれますか?」
「承知いたしましたわ」

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