帝国歌劇団御神楽少女探偵団
Teikoku Kagekidan vs Mikagura Shoujo Tanteidan

第3話



<其ノ伍 御神楽少女探偵団、捜査開始!>

 時人が福島に旅立ったその日の午後。
「蘭丸君、遅いですわねえ…」
「そうですね。随分買物に時間かかってますね」
 巴達三人に頼まれ、蘭丸が買物に出掛けてもう二時間にもなるのだ。
「今の季節、外に出しっぱなしだと痛むのも早いのに…」

 それから数分後。
 階段を掛け上がる音がしたと思うと、
「みなさーん!」
 蘭丸が息急き切って事務所に駆け込んできた。
 蘭丸は大きく肩で息をしている。
「? どーしたの、蘭丸君。そんなに慌てて」
「聞けたんですよ! 花組の人の話が」
「本当?」
「とにかく蘭丸君、落ち着いて」
 そして三人は蘭丸をソファに座らせ、千鶴がコップに入った水を差し出した。
 蘭丸は一気にそれを飲み干すと、
「実はですねえ…」
     *
 それは蘭丸が買物をしている時だった。
 ある洋品店の前を通り過ぎたとき、蘭丸は道行く人がやたらとショウウィンドウを見て
いるのに気が付いた。
「何だろう?」
 蘭丸はショウウィンドウに近付くとその謎がすぐに解けた。
「あ…、アイリスとすみれさんだ…」
 そう、そこにはアイリスと神崎すみれの二人がいたのだ。
 二人は何やら談笑しながら品定めをしているようだ。
 彼がファンであるアイリスがいる、ということと、彼自身御神楽探偵事務所の一員とい
うことが好奇心を駆り立てたか、あっという間に蘭丸はその洋品店に駆け込んでいた。
「あ、あの…アイリス…さんと、神崎すみれさん…ですよね?」
 二人が蘭丸に気付いた。
「あら、どなたかしら?」
 すみれが言った。

 近くの公園のベンチに三人が座った。
「…あらあら、滋乃さんの所にこんな子供がいたなんて…」
 すみれとアイリスは白い肌とブロンドの髪に茶色の瞳、蝶ネクタイをして半ズボンを穿
いた十一、二歳に見える少年が御神楽探偵事務所の一員だとは思えなかった。いい所のお
坊っちゃま、と言われても十分通用するだろう。
「でもお兄ちゃん、かっこいいね。その歳で探偵さんなんて」
(この二人、ボクがかつて浮浪者だった、なんて言っても信用しないだろうなあ…)
 事実、蘭丸を知っている人の中には、彼が親の顔も知らず、物心ついた時には浅草を放
浪していて、たまたま時人に拾われ、以来時人の事務所に住み込みで世話をしている、と
いう話を聞いても信用しない人が多いのだ。
「それにしても本当、男の子にしておくのには勿体ないですわね。このまま女装させて、
花組の一員にしたいくらいですわ」
「ははは…」
(女装ならやってるんだけどなあ…)
 蘭丸は男にしては華奢な体付きのうえ、十二歳という年齢、さらにはまだ変声期前、と
いうこともあってか、時々女装して潜入捜査、なんてこともやっているのだ。
「それはそうと、わたくしたちに何の用ですの?」
    *
「で、どんなこと聞いたの?」
「ええっと、ですね…」
 蘭丸が手帳を取り出し、頁をめくる。
「…蘭丸君、何それ?」
 巴が蘭丸の持っている手帳のあるページを指差した。
 何やらサインのような物があったのだ。
 ひとつは頁の下の方に書いてあり、もうひとつは一頁まるまる使っていた。
「ああ、これですか。アイリスとすみれさんのサインです。すみれさん、頼みもしないの
にボクの手帳にサインしてくれて…。アイリスのだけでよかったんですけど」
 蘭丸が苦笑した。もちろん、一頁まるまる使っている方がすみれのそれである。
「ふふっ、自称花組トップスタアのすみれさんらしいですわ」
 滋乃が言う。

「…ええ、それで一寸すみれさんが気になること言ってたんですよ」
「気になること?」
「いじめがあったらしいんです。乙女組の皆さんの間で」
「いじめ?」
    *
「…いじめ、ってどういうことですか?」
 蘭丸がすみれに聞いた。
「わたくし、自分に関係ないことには干渉しないほうですけど…。乙女組の皆さんの間で
いじめがあった、って噂を小耳に挟んだことがあるんですわ。ま、誰が誰をいじめていた
のか、なんてことはわかりませんけどね」
     *
「…うーん、やっぱりそういうことは気になるよねえ」
「すみれさんのお話が、ですの?」
「うん。もし、その神崎すみれさんの言うことが正しいとすると、それが原因となって、
紅葉さんを殺した、ってことにはならないかしら?」
「となると、少なくとも自殺の線は消えますわね」
「巴さん、どうするんですか?」
「そうね…。とりあえず明日、乙女組のみんなに事情を聞いてこようか」
「でも鹿瀬さん…」
「わかってるわよ。いじめがあったかどうか、っていうのは聞かないから」
   *
 翌日、『帝國歌劇團乙女組合宿所』という看板がかかっている建物の前に3人が立つ。
「すごい建物ね。私のアパートなんかと比べものにならないわ……」
 巴が呟いた。
 その建物、というのが洋風建築の豪華な造りをしていて、『帝國歌劇團乙女組合宿所』と
いう看板がなければ、ホテルと言われても何のためらいもなく受けとめてしまいそうな感
じだったのだ。
    *
 受付で手続きを済ませた三人は食堂に通された。
 その食堂も、彼女たちが大帝國劇場で見た食堂に負けず劣らずの造りをしていた。あの
時、帝劇の食堂で何か甘いものでも食べておけばよかったかなあ、と巴は今でも後悔して
いるが。
「なんか緊張しちゃうなあ…」
 巴は心を落ち着かせるつもりか、出された緑茶を一口飲んだ。

 程なく、乙女組の五人がやってきた。
「…えーっと、確か五十嵐さん、栗原さん、真鍋さん、宮沢さん、それから村雨さん、で
すね?」
 巴が手帳の頁を繰りながら言った。
「今から一寸お話をお聞きしたいんですが…。いえ、そんな固くならないでください。こ
っちもやりにくくなっちゃうんで」

 その時、
「受付で聞いたら、ここにいる、って聞いたから」
 と言いながら、食堂に一人の黒いコートを着た金髪の女性が入ってきた。
 その女性は巴たちに気付くと、
「あ、あなたたちは…」
 巴たちもその女性に気付き、
「確かマリアさん、でしたわね」
 滋乃が言う。
「そうそう、マリア・タチバナさん。雑誌で見ただけだけど、『愛ゆえに』のオンドレ様の
お姿、凛々しかったわあ…」
「そう言われると光栄だわ」
「そうだ、ついでにマリアさんにもお話を伺いましょうよ」

「マリアさん、一寸いいですか?」
 巴は乙女組から一通り話を聞いた後、マリアに残ってもらった。
「何かしら?」
「少々込み入ったお話なんですが……」
 それを聞いたマリアは扉に近付くと、『會議中』と書かれた木製の札を外に掛け、扉を閉
めると、席に戻った。
「あ、そこまでしなくても……」
「あまり人には聞かれたくない話なんでしょ? あの札が掛かっている限り、誰も入って
こないわ」
 どうやらマリアはこれから彼女たちが話そうとしていることに気付いたようだ。
「ま、まあそうですけど……」
「それで、どんなお話かしら?」
「ええ。蘭丸君が昨日、そちらの神崎すみれさんとアイリスちゃんから話を聞いたそうな
んですが……」
「蘭丸君?」
「あ、ウチの事務所のもう一人の所員です」
「ひょっとして、金髪の男の子?」
「あ、そうです。よく御存じですね」
「すみれが言ってたわよ。『男の子にしておくのには勿体ない』って」
 どうやら、早くも蘭丸の噂は花組に広まったようだ。
「…それでですけど、マリアさん。蘭丸君が言うにはそのすみれさんが、乙女組の間でい
じめがあったらしい、と言ってたそうなんですが…」
「…」
 マリアが黙ってしまった。
「マリアさん、事件解決の為にはどうしても必要なんです。教えていただけませんか?」
 マリアは一寸考えると、
「…わかったわ。私が答えられる範囲でなら教えてあげるわ。私も事実関係を把握してい
るわけじゃないけど、そういった話はあるわね。あやめさんもそんなことを言っていたし」
「あやめさん、って確か顧問の方ですよね」
「そう、あやめさんは乙女組の相談役もやってるからね。…あの五人――死んだ紅葉も含
めると六人だけど――は表向き仲良くしてるみたいだけど、本当は仲が悪いみたいなこと
を言ってたしね…」
「…仲が悪い、って…」
「いや、勿論全員が全員口も聞かないほど仲が悪い、って訳じゃないのよ。ただ、前にあ
やめさんが彼女達の様子を見に行った時、なにやら詰問をしていた様子だった、っていう
のを聞いたことがあるわ」
「詰問…ですか?」
「一方的に相手が強い調子で何か言っていた、って言うのよ。あやめさんが来た、とわか
ったらピタリと止めたみたいだったけど…」
「となると…」
「…私も詳しくはわからないわ。でも、なにやらあの6人の関係が何処となくギクシャク
しているように感じた、ってあやめさんは言ってた。…実は、私もあの公演があった日に
は何かおかしい、と感じていたのよ」
「おかしい、って?」
「あの6人、皆やってる事がバラバラだったのよ。普通だったら緊張をほぐそうと思って
仲のいいもの同士で雑談したりしてもいいでしょ? …何もやってなかったのよ、あの6
人は」
「何もやってない、って…」
「そう、一人一人が好き勝手にやっていたのよ」
   *
「マリアさんからあんな話聞くなんて思わなかったなあ…。何か幻滅しちゃったよ」
 帰り道、巴が呟いた。
「…どうやら巴さんは知らなくていいものを知ってしまったようですね」
「仕方ありませんわ。わたくしも時人様の所にお勤めするようになってから、世の中とい
うのは奇麗事で済まされない事が多い、というのがわかりましたもの。…ああいう演劇の
世界におられる方々だってきっと同じじゃありませんこと?」
「…そうだよね、久御山さんの言う通りかもしれないわね…」
「でも、マリアさんのお話、大分参考になったと思いませんか?」
「…そうね。そっちの方から調べて見るといいかもしれないね」
    *
「あら、あなたたち何やってるの?」
 三人娘にひとりの女性が話し掛けてきた。
「あ、河村さん」
 その女性は「太白星」事件や「蜃気楼の一族」事件で彼女たちも関わりを持ったことの
あるオペラ歌手、河村須美子だった。
「どう、そこでお茶でも」
「いえ、その…」
「あ、そういえば鹿瀬さんは女給さんだったっけね。じゃ、甘いものでもどうかしら?」
    *
 甘味処の奥のテエブルに四人が向かい合って座っていた。
「…そう、あの帝國歌劇團殺人事件に関して調べてるの」
「河村さんも御存じなんですか?」
「ええ。私たちの回りじゃすごい話題よ。何しろ帝國歌劇團といったら、今や私たちの最
大のライヴァル、と言ってもいいですもの。…実はね、あの事件があった日に、ウチから
も何人か見に行ってたのよ。…本当は私も行きたかったんだけど、生憎時間が取れなくて
ねえ。私もそこで事件が起こった、って聞いたときびっくりしちゃったわ」
「へえ、そうなんですか」
「でも、あんな事件が起こったからと喜んでもいられないのよ」
「どうしてですの?」
「こんな事件が起こる、ということはこの業界全体にとってマイナスですもの」
 そうこうしている内に汁粉が入った椀が四つ運ばれてきた。
「ねえ、河村さん。付かぬことを聞きたいんだけど…」
「何かしら?」
「その…、河村さんの所でもいじめ、ってあるんですか?」
「…少なくともウチではそういうことはないわ。ウチの館長がそういうことに厳しくてね
え。そんなことが発覚したら、即辞めてもらう、って言ってるからね。でも、よそじゃ
そういうことが結構ある、って聞いたことがあるわ。そりゃあ、人それぞれ考えは違うだ
ろうし、それで衝突することもあるでしょうね。…もちろん、それくらいの個性があった
方がいいけれど、だからといっていじめまで行っちゃうのは考えものよ。…でもどうした
の? 急にそんなこと聞くなんて」
「あ、いえ。なんでもないんです…。それよりお汁粉食べようよ、冷めちゃうよ」
   *
「…ってことは、先生は今、福島にいるってことかい」
「ええ。二、三日中には帰ってくると言ってますけど…」
「と言っても、あの先生は鉄砲玉だからなあ…」
 翌日、諸星警部が御神楽探偵事務所を訪ねてきた。どうも時人と情報交換をしようと思
っていたらしいが、肝心の時人が郡山の方に行ってしまっているので、止むを得ず、3人
娘と情報交換をする事にした。
「…で、どういうことがわかったんだ?」
「あ、実はですねえ…」

「…成程、いじめか…」
 諸星警部は3人娘から話を聞くと自分を納得させるかのように頷いていた。
「…で、そのマリア、って団員は誰が誰をいじめている、ってわからないって言ってたん
だな?」
「はい」
「…こりゃ、そっちの方から調べてみる必要がありそうだな。…参考になったぜ、ありが
とよ」
   *
 諸星警部は車に乗り込んだ。
「栗山、今から大帝国劇場に行くぞ」
「わかりました」
 そして車は走り出した。
「…ところでよ、例の結果、そろそろ出た頃だろ?」
「あ、今朝鑑識から連絡が来ました。それによるとですね、
ガイシャが食べた林檎からは青酸反応は出ていないそうです」
「何だと?」
「ええ。例の公演に使った林檎は前日、すなわち七月三十一日に果物屋さんから購入した
ものらしいんです。それを大帝國劇場の厨房で保管していて、開演前に小道具係に渡した
そうです。このことについては藤枝あやめ顧問と、事務局の二人から同じ証言が取れてま
す」
「林檎に青酸が塗ってあった」という諸星警部の考えは脆くも崩れ去ってしまった。
   *
 やがて大帝国劇場前に車が停まった。
 今回はもう一度現場検証の為に来たのだった。

 控室の前。
「…あの後、ここには誰も入れてないな」
「はい。米田支配人が立入禁止にしているそうです」
「そうか」
 そういうと諸星警部は控室に入っていった。

 二人は控室を調べていった。すると、
「…これは?」
 諸星警部は鏡の前に置いてある箱を拾いあげた。
 それはキャラメルの空き箱だった。
「キャラメルか…」
「…そういえば、ガイシャの高野紅葉はキャラメルが好物だったそうです。多いときは
一日に三箱は開けてたそうですよ」
「好物ねえ…」
 諸星警部はしばらく空き箱を眺め回す。と、不意に、
「そうか、そういうことか…」
 諸星警部が呟いた。
「どうやら今回は、御神楽先生の手を患わせずに済んだようだな…。栗山!」
「はい!」
「みんなを呼んでこい。オレが事件の全貌を話してやるぜ」

<其ノ六 諸星警部の推理>

 大帝国劇場玄関。
「…警部が犯行の手口がわかった、っていうけど…」
 諸星警部から連絡を受け、帝劇にやってきた巴が呟く。
「いったいどんな手口を使った、って言うんでしょうか」
 千鶴が言う。
「…ところで、時人様の方はどうなんですの?」
 滋乃が巴に聞いた。
「うん。さっき蘭丸君に電話があって、2、3日中には帰ってくる、って言ってたらしい
わよ」
    *
 玄関に入ると、丁度花組の一同と出くわした。
「あら、滋乃さん。今日は何の御用ですの?」
 目ざとく見付けたすみれが聞く。
「あら、すみれさん。今日は警部に呼ばれてここに来たんですのよ」
    *
 控室。
 諸星警部が一同を見渡す。
「みんな揃ってるな?」
「はい。全員揃ってます」
 栗山刑事がそう言うと、諸星警部は満足したように頷く。
「…御神楽の先生が此処にいないのが一寸残念だがな」

 諸星警部は、花組と御神楽三人娘を前に演説を始めた。
「コホン。さて、高野紅葉が毒殺されたトリックだが…。こういうことだったんだ」
 諸星警部はキャラメルの箱を取り出した。
「これは高野紅葉が舐めていたのと同じキャラメルだが…。聞く所によると、彼女は稽古
前に必ず好物のキャラメルを食べるそうじゃないか。そして、事件当日の乙女組のお嬢ち
ゃんたちの証言から、彼女が公演前にもキャラメルを一箱食べていた、ということがはっ
きりしている。楽屋にも彼女が食べた、と思われるキャラメルの空箱が置いてあった。つ
まり、犯人はこれを利用したんだ」
「利用した、といいますと?」
 滋乃が聞く。
「こういうことだ。まず犯人は、彼女が食べているのと同じキャラメルを用意し、注射か
何かでキャラメルの中に毒を仕込む」
「何で中なんですか?」
 巴だった。
「それは追い追い話していくつもりだ。…次に犯人は隙を見て、彼女の持っていたキャラ
メルと自分のキャラメルの箱をすり替える。あるいは中身を一個だけすり替える、という
手もあるがな。彼女はそうとは知らずに毒入りのキャラメルを食べ、舞台に立つ。劇が進
行し、彼女が毒林檎を食う演技になる。丁度その頃、彼女が食べたキャラメルが胃の中で
消化されて、毒が溶けだす。で、その毒に彼女はやられちまった、つうわけだ。劇の進行
の具合を逆算し、丁度彼女が毒林檎を食う頃に毒が溶けるように調整するため、キャラメ
ルのなかに毒を仕込んだ、とこういうわけだ」
「じゃあ、犯人は…?」
「ああ、前もって彼女のキャラメルに毒を仕込む事が出来た人物、とこういうことになる
んだ。…それをこれから調べていく。それさえわかればこの事件はもう解決したも同然だ」
   *
「餡蜜を御注文されたお客様」
「あ、ここです!」
 巴が手を挙げる。
 巴の提案で彼女たちは普段は一般客に開放されている帝劇の食堂にいたのだ。
 どうやら流行っているらしく、席もほぼ満員である。
 三人の座っているテエブルに餡蜜が三つ置かれた。
「いただきまーす!」
 そう言うと巴は、餡蜜をがっつき始めた。
「…一寸、鹿瀬さん」
 見兼ねて滋乃が言う。が、巴はお構いなしに、
「…この餡蜜、すごく美味しいよ。二人も早く食べなよ」
「そんなことより鹿瀬さん!」
「わかってるわよ。諸星警部の推理のことでしょ?」
「…巴さんはどう思います?」
 千鶴が聞くと、巴は初めてスプーンを動かす手を止めて、
「うん…。確かに警部の言うとおり、キャラメルの毒を仕込んで食べさせるのは可能か
もしれないけど…。キャラメル、って普通あの形のまま呑み込んだりしないよね」
「そうですわね。口の中である程度溶かしてから呑み込みますわよね」
「それに、毒のことに関してはよくわからないけど、変な味がして吐き出す、ことも考え
られるんじゃないかなあ。だとしたら、警部の推理は成立しないよね」
 とてもじゃないが餡蜜を前に少女達が交わす会話では無さそうだが。
   *
 同じことを考えていたのは大神も同じだった。
「大神さん、どう思います?」
「うーん…。あれだけ得意げに推理を展開している警部に水を差すのも何だから黙ってた
んだけど…。警部の推理は何か大きなことを忘れている気がするんだよな」
「大きなこと?」
「もしオレが犯人だとしたら、あんな不確実なトリックは使わないよ」
「不確実なトリック、…ってどういうことですの?」
「キャラメルが溶ける時間を逆算することは可能かもしれないけど…。君たちだって経
験があるだろう? 公演の進行なんて時間どおりにいかない、ってことが」
「そうやなあ。劇の進行が時間どおりに進むことのほうが珍しいわ」
「だろ? だとしたら、紅葉くんが眠る演技をする前に死んでしまうことも充分考えられ
るじゃないか。それに彼女が、例えば当日咽喉が痛くてとてもじゃないがキャラメルを食
べられない、なんて状態だったら、このトリックは最初から成立しないじゃないか」
「…あの、隊長。一寸よろしいでしょうか」
「? なんだい、マリア」
「実は、あの警部に話しそびれたんですが…」
 マリアは紅葉の緊張を解かせようと、自分も彼女の箱からキャラメルを一個取り出し、
口にしたことを話した。
「…ってことはよお、あの警部の推理どおりだとしたら、その毒入りキャラメルをマリア
が食っちまう可能性があったわけだよな」
「最初からマリアさんを殺そうというつもりなら別ですけど…、もしマリアさんが死んで
しまったら、犯人の計画が狂うわけですよね」
「それに、私が紅葉のキャラメルを食べたのはたまたまなんです」
「そうやなあ。マリアはんはあんまり甘いものは食べへんからなあ」
「…とにかく、まだこの事件はわからないことが多すぎるよ。せめてひとつだけでも解け
るといいんだけどな…」


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