帝国歌劇団御神楽少女探偵団
Teikoku Kagekidan vs Mikagura Shoujo Tanteidan

第2話



<其ノ参 それぞれの夜>

 警察が引き揚げると昼間の騒ぎが嘘のように大帝國劇場は静まり返ってしまった。
 二階にあるサロン。花組の面々が思い思いの席に腰掛けていた。

「どうですか、彼女たちは」
 マリアがあやめに聞いた。
「だいぶ落ち着いたわね。実は、そろそろ帰らせようかと思うんだけど」
「そうですね。じゃ、かすみたちと一緒に」
「わかったわ。彼女たちには私から話しておくから」

 かすみたち三人と共に乙女組の五人が帝劇から合宿所に帰途についた。
 窓際に座っていたすみれはそれを見送り、溜息を一つ吐く。
「…全く。こんなに疲れたのは初めてですわ」
「帝劇で事件が起こったから?」
 マリアが聞く。
「それもありますけど…。まさか滋乃さんが来ていたとは思いませんでしたわ。わたくし、
あの方と同席すると物凄く疲れますのよ」
「オメーと性格似てっからじゃねーの? そんな感じだぜ、あのお嬢サマ」
 カンナが言う。
「性格が似ている、ですって? 失礼ですわね。わたくしを、あんなイヤミが服着て歩い
ているような女と一緒にしないでくださらないこと?」
「よっく言うぜ。高慢ちきが服着て歩いているような女が」
「何か言いまして?」
「いーや、何にも」
「でも、どうして紅葉さんが…」
 さくらが言う。
「びっくりしちゃったよねえ…。あそこで死んじゃうなんて」
 アイリスだった。
「何か、毒物を飲んで死んだ、言うやないか」
 紅蘭が言うと、
「ちょっと待てよ。じゃ、いつ紅葉に毒物を仕掛ける、なんてことできたんだよ?」
 カンナだった。
「機会はいくらでもあったわ。彼女が公演前に食べていたキャラメルに仕込んだっていい
し、公演中に飲み物を飲んだり、林檎を食べたりする場面もあったし…。ここにくる前に
薬を飲ませた可能性もあるわよ」
「でもよお、紅葉が飲んだのは確か青酸だろ? あたいは毒物のことに関してはよくしら
ねえけどよ、青酸なんてそこの薬屋に行きゃ売ってる、なんてモンじゃねえんじゃねえの
か?」
「確かにそうやな。青酸物、特に青酸カリは耳掻き一匙分飲んだらあの世行き、いわれと
る猛毒やからな。ウチらが簡単に手に入れられるもんやないで。大学の研究室か、そうい
うものを取り扱っている工場にでも行かな手に入らんわ」
「恐えなあ…。たったそれだけの量で死んじまうんかよ」
「…もちろんこれは一般的に言われとることや。耳掻き一匙分飲まんでも死ぬことだって
あるし、逆に三匙分飲んだって死なんことだってあるわ」
 さすが科学のことは紅蘭が一番よく知っている。
「まあ、青酸をどこで入手するかは別としても…、なんで舞台の上で、しかも公演中に死
んだのかしら?」
「一番迷惑な死に方ですわね。わたくし達にとっても、お客様にとっても…。よく『役者
は舞台で死ねたら本望』なんて言いますけど…わたくし、その言葉どうも納得できません
わ」
「…とにかく、舞台の上で紅葉が死んだのは事実だし、これは殺人事件なのよ。明日から
色々大変だとは思うけど、早く何とかしなきゃ私たちだって落ち着けないわ」
   *
 一方、こちらは御神楽探偵事務所。
 三人娘が来客用のソファに座っていた。
 台所からお茶を持ってきた蘭丸――とは御神楽探偵事務所の所員たちがそう呼んでいる
だけで、本名はランドルフ丸山という日本人と外国人の混血(今の言葉で言うハーフ)の
少年だが――が一同の前に湯呑みを置き、滋乃の隣に座る。
 滋乃は蘭丸の淹れた茶を一口飲むと、
「…まさか、花組にすみれさんがいたとは思いもしませんでしたわ」
「久御山さんはあのすみれさん、という人とお知り合いなんですか?」
 千鶴が聞く。
「…冴木ひな、って御存じかしら?」
「冴木ひな、って…あの活動写真の女優の?」
 巴が聞いた。
「ええ。冴木ひなの本名は神崎雛子、っていってすみれさんのお母様なんですわよ。その
お義父様、つまりすみれさんのお祖父様にあたる神崎財閥総帥の神崎忠義氏とわたくしの
お祖父様が古くからの友人なんですのよ。わたくしも何度かお会いした事はあるんですが、
わたくしあの方と同席すると物凄くイライラしますのよ」
「…その神崎忠義氏は花小路頼恒伯爵とともに、帝國歌劇團創設時にスポンサアとなった
人物ですよ」
 自分の机に座っていた時人が言った。
「それ、本当ですか? 花小路伯爵といったら…」
 巴が言う。
「ええ、政界にも物凄い影響力を持っている人物ですからね。何でも花小路伯爵は東京に
も宝塚歌劇團のようなものがあってもいい、と考えていたらしくて、神崎氏に協力を仰い
で、帝國歌劇團を旗揚げしたんですよ。花小路伯爵と神崎氏の両名はあの大帝國劇場の工
事費にもかなりお金を出したらしいですよ」
 本当は違う理由があるのだが、帝國華撃團の方は軍の重要機密。花小路伯爵は表向きは
時人が言ったような理由で帝國歌劇團を旗揚げしたことにしているのだ。
「…にしても、よく知ってますわねえ」
 滋乃が言う。
「ええ。桧垣君から帝國歌劇團のことを聞いて、ちょっと調べてみたんですよ。大帝國劇
場の工事着工は今から四年前で、完成まで三年かかったそうです。旗揚げ公演は昨年の七
月。今は六人いる團員も当時は四人しかいなかったそうですね」
「その四人の中に神崎すみれさんがいたんです。で、途中から紅蘭さんとさくらさんが加
わって、今の六人になったんです。それから一年であれだけの人気を獲得してるんですか
らすごいですよねえ。だから劇團員の方々にもそれぞれ熱心なファンがいるんですよ」
 蘭丸が言う。
「蘭丸君、詳しいんだね」
「はい。実はボクも花組の大ファンなんです」
「へーえ。蘭丸君も花組のファンなの」
「ええ、特にさくらさんとアイリスのファンなんです。だから、ボクだって本当は公演に
行きたかったんですからね」
 蘭丸はあきらかに不満そうな顔だった。
「わかったわ。今度、蘭丸君も連れてってあげるわよ」
    *
 ガシャン、と大きな音がして、舞台がライトで明るく照らされる。
 大神は舞台袖から中央へとゆっくりと歩いていった。
 大きく溜息をつくと客席を見渡す。と、
「大神さん」
 舞台袖で声がした。
「やあ、さくらくん。…乙女組のみんなは?」
「ついさっき、かすみさんたちと一緒に帰りました」
「そうかい」
「ところで、何やってるんですか?」
「いや、紅葉くんが死んだ状況、というのを確認したくてね」
 さくらも舞台の中央にやってきた。

「成程。ということは君達は舞台の袖で待機していた、ってことだね」
「はい」
「その頃オレは椿ちゃんと一緒にいたし、由里くんは放送席にいた、って言ってた。それ
からかすみくんは米田支配人に用がある、とかで米田支配人と一緒に支配人室にいたそう
だ。米田支配人も同じこと言ってたしね。そしてあやめさんは……」
「あやめさんって公演中もあちこち動き回るんですよね。二度ほどあたしたちのところに
来ましたし……」
「そういえば、十分位観客席の中に入って劇を見ていたなあ。改札のすぐそばにある入口
から入っていったから覚えてるんだ」
「となると、何か気付いたら報せが来るはずですよね…」
「…そして紅葉くんはこの舞台中央で死んでいた…」
「…そうですね。こんなところで死ぬなんて…」
 既に現場検証も終え、後片付けがされた舞台を二人は見た。
 丁度、大神が立っているあたりが紅葉が死んだ場所である。
 二人は暫く沈黙していた。と、不意に大神が、
「話題を変えようか」
「え?」
「さくらくんはあの…昼間に警部さんと一緒にいた、御神楽探偵事務所の所員、とかいう
女の子たちについてどう思う?」
「どう思うと言われても…。帝都に凄腕の探偵さんがいる、という噂は聞いたことがある
んですけど…」
「滋乃さんを雇うくらいのお方ですもの。大したことはないと思いますわ」
「すみれくん…」
 いつのまにかすみれが舞台袖に来ていたのだった。
「すみれくんは、その滋乃、という女性と知り合いなのかい?」
「ええ。わたくしのお祖父様が久御山多聞子爵のお父様と古くからのご友人ですのよ」
「久御山多聞子爵ね……。名前は聞いたことがあるよ」
「で、その久御山子爵の一人娘がわたくしより二つ年上の滋乃さんなんですのよ。ですが
わたくし、十年程前にあの方と初めてお会いした時から、どうもウマが合いませんのよ。
実は最近、あの方が探偵事務所に勤めている、というお噂は聞いていたのですが…」
「それが、その御神楽探偵事務所とやらか。…そうだ、ついでだから、すみれくんにも紅
葉くんの死んだときの状況を聞くとするか」

「となると、最初に紅葉くんの様子がおかしい、と気付いたのは紅蘭だったんだね?」
「ええ。全然動かないから何か変だ、と思ったらしいんですわ。それで、大声でマリアさ
んたちを呼んで、カンナさんが紅葉さんの脈を取って、死んでいる、というのがわかった
んですわ」
「…となると…」
 大神は舞台の回りを見回す。
「犯人はいつごろ紅葉くんを殺したんだろうか?」
    *
 カフェー「山茶花」。
「お待たせいたしました」
 赤縞模様の女給服を着た巴がテエブルに珈琲を二つ置いた。
 彼女は普段はこの店で女給として働いている。しかしこの「山茶花」という店、滅多な
ことでは二言以上の単語を話さない無口なマスターと彼女が二人で経営しているだけだか
ら、店の規模というのもそんなに大きくないし、一応流行ってはいるが儲けるというには
程遠いから、彼女が貰う給金だって高が知れている。だから殆ど趣味で助手をやっている
滋乃を除けば、千鶴や巴にとって探偵事務所で貰う給金は貴重な副収入なのだ。

 巴はカウンターに戻る途中、窓際のある席の側で立ち止まった。
(…そういえば、しょっちゅうここで千鶴ちゃん達が話をしていたなあ…)
 巴は高野紅葉、という少女については顔くらいしか知らない。というのも親友同士の話
に自分が割り込んで水を差すのも何だから、と思っていたからで、二人の前に注文の品を
置くと、巴はいつも引っ込んでいたのだ。
(…もう、二人がここで話をすることもないんだなあ…)
 そうなるとさすがに巴だって淋しくなってくる。

 カランカランカラン。
「お客だよ…」
 マスターがボソッ、と呟いた。
「あ、はいっ!」
 現実に戻った巴は女給の仕事に戻っていった。

<其ノ四 依頼人>

 それから数日後。
 アパートメントから出勤してきた巴は守山ビルディング一階の『守山美術』の中に人影
を見付けた。
 一人はこのビルディングの持ち主であり、『守山美術』店長の守山美和であることは明ら
かであるが、もう片方の女性には見覚えがなかった。
 と、美和の方でも巴に気が付いたか、
「鹿瀬さん」
 と扉を開けて、巴を招き入れた。
「何ですか、美和さん」
「こちらの方が時人さんにお話があるそうです」
 と店内にいた女性を紹介した。
「…こんな朝早くじゃ先生も起きてないと思うけどなあ…」
「ええ。私もそう思って、誰かが来るまでここで待っていてもらったんです。蘭丸君も朝
の支度で忙しいでしょうし…」
「すみません、美和さん。今から先生起こしてきますから」
「お願いします」
    *
 時人は蘭丸にお茶を運ばせた後、来客用のソファに座った。
 巴達三人はそれぞれ自分の席に座っている。
「…私、高野若葉と申します」
「高野…若葉?」
「…この間、帝劇で芝居中に死んだ高野紅葉の姉です」
「ああ、あの事件ですか。妹さんもお気の毒でしたね」
「警察は妹が自殺した、と思ってるようですが」
「ええ。私の知り合いに刑事がいるんですが、あくまでもその可能性も捨てきれない、と
いうことですよ」
「…妹は自殺なんかするはずありません。これは何かの間違いです」
「どういうことですか?」
「あのお芝居があった三日前、妹から手紙が来たんです」
 と、高野若葉は封筒を取り出した。
「どれどれ、一寸拝見いたします」
 時人は彼女から封筒を借りると中をあらためた。
 その内容は、今度の披露公演で自分が主人公の白雪姫を演じることが決まり、今から楽
しみにしていること、これをきっかけに女優として大きく成長したいこと、等書かれてあ
った。文面からではとてもじゃないが、自殺をするようには思えなかった。
「…文面を見ただけでは何とも言えませんが、確かに自殺をしようなどとは思えませんね」

「私、今日は妹の荷物を引き取りに来たんですが…。ついでと言ってはなんですが御神楽
さん、この事件の捜査をお願いしたいんです。もちろん報酬はお支払いいたします。帝都
一の名探偵といわれたあなたのお力をお貸し戴けないでしょうか?」
 時人はしばらく考えると、
「…わかりました。お受け致しましょう」
「有難うございます」
「…いえ、僕もあの事件には少々納得しかねるところがありまして。丁度いい機会ですか
ら調べて見ましょう。…あ、それから」
「なんでしょうか?」
「連絡先を教えていただけませんか?」

 その後二人は何か打ち合わせをして、「もう一つ寄るところがある」という高野若葉が帰
ったのは1時間程後のことだった。
「…どうやら、正式の依頼があったようですね」
「じゃあ、先生…」
「ええ。捜査開始です」
「…またすみれさんと会うんですの」
    *
 それと同じ日。
 諸星警部が再び帝劇を訪れた。

 米田支配人室。
 諸星警部と米田が向かい合って座っていた。そしてあやめが米田の傍に立っている。
「…で、どうなんですか?」
「難しいですなあ。我々は今、事件と自殺の両方の面から調べてるんですがねえ」
「自殺ですとお?」
「いや、あくまでも可能性の話ですよ」
「でも、彼女が自殺だとしたら、それを裏付ける証拠があるんですか?」
 あやめが聞く。
「いや、自殺だとすれば遺書があるはずなんですが、それはまだ見つかっとりませんから
なあ。ですから事件の可能性の方が高いとは思うんですが」

「支配人」
 不意に支配人室のドアが開き、かすみが顔を出した。
「あ、お客様ですか…」
「いや、構わねえさ。ところで、何の用だ?」
「高野若葉という方が見えられてますが」
「高野若葉? …ああ、話は聞いてるぜ。かすみ、その人を乙女組の合宿所に案内してや
れ」
「わかりました」
 ドアが閉まる。
「どなたですか?」
 諸星警部が聞いた。
「高野紅葉の姉ですよ。妹の荷物を引き取りに来たらしいんですわ」
「そうですか…」
 そういうと諸星警部は急に立ち上がった。
「また、明日にでもお伺いします」
   *
 大帝国劇場ロビー。
 公演がある時は大勢の観客でごった返しているのが嘘のように今は静まり返っていた。
 その中をかすみが高野若葉を連れてやって来た。
「失礼。高野若葉さんですね?」
 二人を引き止める諸星警部。
「…あなたは?」
 若葉が聞く。諸星警部は警察手帳を見せると、
「私は警視庁の諸星です。妹さんのことについて一寸お話をお伺いしたいんですが」
「でも…」
「すぐ終わりますよ。お手間は取らせません」
「…それじゃ、こちらへ…」
 状況を察知したか、かすみが二人を食堂に招いた。
 
 それから諸星警部は高野若葉の事情聴取を1時間ほど行い、結局、彼女が妹の荷物を引
き取る事が出来たのは昼過ぎになってからだった。
 大帝国劇場正門前。米田とあやめが見送りに来ていた。
「…長い事、妹がお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。…近くにお越しの際には是非お立ち寄りください」
 米田が言う。
「…はい」
「それよりも荷物の方、大丈夫ですか? 何なら、費用はこちらで負担しますので業者さ
んにお願いした方が…」
 あやめが心配そうに聞く。
 紅葉の部屋から持ってきた荷物は思ったより多く、とてもじゃないが女一人では運べそ
うにないからだった。
「いえ、大丈夫です。お手伝いをお願いしていますから」
    *
「…はい、はい、わかりました。では明日朝八時に上野駅で」
 そう言うと時人は電話を切った。そして、
「皆さん、一寸来てください」
 と巴達三人と蘭丸を呼んだ。
「何ですか?」
「明日、僕は福島に行ってきますよ」
「福島…ですか?」
「ええ。今、高野若葉さんから電話がありまして、妹の紅葉さんの荷物が思ったより多か
ったらしくてねえ。僕が荷物持ちのお手伝いをすることになっちゃったんですよ。まあ、
彼女とは事前にそういう約束はしていたんですが」
「ふふっ…」
 巴が吹き出した。
「でも、何で福島なんですの?」
「その彼女の実家、ってのが福島の郡山らしいんですよ。そこで、彼女のお姉さんと一緒
に郡山に行って来るついでに彼女の周囲について調べてきますよ」
「それで、どのくらい行ってるんですか?」
 千鶴が聞く。
「そうですね。二、三日は行っていると思いますよ」
    *
 そして翌日。時人は高野若葉と共に、福島の郡山に向かった。


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