落武者伝説殺人事件

・第6話


 神社を降りたときだった。
「…あやめさん、すみません」
 大神があやめに話しかけた。
「…どうしたの、大神くん」
「ちょっと帰りに寄りたい所があるので、先に家に帰っててくれませんか?」
「…大神くんがそう言うならそれはかまわないわ。さ、アイリス、紅蘭。行きましょう」
 そしてあやめが二人を連れて帰るのと反対方向の道を大神は歩いていった。
    *
 村の駐在所。
「…ごめんください」
 大神が呼びかけると、中から警官が出てきた。
「あ、大神少尉。どうしたんですか?」
「ちょっとお願いがあってきたんですが…」

「うーん。それだけの施設となるとこの辺にはありませんねえ」
 大神の話を聞いた警官はそう言う。
「まあ、もともとはここは駐在所ですからね。…それじゃあ、何処にありますか?」
「…隣の町の警察にそういうのを調べるところがありますが。今から頼むとなると明日に
なってしまいますねえ」
「…それはわかっているんですが…。どうしても確認して欲しいんですよ」
「…わかりました。出来るだけ早く調べるようにお願いしておきますよ。早ければ明日の
朝にはわかると思います」
「有難うございます!」
    *
 そして翌日の朝のことだった。
「…親父、ちょっといいかい?」
 庭で水撒きをしていた父親を大神が呼んだ。
「…どうしたんだ、一郎?」
「いや、ちょっと頼みがあるんだ」

 そして10時を少し回った頃のことだった。
「あやめさん、ちょっといいですか?」
「どうしたの? 大神くん」
「いえ、今から神社のほうに来ていただけませんか? 勿論紅蘭とアイリスも一緒に」
「…でも大神くん…」
「わかってますよ。我々は明日帝劇に帰るから、その準備もしなければいけないんでしょ
うけど、その前にどうしてもひとつ片付けておきたいことがあるんですよ」
「片付けておきたいこと?」
「ええ。今回の事件のことです」
   *
 そして神社。
 大神たちがそこに着くと既に何人もの村人たちが集まっていた。

「…一体何なんですか? 我々をこんなところに呼び出したりして」
 村人の一人が大神に聞いた。
「…今回の事件の真相を皆さんにお話しようと思いまして」
「事件の真相だって?」
「まだ犯人も見つかっていないのに、か?」
「田村さんの所の息子と西田さんの所の息子が死んだ、となると残った横川さんのところ
の息子が犯人じゃないのか?」
 村人たちがざわめく。
 そんな村人たちを見ながら大神は、
「…今回の事件は、あるひとつの言葉が今回の事件の鍵となっているんですよ」
「その、ひとつの言葉、って何なの?」
 あやめが聞くと、
「その言葉とは、『落武者の呪い』ですよ」
「『落武者の呪い』って…、あの村人たちが落武者殺して首をさらし者にした、言うあれ
か?」
 紅蘭が聞く。
「ああ。それだよ」
「…まさか大神はん、今になって『実は今回の事件は落武者の呪いだった』なんて言わへ
んやろな」
「まさか。言っただろ? 『オレだって呪いなんてものは信じていない』って。でも今回
の事件、その『落武者の呪い』と言う言葉が事件を解く鍵となるんだ」
「事件を解く鍵、って…」
「…その前にまず、今回の事件はオレにはどうしてもひとつだけ判らなかった部分があっ
た。でも、逆に言うとそれさえわかれば後の事件の真相もわかったも一緒なんだよ」
「…それで、その大神くんの言う、わからなかった部分、って何なの?」
 あやめが聞くと、
「…実は、最初の事件の後、何故アイリスと紅蘭が神社の中に縛られて転がされていたの
か、オレはこのことばかり考えていたんだ」
「…そりゃあ、ウチらが逃げ出せないようにするためやろ?」
「そうかな? オレは違う理由があると思うぞ」
「違う理由? 何や、それ?」
「二人が縛られていたのはとにかく、眠り薬を嗅がせて眠らせていただけ、とはどういう
ことなんだ? 犯人にとっては正体がばれるかもしれない危険なことだったんだぞ。だか
ら、アイリスと紅蘭は殺されたっておかしくはなかったんだ」
「殺されてもおかしくない、って……」
「…そうなんだ。二人にはどうしても死んではほしくない理由があったんだ」
「その、理由って何なの?」
 アイリスが聞くと、
「それは、二人に目撃者になってほしかったからだ」
「目撃者?」
「二人が神社の中で見た、という田村の首なし死体だよ。犯人はわざと二人を目撃者に仕
立てあげたんだ」
「目撃者に…仕立てあげた?」
「そう、これで犯人の犯行は第一関門を突破するんだ。あの死体を田村だと思わせること
でな……」
「思わせること?」
「…もし、あれが田村の死体じゃなかったとしたらどう思う?」
「死体じゃない…、ってどういうことや、大神はん!」
「あれは田村の死体だったんじゃないのか? いや、少なくともオレはそう思う」
「た、田村はんの死体じゃないって…。何を言うてるんや大神はん! あれは確かに田村
はんの死体やったで!」
「なぜそう言い切れるんだい?」
「そりゃあ…、あの死体、田村はんの服着とったからや。な、アイリス」
「うん」
「でもオレとあやめさんが神社に行って二人を見付けたときには死体はなかった」
「…そうよね。階段や床が血塗れになっていただけよね」
「これがどういうことを意味するのか? オレはこう思うんだ。あれは別の死体に田村の
服を着せただけの偽装工作だとばれないようにするためじゃないか、ってね」
「偽装工作?」
「ああ。犯人が首なし死体に仕立て上げたのもこの理由なんだ」
「この理由、って…」
「もし現場に首のない死体があったとしたら、まず身元を確認するために被害者の服とか
を見るだろ? それしか身元を確認する方法がないんだしね。犯人はそれを計算した上で、
死体に偽装工作を施したんだ」
「…でもなんで、偽装工作をするために、そんな首なし死体にする必要があったんや?」
「…そこで、犯人は例の『落武者の呪い』を利用したんだ。…紅蘭、覚えているだろう? 
オレたちがここに来た晩に紅蘭たちが見た、と言う鎧武者を?」
「あ。ああ。それはおぼえとるわ」
「あれはおそらく犯人が事件を『落武者の呪い』と思わせることにするためにやったこと
だと思う。そうすれば例え、のろいなんか信じていない、と言う人だって、その後で首な
し死体が見つけたら誰だってもしかしたら…、と思うだろう? …勿論、これには首を切
り落とすことで被害者の身元をわからなくさせる、と言う理由もあったんだ。だから犯人
は『落武者の呪い』を利用することで、事件を混乱させることが出来た…」

「…となると犯人は…」
 と、そのときだった。
「あ、大神少尉」
 大神の元に一人の警察官が駆け寄ってきた。
「…なんでしょうか?」
「昨日言ってた指紋の結果が出たんでお知らせに来たんですよ」
「それで?」
「…結果によるとあの最初の死体の指紋と田村さんのところから採取した息子さんの指紋
は別のもの、と言う結果が出ました」
「…やっぱり、そうだったか」
「やっぱり、って…。大神はん、何で死体が田村はんやない、と思うたんや?」
「昨日、このお巡りさんから『死体が着ている服がちょっとぶかぶかしていた』と言う話
を聞いたんだ。そうだろう? 普通は自分の体に合わないような服を着る人なんていない
からね。それで指紋を取ってもらうように頼んだんだ」
「指紋を?」
「確かに首を切ったり、服を着せたりして死体が田村だということを思わせるのは可能だ
ろう。でも、指紋までは変えることはできない。紅蘭、君なら人間には一人一人にそれぞ
れ違う指紋があるのくらいは知ってるだろ?」
「そ、それ位は知っとるわ。犯罪捜査にも指紋は役に立つんやろ?」
「ああ。指紋ってのは誰一人として同じものをもつ人がいないから、それが決め手となる
んだ。日本でも明冶の終わりごろから指紋による捜査をやっているんだよ。田村の家から
彼の指紋が取れたのは本当に幸運だったけどね」
「このあたりじゃそれほど設備が整ってるとは思えないけど、念には念を入れた、という
わけね」
 一説には指紋のパターンは六百四十億ともそれ以上とも言われているようだが。
 しばらくたって紅蘭が、
「…じゃあ、大神はん…」
「ああ。となると、考えられる可能性はひとつだ」
「…じゃあ、犯人は…」
 あやめが聞く。
「ええ。最初の犠牲者と思われていた田村ですよ」

 そのとき、なにやら神社の外でガサッ、という音がした。
「…誰だ!」
 大神が叫んで外に出ると、何者かが階段を降りていく姿が見えた。
「まさか、田村か?」
 そう言いながら大神もあとを追っていった。
 それに少し遅れながらあやめたちも付いていく。
「…駐在さん!」
「は、はい。すぐに応援を要請します!」
 そして村人たち大神たちの後を追っていった。
     *
 どのくらい走っただろうか。
 不意に大神たちは、追っていた者を見失ってしまった。
「…しまった、見失った!」
 紅蘭が辺りを見回す。
「…こうなったら二手に分かれたほうがええんやないか?」
「よし、そうしよう!」
「…紅蘭、いらっしゃい!」
 あやめの声に紅蘭が頷くと、二人は左の方向に走っていった。
「よし、アイリス。行くぞ!」
「うん!」
 そして大神とアイリスは右の方向に走っていく。
 大神とアイリスはしばらく走ったが、やはりアイリスはまだ10歳、ということもあっ
てか、次第に大神に遅れを取るようになり、二人は数メートル離れて走っていた。

 と、不意にガサガサッ、と音がしたかと思うと、
「キャーッ!」
 アイリスの悲鳴が聞こえた。
 悲鳴のした方向を振り向く大神。
「…アイリス!」
「…おっと、大神。動くなよ!」
 そう、一人の男がアイリスを後ろから抱きかかえ、彼女の胸に包丁の切っ先を向けてい
たのだった。
「…やっぱりお前が犯人だったのか、田村!」
 そう、その男こそ大神が今回の事件で犯人だと推理した田村だったのだ。
「…ああ、その通りだよ。オレが西田と横川を殺したんだよ!」

 悲鳴が聞こえたので駆けつけたあやめと紅蘭も目の前の光景を見て絶句した。
「あ、アイリス!」
 慌てて紅蘭が近寄ろうとしたが、それをあやめが押しとどめた。
「…アイリスに何かあったら大変だわ。とにかく、ここは様子を見ましょう」
「は…はいな」

「一体なぜ…、なぜ二人を殺したんだ?」
「…大神、お前も話は聞いたはずだ。去年の夏にオレの妹が首を吊って自殺した、って言
うのを」
「あ、ああ。それがどうし…、まさか!」
「…どうやらわかったようだな。妹が自殺したのはあいつらのせいなんだよ!」
「…西田と横川がどうかしたのか?」


「去年の今頃、そうあれは祭りがあった夜のことだった。あの夜、オレはちょっと用事が
あって家を出ていて、妹が一人で祭りに行ったんだ」
「…それで?」
「…そこまでいえばわかるだろう? 西田と横川のヤツは妹のことを…」
 それ以上のことは言われなくてもわかる。おそらく二人は田村の妹のことを暴行したの
だろう。
「…妹が家に帰ってきたのは真夜中をとっくに過ぎていた時だ。勿論、何か変だな、とは
思ったぜ。でも妹はオレやお袋が話しかけても何も答えず、そのまま部屋に閉じこもった
んだ。チキショウ、あのときに気付いていればあんなことには…」
「…それでどうしたんだ?」
「妹は次の日になっても部屋を出なかった。そしてその日の夜、何も言わずに家を出て行
ったんだ。オレたちが気付いたときには妹は何処にもいなかった。村人も一緒になって探
してくれたんだ。そして…妹が見つかったときには…」
 おそらくその時に田村の妹は自ら死を選んだであろうことは大神も理解した。
「…勿論オレだってなぜ妹が自殺したのかはわからなかった。でも、妹の部屋からオレ宛
の遺書が見つかったときにすべてを知ったんだ。そのときからオレはあいつらへの復讐を
誓った。しかし、すぐにはやらなかった。妹が死んだ頃と同じ、夏祭りのときに殺そうと
決めていたんだ。この1年、本当に長かったぜ」
「…じゃあ、なぜ『落武者の呪い』なんか利用したんだ?」
「…知ってるだろう? オレたちの先祖が例の『落武者を殺した村人たち』だってことは。
そんな連中が、逆に首を切り落とされた死体で見つかったらどうなると思う? 誰だって
『落武者の呪いだ』って思うだろう? オレはそれを利用したんだ」
「じゃあ、神社の鎧を盗んでそれを着て暴れまわったのもお前か?」
「ああ。村人たちに『落武者の呪い』と言うのを印象付けるためにな。…それもあってオ
レはこの1年を待ったんだぜ」
「田村…」
 大神がその場に立ち尽くすだけだった。
「…田村、大切な妹をお前の気持ちはわかる。もしオレがお前の立場だったとしても同じ
気持ちになるだろう。でもな、だからって…、だからって人を殺していいと思ってんのか? 
こんなことをして本当にお前の妹が喜ぶと思ってんのか? お前の妹はお前にこんなこと
をして欲しくなかったんじゃないのか?」
「…わかってる! そのくらいはわかってるさ! でもな、もう遅えんだよ!」
「田村、もういい。もういいじゃないか! …頼む、とにかくアイリスを放してくれ!」
「…そうは行くか! 何か変なことしてみろ。このガキの命はねえぜ!」
「く…」
 大神はその場に立ち尽くしたままだった。

 そのときだった。
 アイリスがキッ、と田村の持っていた包丁を睨みつける。
 と、何かに操られるかのように、自分の胸元に突きつけられていた田村の包丁が勝手に
彼の手を離れ、近くの木に突き刺さった。
「…まさか!」
 大神は自分の身を守るためにアイリスが「力」を使った、と直感した。
「あ…」
 完全に不意を突かれたか、一瞬田村がきょとんとしたのを大神は見逃がさなかった。
「田村あ!」
 そう叫びながら大神が突進し、田村に体当たりを食らわし、あっと言う間に組み伏せた。
 その間に田村の手を離れたアイリスは無事にあやめたちが助け出していた。
「アイリス、怪我ないか?」
 紅蘭が聞く。
「う、うん。アイリスは大丈夫だよ!」
 そうしている間にも大神に加勢した警官の手によって田村の手に手錠がかけられていた。
「…大神少尉、ご協力感謝します」
「いえ、こちらこそ」
    *
 程なく村人たちや応援の警察官が駆けつけ、彼らに田村が引き渡された。
「…しかしまあ、あれはなんだったんでしょうね?」
 警官が不思議そうに大神に聞く。
「あれ、と言いますと?」
「ほら、田村さんが持っていた包丁が何で急に彼の手を離れて近くの木に刺さったんでし
ょうね?」
 どうやら警官はアイリスの持っている「力」に気がついていないようだった。
「さ…さあ、どうしてでしょうね? 手が滑ったんじゃないですか?」
「手が滑った? それにしてはあんなに飛ぶとは思えませんが…」
 そういいながら首をかしげる警官。

「…よかったの、大神くん? あんな事言って…」
 あやめが大神に小声で話しかける。
「…いいんですよ。本当のことを話しても信じてはくれないだろうし、アイリスの持って
いる『力』のことは余り人に話さないほうがいいと思いますよ」
「…それもそうやな。大神はんの言う通りかも知れんわ」
 紅蘭も言う。
 それを聞きながらアイリスはなにやら意味深な微笑を浮かべている。

「で、これからどうするの、大神くん?」
 あやめが大神に聞く。
「…そうですね。どうやら無事お祭りも出来そうだし、明日は帝劇に帰るんだから、折角
だから今夜のお祭りを見物してから帰りましょうか。アイリスが一番見たがってたしね」
「うん」


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