落武者伝説殺人事件

・第5話


 大神の家。
 大神、あやめ、紅蘭、アイリスの4人が座敷の中で輪になって座っていた。

「…で、大神はん。その、さっき言ってた『呪いと言われても否定できない』ってどうい
うことなんや?」
 紅蘭が大神に聞いた。
「ああ、それか。…前に明智光秀の軍勢の生き残りがこの村に落ち延びてきた、と言う話
はしただろ?」
「あ、ああ。覚えとるわ。確か食うに困って、村人たちが意を決して、落武者を皆殺しに
して首を晒しものにしたいうあれやろ?」
「ああ。…実はこの村にはそのときの村人の子孫だ、って人が大勢いるんだ」
「それ、本当なの?」
 アイリスが聞く。
「ああ、この村は先祖の代からずっとこの村に住んでいる、と言う人が多いんだ」
「…じゃあ、大神はんの先祖もその一人か?」
「いや、オレの先祖はもともと別の土地の人間で、江戸時代になってからこの村に移り住
んだらしいから、関係はないんだけどな」
「…それで、その落武者を皆殺しにした話と村人が言っていた呪い、ってのは何の関係が
あるんや?」
「今言ったとおり、オレの先祖は江戸時代になってこの村に移り住んできたから、詳しい
ことはよくわからないんだが、その、落武者を皆殺しにした村人たちの中で中心人物とな
ったのが、西田と横川と田村の先祖だった、って言われているんだ」
「…それは本当のことなの?」
 あやめが大神に聞いた。
「いや、あくまでも昔のことだから確証はないんだが、西田たちの家では先祖代々そのよ
うに伝えられてきている、って言うんだ」
「…そうやったんか。確かにそうならば、村人の言うこともわかるな。でも大神はん、そ
んな呪いなんて…」
「わかってるよ。オレだって呪いなんて信じてないさ。でも、こんな事件が続けば村人た
ちが呪いにしたくなる気持ちだってわかる気がするさ」
「…でも、この事件は焼く解決しないとますます村人たちが不安になるで。それに、まだ
残った横川いう人の行方もわからんのやろ?」
「ああ、確かに今、村人たちが探しているがな。それにしても…」
「それにしても、どうしたの?」
 あやめが大神に聞く。
「うーん…、なんか気になるんですよねえ」
「気になる、って?」
「普通に考えれば今回の事件、横川が田村と西田を殺した、と言うことになるんでしょう
けど、だとしたら何で横川が二人を殺さなければいけないのかがわからないんですよ」
「そりゃあ、大神はんにはわからない何か理由があったんやないか? 大神はんだってず
っとここにおるわけやないんやから」
「確かにそうかもしれないんだが…、横川が犯人だとしたらいろいろとわからない部分が
出てくるんだ。それに…」
「それに?」
「…なんで紅蘭とアイリスが縛られて転がされただけで済んだのかがわからないんですよ
ね」
「わからない、って?」
「…もしオレが犯人だとしたら、紅蘭とアイリスを口封じのために殺していますよ。それ
なのに犯人はそんなことをしなかった。まるで二人に生きたままでいて欲しかったようじ
ゃないですか。何か殺してはいけない理由があったとしか思えませんよ」
「…じゃあ、大神はんはその、行方不明になっとる横川いう人が犯人やない、思うとるん
か?」
「いや、そうは思っていないけれど、確かに横川が犯人の可能性だって捨てきれないけれ
ど、今回の事件はわからないことが多すぎるんだ。それに、あの鎧武者だって何者かがわ
からないしね」
「鎧武者、って…?」
「ほら、ここに来た日に紅蘭たちが見たあの鎧武者さ」
「ああ、あれか…」
「ああ。あの時、オレは紅蘭から『誰かが風呂場を覗いているみたいだ』と言われて、ち
ょうどあやめさんが入ることもあって外で見張りをしていたときにアイリスと紅蘭が鎧武
者を見た、と言っただろ?」
「ああ。それがどうしたんや?」
「…あの時、その場にいたのは西田と横川だったんだ。何であの時にあんなのが出てきた
のかわからないし、もし犯人が横川だったとすると、あのときの鎧武者は誰だ、と言うこ
とになるんじゃないのか?」
「…うーん。確かに今回の事件とあの鎧武者の関連もわからんわな。それになんであんな
格好で現れたのかもわからんし…」
「とにかく今回の事件はわからないことだらけだよ。ただ…」
「ただ、なんや?」
「ただ、あくまでもオレの勘だけれど、これらの事件の謎の一つでもわかれば後の謎もわ
かるような気がするんだよな」
「…それにその、行方不明になっている人の行方もまだわからないしね」
「…早く見つかるといいんだけど…」

 と、そのときだった。
「ごめんください」
 不意に玄関のほうで声がした。
 大神が玄関に向かうと、そこには大神の村の警官が立っていたのだ。
「いやあ、こんな遅くに申し訳ありませんなあ」
「いや、それは構いませんが…。一体どうしたんですか?」
「いや、ちょっと気になることがあって、一応大神少尉にもお話ししておこうか、と思い
まして」
「気になること?」
「ええ。実はあの後、交番に戻ってまもなく、署のほうから連絡がありましてなあ」
「署のほうから…、って警察署ですか?」
「ええ。いや、実はあの後、詳しく死体を調べたい、と言ってきたらしくて、署のほうで
街の病院に依頼して、最初に見つかった首無し死体を詳しく調べてもらったそうなんです
が、それの結果がわかったらしいんですよ」
「…田村の死体がどうかしましたか?」
「それが、ちょっと妙なことがわかりまして」
「妙なこと?」
「いや、難しいことは省くとして、とりあえず、死因は警部圧迫による窒息死らしい、と
言うことは間違いないようですね」
「窒息死、ということは殺してから首を切断した、と言うことですか?」
「…そういうことになりますな」
「じゃあ、何でわざわざそんなことをしたんでしょうか?」
「いや、署のほうでは何か理由があってそんなことをしたんじゃないか、と言う意見があ
ったようで詳しく調べてみる、と言ってましたよ。それと…」
「それと?」
「これは署のほうでも不思議がっているんですがね、首なし死体の死体と衣服がどうも合
っていないんですよね」
「合っていない、ってどういうことなんですか?」
「いえ、なんて言うんですか、死体より若干着衣のほうがぶかぶかしている、と言うか、
なんか大きいんですよ」
「大きい、って…?」
「…言ったとおりですよ。死体が着ていた服がちょっと大きめだった、と言うことなんで
すよ」
「…妙ですね。いくらなんでも普段からそんな大き目の服を着ている、なんて考えられま
せんよ」
「ええ。ですから署のほうでも、どうも今回の事件についてはわからないことが多い、と
戸惑っているようなんですよ」
「うーん、そうなるともっと調べてみる必要があるのではないでしょうか?」
「…ええ。ですので、先ほど見つかったもう一つの首なし死体のほうも署のほうに頼んで、
病院のほうで詳しく調べてもらおうか、と思っているんですが…」
「そうですか…。ところで、横川の行方はまだわからないんですか?」
「ええ、まだわかりませんな。実は死体の結果の報告があったとき、ついでに、と言って
は何ですが、署のほうに応援を頼んでおいたんですよ。で、明日には何人か応援が来てく
れる、と言う話なんですが」
「そうですか、すみません」
「いえいえ、こちらも仕事ですから。それじゃまた、何かありましたら」
 そういうとその警察官は玄関を出て行った。

 警官が去った後も大神は玄関に立ったままでじっと考え込んでいた。
 と、
「…どうしたんや、大神はん?」
 紅蘭が大神に話しかけてきた。
「あ、いや。どうも妙なことがわかってね」
「妙なこと?」
 そして大神は今の警官とのやり取りを手短に紅蘭に話した。
 と、
「…うーん。なんかウチもすっきりしないところがあるなあ」
「すっきりしない?」
「さっきのお巡りはんの話やと、死体と衣服の大きさがおかしい、言う話やったやろ?」
「それがどうかしたのかい?」
 大神が紅蘭に聞いた。
「風船やあるまいし、いくら死んでいるから、と言ってそんな一晩やそこらで縮む、なん
てことがないくらい大神はんだって知っとるやろ?」
「確かにそうだな。死後硬直くらいはあるかもしれないけれど、そんな縮む、なんて聞い
たことがないよ」
「それに、首を絞めた後に首を切り落としたいうのもよくわからんな。そんなシチめんど
くさいことせんでも、首を切れば人間は簡単に死ぬのに…」
「確かにな。でも紅蘭。たしか紅蘭とアイリスが死体を見つけたとき、確か首はその時点
ではもうなかった、って言ってたよな」
「ああ。あのお巡りはんや村人たちが信じたかどうかはわからんけどな」
「つまりその時点でもう犯人は死体の首を切り落として、あの場所においておいた、と言
うことになるな」
「それがどうかしたんか?」
「だとすると犯人は何でそんなことをしたのか、だよな。なんか今回の事件は犯人が自分
のしたことを誰かに知ってほしい、と言う気がしてならないんだよなあ」
 そう言うと大神はまた考え事をする。
…すると、
「…行ってみるか」
「行ってみる、って、どこへや?」
「あの神社だよ」
「神社、って…」
「どうもよくわからないことが多すぎるんだよ。今回の事件は。現場百回、って言うじゃ
ないか。もしかしたら新しい手がかりが見つかるかもしれないしな」
「…ほな、ウチも行くわ」
 と、
「それじゃ私もいこうかしら」
「お兄ちゃん、アイリスも行っていい?」
 あやめとアイリスも言い出した。
    *
 そして4人は神社へとやってきた。
 さすがに暑い夏の午後、と言うこともあってか神社には誰一人としていない。
 その神社の境内で祭りの準備が進められている途中なのか、あちこちに祭りに使う道具
が置かれている。
「さ、行きましょう」
 あやめがそう言うと紅蘭とアイリスが階段を昇りかけるが、大神は階段の前で立ち止ま
ったままだった。
「…どうしたんや、大神はん」
「…あやめさん、確かアイリスと紅蘭がここに閉じ込められていた日にこの階段で血痕を
見つけましたよね」
「…そういえばそうね。あの血痕を見て私も大神くんも一瞬二人が何かの目にあったので
はないか、って思ったくらいだものね」
「でも結局、二人はただ縛られて転がされているだけで血も何も出ていなかった…。とな
るとあのときに見た血は田村の血、と言うことになるんでしょうが、となると犯人は別の
場所で殺して、ここへ運んできた、と言うことになりますよね」
「本当ね。ここの神社は結構高いところにあるのに、何でわざわざそんなことしたのかし
ら」
 そして4人は階段を上っていった。
    *
 そして大神は紅蘭とアイリスが閉じ込められていた建物の前に立つ。
 事件からまだそれほど日も経っていない、と言うこともあってか、まだアイリスと紅蘭
が監禁されていた建物の中も整理が終わっていないようだった。

 と、
「…あ、これは大神さん所の…」
 この神社の神主が大神に話しかけてきた。
「…どうしたんですか、神主さん」
「あ、いや。さっき警察の人にも話したんですけれど、ちょっと思い出したことがありま
して」
「思い出したこと?」
「ええ。そういえばここ数日の間、誰かが夜になってこの神社に来ていたことを思い出し
ましてなあ」
「夜になって?」
「ええ。神社の本殿とか、よろい武者の鎧が置いてある部屋とか、そう言えばそちらのお
嬢さんたちが閉じ込められていたこの建物の様子を覗いていたようですよ」
「…覗いていた?」
「ええ。何やってるのか、と思っていたんですがね」
「…もしかしたら、下見をしていた、と言うことか…?」
「下見?」
「いえ。なんでもないです」
 もしかしたら犯人は最初からこの場所を使うつもりで下見をしていたのではないか、大
神はそう直感したのだ。
「…ところで、その人物が誰か、とかそういったことはわかりませんか?」
「いやあ、暗かったですからねえ。人相まではわからんのですよ。ただ…」
「ただ?」
「背格好が田村さん所の息子さんに似ていたような気がするんですよ」
「田村の?」
「ええ。人相まではわかりませんでしたけれど、仕草とかが田村さんの所の息子さんによ
く似ていたような気がするんですが…」

 そのときだった。
「だとしたら…」
 大神の脳裏にある一つの可能性が思い浮かんだ。
「…そうか、それならば説明が出来る! なぜ紅蘭とアイリスが縛られて監禁されただけ
だったのかも、犯人が死体の首を切断したのかも納得できる!」
「…どうしたの、お兄ちゃん?」
 アイリスが大神に聞く。
「…わかったんだよ。今回の事件の真相が!」


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