落武者伝説殺人事件

・第4話


 やがて首なし死体が運ばれて行くと、そこに集まった村人は三々五々散っていった。
 しかし、大神と紅蘭はそのまま現場に残っていた。
「…どうかなさいましたか?」
 そんな二人に気がついたか、警官が話しかけてきた。
「いえ…、実は、紅蘭が神社でこの死体を見つけたんですよ」
「ああ、その話なら聞きましたよ。なんでももう一人の女の子と縛られて監禁されていた
そうですね。まあ、怪我がなくて何よりでしたけど、大丈夫ですか?」
「え? ええ。ウチはもう大丈夫です」
「…その、死体を発見した状況について詳しく教えていただけませんか?」

「…そうですか、あの神社で…。いや、私も次々と行方不明の事件が起こっていたから村
人たちに協力を仰ぐのが精一杯で。どうも失礼しました」
「いえ、別にそれは構いませんが」
「それにしても妙ですね。紅蘭さんの証言によると、死体を発見して知らせに行こうとし
たときに、何者かがお二人に後ろから襲い掛かって、眠り薬をかがせた、ということです
よね。そして二人を縛って逃げた…」
「ええ。自分はどうして紅蘭とアイリスがその程度で済んだのかがわからないんですよ。
だって二人は殺されたっておかしくないでしょ?」
「それもありますけれど、紅蘭さんの証言の通りだと、二人に眠り薬をかがせた、と言う
ことですよね。いや、人間の心理としては犯行を犯したらさっさと逃げるのが普通なのに、
何でその場に残ったままだったんでしょうか?」
 それを聞いた瞬間、大神は自分が今まで気がつかなかったことに気がついた。
「…そうか、確かにそうですよね! 犯人としては何者かに目撃されるのが一番怖いはず
なのに…。なんだか紅蘭とアイリスが来ることを待っていた感じですよね」
「それに犯人は何でわざわざ死体を移したんでしょうね?」
「移した?」
「ええ。紅蘭さんの証言によると、お二人が死体を発見した後に何者かが二人に眠り薬を
かがせ、縛った後に死体をこの現場に持ってきたことになりますよね。だとしたら何でそ
んな回りくどいことをしたんでしょうか?」
「確かにそうですね。そう考えると犯人はなんだか死体を見せようとしていたみたいです
ね」
「…まあ、いずれにせよ、これから死体を調べてみないことにはなんともいえませんね」
「…結果はいつごろでますか?」
「うーん。ここでは満足な施設もありませんからねえ。隣町の病院に持っていかなければ
行けませんから、早くても明日の昼ごろになりますかね」
「…もし結果がわかったら、自分達にも教えてくれませんか?」
「…ええ、それはかまいませんが」
「それじゃ、お願いします。…もう疲れただろう? 紅蘭、帰ろうか」
「はいはい」
    *
 そして大神が家に戻ったのはすでに夜の10時を回っていた頃だった。
「お帰りなさい」
 あやめが大神と紅蘭を出迎えた。
「…アイリスは?」
「大丈夫よ、ぐっすり眠っているわ」
「…ほな、ウチももう寝るわ」
「ああ、ゆっくり休め」
「ほな、お休みなさい」
 そして紅蘭がアイリスが眠っている部屋に入るのを見た大神は、
「あやめさん、ちょっと…」
「…何かわかったの?」
 そして大神はあやめを茶の間に呼び出した。

「…うーん。考えてみれば確かにそのお巡りさんの言う通りよね」
 茶の間で大神の話を聞いたあやめはそう言う。
「…あやめさんもそう思いますか?」
「…そうね。私も神社であの血を見たとき、一瞬二人の身に何かあったのかと思ったもの。
もし二人が殺されていたとしたら犯人のとった行動の理由もわかるんだけど、なぜ二人を
縛って逃げただけだったのかしら…?」
「しかも死体を移動もさせてますからね」
「うーん…、考えれば考えるほどわからなくなるわね」
     *
 そしてその翌日の昼前のことだった。
「ごめんください」
 玄関のほうで声がしたので、大神が出てみると、
「あ、大神少尉」
「あ、あなたでしたか」
 そう、昨夜いろいろと大神や紅蘭から事情を聞いた警官が立っていたのだった。
「いや、実はですな、先ほど例の死体についての報告が来たんでお知らせしようかと思い
まして」
「あ、それはわざわざすみません」
 それを聞いたか、大神の傍らにあやめたちもやって来た。
「…それで、どういう結果が出たんですか?」
「ええ、それがどうも妙なんですわ」
「妙、といいますと?」
「はあ。死体が首を切り落とされたとき、既に被害者は死んでいたのではないか、と言う
んですよ」
「死んでいた、ってどういうことですか?」
「ええ。実は死体をよく調べたところ切断面のすぐ下になにやら紐状のようなものが巻き
つけられた跡があったらしいんですよ」
 そう言いながら警官は自分の首の周りを指でなぞる。どうやら「こういった形で残って
いた」と言いたいようだ。
「それじゃあ…」
「ええ。被害者の死因の一つに首を絞められたことによる窒息死、と言う可能性も出てき
たわけでして」
「だとしたら、何で首を絞めた後にわざわざ首なんか切ったんでしょうか? しかもわざ
わざそれを神社の中に残している…」
「ええ。どうもそれがよくわからないらしいんですわ」
「となると犯人は一体何の目的があって…」
「さあ、そこまではちょっと…」
 と、大神は何かを思い出したかのように、
「そういえば、一つお聞きしたいんですけれど」
「なんですか?」
「…西田と横川の行方はまだわからないんですか?」
「ええ、八方手を尽くして探してはいるんですが…。一応近隣の警察にも協力を依頼して
いますし、場合によっては山狩りも考えているんですが」
「そうですか…。いや、わざわざ有難うございました」
「いえ、こちらこそ」
 そして警官が大神の家を出て行くのと入れ違うような形で、
「大神さん、ちょっといいですか?」
 一人の村人が家に入ってきた。
「…なんでしょうか?」
「いや、西田さんのところと横川さんのところの息子さんがまだ見つかっていませんけれ
ど…」
「ああ、そのことなら今、警察の人に聞きました」
「そのことで今から集会所で、これからについて話し合おう、と言うことになりまして」
「…わかりました。今から伺います」
「助かります」
 と、傍らにいたあやめが、
「…あの、私も一緒に行っていいでしょうか?」
「ええ、それは別にかまいませんが」
「どうしたんですか、あやめさん」
「いえ、私ももっと詳しい話が聞きたいから…」
「…わかりました。紅蘭、アイリスのことを頼むぞ」
「わかってます」
     *
 そして大神とあやめの二人が集会所についた頃には既に何人かの村人が集まっていた。
 大神は集会所に入ると、いきなり村人たちに向かって、
「…どうも皆さん、昨夜は御迷惑をおかけ致しました」
 と、紅蘭とアイリスの件についてであろう、村人たちに頭を下げる。と、
「いやいや、それは構いませんよ」
「何よりも二人が無事でよかったですよね」
「あれから二人は大丈夫なんですか?」
 村人たちが次々と声をかける。
「ええ、もう大丈夫ですよ。本当に皆さんにはご心配おかけしました」
 あやめも村人たちに頭を下げる。と、
「…そういえばさっき警官が大神さんの家に来ていたけど、何話していたんだ?」
 一人の村人が大神に聞いた。
「ああ、それですか。いや、ちょっと気になることがあって…」
「気になること?」
「いや、実は…」
 と、大神は手短に死体が首を絞められた跡に切断された可能性がある、と言うことを話
した。
「…まあ、そう言われてみればそうだな。何でわざわざ犯人はそんなことをしたのかねえ
…」
 と、別の村人が、
「…それにしても田村さんのところも娘さんがあんなことになったと思ったら、今度は息
子さんまで…。本当に気の毒だな」
「…あんなこと、って。確か田村の妹、って自殺したんですよね」
 その話を聞いた大神がその村人に話しかける。
「ああ、確かにそうだが。実はあの子が自殺した後にいろいろと噂が飛び交ってね」
「噂が…、ですか?」
「ああ。明るくて元気なあの子が自殺する、なんて考えられんことだったからな。実はあ
の子が暴行を受けてそれで…、と言われているんだ」
「暴行を、ですか?」
「うん。いや、その現場を見たものはいないし、あくまでも噂に過ぎないんだが…、ただ。
あの神社に近い草むらでなにやら争った形跡があった、と言う話も聞くし…」
「草むらで…」
 そう聞いた大神は思わず黙り込んでしまった
「…どうしたの、大神くん?」
 隣に座っていたあやめが大神に聞いた。
「あ、いえ。…だとしたら、もし、田村の妹がそれが原因で自殺したとしても、なぜ田村
が殺されなければならないんでしょうか?」
「…誰かが田村さんに恨みを持っていたとか…」
「ちょっと待ってくださいよ。確かに自分は東京のほうに行ってますから、こちらの最近
の事情はよくわかりませんけれど、最近、何か田村やその親御さんが何か恨み買われるよ
うなことをしてたんですか? 田村の家族がそんな事をされるような家でないことくらい
は自分より皆さんのほうがよくご存知でしょう?」
「うーん、確かにそういわれてみればそうなんだが…」
「それに、今回の事件での横川と西田の行方不明との関連もわからないし、これはあくま
でも仮定の話ですけれど、もし横川か西田のどちらかが田村を殺した犯人だとしても、そ
の動機は何なんでしょうか? いや、もしかしたら彼らと田村の間に何かあって、もしそ
れが犯行の動機だとしても、アイリスと紅蘭が死体まで目撃しているのに殺されもせず、
監禁されただけだった、と言うのも説明がつかないし…」
「確かにあの二人の行方もわかってないしね。それに今の時点ではあの二人のどちらかが
犯人と言う証拠も何もないわ」
 あやめが言う。
「…とにかく、今回の事件はまだわからないことだらけです。とにかく一つ道を間違えた
らいつまで経っても解決しないのではないでしょうか?」

 と、そのときだった。
 不意に集会所のドアが開き、一人の村人が顔を出した。
 なにやら非常にあわてている様子だった。
「…どうしたんだ、一体?」
「大変だ! また死体が見つかったんだよ!」
「何だって?」
「どこで見つかったんだ?」
「そこの山の中だよ。とにかく来てくれ!」
 その声をいいた集会所の村人は我先にと集会所を出て行った。
「…あやめさん」
「わかったわ!」
 そして大神とあやめも村人たちについていった。
    *
 大神たちがそこに着くと、既に何人もの野次馬が来ていた。
 その中に自分の父親の姿を見つけた大神は、
「親父!」
 そう叫ぶと、一人の男が振り向いた。
「…一郎か?」
 そう言う父親の傍らで、
「お兄ちゃん!」
「あやめはん!」
 大神の父親についてきたのであろう、紅蘭とアイリスもそこにいた。
「…一体どうしたんだ?」
 大神が父親に聞くと、
「いや、ついさっきここで死体が発見された、って聞いてな。とにもかくにも駆けつけた
んだ。この子達も行きたい、って言うから連れてきたんだが…」
 そして大神は野次馬を掻き分けると中に入っていった。
「うっ…」
 その場に転がっている死体を見て思わず大神が絶句する。
 そこには昨夜見たのと同じように、首のない死体が転がっていたのだった。
 こみ上げてくる気持ち悪さを抑えつつ、大神はゆっくりと死体に近づく。
「…西田!」
 大神が叫んだ。
「西田、…って西田さん所の息子か?」
「…そうですよ。行方がわからなくなる前に西田がこの服を着ていましたから」
「となるとこの死体は西田さん所の…」
「しかし、何でまた首を…」

 その時だった。
「お、落武者だ! 落武者の呪いだ!」
 一人の村人が叫んだ。
「馬鹿な! 呪いなんてそんなもの、現代にあるわけないやろ!」
 思わず紅蘭が叫んでいた。
「いや、もしかしたら…」
「もしかしたら、って大神はん…」
「いや、オレだって呪いとかそんなものは信じてないよ。でも、一概に否定できないのも
事実なんだ」
「…どういうことや?」
「この死体も調べてもらわなければならないし…、詳しいことは家で話すよ」


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